妄想吹奏楽部 (連載その9)第2章 | 好きなコードはEadd9

好きなコードはEadd9

錦戸亮
SixTONES
Snow Man(岩本照)
好きなモノいろいろ
そして7人→6人の関ジャニ∞の記録

妄想吹奏楽部の続きです。

 

第2シーズンです!!
 
今回は主に、すばるくんの事を考える亮ちゃんのお話。
(新しい登場人物に二宮くん)
 
 
 
 

 

前回までのお話。

 

妄想吹奏楽部 (連載その1)

妄想吹奏楽部 (連載その2)

妄想吹奏楽部 (連載その3)

妄想吹奏楽部 (連載その4)

妄想吹奏楽部 (連載その5)

妄想吹奏楽部 (連載その6)

妄想吹奏楽部 (連載その7)

妄想吹奏楽部 (連載その8)

 

 

 

 

 

こちらがその「まとめサイト」です。

 

 

 

 

 

 

 

では、

続きです。

 

 

 

 

 

 

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第二章PUZZLE

 

 

 

 

強く 強く 強く

 

 

 しばらく台風が日本列島を旋回していたのに、そんなことはだいぶ前の話なのか、8月の終わりの週は、忘れていた夏を取り返すよう太陽は高く上がっていた。

 近くの河川敷でケースに入れたサックスと並んで寝転がっていた錦戸亮を、そんな太陽は僅かな雲を引きつれて照らしていた。

 家ではじっとしていられずに飛び出したものの、構えたサックスが暑さにやられて良い音が出ず、15分もしないうちに座って寝転がってしまった。

 見つめる空の先が眩しいからか大きな欠伸が繰り返し目を霞ませた。両手を頭の後ろに組み直して、左足を右の足にかけると、楽な姿勢を取ってまた目をつむった。

 当然のように何もしていないと、一昨日終わった支部大会を思い出してしまう。

 演奏はまずまずだったが、成績は銀賞。金賞でもなければ全国などほど遠く、演奏の表現力の点が伸びなかった事が指摘された。

 凄く良かったと、見に来ていた部員たちの家族は口々に言った。落ち込んで口をつぐんでいたわが子たちを思っての発言だろうが、銀賞というこの評価に異議を申し立てられるだけの演奏は出来なかったと亮は誰よりも感じていた。全国どころか、金賞すら受賞できなかったのはなぜか?論理的に思考をしているつもりでも、渋谷すばるの欠席を非論理枠に浮かべては、今更になって彼の存在の大きさが目の前を塞ぐほど大きくなりすぎていて、形など識別も出来ずにいた事を思い知らされてしまった。

 「みんなお疲れ様。本当に頑張ったよ。みんなの力を引き出せなかったのは、先生の責任だ、本当にごめん。」

 コンクールの発表が一通り終わったあと、顧問の国分は全員を集めて真っ先にそういって頭を下げた。

 「先生だけが悪くないです。部長としての僕も不甲斐ない点がたくさんありました。」

 横山も頭を下げると、ほぼ同時に村上も深々と頭を下げた。

 涙で顔を濡らしていた女子部員は、その姿を見てまた涙が溢れそうになり、堪えるように鼻をすすっていた。

 これは誰のせいでもない。

 本番での演奏が全てで、その結果が銀賞だったのだ。自分たちの演奏が、まだまだそんなものなのだとはっきり分かっただけである。

 ただ、来年頑張ろう!という雰囲気にならないのは、ここにいる三年生達が今年卒業で、もう来年にはこの場にいないということだ。

 今はそのどうしようもないやりきれない気持ちの矛先を、責任という形で分かりやすくカバーしないと、いつまでたっても納得できずに前へ進めないのである。

 「今週は部活動をお休みしようと思う。宿題もまだ残ってるでしょ?で、新学期からは定期演奏会の準備をして行こう!三年生はそこまでもう少し力を貸して下さい。」

 そう告げると、応援や楽器運びに集まってくれた父母に挨拶とお礼を述べ解散に至った。

 「気持ち切り替えて行こう、定期演奏会がホンマに最後や。それでホンマに俺ら引退するからな!」

 村上は、暗く沈んだ横山を隠すようにそう声を上げ、大きく手を叩いて喝を送った。

 だがその横で

 「だっさい夏やったなぁ・・・」

と吐き捨てるように横山はつぶやき、近くに居た亮はその言葉に反応してしまった。

 「だっさいとか言わないでくださいよ。」

 「いや、ださいのは俺自身ね。」

 横山は自分の鼻先に人差し指を向けると、声もなく空笑いをした。

 「すばるくんがいなかったからとか考えてるんちゃいます?」

 「そんなこと考えてへんよ。」

 横山はそう抑揚もなく言うと、亮の右肩をポンと叩いてそのまま解散を促すように部員に声をかけて回った。

 すばるくんがいなかったから。

 その時、そう考えていたのは亮だけではないはずだ。

昔から横山は心の内を見せようとはしない。少なからず自身の力不足とは別に、思ったことはあったはずだ。ここで言い合いの喧嘩でも出来たらお互い気持ちも晴れるのに、彼はこんなところでもカッコつけようとしていたのだろう。

