コトバの世界旅行!

自分の住む町あれこれや、家族との出来事、そこから感じたこと。⇒何気ない日常をコトバで表現すること。
また、コトバに注目してコトバの世界を旅するブログにしていきたいと思います。


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斜陽館。太宰治の生家をホテルなんかにしなくてよかった。


文学部の大学生だったあの当時、傾いた斜陽館の旅館が東京のリゾートホテルに転売されるという話になっていた。


どう思うかと母に相談されたとき、市民の声として母、太宰の会メンバーだった祖母の妹、祖母の声として、「絶対に無くしてはならない後世に残しておかなければならない遺産だ」と、A4版の用紙いっぱいにものすごく書きまくった。

...

そうして、当時町長だった、祖母の従弟が金木町で、斜陽館の買い取りを決めた。



現在、金木町の観光場所はと聞かれたら、唯一、「斜陽館」だと言っても過言ではないと思う。



今、太宰ファンだと豪語してやまない、読書家としても有名、オシャレでも一目を置かれるピースの又吉さんが斜陽館を訪れている。



その前までは、かみ(東京・都会)の太宰ファン=マニアックで、自殺願望が多いようにとらえられで、地元の人たちの多くは、「自殺した人の本なんて読みたくない」なんて言われてきた。


けれど、芸能人、又吉さんが、太宰の作品をいかに愛しているかをアピールすることから、ありがたいことに、太宰への意識の変化が生まれ始めている。


私は、文学少女だった一人として、太宰作品について、又吉さんとあれこれ話したい!し、来ていただけるだけでありがたいなぁと思う。

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みなさま、お月見はできたでしょうか。

私の住む町、青森県では晴れて、澄んだ空に、遠く小さく、こうこうと静かなお月様が青白い光を放っております。

我が家では、毎年恒例。お月見用のおだんごづくりをしました。

ご近所2軒へおすそ分け。

私は土手へススキを採りに行くと、穂のちょうどきれいに出ているススキが既に採られていて、みんな、考えることは同じで、採りやすい所からとるものだと感じつつ、3メートルもあるようなススキの林をごそごそかき分けかき分けして、やっとこさ、ほんの数本のススキをいただいてきました。(おすそ分け分も)

我が家にある栗の木の枝はあらかじめ切っておいていたので、それと共にかごの花器にススキを生けて飾ると、なかなかいい風情。

そうしてまた、母がこれまで毎年行ってきたように、ブドウ、りんご、嶽キミ(岩木山で採れる、特別に甘いとうもろこし)、栗の実、枝豆、バナナなどのフルーツや野菜など今年収穫できた幸を一皿盛り付けました。最後には日本酒のお神酒をグラスに注いで完了。

そうして、音もなく輝くお月様を外に出たり、窓から時折眺めては、過ごしました。

しかし、小さい頃から行ってきた、お月見の日。

今まで何の疑問にも思ってこなかったのですが、どうして、お月様に今年の幸をお供えするのだろう?どうして、お月様に手を合わせるのだろう?どうして、日本酒をあげるのだろう?これには地域性が関係するのかもしれない、と書いていてふと思ってしまいました。ということで、ネットで検索してみましたが、そのことに関する答えは見つからなかったものの、それ以外の、驚くべき事実が浮かび上がりました。なんと、「中秋の名月」というのは、今日ではないという説なのです!ということで、以下、引用いたしましたので、興味のある方は、ご覧ください。

みなさまの住んでいた地域ではお月様はいかがでしたでしょうか。また、どんなふうにして、十五夜をお過ごしですか?もしよろしかったら、お知らせください。




(アストロアーツより引用)

○名月といえば秋

季節ごとの満月の高度

季節ごとの満月の高度。クリックで拡大(ステラナビゲータ で作成)

「中秋の名月」には月を眺めて、供え物をするなどといった習慣がありますが、そもそも「中秋の名月」とはなんでしょう。昔から、秋こそが月を見るのによい季節とされていましたが、秋である7月~9月のちょうど真ん中の日が、8月15日です。そのため、8月15日を「中秋の名月」と呼んで、月をめでることにしたのです。

なぜ、秋に月を見るのでしょう。その理由は、月の高さと、天気です。太陽が天球上で通る道は、夏は高く、冬は低いことはご存じでしょう。月の通り道も太陽とほぼ同じなのですが、満月は地球から見て太陽の反対側にありますから、夏は低く、冬は高いのです。そこで、ちょうど見上げるのに適した高さの満月となると、春か秋になります。しかし、「春がすみ」や「秋晴れ」という言葉があるように、天気の良さでは断然秋。そこで、秋が月見のシーズンとなったといわれています。

