「ベアテの贈りもの」

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現行憲法 第24条の草案を書いたベアテ・シロタ氏についての映画「ベアテの贈りもの」が岩波ホールで上映されています。数年前には青年劇場で「真珠の首飾り」という劇が上映されていました。


 「民間情報教育局の女性課長のウィード中尉が、婦人参政権の意味を指導するために、名古屋、京都、大阪、神戸、東北地方を行脚するという記事が出ていた。(中略)GHQの中には日本の女性のために、本気になって働いた人が多かった。ウィード中尉は、農村の台所にまで入って「あなた方がシッカリしなくちゃ」と激励しに歩いていた人で、日本女性は、彼女に少し感謝しなければと思う。」

(ベアテ・シロタ・ゴードン著 『1945年のクリスマス』198頁より、柏書房、1995年)

 

アメリカはアフガニスタンやイラクでも、こんなふうに考えて介入しているのかと感想を持ちました。

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「みんなの憲法24条」

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2005年2月、新聞に明石書店の「みんなの憲法24条」原稿募集記事がありました。憲法の改正問題といったら「9条」のことばかりだと思っていたので、オヤと思い、文章を書いて投稿してみました。見事にボツになったのがこの文です。

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現状(家庭内の固定的役割分担)を克服する

ための憲法に

  憲法は、14条で法の前のすべての人の平等を掲げています。だから、特に男女平等の項を設ける必要はないのでは、なぜ二重にあげるのだろう? と思っていました。憲法24条は家族のなかの男女平等を規定していますが、この条文がかえって「男女平等」は家庭のなかに留めておいて、社会には出すまいという歯止めに感じてしまいます。たしかに男性が外で働き、女性は家事・子育てを担い、パート労働という男女の固定的役割分担を行っている家庭はまだ多いでしょう。が、それは家庭内の不平等であるよりは、社会の
不平等の結果であると思います。職場での採用・昇進の壁、男性も長時間労働で介護や育児の担い手が女性にかかってくることなどがその不平等をもたらしているのです。
 他国の憲法を見ると、ドイツでは第3条(1・2・3項)に法の前の平等・男女平等をあげ、結婚についての6条には性の平等は書かれていません。

ドイツ連邦共和国基本法(1994年改定版) 
第3条 
1項 すべての人は法の前に平等である。
2項 男女は、平等の権利を有する。国会は、男女の平等が実際に実現するように促進し、現在ある不平等の除去に向けて努力する。
3項 何人も、その性別、門地、人種、言語、出身血および血統、信仰または宗教的もしくは政治的意見のために、差別され、または優遇されてはならない。何人も、障害を理由として差別されてはならない。

第6条 
1項 婚姻および家族は、国家秩序の特別の保護を受ける。
2項 子の監護および教育は、両親の自然的権利であり、かつ何よりも先に両親に課せられた義務である。その実行については、国家共同社会がこれを監視する。
3項 子は、親権者に故障があるとき、またはその他の理由で放置されるおそれのあるとき、法律の根拠に基づいてのみ、親権者の意思に反して家族から分離することができる。
4項 すべての母は共同社会の保護と扶助を求める権利を有する。
5項 非嫡出子に対しては、その肉体的および精神的発達ならびに社会におけるその地位について、立法により嫡出子と同じ条件が与えられる。

 カナダは15条で法の前の平等を、28条でさらに男女平等をあげ、結婚についての条文はありません。スウェーデンは第1章第2条1項で方の前の平等を、同3項と第2章16条で男女の平等。スペインは第14条で法の前の平等、32条で結婚の平等(男女)。イタリアは第3条で法の前の平等、29条2項で結婚の平等(両配偶者)をあげています。
 これを見ていると、それぞれの国で法の前の平等としての男女平等と、男女に限らぬ結婚の平等に自国ならではの価値を見出しているのだなと感じます。
 たとえば韓国は、第11条で法の前の平等、36条1項で結婚の平等(男女)をあげていますが、さらに第34条<社会福祉等>2項で「国家は、女子の福祉および権益の向上に努めなければならない」とあげています。この一文は、韓国では、一般に女子の社会的地位が男子より低いのだろう、克服したい点を特に憲法の条文にあげているのではと推測させます。
 ひるがえって日本を見たとき、社会における不平等の結果としての家庭内の不平等(固定的役割分担)の現状を克服することを目的に、現在の24条は、両性にとどまらず両配偶者の平等の規定に変え、社会における男女の平等を推進する一文をあげることが望ましいと考えます。


(2005.03.01)

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