 寝そべって目をつむっても、太陽の日差しは瞼の裏にまで潜り込んできたため、亮は被っていた帽子を顔の上に乗せ、風が吹けと強く願った。

 こうしていると音楽室とは違った無数の音が遠くからも聞こえてきた。

 川の流れる音、虫を探す少年たちの声、遠くで野球をする人の声、通り過ぎる自転車の車輪の音、アイスキャンデーを売り歩く呼び声、お姉ちゃんとおもちゃを取り合う泣き出しそうな声、草原をこちらに歩いてくる音。そのどれもが亮の頭の中に映像として映し出され、寝転がる自分を俯瞰していた。

 もしかしたらこんなにゆっくりしたのは久し振りかもしれない。どおりで欠伸が止まらない。

 少し眠ろうかとも考えるが、右わきに並んだサックスが盗まれてはならない。かといって胸の前に抱きしめて横になる訳にもいかず、亮は上半身を持ち上げて三角座りをし、すぐにだらりと膝を倒して股を開くと、後ろ手に両手をついて空を見上げた。

 昔ここで、良く三人で集まったなぁと十年近く前の事を思い出す。

 すばるはフルートを始めてすでに三年は経過していた。

 亮は八歳のクリスマスにサンタさんにお願いしてサックスを買ってもらったから、まだその時は河川敷で練習するすばるの演奏をアイスキャンデー片手に、食べながら聴いていた。

 「すばるくん、その笛の音、すっごく綺麗やね。」

 「亮、これはフルートいうねん。持ってみる?」

 「ええの?」

 すばるから手渡されたフルートはピカピカに輝いていて、絵本で見る笛なんかよりも、ずっとずっと美しく、その繊細な作りに亮は手が震えたのを今でも覚えている。

 「いいなぁ、俺も欲しいなぁ。」

 「亮も買ってもろたら一緒に練習できるで。」

 そう言ってにっこりとすばるは笑った。

 何気ないその一言がきっかけだったと他人は笑えばいい。亮はその日から、来る日も来る日も楽器を親にねだった。いい子にしていたらを引き合いに、家の手伝いも、勉強も一生懸命にやった。

 すばると同じフルートが欲しかったが、ある日すばるから亮はサックスが似合うと言われたのと、父が車の中で流すジャズに胸がくすぐられるようになってからはサックスに取りつかれ、それを大人になった自分が華麗に演奏しているのを子供ながらに想像して胸が高鳴っていた。もちろん、その近くにはすばるの姿も一緒にあった。

 渋谷すばる。その人は亮にとって、小さいころから憧れの存在だったのだ。

小さくて華奢な身体つき、猫のようなクッキリとした目、どんぐりの笠のように切られた髪型、見た目通りの思いやりと、人一倍まわりの人間の気持ちを察してしまう敏感な心の持ち主で、あえて自分から少し距離をとるように生きている。そんな事を知らない人は、すばるを取っつき難いと言うだろう。

 でも、すばるがフルートを演奏すると誰もがその演奏に耳を傾け、自我を忘れて取りつかれる。それは、他の追随を視界に捕らえられないほどの煌めきで、音が光を放って踊りながら彗星のように消えてゆく。もし、その場に偶然居合わせたのならそれは幸運なくらいだと亮は本当に思っていた。

 フルートで人に問いかけ、湧き上がる感動や興奮、迷いやとまどいを誘発し、そして時に反発するような音色で空気を震わせ、聴く人の心を揺らす。小柄に容姿端麗、口数の少ない彼は、いつしか“神童”と呼ばれるようになっていた。

 そんなすばるを尊敬し、追いかけるべき人だと亮は必死に追いかけ、すばるを自分の事のよう誇らしく思った。時に本人以上にその音楽を熱く語り、気持ちが収まらないくらい溢れる時もあった。いつもすばるは、そんな亮の事を傍らで笑って見ていた。天狗にもならず、いつもすばるはそのままで居続けた。

