浜松で禅修行

レストランの食品サンプルみたいなものを並べています。


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今年、一般のかたが見性されました。老師にも認められたようです。


禅堂から帰ってくるやいなや、みんなの前で「しゃべっておらずに坐らなければいかん! 坐れば分かる! 俺は分かった!」と明言されましたので、周囲も、えっ、と驚いて、質問攻めにされていました。


ご本人曰く、こういったお寺や正法がちゃんと日本に存在することを世に知っていただく一助になるなら、ということで、許可をいただきブログに掲載します。


「もう自分には無理かな…」と悩まれていたようなかたでもいらっしゃいましたので、そのかたがひょっとしたきっかけで気づかれ、一夜にして堂々と法を語り始められるということは、実に興味深いことだと思います。


なお、いつ頃、どこのお寺で、誰が、ということについては、ご本人への興味や詮索等が高じてご迷惑をおかけすることが万が一にもあってはいけませんので、あえて伏せさせていただきます。変に詮索することもお避けいただければと思います。あくまでも一般のかたですので。


見性というものが迷信ではなく、本当に誰でもできるということだけ信じていただければと思います。



Q・・・周囲の参禅者(複数)
A・・・ご本人



Q.
すごい明るくなっちゃった。ニコニコしてる。(笑)


A.
スパーンと分かっちゃった。


Q.
へえ、スパーンと分かる。


A.
変な言い方ですけどね、それしか言いようがないね。


Q.
何か事実が、ポーンとやってきたとか? 例えば鳥の鳴く声やセミの声を聞いてとか。


A.
それだとちょっと劇的でいいんですけどね。(笑)


なーんにもせずに坐ってて、「ああ!」だけです。


まあ、実はその前に伏線はあるんです。(一昨日)ここで夜中まで話ししたということもありますし、みなさんでお風呂行ったでしょ、その時、風が強くて、笹がこう、動いてたんです。それがねえ、なんとなく「んんん」という気にはしていたんです。だから、まあ、それが、あとから考えりゃ伏線だと思えば伏線だし、関係ないと言やあ関係ない。


だから、あの、撃竹のようなね、ああいう、あの、絵になるような話はございません。(笑)


Q.
ああ、あの、風呂の窓の所の。


A.
そうそう、あの笹すごかったよね、風が強いから。あれがざーっとねえ、こう、あの、揺れてたんです。それ見て「ああ…」というのはありました。


Q.
じゃあ、逆に、坐禅中に、なにか考え事をしていて、そのきっかけでふと気づいたとか。そうではなく、本当に空白になっちゃったとか?


A.
あっ、私ね、最近、坐禅してもあんまりね、考えないようになった。ただ本当に坐ってる感じが強くなってきました。


だから、あの、十何年こう坐っていて、もう毎回毎回「どうして、どういうふうに坐ればいいんだ、これでいいのか、どうのこうの」とだけが頭にありました。


それがねえ、ここちょっと悩みがなくなっちゃって、こういうふうに坐っとけばいいんだというのが出て来た。で、そういうふうにうちでも坐ってるんです。だから、そういうのもあるのかとも思うんですけどね。よく分かりません。(笑)


Q.
じゃあ、本当にその時はほったらかしになってたら、いきなりバッと?


A.
あ、そう、そうですね。本当に、ただ、こう、時間に行って坐ってたら、「ええっ」という感じですね。よく分かりませんね。説明のしようがない。


Q.
「ええっ」となって、「なんだこれか」って感じですか?


A.
「ええっ」→「えっ」→「あ、なんだそうかぁ」(笑)ってな感じですね。だからよく考えれば本当にどうってことないことなんですねえ。


先ほども老師とお話しした時に、「そのものは本当に保育園の子供でも分かるんですねぇ」ということですよ。


私はすごく勉強が好きだったから、正法眼蔵をざーっと読んでいたんです。このお寺へ来て、老師に本を読むなと言われて、でもなかなか読まずにはおれなくて、でも確かに読む必要はないなと思いましたね。


