2011-07-20 01:57:40
要するに他人と比較してではなく、自分で自分に納得がいくかどうかが重要なのです
テーマ:ブログ
これから1ヶ月はペルシア語強化月間!
おはようございます。白山駅です。
さてさてさて、光陰矢のごとし、とはよく言ったもので、月日があっという間に過ぎていく。それに対してなかなか自分の想定・想像していたようにはなかなか物事が進まないので、余計に焦ってしまう。
けれども、最近は、焦るな、焦るな、と自分の中でとにかくひたすら呟きながら過ごす日々です。
やはり、余裕、て大事やねぇ。何事も余裕を持って行動できると、ちょっとかっこいいというか、オトナになれた気がする。
まぁ、いいや、こんなボヤキは。
えーと、イラン取材までなんだかんだで1ヶ月をきりまして、いい加減ですねぇ、ペルシア語をどげんかせんといかので、これから約一ヶ月はペルシア語強化月間と(自分の中で)称して、血ヘド吐くまでペルシア語にどっぷり浸かりたいと思います(笑)
まぁ、どんな言語においてもそうですが、ペルシア語もその例に漏れず、口語(話し言葉)と文語(書き言葉)の違いがありまして、
たとえば、
日本語で、
「今日、何食う?」は口語的表現ですが、
「今日、あなたは何を食べますか?」とすれば、同じ内容を示してはいても、文語的表現になります。
で、同じように
ペルシア語で、
esm-e shoma chist?「あなたの名前はなんですか?」というのが、文語表現ですが、
これが口語になると、英語のbe動詞に当るastが「e」に変化して、
esm-e shoma chi-e?というふうに変化します。
それから、
ペルシア語の口語の発音上の変化として、
語中に-aan-という文字が入ってくる場合、
アラビア文字での表記上はaan(アーン)であっても、長母音のaaが単母音のuに変化します。それから語頭以外のhは脱落、あるいはかなり弱く発音されるため、
ex.
テヘラーンTehraan
テエルンTe:run(hは脱落)
などの変化があります。
火曜日に約1ヵ月ぶりにケトルに行ったら、たまたま来たペルシア語の後輩の女の子から教えてもらいました。いやぁ、これだけでも久々にケトルに行った甲斐があったというものです。
それからちょっと高かったけど、買っちゃいました。
ペルシア語四週間/黒柳 恒男

¥7,350
Amazon.co.jp
ゼミの先生からもペルシア語を本格的にやるならこれだよ、と言われていたので、ようやく購入。4週間とか言ってるくせに601ページもありやがる・・・つまり、1日20ページやれば、1ヶ月で終わるわけですねそうですねそうゆーことですねわかりましたはい。
はい、そんなこんなで。
日曜
お昼頃からバンドのミーティング。
ちょっとレコーディングをしたんですが、あまり喉の調子がよくなくてダメだったなぁ。レコーディングに合わせて体調や喉の調子を整えるのも仕事のうちだろ、このボケ!と内心一人ごちておりました(笑)
ミーティング終了後、バイトのため新宿へ。
久々にディスク・ユニオンに行って一枚だけCDを購入。
Rahat Nusrat Fateh Ali Khan/Rahat Nusrat Fateh Ali Kahn

¥1,496
Amazon.co.jp
南アジア地域におけるイスラーム神秘主義集団歌謡こと、カウワーリーの代名詞的存在パキスタンの故ヌスラット・ファテ・アリー・ハーンの甥で同じくカウワール(カウワーリーの演奏家)のラーハト・ファテ・アリー・ハーンのアメリカでのスタジオ・レコーディングのデビュー作。
正直、今更ヌスラット関連のアルバムはもういいかなぁと思っていたのですが、この日は何だか買っておこうという気が起きて買って帰って家でライナーノートを見ていたら、詩の訳者が学部時代の恩師だったと言うね、世の中なんて狭いんだろう・・・と何だかおかしくなってしまいましたが、そんな邂逅にも喜びつつ。
で、CDの内容ですが、4曲入りで、
最初の2曲はウルドゥー語で歌われていて、残りのもう2曲はパンジャービー語によるものです。
1曲目の「Allah Jallay Shan」は「神の威厳は偉大で栄光ある」という意味のタイトルで、神の偉大さを褒め称える内容の歌。
ジャッレー・シャーンJallay Shanは祈りの文句で、より正確なアラビア語ではジャッレー・シャーヌフJallay Shanuh。