 同じマーチングに所属しているときも、この河川敷で練習するときも、いつも一緒にいたはずなのに、亮はすばるの何を知っていたのだろう。なぜ、すばるがコンクールに参加しなかったのか、いまだに納得のいく答えは出ていなかった。

 今思うと、すばるは亮が追い付いて来やすいところをいつも歩いていてくれたように思う。

 ただ、すたすたと歩く割に行先は定まっておらず、たまに亮が 「そっちじゃないよ。」と笑いかけていた。すると、「そうやったっけ?」っと、もじもじきょろきょろと視線を合わせないように照れながらまた歩き出す。そうやって音楽の道を二人で歩いて来たと亮は思っていた。必死に追いかけていたその背中に並べたと思っていたのに、その姿は音も立てずに静かに消えていた。

 俺らとは違ってすばるはシンドウなんやって。」

 「シンドウってなんて意味なん?」

 「知らん。でも特別って意味や。」

 そうやって少し拗ねるように言い放った横山くんの声が遠い記憶と共に蘇った。

 俺ら、とまとめないでもらいたいと亮は当時と同じように憤慨した。その特別に俺もなればいいと、ただひたすら喉がカラカラになるまで練習をした。

 そのかいあってか、亮が中学にあがる事には持ち前のセンスで自身のスタイルを作り上げていた。

 ただスクールで知り合った人達との演奏と、中学の部活でやる演奏の違いにとても戸惑った時期もあった。どちらも自分の為になることだと懸命に頑張っていたが、昔から知っていて信頼しているスクールの人達といる時と、経験者だからと頼られ慕われている自分。その違いを切り替えるのに幾分神経を使い、自分の居場所はどこが適しているのかと悩んだ。

 もともと末っ子気質が強い亮は、自由奔放にふるまうことの方が肌にあっていた。それはもちろん常識の範囲内で。

 双方で異なるポジションを強いられていたことに少し疲れていたが、自分にとって自信のあることだと自負していた時「音が雑な気がする。」ぽつりと言われたその言葉は亮をドキリとさせた。今も心の芯となり、ぶれそうになる気持ちを正しいと思う位置に戻してくれる。

 その言葉を亮に放った二宮和也は、この河原で練習する時、いつも暇そうにすばるの傍にいた。

 顔色の良い日を見たことがないくらいいつもぼーっとしていて、野球をやっていたころの坊主がそのまま髪を伸ばした頓着な髪形と、ぴたりと閉じたままの薄い唇。どこで買ったのか分からないお土産だろうと思われるシャツと、量産された型のパンツをいつも履いていた。ただその優しそうな目は、常に隙をつくマジシャンのように情報を処理し続け、策士を思わせる佇まいをしていた。

