羽のために空はある ~親を捨てて生きてもいい~

毒親から人生を取り戻し、生き辛さから回復した喬子のブログ。

毒親育ちでACで神経症で生きづらさの塊だった私が、自分と徹底的に向き合い、もがいて、のたうちまわって、親と絶縁し、自分の人生を取り戻すまでのことを書いています。

ブロック解除等の各種ヒーリング、生き辛い方へのアドバイスを提供するヒーラーでアドバイザーです。
HP FOR SWEET STRANGE ANGELS

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週末は、海浜幕張のザ・マンハッタンというホテルに泊まってきました。

 

 

 

 

プラザスイートというとても広いお部屋だったのですが、バスルームがびっくりするくらい広かったですビックリ

 

 

 

 

 

 

 

一つ前に「毒親育ちの二次被害?」という記事を書いたのですが、それに関連してもう一つ書いてみます。

 

 

 

 

自分がACだと気づいてからの私は、カウンセリングを繰り返し受け、自分の親の愛情のなさや自分の怒りや悲しみに嫌というほど向き合い続けました。

 

 

あんな親とは離れないとダメだと頭ではわかるのに、それでも親だという思いを手放せなくて、葛藤が全身に現れて心身症のようになり、親へのブロックを外して感情を解放して絶縁するまで、地獄のような時期を10ヶ月ほど過ごしました。

 

 

その時期の私は、どうしたらこの地獄から抜け出せるのかがわからず、だけど、どこかに方法はあるはずだと信じ、毎日すがるような思いでネットの世界を彷徨っていました。

 

 

その時期に、よくある質問サイトのようなところで何度か質問をしてみたことがあるのですが、答えに辿り着けるどころか、ACがいかに理解されていないかを思い知りました。

 

 

大体つく回答の8割が「過去にしがみつくな。時間が勿体ない」的なもので、正直ガッカリしました。

 

 

私に言わせれば、ずっとACでいる方が人生が勿体ないです。

 

 

「皆さん、過去に囚われるなと仰いますが、過去に囚われるのがACなんですよぉ」みたいな知ったかぶりの人までいて、本当にうんざりした覚えがあります。

 

 

アダルトチルドレンというのは、単に過去の苦しみが忘れられない人ではないですよね。

 

 

子供の頃から自己肯定感を積み重ねて来られなかったり、まだ心が柔らかい年齢の時に間違った自己認識を植えつけられたりしてきたせいで、大人になってからもずーっと生き辛さが続いているのがACです。

 

 

単に忘れれば済む嫌な思い出というくらいなら、息をしているのも苦しいというくらい苦しんだりしません。

 

 

一つ前の記事にも書きましたが、ある種の人から見ると、世の中の人達ってびっくりするくらい想像力が低いというのがあります。

 

 

親の虐待や心身症で苦しんでいる人に対して、こんなに酷いことを言う人達がいるんだな、という思いもしました。

 

 

「よくもヌケヌケと」「恥ずかしい」「同情されたいんでしょ」みたいな言葉もぶつけられました。

 

 

そういう人達は、嫌なことがあっても向き合うなんてしないで、見たくないことには蓋をして、悩みながら必死に生きている人を弱い奴だと決めつけて馬鹿にして生きているんでしょう。

 

 

その頃の私は、感情がエネルギーだということをもう知っていて、ずっと抑えつけてきた膨大な感情をどうやったら解放出来るかとか、「親と縁を切ってはいけない」というブロックをどうしたら手放せるかに悩んでいました。

 

 

自分の育ち方が確実に「普通」じゃないということもわかっていたし、親に愛されなかったというこれ以上ないくらいの現実を受け止めて生きてきました。

 

 

でも、そこいらへんの人は、感情の仕組みなんて知りもしなければ、平気で「感情なんて気のせいだ」「現実を見ろ」「“普通”って何だ?」と言うんですね。

 

 

頭で考えたことだけが正しくて、感情をなかったことにして生きることが正しい生き方だと本気で思っていたりするんです。

 