2曲目の「Ali Dum Dum」は「息をするたびにアリー(を想起する)」という意味で、第4代目の正統カリフであり、預言者ムハンマドの娘婿アリーと、パキスタンで非常に人気のある聖者の一人で、イランのマルワンド出身でスィンド州のセへワン・シャリーフに聖者廟のあるラール・シャーバーズ・カランダルLal Shahbaz Qalandarを褒め称える内容の曲。今回の取材旅行で、マルワンド近くのタブリーズに行く予定なので、折角ならマルワンドにも行こうかと企んでいます。
3曲目「ラガー・ローグ・ワッチョーレー・ダーLaga Rog Wachhoray Da」はパンジャービー語で歌われているもので、英語ではI have been afflicted by separationと訳されていて、邦題は「あなたとの別離にさいなまれ」となっていますが、パンジャービー語からの直訳だと「愛は別離の苦しみ」とかそういった意味になるかと思います。
イスラーム神秘主義の理想の境地として、「神との合一」と言うものがありますが、この歌はそのように神を熱望して、まるで恋人との別離を苦しむように、神との別離の辛さ、苦痛を歌った内容のものです。
4曲目「ハーバーン・ウィチュ・メーレー・ナ・トゥーン・アーKhaban Wich Mere Na Tun Aa」もパンジャービー語で歌われたもので、「私の夢の中にまであなたよ、現れないで」といった意味です。歌詞の内容を見ると、苦しいほどに恋い慕っているのに、恋人に裏切られる辛さを味わう恋する者の辛い気持ちを歌ったものです。
一見すると普通の恋愛歌のようですが、イスラーム神秘主義歌謡の場合、愛するものは人間であり、愛されるものは常に「神」なので、ここでも「あなた」は神を意味しています。スーフィーたちが神に恋焦がれ、どれほど神を信頼し、祈りを捧げてもなかなか想いが神に通ずることがない苦しみにあえぎ、それでも神(恋人)のことを考えずにはいられないという葛藤を歌ったもので、これはもう究極の恋愛歌と呼べるでしょう。
いやぁ、それにしても、歌詞の内容が解かるとより曲の理解が深まるから楽しいなぁ。パンジャービー語をやっていてよかったなぁとしみじみ思う今日この頃。
はい、で、だいぶ話が脱線してしまったので、話を元に戻して、
終日バイト。
月曜
昼間はずーっと家で文献を読んで過ごし、夕方から終日バイト。
火曜
この日も朝から文献を読み、お昼過ぎに家を出て、野暮用を済ませ、約1ヶ月ぶりにケトルへ行った。というのは、自分への戒めとして、この野暮用というのが済むまでケトルへは行かないようにしよう、と決意していたので、この日ようやく、大きな肩の荷のひとつが下りたので、ホッと一息つきに行きました。
そーしたら、ケトルの常連のお客さんにお昼ご飯とコーヒーをご馳走になり、ペルシア科の後輩にペルシア語についてご教授いただいた。
その後、バイト先でも後輩からちょっとしたプレゼントをもらい、ああ、人間生きてりゃたまには良いことあるなぁ、と本当に思った、本当に思った。しみじみ思った。そんな一日でした。もっと頑張ろう。
水曜
この日も朝から文献を読み、お昼過ぎに出かけ、ちょっと買い物に出かけたら、途中自転車のチェーンが外れてだいぶ焦った。
で、夕方から終日バイト。
帰宅後、和光大の村山先生と電話をして取材の話しなんかをしていたら、ものすごくイランに行きたくなった。ああ、早くイランに行きたい。そしてそのまま地の果てに消えてしまいたい・・・
なーんてね(‘∀’)
木曜
この日も朝から文献。
夕方から終日バイト。
今週ようやく、『イランを知るための65章』読了。何といってもこの本は執筆人が本当に豪華だし、入門者の人たちの興味・関心をくすぐる様々なテーマの記事が満載なので、イランについて学びたい人には恰好の入門書と言えるんではないかと思います。
で、現在は
ペルシア語が結んだ世界―もうひとつのユーラシア史 (スラブ・ユーラシア叢書)/著者不明

¥3,150
Amazon.co.jp
と
民衆のイスラーム―スーフィー・聖者・精霊の世界 (異文化理解講座)/著者不明

¥1,890
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を読み始めました。あーもう本に殺される(苦笑)
あーそうそう、書き忘れるところでした。
村山先生からまた仕事を少しふっていただいて、ちょっとさきですが、11月にある日本パキスタン協会のシンポジウムでパネラーの一人としてサラーエキー語文化について少しお話をさせていただくことになりました。
