2005年03月27日

桜むつ子さん死去

テーマ:女優
桜むつ子さんの死
永井荷風との純愛交際?や小津安二郎監督の映画に出演した
桜むつ子さんが2005年1月23日に肺がんで死去しました。83歳

大正11(1921)年 東京生まれ
昭和8(1933)年 松旭斎天勝一座に入る
その後、「あきれたぼういず」の興行に歌手として出演、

戦後は劇団「新風俗」で活躍。退団後はロック座などに出演
永井荷風作の「春情鳩の街」に出演した。
この芝居では荷風も舞台に立ち、桜むつ子にキスしたという。

その後は松竹大船撮影所に所属して、小津安二郎監督の
「東京物語」「東京暮色」「彼岸花」「秋日和」「お早よう」
小津監督、最後の作品の「秋刀魚の味」などに脇役で出演し、
テレビではTBSの「私は貝になりたい」で主人公の妻役を演じました。

永井荷風と小津安二郎監督と二人の巨匠に認められた
とつてもうらやましい方
桜さんは1998年9月「東京人」という雑誌の対談で
「永井荷風に愛され、小津監督に可愛がられたのは
 やっぱり色気のある女だったんだね。」と井上和夫に聞かれて

「あたしは、父が幇間(桜川歌六)だったので、
 小さい時から花柳界に連れて行かれて、
 芸者さんたちに踊りを教わっていたの
 昔の芸者さんはキレイでほんのり色気がありましたからねえ。
 その影響ではないかしら。」と答えています。

「彼岸花」では、銀座「ルナ」のマダム、
「秋日和」では鮨屋のおかみさんなど
いつも、気のいい、男好きのする、尽すタイプの女を演じていました。
とっても素敵で、小津監督の『彼岸花」を見て、
大人になったら、
桜むつ子さんの「バールナ」に行って、カウンターに座り
「ピーナツ」を注文しようと密かに憧れました。
                               桜守




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2005年03月24日

歌舞伎講座[花の会」のお知らせ

テーマ:歌舞伎
「花の会」のお知らせ
2005年第Ⅱ期スケジュール
  日時 原則:木曜日 午後2時~4時
  場所 原則:世田谷区区民センター
          世田谷区南烏山
          京王線 千歳烏山駅北口1分
      
4月7日(木)午後2時~4時
     「絵で読む歌舞伎の歴史」
             講師 千葉大学名誉教授 服部幸雄氏
             会場 烏山区民センター

4月21日(木)午後2時~4時
      「こんぴら歌舞伎」
             講師 歌舞伎研究家 金森和子氏
             会場 烏山区民センター

5月12日(木)午後2時~4時
      「中村勘三郎襲名について」
             講師 松竹プロデュサー 岡崎哲也氏
             会場 粕谷区民センター

5月19日(木)午後2時~4時
      「江戸の判じ絵」
             講師 煙草と塩の博物館 学委員
                           岩崎均史氏
             会場 烏山区民センター

6月16日(木)午後2時~4時
      「座元の家々」
             講師 国立劇場芸能部次長
                          石橋健一郎氏
             会場 未定

7月14日(木)午後2時~4時
      花の会20周年記念講演
         「世界に羽ばたく歌舞伎」
             講師 早大名誉教授 河竹登志夫氏
             会場 烏山区民センター

会費 第二期分会費 4000円
              (単独受講は900円)

   お問い合わせ
       メール nmwtg303@ybb.ne.jp 長谷川まで

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2005年03月22日

梅と桜

テーマ:歌舞伎

歌舞伎舞踊の「京鹿子娘道成寺」は
桜が満開に咲いている、道成寺の鐘の供養の日に、
安珍に捨てられた清姫の亡霊が
美しい白拍子花子となって現れ、
踊りを所望し、踊っているうちに次第に本性を表し
大蛇となって、再び鐘に飛び込んでしまうという踊りです。

「京鹿子娘道成寺」の中間で筋とは全く関係なく、中休みのように
「梅とさんさん桜は、いずれ兄やら弟やらわきていわれぬぇ・・・」
と赤い振出笠(仕掛けで三段に変化する笠)を持って踊る
通称「梅さん」という笠踊りがあります。
歌詞は梅の花と桜の花は区別がつかないと言うのです。

(見に来ているお客様を区別は出来ないという意味)

京鹿子娘道成寺の踊りの映像のHP
http://www.hinokinokai.or.jp/appreciation/20000807.html

梅の花と桜の花、それに桃の花と桜の花、
これを間違える方が時々おられます。
先日も「近所の桜が咲いた」と
梅の写真を送ってこられた方がありました。
植物園などにお花見に行くと
桃の花を「桜の花」と間違える方がけっこうおります。