 

自分が普通だから、普通でない育ち方をしていることがいることもわからない。

 

 

悩んでいない自分は悩んでいる人よりも偉いのだから、何を言ってもいいというくらいにことを本気で思っている人って多くて、根本的な部分でここまで話が通じないということにビックリしました。

 

 

ちなみに、私は溜めに溜め込んだ感情が爆発して自律神経がぶっ壊れて本当に死ぬ思いをしたので、「感情なんて気のせい」みたいな間違ったことを広めて欲しくないです。

 

 

しかもね、自分も虐待を受けたと言う人や親に捨てられたという人まで、そのことに無関心でいることが正しいと思っていたりして、それには本当に驚きました。

 

 

勿論、無関心で問題なく生きていけたらそれでいいんですが、きっとそうじゃないと思うんです。

 

 

あえて無関心でいる、という選択をするということは、本当は無関心ではなくて、心の深いところにくすぶっているものがあるはずだから。

 

 

大人になっても色んなことが上手く行かないのは、結局はそのくすぶったものが原因だったりするんですよ。

 

 

色んなことについて、わかっている人というのはいるところにはいますが、そこいら辺の人にはまずそんなことは期待しない方がいいというのが私の見解です。

 

 

何故か、何にもわかっていない人に限って何でもわかっていると思っているものです。(無知は罪というもの)

 

 

私は、セッションでブロックを解放したり、カウンセリングで感情の解放の仕方をお教えしたりしてきているのですが、過去の私のように苦しんでいる人にこそ、正しいことを知ってもらいたいと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

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私が、よく言われる毒親育ちが受ける二次被害というものをハッキリと経験したのは、今からず-っと前のことです。

 

 

最初はこのことを思い出すと嫌な気持ちになっていたのだけれど、色々なことを手放して今は何も感じないし、毒親と同じく攻撃する人のパターン満載なので書いてみます。

 

 

 

 

私は海外で結婚式を挙げたのですが、それはそうしたかったからと言うより、夫の父(強烈な毒親です)には「式には誰も呼ばん」と言われ、自分の親は親で体裁にこだわったので、親戚が来られない遠くでするしかなかったんです。

 

 

当時、色んな理由をつけて場所をハワイにしたのだけれど、今思えば、「母がハワイに行きたがっているから、連れて行かねばならない」という強迫観念のようなものが大きかったように思います。

 

 

その頃の私は、自律神経がぶっ壊れて強烈な不調だったのに、ほぼ一人で式の準備と親達の旅行の手続きをし、どうにか飛行機にも乗り、本当によくやり遂げたな、と思います。

 

 

でも、私に心中は、本当に本当に複雑でした。

 

 

自分の親に祝福して欲しいという気持ちがその頃はまだあったり、親に振り回されているのに自分が働いたお金で親の旅費を出したくないという思いがあったり、障害のある弟の分も自分が式を出さねばという気持ちがあったり、私が連れて行かなければ彼らは一生海外などいけないだろうと思ったり。

 

 

私の結婚が決まった時、両親は祝福の言葉もくれないどころか、母親からは暴言を浴びせられ、本当に悲しくて泣きました。

 

 

やり切れない気持ちを誰かに聞いてもらいたくて、どこかのサイトの掲示板に書き込んだことがあるのですが、「親に結婚を祝福してもらいたい気持ちがない」「親の希望で海外で挙式することになったけれど、親の為に出すお金がない」と書いたら、そりゃあもうボッコボコにされました。

 

 

親に祝福されたい気持ちがないと言ったことに対しては、何か違う。今まで育ててもらったんでしょ!」というお約束の言葉からの強烈な攻撃。

 

 

自分が思うことに「違う」も何もないし、子供の頃から散々働かされた私には育ててもらったという感覚はありません。

 

 

(というか、私は神経症に苦しみながら自活してきたけれど、「今まで」育ててもらったと言う人にとって自立はいつなんだろう??)