 すばるとは付き合いが長く、目だけで会話しているのを見たとき、この二人の間には入れないと亮は確信した。

 そんな彼は、いつもお気に入りのアイスを食べ終わると、その棒に当たりがない事を確認してから河原に寝転がった。アイスの棒を歯で挟んだまま目を閉じてじっとしている。

 いつだって、すばると亮が練習する音は聞いていないと思っていた。「ふぁーーーって音は眠くなるね。」などと言っていたのに、なのにあの時、彼は突然そう言った。

 「なんか、いつもと違うよ亮ちゃん。」

 寝転がったままだったので無視しようかとも思ったが、その言葉にドキリとしている自分と柄にもなく“ちゃん”と呼ばれて悪寒が走ったことで、とてつもない恐怖を感じた。

 こちらは更に何かを言われるのではとドキドキしていたのに、二宮は亮に目線を一度送ると、それ以上は何も言わず、また同じように静かに眠っていた。

 同じ学年なのに恐ろしい存在だと直感で思った。でも、それをきっかけに彼に興味を持ったのも事実で、相談や他愛もない悩み事は、それからは二宮にするようになった。

 「亮がひとりなの、珍しいね。」

 「えっ!?」

 突然名前を呼ばれてはっと顔を上げたが、深くかぶっていた帽子で遮っていた日差しに視界を阻まれた亮は、そのぼんやりと浮かんだシルエットをこらすように見つめた。

 背の低い草むらの中を足音もなく現れ、その空間だけ時間がゆっくりと動いているように思わせる二宮が、少し色の落ちた野球帽を被って亮の近くに立っていた。

 「ほい。」

 そう言って二宮が亮に差し出した手には、四角く、少し幅のあるアイスキャンデーがあった。

 「昔みたいに細いやつかと思ったらさ、変わってて。なんか若い人が売ってたし、味も増えてたのよ。しかもちょっと高かった。けど、はい。」

 「ありがとう、いただきます。」

 差し出されたモノを亮が受け取ると、にっこりと笑っていた二宮は亮の隣に腰を下ろした。

 もともと袋には入っていなかったのだろうけれど、「けど、はい。」と言った二宮に亮はいろんな事を感じていたため、なかなか手をつけられないでいた。

 「溶けちゃうよ。」

 二宮はアイスが冷たいからか、眉間にしわを寄せながら口をすぼめて食べていた。

 その様子がおかしくて亮は笑った。

 「何で笑うんだよぉ。」

 二宮は胡坐をかいた右の太ももをボリボリと掻きながら同じように笑った。

 風のない静かな午後に、亮は夏の終わりを感じながらアイスキャンデーに噛り付いた。

 「うわ、うんめ。」

 「ね、それ一番人気らしいよ。」

 亮のアイスは、赤色と黄色と少し白が混じりあったマーブル模様をしていた。

 「苺とレモンかな・・・に、バニラ・・・です。」

 「二宮くんのは?」

 「俺のはソーダ。」

 そう言って嬉しそうにうんうんと体を揺らした。

 「亮、元気?」

 二宮は亮の方を見ずに空に向かってそう呟くと、また一口かじってアイスを食べた。

 「うん、元気は元気。二宮くんは?」

 「俺?ゲームしかしてないから元気よ。」

 「ふーん、どんなゲームしてるの?」

 「興味ないでしょ、聞いたところで。」

 そんな他愛の無い話をしていたけれど、あまり会話は続かなかった。

 黙ってアイスを食べ、スティックだけになった頃、二宮が口を開いた。

 「コンクール、なんか残念だったね。」

 「うーん、うん。でも、足りなかったものは分かってるから。」

 「そっか、なら来年だね。」

 二宮はもう一度「来年だぁ」と呟くと、視線を下げていた先に生えている足元の草をちぎり、ぽいとその辺にほうり投げてしまった。

 「ところで、何で二宮くんがコンサートの結果知ってるん?」

 「うん?」

 二宮はくりっと目を見開くと、とぼけるような顔を亮に向けた。人は、突然に不意をつかれると動揺するものだが、二宮のその振る舞いだけは演技のようで、いつも真意は測れないなと亮は思った。

 「ところによる情報通がいるのよ、俺の周りに。」

 そう言うと二宮はニヤリ誇らしげに笑った。

 「今日は練習ないんだね。」

 「うん、この週はお休み。」

 「すばるも朝から病院行ったよ。」

 「あぁ、ホンマ。おばさん、まだよくないんやね。」

 「うん・・・うん。」

 すばるのお母さんはもう長い間、入退院を繰り返していた。家が隣同士のすばると二宮は、ことあるごとにお互いの家を行き来しているようで、亮の知らない事も二宮が知っている事が多かった。

 「すばるくんさ、コンクールに出えへんかってん。」

 「うん。」

 「なんでやと思う?今年で最後やのにさ。」

 亮は、思った事をそのまま口に出した。出していて、そんな事を二宮に聞いてもしょうがないと分かっていた。けれど、こんな弱気な気持ちは、早く吐き出してしまいたかったのだ。

 ただ初めて今、自分が少し弱い気持ちになっていたのだと分かったことで解が見えた反面、気持ちの渦は更に深みをましてしまった。

 「直接聞いてみたら?」

 二宮は、さも当たり前だという顔でさらりと言った。

 「すばるくんに?」

 「他に誰がいんのよ。」

 二宮は眉をハの字にして、何だか呆れるように優しく笑った。

 「出来へんよ。」

 「なんで?」

 「えぇ、分からん。」

 亮の顔が必死だったのか、二宮は吹きだしたのを隠すよう顔を逸らして笑った。

 「電話でもイイじゃん。」

 「俺が電話すんの?出来へんよ。」

 「なんでよ、ワンプッシュじゃん。」

 「えぇ、電話、で?聞かれへんよ。」

 「じゃあ、直接聞けば?」

 「直接なんて、もっと無理やん。」

 「ええ、じゃあ何?どうしたいの?」

 「分からん。」

 二宮は、今のやり取りが面白かったからか、はたまたただ呆れたのか、鼻で失笑気味に笑うと、また視線を足元に落としてしまった。

 「すばるにはきっと、」

 初めて二宮が少し考えるように間を取ると、猫背で俯いたまま首だけで亮の方に顔を向け、覗き込むように目を合わせた。

 「きっと、なにかちゃんと理由があるはずだよ。」

そう言うと、今度は眩しそうに顔を上げて、そのまま止まってしまった。

 

