自由という不自由

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 書き忘れてしまったが、昨日のfacebook交流会では、自分のブログの読者にもなってくれている、イクメン社労士こと梅川貴弘先生にも御会いすることができた。

 同い年で、開業して日が浅く、小さい子供がいるといった共通点があり、ブログに共感を持っていたのだが、実際に会えたことは有意義だった。今後、ともに業務が成功すればよいと切に思う。


 さて、全く話しが変わって恐縮だが、北朝鮮から韓国に亡命した人では、韓国社会に適応できずに苦しむ人が多いそうだ。北朝鮮に残った家族や親族と離れ離れになったことによる孤独感や、おそらくはそれらの身内は北朝鮮で処刑や収容所送りになっているであろうことによる罪悪感といったものがあるのだろう。

 しかし、それだけでなく、北朝鮮では日々の仕事のみならず、思想学習やら労働奉仕やらで、一日中強制的に活動させられるようなので、いざそういったものから解放されると、何をやったらよいのかわからなくなるのも一因なのではないか?また、北朝鮮では、そういった相互監視状態により、厭でも人との関わり合いが生じるが、韓国のような自由社会では、自分から動かない限り誰も相手から関わって来てくれないということに、孤独感を感じてしまうのではないか?


 これとは、あまり関係ないかも知れないが、日本でも、自由な職業選択や恋愛が許されるようになった結果、逆に就職、結婚といった本来人間であれば当たり前にできたはずのことが、次第に困難になって来ている。

 自由と言えば聞こえは良いかも知れないが、それを認める程、生まれ持った能力による弱肉強食化が進み、不幸になる人が増えて行くように思う。そう考えると、規律や統制というのは、出来る限り不幸な人を出さないようにするための必要悪なのかもしれない。


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