ここで簡単な梅と桜の花の区別の仕方をお伝えします。
桜の花と梅の花を区別する時、
それぞれの果実の形を思い出してください。

サクランボやリンゴには「枝」がついています。
梅や桃には「枝」が付いていません。

リンゴや桜の花には「小花柄(しょうかへい)」という
「枝」が付いて咲いています。
梅や桃の花には「小花柄(しょうかへい)」がなくて
幹に直接に咲いています。

まとめるとバラ科の花のなかで区別する方法は
バラ、梅、杏,桃、カリン、ビワの花や実には枝が付いていません。

桜、梨、リンゴ、カイドウ、の花には
「小花柄(しょうかへい)」(枝)がついております。
後は葉の形でそれぞれの種類を区別するのですが
これで大体区別できます。
それに桜の幹にだけ美しいヨコシマがあります。
これも桜と他の花木と区別する基準になります。
                       花

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2005年03月22日

気になる桜

テーマ:
もうすぐ、東京では
「ソメイヨシノ」が咲きそうです。
今、私が気になる桜を上げてみました。

全国お花見ガイド
http://season.biglobe.ne.jp/sakura/index.html
http://woman.excite.co.jp/garbo/sakura/
桜の名木10選
http://www.nikkei.co.jp/p1/ranking/

東京桜案内 
http://www.winriver.net/tokyo/park-t/sakura.html
東京公園案内
http://www.tokyo-park.or.jp/

皇居   ここの桜は手入れが行き届いています。
http://www.env.go.jp/nature/nationalgardens/kohkyo/index.html
小石川後楽園 
http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=21
小石川植物園
http://www.bg.s.u-tokyo.ac.jp/koishikawa/kaika/kaika.html
駒込六義園 垂れ桜のライトアップ
http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=72&mode=detail
新宿御苑  八重桜の名所
http://www.shinjukugyoen.go.jp/

世田谷区
砧公園  元ゴルフ場 広大な芝生の中のソメイヨシノの大木の群生
http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=19
等々力渓谷  桜の花を上から見る事ができます。
http://www.todoroki.net/midokoro/todorokikeikoku.html
砧大蔵妙法寺  少し赤い枝垂桜
http://www.miyouhouji.or.jp/sakura.html

大田区
池上本門寺 日蓮宗のお寺 垂れ桜
http://www.honmonji.or.jp/

井の頭公園  池に写るソメイヨシノの大木
http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=4
小金井公園  桜の林のなかでの一杯
http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=22
調布神代植物園  赤がきれいな神代曙
http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=76
府中市東郷寺  大きな門と数本の垂れ桜
http://www.geocities.jp/city_of_woods/woods/w07.html
八王子市 多摩森林科学園   桜の保有林(日本中の桜がある)
http://www.ffpri-tmk.affrc.go.jp/
青梅市  梅岩寺  赤い枝垂桜
http://www.geocities.jp/tokyowood/sakura/sakura08.html

神奈川県
小田原市 
長興山招太寺   一本の垂れ桜
http://www.h3.dion.ne.jp/~nanchan/hana/hana.htm#odawara
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/kanko/kanko/index.html

千葉県
四街道市吉岡 福星寺の垂れ桜 
http://www.city.yotsukaido.chiba.jp/
長光寺と妙宣寺の垂れ桜
http://town.sambu.chiba.jp/kanko/sakura/
印西市 吉高桜  一本の山桜
http://www.asahi-net.or.jp/~fz6t-sby/cycling/yoshitaka_sakura.html

茨城県
土浦市 真鍋の桜  小学校の校庭に咲く5本のソメイヨシノ
http://www.tsuchiura.ed.jp/~manabe/h14/sakura/sakura.htm

埼玉県
川越 喜多院  垂れ桜
http://www.city.kawagoe.saitama.jp/icity/browser?ActionCode=content&ContentID=1099286914614&SiteID=0
坂戸 慈眼寺垂れ桜
http://www.cnet-sb.ne.jp/manabi/web/bunkazai/sakura/16nen/sakura.html
秩父 清雲寺  垂れ桜
http://www.chichibu-railway.co.jp/flo/sakura.htm

山梨県
塩山市慈雲寺  一葉の両親が学んだ寺子屋の垂れ桜
http://www.kankou.city.enzan.yamanashi.jp/cgi-bin/calendar.cgi?view=hana

岐阜県
根尾谷の薄墨桜  宇野千代 羽田澄子さんの映画
http://www.hananokai.or.jp/meisyo/me-27.htm
御母衣湖の荘川桜  笹部新太郎 水上勉「桜守」
http://www.jpower.co.jp/sakura/index.html

滋賀県
海津の清水の桜  水上勉「桜守」
http://woman.excite.co.jp/garbo/sakura/spot_50750.html

大阪府
河南町 弘川寺   西行
http://woman.excite.co.jp/garbo/sakura/spot_50482.html
                                       桜守



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2005年03月19日

樋口一葉と桜(塩山市・慈雲寺の垂れ桜)

