どうかあなたに、美しい時間が、流れますように。

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この文章は僕が体験したことを綴っていますが、登場人物の名前だけ変えてあります。
かつてのバンドメンバー達と、妻に贈ります。

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美しいライティングが、僕のグレコのテレキャスター・シンラインを赤や紫に染めた。ドラムのビートが直線的に音楽を牽引していく。赤いリッケンベースのラインがうねる。ブレイクの後、聴衆の心を揺らすようにボーカリストがメロディを叫んだ。

ライブハウスのステージの上は熱い。
汗が目に入るが拭っている暇はない。
指が、体が、心が踊った。

誰かが言っていた。
「ステージの上では自分が一番上手いと思え。ステージの下では、自分が一番下手だと思え」  
その誰かの音魂が自分に宿るように祈った。ほんの一瞬でも自分が一番だと思えるように。  
僕は切るように弦をピックで掻きむしった。
ドラムが僕を後押しする。
余り多くはない観客が目に入った。
彼らに届くように、僕は魂の音量を上げる。
照明が、汗が、楽器が、表情が、命が輝いているのが僕には聴こえた。


30分のステージはあっという間で、高揚感の余韻はなかなか冷めなかった。ライブが終わると、楽器を片付け、聴きに来てくれた方に挨拶し、ライブハウスのマネージャーと今日のライブ内容や今後のスケジュールについて話し合う。
その間も、精神の昂りは消えない。
その日のライブは何故か、僕にとって、いつもより爽快だった。

いつも通りライブハウスのマネージャーから、ライブ回しや演奏のアドバイスをいただき、終電まで打ち上げをし(ライブの後のビールは最高に旨い)、いつも聴きに来てくれる恋人と、最寄り駅まで一緒に帰った。
肩に担いだギターが持ち重りするが、それも心地よい。

月が出ていた。

このバンドのライブがもう二度と無いという事を、その時僕は全く知らずにいた。


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