…といっても人様に話が出来るほど、サラーエキー語については何にも知らないので、今回の取材でパキスタンのサラーエキー語文化圏の中心地ともいえるムルターンにも行く予定なので、その辺でしっかりネタ集めしてこようと思います。
それから、雑誌を通じて知り合った方で、
『左隣のラスプーチン』という団体に所属し、音楽と草野球ととんかつをこよなく愛する、かつとんたろうさんからまたお話をふっていただいて、昨年も出演させていただいた小田原のFMラジオ番組、『象の小規模なラジオ』に再び出演することになりそうです。今回は音頭と浪花節など日本の伝統芸能についての特集とか。
そんな感じです。
あーお腹空いた。
いや、きっとこれは気のせいだ。
空腹は、
気のせいだ。
おはようございます。白山駅です。
さてさてさて、光陰矢のごとし、とはよく言ったもので、月日があっという間に過ぎていく。それに対してなかなか自分の想定・想像していたようにはなかなか物事が進まないので、余計に焦ってしまう。
けれども、最近は、焦るな、焦るな、と自分の中でとにかくひたすら呟きながら過ごす日々です。
やはり、余裕、て大事やねぇ。何事も余裕を持って行動できると、ちょっとかっこいいというか、オトナになれた気がする。
まぁ、いいや、こんなボヤキは。
えーと、イラン取材までなんだかんだで1ヶ月をきりまして、いい加減ですねぇ、ペルシア語をどげんかせんといかので、これから約一ヶ月はペルシア語強化月間と(自分の中で)称して、血ヘド吐くまでペルシア語にどっぷり浸かりたいと思います(笑)
まぁ、どんな言語においてもそうですが、ペルシア語もその例に漏れず、口語(話し言葉)と文語(書き言葉)の違いがありまして、
たとえば、
日本語で、
「今日、何食う?」は口語的表現ですが、
「今日、あなたは何を食べますか?」とすれば、同じ内容を示してはいても、文語的表現になります。
で、同じように
ペルシア語で、
esm-e shoma chist?「あなたの名前はなんですか?」というのが、文語表現ですが、
これが口語になると、英語のbe動詞に当るastが「e」に変化して、
esm-e shoma chi-e?というふうに変化します。
それから、
ペルシア語の口語の発音上の変化として、
語中に-aan-という文字が入ってくる場合、
アラビア文字での表記上はaan(アーン)であっても、長母音のaaが単母音のuに変化します。それから語頭以外のhは脱落、あるいはかなり弱く発音されるため、
ex.
テヘラーンTehraan
テエルンTe:run(hは脱落)
などの変化があります。
火曜日に約1ヵ月ぶりにケトルに行ったら、たまたま来たペルシア語の後輩の女の子から教えてもらいました。いやぁ、これだけでも久々にケトルに行った甲斐があったというものです。
それからちょっと高かったけど、買っちゃいました。
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はい、そんなこんなで。
日曜
お昼頃からバンドのミーティング。
ちょっとレコーディングをしたんですが、あまり喉の調子がよくなくてダメだったなぁ。レコーディングに合わせて体調や喉の調子を整えるのも仕事のうちだろ、このボケ!と内心一人ごちておりました(笑)
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正直、今更ヌスラット関連のアルバムはもういいかなぁと思っていたのですが、この日は何だか買っておこうという気が起きて買って帰って家でライナーノートを見ていたら、詩の訳者が学部時代の恩師だったと言うね、世の中なんて狭いんだろう・・・と何だかおかしくなってしまいましたが、そんな邂逅にも喜びつつ。
で、CDの内容ですが、4曲入りで、
最初の2曲はウルドゥー語で歌われていて、残りのもう2曲はパンジャービー語によるものです。
1曲目の「Allah Jallay Shan」は「神の威厳は偉大で栄光ある」という意味のタイトルで、神の偉大さを褒め称える内容の歌。
ジャッレー・シャーンJallay Shanは祈りの文句で、より正確なアラビア語ではジャッレー・シャーヌフJallay Shanuh。