月を重視した旧暦

「秋が7月~9月」「中秋の名月は8月15日」と言いましたが、これは現在のカレンダーではなくて、いわゆる「旧暦」による日付です。日本で太陽だけを元に暦(こよみ)を決めるようになったのは明治に入ってからで、それまでは月の満ち欠けを中心とした暦が使われていました。

新月の日を一日(ついたち)として、次の新月を迎えるまでを1か月、そして12か月を1年としました。月の満ち欠けと日付は対応しているので、普通は十五日が満月ということになります。しかし、この場合1か月は29日か30日となり、およそ354日で1年が終わってしまいます。あまりに太陽の動き(=実際の季節)とずれるのは不便なので、いくつかの取り決めに基づき、3年に1回くらいの割合で「うるう月」を挿入して、調整していました。

現在、正式に旧暦を発表する機関はないものの、以上の法則から旧暦を計算することは可能です。そうして実際に求めると、ほぼ今の日付から1か月遅れていることがわかります。ですから、秋は「旧暦では」7月~9月で、「8月15日」と定義されていた中秋の名月は、9月に行われることが多いのです。

しかし、毎年そうなるとは限りません。そう、うるう月があるからです。たとえば2009年には旧暦5月の後に、旧暦の「うるう5月」が挿入され、旧暦8月は大きく後ろにずれました。おかげで、2009年の中秋は10月3日となったのです。

※実際には、うるう月が入ったために旧暦8月がずれたわけではなく、5月と8月が先に決まりその間を埋めるために「うるう5月」が挿入されたのですが、新暦の観点からは「うるう月が入ったために名月の日が後ろにずれたように見える」ということです。

満月の日は、ずれやすい

2014年9月8日の名月

2014年9月8日の名月(真南の空に見えるころの見え方)(ステラナビゲータ で作成)

さらにややこしいのが、「十五夜」なのに満月ではないということです。これはどういうことでしょう。

ある日付が「満月の日」と言う場合は、その日のうちに「月が満月、つまり地球から見てちょうど太陽の反対方向を通る瞬間を迎える」ことを意味します。「新月の日」も、「月がちょうど太陽と同じ方向を通る瞬間」を含む日です。

さて、「ちょうど新月」から「ちょうど新月」までは、約29.5日。「ちょうど新月」から「ちょうど満月」まではその半分で、平均して約14.8日ということになります。「ちょうど新月」の瞬間を含む日が「一日」ですから、その時刻が午後11時のように遅い時間だと…「ちょうど満月」の瞬間まで14.8日だとしても、それは「十六日」になってしまいます。

その上、月の軌道が楕円であることなど、さまざまな理由で「新月から満月」と「満月から新月」までの時間の長さは微妙に違います。「新月から満月」までの時間が長いと、満月が「十七日」なんてこともありえます。

でも、やっぱり「秋の真ん中」は8月15日なので、たとえずれていても十五夜が中秋の名月。このように立派な根拠があるのですから、しっかりと月を眺めたいものですね。

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3「観光・市民交流の拠点として立佞武多の館は、これだけ大きい建物なんだもの、維持費だけでもそうとうなもんでしょう?今はやりのプロジェクションマッピングとかやって、建物に映像を写すとかしてみてもいいんじゃないの?これだけおおきいんだもの」


他県から来た観光好きな知人が、さらりと言った。


何も言わなくても、あまりにも、ずばりとおぼろげに考えていることを明確にされて、驚いた。



外から来た人から見れば、この巨大な建物を、ほぼ1年間立佞武多を制作しているとはいえ、展示しているだけにしておくのはもったいない、もっと何か、活用法がないか模索するべきでは、と指摘されてしまったのであった。


プロジェクションマッピングは、新たなことを好む五所川原市民にとって、ぜひとも実行してほしい的確な提案だった。



確かに、五所川原や、この奥津軽地域の感覚を総合すると


「わざわざ立佞武多を見るために入館料を払うのはちょっとためらわれる・・・・・・。」とか、

「駐車料金を取られるのが嫌だ」、

「立佞武多は祭り期間中に見ればいい」という雰囲気があるようだ。

更には

「観光客が見に来てお金を落としていけばいい」言う声を耳にする。


けれど、観光客を当てにする、ハコもの時代は終わったと思う。


資金がなければ、青森市のとあるねぶた団体のように、小学生のお小遣いからでも参加できるようにと100円募金を募ってもいいだろうし、弘前市のように、1万円募金をする方法だってあるはずだ。