 「錦戸くーん?」

 またも名前を呼ばれて、後方へ体を捻るっと、土手の上にそら@うみ先輩とぴい先輩が立っていて、手を上げてこちらを見ていた。

 「あ、先輩や。二宮くん、ちょっとごめん。」

 そう言って上の方を指しながら立ち上がったが、二宮は大きな欠伸をしたまま何も言わなかった。

 亮が二人の元に駆け寄ると、夏休みなのに制服を着た先輩は手元にそれぞれ楽器を持っていた。

 「あれ、先輩達どうしたんすか?どっか行ってたんですか?」

そう問いかけると、そら@うみが事情を話してくれた。

 「楽器吹きたいなって練習場所を探してたら連絡が入って、どうやら音楽室が使えるみたい。」

 そうにっこり笑いながら嬉しそう言うと、今度は一歩後ろに下がっていたぴいがそら@うみの横に並んでは話出した。

 「どうやら皆考える事は一緒みたい。安田くんが守衛さんと仲がいいからって掛け合ってくれたみたいで、音楽室を開けられたんだって。もちろん先生にも了解はもらってね。で、みんなに連絡して、来れる人は音楽室に集まってるみたい。」

 「私たちも急いで着替えて来たところ。」

 そら@うみが制服を引っ張ってみせた。

 「歩いてたら錦戸くんが見えたから、連絡いってないのかなって思って。」

 「いや、知らなかったっす。」

 そう言ってパンツの右前に突っ込んである携帯を取り出すと、着信が3件とメールが数件入っていた。

 「あぁ、気が付かなかった。」

 「一緒に行こうよ。」

 二人の先輩は揃って学校の方を指さして笑い合った。

 「あ、でも僕私服っすよ。」

 あぁ、確かにと二人の先輩は顔を見合すと、ううんと唸った。

 「じゃあ、着替えてから行きますね。」

 亮はそう切り出すと、携帯を乱暴にポケットに突っ込み、土手の方を戻ろうとした。

 「すばるくん、は来るかな?」

 そうぴいが亮に問いかけた。同じフルートのパートなのだからぴいの方がよっぽど連絡をしやすいだろうと亮は思ったが、どうやら電話は繋がらないらしい。

 「あ、今日は病院に行ってるって、聞きました。」

 二宮から聞いたと、そちらを指さしてみたものの、二人は二宮の事を知らないのだからと行動と言葉がちぐはぐになってしまい亮は一人で笑ってしまった。

 「じゃあ、僕着替えてすぐ行きますね。」

 そう言ってぺこりと頭を下げたが、急ごうとしていた亮をぴいが止めた。

 「病院って、すばるくんやっぱりどこか悪いの?」

 深刻そうにぴいがそう言うと、さっきまで嬉しそうにしていたそら@うみも神妙な面持ちで亮を見つめていた。

 「いや、すばるくんのお母さんが入院されてるから、それの、ですよ。」

 亮が慌てて修正すると、そら@うみは「そうだったんだぁ。」と胸を撫で下ろした。でも、ぴいは何か思う事があるのか「本当に?」と質問を繰り返した。

 「本当っすよ。」

 

 その後、亮は二人の先輩と別れ、急いでサックスを取りに戻ると「500円」と二宮にアイスキャンデー代を案の定請求された。二宮は村上とは違う意味でお金に細かいと思ってはいたので食べるのを躊躇してしまったのはその為だ。でも「冗談だよ。」と笑うと、眠いと言ってその場にまた横になってしまった。

 「俺、練習行ってくるね。」

 寝転がって、同じように野球帽を顔の上に乗せた二宮にそう声をかけると、彼は左手を上げて手首だけでふるふると手をふり、またその手を頭の下に挟むと、何も言わずにまた動かなくなってしまった。

 数歩進んでから亮は足を止めた。先程ぴいと話した病院の事を聞いてみたくなった。

 自分も思ったまますばるのお母さんの事だと二人に告げたが、もしかしたらと何かが引っ掛かったのもたしかだ。

 「二宮くん」

 振り向いてそう叫んでも良かったが、亮はそれをしなかった。

 楽器も吹かずに寝転んでいた自分を見つけて、アイスキャンデーを買って来てくれた人。

 二宮は目立たないところでそうやって気を使える人なのだ。その人が何も言わなかったのだから詮索する必要はない。

 亮はそのまま振り向かずに土手を上がり、急いで家へと向かった。