 

 

「お金ない人のくせに笑える」だの、「自分に蓄えがないのを棚に上げて」だの、「幼い考え」だの、「乱暴な性格が文章に表れている」だの「言葉の使い方を知らない」だのと散々言われたけれど、そんなのは攻撃する為の理由だと今ならよくわかります。

 

 

そういう人は、相手が自分とは「何か違う」ことが気に入らないだけなんですよ。

 

 

「何か」って、まあ、波動の高さだったり、価値観だったり。

 

 

こういう風に「あなたに問題があるから言ってあげているのよ!」という体をこしらえた上でめちゃくちゃに攻撃してくるのって、毒親もそこいらへんの人も同じなんですね。

 

 

攻撃性の高い人が一人いて、そこにネチネチ嫌味を言う人が便乗し、たまーにちょっと庇ってくれる人がいるという、現実社会でこれまで経験してきたのとまったく同じ構図でした。

 

 

(ちなみに、2ちゃんねるのようなところではなく、ちゃんと個人情報を登録するようなサイトで、女性ばかり集まるところでした)

 

 

エネルギーは時空を越えて伝わるので、ネットでも現実社会と同じことが起こるのは当然のことです。

 

 

もともと高いエネルギーを持ち合わせているあげまんが悩んで低いところにいると、ハイエナみたいに群がられてエネルギーを奪われる、というのも何度となく経験したことです。

 

 

「親の希望を聞いたなんて、お金を出せてこそ言えることでしょう?自分達の新婚旅行(挙式旅行)のお金は出せても親のお金は出せないんですかぁ?」(←ああ、こういう人、本当に嫌w)と、便乗したハイエナにネチネチやられ。

 

 

もう、面倒なので、「ええ、そうです。仰る通りでございます」と言い通して終わらせました。

 

 

お金が出せないのは貧乏だからじゃなくて、親達に振り回されて一生に一度のことを行きたくもない場所でやらされる上に、自分達が辛い思いをして働いたお金を彼らの為に使うことが釈然としなかったから。

 

 

でも、いつかも書いたように、「持っていないふり。能力がないふりをしないと攻撃を受ける!」というのが子供の頃からあって、この時もお金ない設定で通しました。

 

 

こんな時、「2人だけなら、モルディブで挙式するはずでした」なんて言った日にはエラい目に遭う、と昔から知っていたから。

 

 

私は、自分の母親みたいな攻撃をしてくる人が本当に怖かったんです。

 

 

本当は嬉しいことがあっても、母親の前では嬉しくないふりというのをいつもしていました。

 

 

最近になってこのことを思い出したのは、少し前に、「世の中の半数以上の人が何らかの形で親から結婚資金の援助を受けている」というデータを見たから。

 

 

なんだよ、私をぶっ叩いていた人達こそ、自分のことを棚に上げていたんじゃん、って。

 

 

もともと超素直な私は、世の独身女性達は皆、人にそこまで言えるほど何百万という貯金があるんだなー、なんて思っていたんだけど、そんな訳ない。(笑)

 

 

攻撃する人って、「自分はどうか」という部分は完全に棚上げして、人には平気でものすごいことを言うもんなんですね。

 

 

勝つ為なら何でも言う。

 

 

率先して攻撃していた人が、私にどうしても負けたくなくてとどめに言ったものすごい差別的な台詞がこれ。↓

 

 

「あなたと私や私の周囲の人達とでは、人生のスタートラインから違いますよね」だってさ。

 

 

そんな言葉を平気で口に出来る人と私とでは、人生どころか、生まれるずっと前の魂レベルで違うわい、みたいなことを今は思うけれど、この時は酷く傷つきました。

 

 

でも、お陰でわかったことは、それなりに幸せな家庭で育った人であってもつまらない人はつまらないし、育ちと人の中身は別、ということです。

 

 

この頃はまだ毒親という言葉が今みたいに普及?していなくて、自分の親のことを上手く説明出来なかったけれど、辛い思いをして生きてこられた私のお客様が悩んでいる人にこんなことを言うかしら?と思うから。

 

 

親のことを上手く説明出来ないまでも、幸せなはずの時に「親に祝福して貰いたい気持ちがない。(でも、悩んでいる)」という人がいたら、私だったら、よほど葛藤している人なんだろうな、と思います。

 

 

本当に親のことなんてどうでもよかったら、式なんて2人で挙げるし、そもそも最初から悩んでいないですよね?