テーマ:文学
一葉と桜1塩山市「慈雲寺のシダレザクラ」

 大菩薩峠に近い、山梨県塩山市の「慈雲寺」には
樹齢300年以上の見事な枝垂桜がある。
 今から、160年前、小説家樋口一葉の両親は
この寺で農閑期に開かれていた寺子屋で学んでいた。
 160年前、この枝垂れ桜は樹齢150年を超えていたから、
二人が出会った頃も、江戸への駆け落ちに悩んでいた時も
現在と同じように美しく花開いていたに違いない。
そして、東京に住んでいた一葉の両親は折に触れ、
故郷の枝垂れ桜の美しさを子供に語ったのではないだろうか。
 大正5年(1916)一葉の妹邦子が先祖の墓参りをした時、
邦子と故郷の人の間で、一葉の記念碑を建てる話が出た、
樋口家の菩提寺は同じ村の法正寺なのに、
大正11年(1922)10月、慈雲寺境内に、一葉の記念碑が建てられた。

山梨県塩山市「慈雲寺」の枝垂れ桜
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/jiunji/index.htm

 樋口一葉の父(大吉)は山梨郡中萩村(現塩山市)の
重郎原の農家樋口八左衛門の長男として、
天保元年(1830)年11月28日に生まれた。
 一葉の母(あやめ)は同じ中萩村の青南組で地主格の農家
古屋安兵衛の長女として、天保5年(1834)5月14日に生まれた。
(江戸時代、農民は原則として姓を名乗らなかったが記録は残っている)
 
 その頃の日本の出来事
嘉永6年(1853)6月3日 ペリー提督が浦賀沖に来航
安政元年(1854)4月   日米和親条約12か条を調印
安政2年(1855)11月   江戸は安政の大地震
安政3年(1856)3月   それまでの洋学所を蕃所調所と改称した。
  蕃所調所は幕府直轄の西洋学術学校で、
  幕臣の子弟を集めて外国語を学ばせていた。
  勝海舟、村田蔵六(大村益次郎)、西周等が籍を置き、
  福澤諭吉も辞書をみるために一日だけ入学した。
  後に江戸に来たハリス一行と会議する場所にもなった。
  同郷の先輩真下専之丞が蕃所取調役として勤めていた。
  一年後、江戸に出てきた一葉の父大吉が真下の世話で、
  小使として、最初に勤めた所でもある。
  大吉が勤めた頃、ハリス一行が江戸に来ていた。

    同年   9月    米総領事ハリスが伊豆下田着任した。

 今から150年前、安政4年(1857)旧暦4月6日
村一番の秀才であった一葉の父大吉(26歳)は
自らの蔵書150冊を売り3両の金を工面,
村一番の器量良しと言われた、妊娠8ヶ月のあやめ(23歳)を連れて、
両親に無断で故郷の村を棄てた。
 二人は追手を逃れて、通常の青梅街道で江戸に出る事を避け、
御坂峠を越え、川口吉田から小田原に抜けた。東海道を東に、
藤沢の遊行寺、鎌倉、川崎大師、羽田弁天にお参りしながら、
村を出てから7日目の4月13日に
郷里の先輩真下専之丞を頼って、江戸に着いた。

 一葉の両親が村を捨て、江戸に駆け落ちをした理由について、
つぎのような事が考えられる。

理由1、母方の親が二人の結婚に反対した。
 ①母方の家は地主格の農家で両家の家格が違っていと考えた。
 ②両親はあやめが村一番の器量良しであるから、大吉の家より
   もっと良い家に嫁に行けると考えていた。
 ③樋口家は代々、らい病や結核の家系であったという。
 ②一葉の祖父八左衛門は嘉永4年(1851)村で水争いが起きた時、
   百姓惣代として、江戸に行き、老中阿部正弘に駕籠訴し、捕まった。
   その為、半年間、江戸、小伝馬町の牢に投獄された後に無罪になる。
   理由が如何であれ、大吉は投獄された人の長男であった。
 ③ 大吉は江戸に出る時、蔵書150冊を売り、3両の金を工面している。
   大吉は生来農を好まず、寺子屋では秀才で読書好きであった。 
   投獄された祖父も、学問好きで漢詩や俳句を嗜んでいた。
    母方は畑仕事に熱心でない父方の家風を嫌ったのではないか?
    これは明治になってからの話であるが
    一葉は学校の成績が良かったのに11歳、高等科4級で退学した。
   父親は一葉を進級させようとしたし、一葉も進級を希望していたが、
   母の「女に学問はいらない」という強硬な反対で進級できず、
   学業を途中で止めさせられた。
    (後に小学校中退という学歴は一葉を苦しませた。)

理由2.父方は大吉の江戸行きをそれほど反対ではなかったのではないか?
   一葉の祖父八左衛門は同郷の同輩益田藤助(真下専之丞)が
   江戸に出て、幕府直参にまで出世したのがうらやましかった。
   その夢を寺子屋で成績の良かった長男大吉に託したのではないか。
   小さい時から、江戸に出て、侍になれと父に言われていた。

理由3.一葉の母あやめが妊娠してしまった。
     村に居ずらくなったあやめが大吉に江戸行きをけしかけた。

(両親の駆け落ちという苦い思い出は一葉の結婚観にも影響している。)


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