― 2011年7月29日夜、きんたろう永眠。僕の愛ハム「きんたろう」が、逝去した。
実を言うと、6月の半ば頃から、きんたろうは体調を崩していたんだ。
きんたろうはいつもとても健康で、大きな病気をすることもなく、
元気な姿を見せ続けてくれた。
以前骨折をしたこともあったけど、わずか数日で完治したし、
今回もまたすぐに復活するんだろうと思い、
みんなにも心配かけまいと、あえて公表はしていなかった。
でも、なんだかんだで、きんたろうももう2歳半を越えた。
ハムスターの寿命は、約2~3歳。(※種類により若干異なる)
さすがのきんたろうも、体力が落ちてきていたし、
毛の色もだんだん薄くなってきていた。
昔のように壁によじ登ったりすることもなくなったし、
ハムスターボールも回さないし、活動時間もかなり減った。
そんな状態に、急な猛暑。
前日までとは打って変わって突然、高湿度の30℃以上を記録したある日、
きんたろうは体調を崩す。
食欲が激減し、フラフラと歩くようになり、ほぼ一日中眠り続けるようになった。
去年までは同じ環境でも乗り越えてきたきんたろうでも、
やっぱり年には勝てない。
2歳半オーバーということは、人間で言ったら90歳近い(推定)。
涼しい日にはわりと元気な姿を見せてくれたこともあったけど、
それはわずか2日間ほどで、また眠り続けるようになり、
水もあまり飲まなくなり、日が経つにつれ徐々に衰弱。
僕は毎日、仕事に出かける前にタオルをかぶせて調節した上で保冷剤をケージの上に乗せ、
日中の暑い時間帯(昼前~夕方)にタイマーでクーラーをかけ、
帰宅したら保冷剤を交換して…と看病し続けた。
けど、7月28日の夜、きんたろうが軟便をしていることに気づく。
口まわりもお尻も、寝床も部分的に糞で汚れ、
きんたろう自身はあからさまに弱っている。
その時に僕は分かった。
「きんたろうは、明日逝く」
同僚に誘われた飲みはあらかじめ断り、翌日、仕事が終わってすぐに帰宅すると…。
いわゆる「虫の息」状態だった。
もう、持ち上げてもいつものように脚をバタつかせることはなく、
手の平の上に乗せても、横たわったまま。
僕はきんたろうを彼女に見せ、一言だけ言った。
「もう、厳しい。」
彼女はその言葉に“だから、お別れの挨拶を”をいう意味が込められているのを理解し、
その後、数十分に渡って、
苦しそうにかすかな呼吸をするきんたろうをヒーリングし続けてくれた。
「スーーーー…ハーー…。」
平常時のわずか5分の1以下程度のスピードで、わずかな呼吸をし続けるきんたろう。
その呼吸は、僕のおじいちゃんが亡くなる直前とまったく同じだった。
もう、いつ逝ってもおかしくない状態なのに、僕を見つめながら呼吸をし続ける。
そう。
きんたろうは、自分が死んだら僕が悲しむことを分かっている。
だから、一生懸命に生き続けていたんだ。
僕は声に出して言葉をかけた。
「
きんたろう、お疲れさま。
ありがとう。
とても楽しく過ごせたよ。
きんたろうがいて、本当に幸せだった。
きんたろうがいて、本当に良かった。
僕は大丈夫。
だから、もう眠ろう。
大好きだよ。
愛してる。」
僕は仰向けになって寝そべり、きんたろうを自分のお腹の上に横たわらせ、
手で優しく覆うようにして、「おやすみ。一緒に眠ろう。」と声をかけた。
そして、僕も眠ってしまった。
おそらく、わずか10~15分程度だったと思う。
フッと目を覚ました僕は、お腹の上にいるきんたろうを確認すると…
静かに息を引き取っていた。
平日の真っただ中でもなく、日中(仕事中の時間帯)でもなく、週末の夜という、
僕が一番時間と心に余裕を持てるこのタイミングで、安らかに逝ったきんたろう。
無事に看取ることができた。
最期の最後まで、僕と一緒に過ごしてくれた。
最期の最後まで、僕に合わせてくれた。最高の息子だった。
きんたろうは、僕にかげがえのないものを残した。
命あるものを育てるということ。
小さな命の愛情。
異種間であっても、感情や想いは伝わるということ。
そしてきんたろうが最後に導いてくれたのは、これから僕が歩むべき道。
売値価格は、たったの1500円前後。
寿命は、たったの2~3年。
大きさは、手の平に収まる程度。
それでも、命の尊さも愛の大きさも、人間と何一つ変わらない。
大切なものをいっぱい教えてくれて、本当にありがとう。
きんたろう、愛してるよ。
※ご愛読ありがとうございました。
ハムスター日記『きんたろう生活』は、おしまいです。