 

 

「親がおかしいと思ったら、抗議すればいい」って、抗議しても通じない親だから苦しんできた訳ですよね?

 

 

何故そんなこともわからないのだろう?と不思議だったのだけれど、まだまだ成長段階の魂の人はデータが少ないからなのだろう、と。

 

 

ちなみに、私にはとても幸せな家庭で育ったあげまんの友人がいますが、彼女はちゃんと想像力が豊かだし、私が何かしら親のことで苦しんでいることに気づいてくれているようで、親のことで彼女に嫌な思いをさせられたことは一度もないんです。

 

 

ちゅーか、自分の親をどう思おうと、自分のお金を誰の為に使おうと、別に勝手じゃん!って今は思いますよ。

 

 

当時の私は、ただ素直で馬鹿正直で色んなことがわかっていなかったから、親を悪く言ってしまったからバチが当たったんだ、くらいのことまで思っていました。

 

 

常識がどうとか、世間では親に感謝するものだとか、そんなこと、そこいら辺の人に偉そうに言われなくても、毒親育ちの人は皆そんなこと知っていますよね?

 

 

結局は両家の家族をハワイに連れて行ったのだから、よくよく考えたら攻撃される理由ってないのだけれど(笑)、結局攻撃する人はするというだけなのだな、と。

 

 

だから、毒親育ちの二次被害とは言うものの、想像力や思いやりが欠如している人はしているということなのかもしれません。

 

 

 

 

この時の話を思い出した時、育ちなんて、魂レベルで見たら、今世で着ている洋服のようなものでしかないんじゃないかな、と思ったんです。

 

 

この世界に生まれてくる時、私達は自分の容姿や育つ環境を自分で決めて生まれてくると言うし、辛いことすら経験したくてわざわざ生まれてくると言うのだけれど、すんごいキツイ人生でも、魂レベルでは「こんな服が着てみたかった」くらいかもしれません。

 

 

そして、沢山の人生を生きてあらゆることを経験してきた魂ほど、他の人の痛みも理解出来るのではないかな、と思っています。

 

 

 

 

 

 

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アダルトチルドレンだとかいう言葉がまだ普及?していなかった頃、私は、自分の苦しみを上手く言い表せずににいました。

 

 

一つ前の記事に書いたように、心を激しく侵害されて育ち、自分が自分として生きることを許されていなかったので、とにかく生きているだけで自信がないというか、上手く息が吸えないような苦しみがずっとありました。

 

 

でも、親のことが原因だという自覚はあったんです。

 

 

私は、あの母親から絶対に逆らえないほどの恐怖を与えられて育ったし、自分が自分らしく振舞ったりなんかしたら大変な目に遭わされたから、誰の前でも心を殺し、いつも空気のようになろうとしていました。

 

 

無邪気に言いたいことを言っているような人を見ると、本当に恐怖で支配されたことがないのだろうな、と、別世界の人を見るような気持ちでした。

 

 

 

 

昔、知人の女性に自分の親のことをちょっと話したことがあります。

 

 

私は、酷いことを言う自分の親が恐ろしくて、あることで、本当のことを親に言えなかった、と。

 

 

すると、彼女は笑って言ったんですね。 

 

 

「何歳(いくつ)ですかあ?」「誰のせいですかあ?」「(親のことは)もういいんじゃないですかあ?」「甘えていますね」「いい子に見られたいって言うかあ~」って。 

 

 

その時、私は、相手をぶん殴ってやりたいくらい腹が立ちました。

 

 

 その人はそもそも私をよく思っていな人だったから、わざと意地の悪い言い方をしたのだと思いますが。

 

 