2曲目の「Ali Dum Dum」は「息をするたびにアリー(を想起する)」という意味で、第4代目の正統カリフであり、預言者ムハンマドの娘婿アリーと、パキスタンで非常に人気のある聖者の一人で、イランのマルワンド出身でスィンド州のセへワン・シャリーフに聖者廟のあるラール・シャーバーズ・カランダルLal Shahbaz Qalandarを褒め称える内容の曲。今回の取材旅行で、マルワンド近くのタブリーズに行く予定なので、折角ならマルワンドにも行こうかと企んでいます。
3曲目「ラガー・ローグ・ワッチョーレー・ダーLaga Rog Wachhoray Da」はパンジャービー語で歌われているもので、英語ではI have been afflicted by separationと訳されていて、邦題は「あなたとの別離にさいなまれ」となっていますが、パンジャービー語からの直訳だと「愛は別離の苦しみ」とかそういった意味になるかと思います。
イスラーム神秘主義の理想の境地として、「神との合一」と言うものがありますが、この歌はそのように神を熱望して、まるで恋人との別離を苦しむように、神との別離の辛さ、苦痛を歌った内容のものです。
4曲目「ハーバーン・ウィチュ・メーレー・ナ・トゥーン・アーKhaban Wich Mere Na Tun Aa」もパンジャービー語で歌われたもので、「私の夢の中にまであなたよ、現れないで」といった意味です。歌詞の内容を見ると、苦しいほどに恋い慕っているのに、恋人に裏切られる辛さを味わう恋する者の辛い気持ちを歌ったものです。
一見すると普通の恋愛歌のようですが、イスラーム神秘主義歌謡の場合、愛するものは人間であり、愛されるものは常に「神」なので、ここでも「あなた」は神を意味しています。スーフィーたちが神に恋焦がれ、どれほど神を信頼し、祈りを捧げてもなかなか想いが神に通ずることがない苦しみにあえぎ、それでも神(恋人)のことを考えずにはいられないという葛藤を歌ったもので、これはもう究極の恋愛歌と呼べるでしょう。
いやぁ、それにしても、歌詞の内容が解かるとより曲の理解が深まるから楽しいなぁ。パンジャービー語をやっていてよかったなぁとしみじみ思う今日この頃。
はい、で、だいぶ話が脱線してしまったので、話を元に戻して、
終日バイト。
月曜
昼間はずーっと家で文献を読んで過ごし、夕方から終日バイト。
火曜
この日も朝から文献を読み、お昼過ぎに家を出て、野暮用を済ませ、約1ヶ月ぶりにケトルへ行った。というのは、自分への戒めとして、この野暮用というのが済むまでケトルへは行かないようにしよう、と決意していたので、この日ようやく、大きな肩の荷のひとつが下りたので、ホッと一息つきに行きました。
そーしたら、ケトルの常連のお客さんにお昼ご飯とコーヒーをご馳走になり、ペルシア科の後輩にペルシア語についてご教授いただいた。
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なーんてね(‘∀’)
木曜
この日も朝から文献。
夕方から終日バイト。
今週ようやく、『イランを知るための65章』読了。何といってもこの本は執筆人が本当に豪華だし、入門者の人たちの興味・関心をくすぐる様々なテーマの記事が満載なので、イランについて学びたい人には恰好の入門書と言えるんではないかと思います。
で、現在は
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を読み始めました。あーもう本に殺される(苦笑)
あーそうそう、書き忘れるところでした。
村山先生からまた仕事を少しふっていただいて、ちょっとさきですが、11月にある日本パキスタン協会のシンポジウムでパネラーの一人としてサラーエキー語文化について少しお話をさせていただくことになりました。
…といっても人様に話が出来るほど、サラーエキー語については何にも知らないので、今回の取材でパキスタンのサラーエキー語文化圏の中心地ともいえるムルターンにも行く予定なので、その辺でしっかりネタ集めしてこようと思います。
それから、雑誌を通じて知り合った方で、
『左隣のラスプーチン』という団体に所属し、音楽と草野球ととんかつをこよなく愛する、かつとんたろうさんからまたお話をふっていただいて、昨年も出演させていただいた小田原のFMラジオ番組、『象の小規模なラジオ』に再び出演することになりそうです。今回は音頭と浪花節など日本の伝統芸能についての特集とか。
そんな感じです。
あーお腹空いた。
いや、きっとこれは気のせいだ。
空腹は、
気のせいだ。