Q.
じゃあ、結果的には、読まなくてもよかった?


A.
いや、読まなかったとかいうんじゃなしにね、まあ、読んで、覚えたこともあるだろうし。


Q.
分からないね。


A.
うん。


Q.
笹の話をもう一度お願いできますか?


A.
ああ、風呂入っててねえ、風が強かったでしょ、昨日。笹がありましたですよ。それがこう、かなり動いてた。それを見てね、なんとも「うーん」という感じがあったんです、その時にね。「ああ風かあ、うん竹かあ」、あの、まあ、幡がねえ、ありますでしょ。風が動かしてんのか幡が動いてんのかっていう、そういう問答が頭にあるので、「ああなるほどなあ、風がってか、笹が動いてんなあ」ってのがやっぱり、思いをしてるんですね、その時。


それがその縁の中に入ってるのか、それは分からないですけど。ただそれをなんとなく気になってたですね。


Q.
一昨日、あんだけバトルをしていたというのに。(笑)


A.
あれは、本当に、わあわあ言っててね、それでね、自分の中でね、知らぬ間に整理が出来てたかもしれませんね。


Q.
じゃあ、ぜひまた提唱を。(笑)


A.
そういう皮肉をおっしゃらないでください。(笑)


Q.
そういうのがまた、どんな縁になって他の方が見性されるかもしれませんよ。


A.
縁って、作ろうと思って作れるもんじゃないじゃないですか。


Q.
運命的なものですか? 自分の問題ですか? それとも、いわゆる他力っていうか、どこか他から? それともあくまで自分自身の力ですか?


A.
言葉で単純に言えば、本来の面目がバンと現前したということですわね。本来の面目、まあ出ますけどね。その、本当、それが、現状したということですかね、自分の中にね。「ああ、そうか」っていうのはそういうことですね。


Q.
ああ、本来の面目ね…よく分からん。(笑)


A.
だから言葉はいけないんです。なるほどなあ、いかんなあと思いましたねえ。


Q.
一昨日と逆の事を言ってる。(笑)


Q.
「ハッ」と思うでしょ、その後は、もう、今までの疑問みたいなものがなくなる?


A.
うん、分かる。


さっき老師に言われたんですけどね、「(語録は)読みゃ分かるだろ」って言われたんですけどね、そうなんです。


Q.
古い言葉は分からなくても?


A.
ええ。別に翻訳することじゃないから。言われていることが「ああ、そのままだなあ」と、そのままに。要するに書いてあることが分かる。


Q.
何が起きても、今あるものとかは、もう絶対に揺るがないものなんですか?


A.
分かったことはね、もう、そのものだから、揺れやしないし倒れやしないし。だって私が立てたんじゃなしに、昔から立ってるそれだけのことを、立ってるのが分かっただけのことだから、揺るぎもしなけりゃ無くなりもしないし。


Q.
「無」とか「空」とかそういうことも分かっちゃうの?


A.
ああ、あんなもんねえ、どうでもいいことなんです。(笑)


「無」「空」なんて、そんなあほくさいこと言ってる必要はないんです。だから、「無」っていうのはこんなもんか、ということは分かります。「空」って、じゃあ、こういうことかというのは分かります。だけど、じゃあそれが分かっても、言葉じゃなんにもならないです。


Q.
一昨日までは分かんなかった?


A.
理屈でね、こういうもんじゃないのかなあというのは、誰でもやっぱり理屈で考えますよね。それはあったんです。


だけど、「コン」、こっちが分かってみたら、「空はなんだ、無はなんだ」なんてことは、そんな面倒くさいことはする必要がないなあって思って。


Q.
じゃあ般若心経はどうなっちゃうんですか?


A.
だから、「色即是空」、本当そのとおりなんです。だからね、「色に対して空がある」と思ってたから大間違いなのね。文章だから、「色は空だ」と読むから間違うんです。そうじゃない。


いやいやえらそうに言っちゃって恥ずかしい。(照)




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