 毒親のことで苦しむのに年齢は関係ないし、親のした酷いことは親のせいであって、大人になったからと言って根本的な生きづらさが勝手になくなる訳じゃないと、今なら相手に言えます。

 

 

相手は、自分がのほほんと育っているから、自分の親から壮絶な苦しみを与えられて育った人がいるなんて想像もつかないし、「生き辛い」ということの意味さえわからないと思います。

 

 

 でも、当時の私は自分の苦しみの深さを本当にはわかっていなかったし、「そうじゃないのに!」というもどかしい思いを言葉にして表現出来なくて、そういう自分にも腹を立てていました。

 

 

 

 

よく人生は「山」に例えられますが(笑)、本当にそうだな~、ということを最近よく思います。

 

 

生まれた時からすっごく過酷な人の人生って、エベレスト登山のようなもの。

 

 

それも、シェルパも付けずに、めちゃくちゃ過酷な山を一人で登ってきたようなもの。

 

 

それに比べたら、ここに書いたような普通というか平和な人の人生って、高尾山登山くらいの感じかもしれません。(あ、別に高尾山を馬鹿にしている訳じゃないですよ)

 

 

ここに書いた人は、親のコネで公務員になって、結婚して離婚して、親元に帰って暮らしているという人でした。

 

 

病気になってすら帰る実家もなく、神経症を抱えて職を転々としていた私とは、まるで違うような人です。

 

 

結婚だって離婚だって結局は自分の意思で決めたことだし、そんなことで?(あくまで私から見れば)ということで離婚して、一度は出た実家に当たり前みたいに戻って、「可哀想に~」と同情されながら、どっぷり親を頼って暮らしている。

 

 

そんな人に自分の苦しみを笑われたら、そりゃあ腹が立つ訳で、当時の私は、「自分の力で何を手に入れたこともないくせに!あんたなんかに笑われる覚えはない!」と心の中で憤慨していました。

 

 

今にして思えば、そうやって親を頼って楽々生きられる人が羨ましいという気持ちもあったと思います。

 

 

でも、相手は相手で自分の山を一生懸命に登っていたりする訳で、山と言えば高尾山のことだと思っているから、そりゃあ話が通じない訳です。

 

 

当人は「私ってすごく苦労した!頑張った!」と思っていたりする訳で、死にそうになりながらエベレストを這い登っている人が隣りにいるなんて考えてもみないのだろうな、と。

 

 

昔親友だと思っていた人に、親のことを話したら「親なんかどこもそんなもんだし」と言われ、職場の人からの酷い仕打ちを話したら「悪いことは人のせいなん?」と言われて悲しい思いをしたことがあるのですが、それも今では何だかわかります。

 

 

普通に生きていたらそんなに大変な目にばかり遭う訳ないじゃない、くらいに思うのでしょう。

 

 

昔の私は周囲の人に合わせて無邪気な振りをしていたりしたから尚のこと、友達であっても、人がそこまで苦しんでいるなんて気づきもしない人はしないでしょう。

 

 

そもそも、登っている山が根本的に違うのだ、と今ならわかります。

 

 

ちなみに、ブログの文章が長い自覚はあるのですが(笑)、それも、ちょっと話したくらいでは高尾山の人には理解されないという経験を多々してきたからで、変に中途半端に話して「親なんてどこもそんなもんだし」と言われたくない、というのがあります。

 

 

 

 

でも、そうやって黙々と辛い山を登ってきて視界が開けてきた時、同じように辛い登山をしてきた人と出会ったりするものなんだな、とも思っています。

 

 

そうやって出会った人というのは、それまで出会ってきた人とは比べ物にならないくらい大きなエネルギーを持っている人だったりするので、自分も含め、それだけのものを持ち合わせているからこんな山(=人生)なんだな、と思ったりします。

 

 

周囲の多くの人に理解されないというのはとても辛いことだけれど、理解してくれる人はどこかにはいると私は思っています。

 

 

そして、必死で登ってきた人にしか見えない景色のようなものがあると思っています。

 

 

 

 

 

 

 

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