ちんげきの愚民(笑

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以前に進撃の庶民と山岳ベース事件を起こした連合赤軍やオウム真理教との類似性を指摘したが、今度はholyfireworkが新たな総括の対象となり粛清された。

詳しい経緯についはholyfirework自身で記事にまとめている。その後、ヤンも影法師もこの件について記事にまとめ、これによって三者の言い分が出そろうことになった。

進撃の庶民の問題についてまとめると、holyfireworkが書いた記事が、みぬさへの個人攻撃であり記事として相応しくない部分があるとヤンが判断し、勝手に一部打ち消し線を引いたことが発端となった。

当然holyfireworkはヤンに抗議し、ヤンも抗議を受け入れ謝罪した。しかし、横から影法師NEOが彼の態度が気にくわないと進撃から追放を決め、ヤンはそれを進撃の庶民ではなく、ヤン個人のブログに掲載した、という流れだ。

holyfireworkのコメント欄を見ても、何が問題なのか、誰が悪いのか、それを履き違えたコメントばかりでその点については彼に深く同情する。しかし、もともと進撃のメンバーとその読者とはたかがこの程度なので、不愉快な思いはしたにせよむしろ今回の件で手を切ることができて良かったと言える。

今回のポイントは「編集権は誰にあるのか?」ということが問題になる。holyfireworkとヤン、影法師の両者と対立の原因にはこの認識の違いがある。

holyfireworkは「投稿記事は筆者の物である」という考えの持ち主だ。だから、「筆者に断りもなく勝手なことをするな」となる。

これに対してヤンや影法師は「管理運営者が責任を持つ」という考えだ。ヤンは次のように書いている。

進撃の庶民もブログエディタでHTMLが4000文字を超えると、普通に「書き込まれへんで?!」とエラーを吐きます。ですのでholyfireworkさんの原稿(無駄なスタイルシートやHTMLが盛りだくさん)は、えっちらおっちらと私が毎回、エラーを吐かないように修正していました。

つまり、制限に引っかからないように修正編集するのはいつものことだったと言っている。それがどうして今回に限って騒ぐのか、と戸惑っている様子がうかがえる。

また、影法師はこのように言っている。

極端な例で考えてみましょう。

例えば、犯行予告が書かれた寄稿コラムをヤン様が更新作業をし、読者様の目に触れる、としましょう。そうなれば、進撃、及びヤン様に対し、「どうしてこんなコラムを掲載したんだ?」と読者様から非難囂々でしょう。

ですから、寄稿コラムに対しての判断はヤン様のお考えを尊重すべきですし、ヤン様のご判断が絶対です。


ヤンも影法師も自分たちには編集権があると考えていることは明らかだ。

修正する方とされる方とで全く認識が正反対なのだから、これではむしろよく今まで問題にならなかったなと思う。

それではどちらが正しいのか?

もちろん、正しいのはholyfireworkだ。論文であろうが小説であろうが、それは筆者の作品であり、書いた人の物だ。勝手に手を加えることは許されない。

では、ヤンの言うような制限にかからないようにする編集や、影法師がいうような公序良俗に反するような内容ならどうするのか?

だから、そういう場合を想定して、寄稿を依頼する時に前もって編集する許可をとっておく必要があった。「字数制限にかからないようにこちらで編集させてもらいます。また、進撃の庶民としてふさわしくない内容がふくまれるとこちらで判断した場合は、許可無くその部分あるいは全文の削除をさせていただきます。それでよろしければ投稿してください」と。こんなことは当たり前のことだ。

今回のようにこのルールがない場合は、筆者にお願いして修正してもらう。ヤンもこれについては頭にあったらしく、お願いしようとしたが時間がなかったと書いている。

いつも私が進撃の庶民を馬鹿にしているのは、このように何事においても常に思慮が足りず、そのことを差し置いていきなり強行手段にでるからだ。会議室において今頃「誹謗中傷と誤解を与える表現を避けよう」などとみぬさが発言している。つまり、「態度を変えるのはお前。俺たちは間違っていない。だから、これからも勝手に編集する。それが嫌ならそんな記事を書くな」と言うわけだ。ことここに至っても何が問題なのかすら理解していない。

それにしても会議室でのコメントでのぞみの名前が出てきたのには笑った。以前、「のぞみがよく進撃についてブログ記事書いてますがどう思いますか」とヤンに直接尋ねたら、「のぞみなんて相手にしてないし、のぞみの名前があがることもない」と答えていたのに、どうやら思いっきり意識しているようだ。

holyfireworkのコメント欄にも今回の件についてのコメントが寄せられたが、彼を擁護する意見があまり見られないのは残念だ。知恵を絞って一生懸命書いた文章であれば、勝手に手を加えられれば怒るのも当然だと思うのだが、適当に調べて適当に書いて投稿している人がいかに多いかということだろう。