八戸の「はっち」のようにボランティアの観光ガイドを置くことだってできるだろう。


同じ県のさまざまないいところを取り入れて、改善するべき時が来たのではないかと思う。


五所川原で立佞武多が生まれたのも、電線ができる前のねぷたを復活させようと、最初は岩木川の川原で作った所から生まれた。


去年大阪から来て、見て、感動して、また来たいと思って今年も来たという老夫婦に出逢った。

桟敷席で感極まりながら、「これ、最高だわ」と連呼し、惜しみない拍手をする若い女性に、なんだか共感して、感極まった。

1度見て、今年も来たかったけれど、宿泊先がとれず、断念したという話を聞いた他県の方の話は、けっこう耳にした。

全国放送で流された分、注目され、リピーターも増えてきている。


そのような中で、現状維持ではなく、改革していかなければならないのではないだろうか。


「五所川原市の産業って何?」

「五所川原の主な農業は何がメインなの?」

「五所川原の立佞武多って何?」


たくさんの疑問を投げかけられ、私は返答に窮した。


もしも、立佞武多のお祭りを五所川原市をPRするメインに考えているとするならば、現状のままでは

たくさんの全国からくる観光客を相手に、展示しているだけ感が強すぎる。


軽トラック市は、大町商店街のお祭りで、立佞武多の館前で行われるが、立佞武多のお祭りではない。



市民による「立佞武多及び立佞武多の館の在り方を考える会」を発足させるとか、五所川原市全体で本腰をあげて、考える時が来た気がする。


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2 3台の立佞武多が館の外に出て立ち並ぶという姿を見ることができるのは、365日のうち祭り期間中のたった5日間だけである。この、3台が立ち並ぶ何分かの姿には、いつの間にか、「揃い踏み」とか、「お見合い」などという名称があてがわれている。


3台たちならぶ美しい映像を立佞武多の特集番組で流す。


ぜひとも、直接にその姿を見てみたい!という心理が働くのも当然である。


そうして、初日と、最終日には、市長の挨拶やら、吉幾三さんの歌とダンスパフォーマンスさんによる景気づけがあって、祭りが開幕する。


近隣の人たちおよび、観光客もこぞって、ここに集まる。


けれど、声も聞こえにくければ、吉さんやダンサーさんに至っては姿も見えない。


ずっーっと、警察官が、声を荒げて移動するように促し続けるからだ。


どろぼうをした訳でも、誰かともめたとか、そういう訳でもなく、ただ、見ているだけで、ずっと叱られている気分になってくる。


なんだか興ざめし、しかも、移動するよう促すのは、人を選んでいる様子が垣間見え、果たして、このロータリーでのあり方はこれでいいものだろうかと感じた。


来た人たちみんなが、自由にみられるように工夫はできないのだろうか。


ただでさえ狭い歩道の作りになっているのに、商店前にイスを置いてお金を取って歩く道幅を狭くしていたり、露店が出て、立ち見ができなくなっている。


来年度は、たくさんの観光客が、行き来しながら、3台が自由に見られるよう、どうしたらいいか、本気の議論を商工観光課、観光協会、議会など、オトナの議論が盛んになされるべきだと感じた。




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私の住む町にある五所川原市立佞武多のお祭りをほかの県からわざわざ見にいらしてくださったかたがいました。その方たちを案内してお祭りを見ていると、さまざまな質問や指摘をされたり、おかしいなと思う場面に遭遇しました。

別の地域のお祭りと比較して客観的に見てみるとこれは良くないなとか、もっとこうした方が、と感じることがもしかしたら、あるかもしれないと思い、あえてその一部をコメントします。


1 立佞武多の館に来たのに駐車できない


「立佞武多の館の駐車場が満車だ」と看板を満車にされ、どこに駐車したらいいか困る。(他県旅行者)


なんとか空きができたので、隣の駐車場に停める。(他県旅行者)


食事したり、お土産などを買い、もう少し、駅周辺を見に行こうかという事で、立佞武多の館の駐車場スペースがかなり空いていたため、「駐車できるか」と聞くと、「大丈夫だ」という返答を得たので、車を駐車場から出す。(案内人・他県旅行者)


すると、駐車させてもらえると思いきや、今度は「大型バス専用で、駐車できない」と、スペースがありながら停めさせてもらえないため、困惑して路駐。(他県旅行者・運転手)


それにもかかわらず、他の普通自動車を駐車させている。←なぜかわからない。


立佞武多の館の2時間無料駐車券をもらって駐車場へ戻る。(案内人)


更にもう一台、他の車を優先して駐車させようとしていたため「先程駐車できると言ったはずだ」と言うと、他の駐車係が顔を覚えていて、車を停めさせて。


ということで、他県から来た人は、この、立佞武多のお祭りを見るためにはとりあえず、立佞武多の館に来ればいいんだろうなという思考しかないと思う。


どこに駐車すればいいか、駐車スペースが確保されているか、シャトルバスうんぬんなどはまったく情報が皆無で、来てみて、不愉快な思いをさせられ、途方に暮れるという感覚しかないと感じた。


もしも立佞武多の館駐車場が、祭り期間中、完全に大型バス用ならば、そのように決定してほしい。あいまいなさじ加減で、不当な扱いをしないようにしてほしい。




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