CROSSOVER JAZZ
dummy
2008-03-01 17:10:51

サンタモニカ25時

テーマ:Reminiscence
そうか、もう43歳になったんだ。
まだ知らない事もたくさんあるし、
みずからが体験して見聞きしてきた事も
それなりにある。

でも、26のあのころ。
あのころ、
僕はずいぶんL.A.が好きだった。

無修正のアダルトビデオや、
L.A.ボタンエビの呆れるほどの妖艶なうまさ。
あ!そういえばカリフォルニア巻き、ってあったけー!

古ぼけたスタジオ。
いや古ぼけたって、
カッコつけんなよってぐらい、ぼろぼろのスタジオ!
とか...

青や赤や緑、色っていちいちこんなに鮮やかだったっけ?
とか....
野菜とか果物とかって、
こんなにおいしくってよかったんだっけ?
とか、

いまさら、なんでこんなに鮮明に思い出すのかな?

僕はあの時、26だった。
とにかく、L.A.が好きだったんだ。

背伸びをして、
免許を手に入れ、
いろんな場所に繰り出したつもりでいたけど、

結局のところ、
うろうろしてただけ、
なのかな?
そして、
うろうろしてるだけで、
一日が過ぎてゆく。

でも、そんなL.A.が僕は嫌いじゃなかった。

なんだか、ボクの個人的な郷愁です。

すいません。

隣にアップライト・ピアノを持っているスコットランド人の夫婦が住んでいて、
ボクはその人のうちに練習をしにいってたりしたんです。
あの人たちが、いまどこでどうしているのか.....

とっても気になります。

深夜のL.A.いいもんですね。
どうやら、時差ぼけからも解放されたみたいです。

明日、ゆっくりレコーディングの話や、写真などをアップしてみます。

今日は、久々に大酒、呑んでます!

やーーーーーほーーー。



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2007-09-08 15:01:48

バンコクで遭難 完結編

テーマ:Reminiscence

翌日、大使館に行くともう少年が入り口のところで待っていた。
本当に学校に行ってないんだな。
今日こそ、彼に「さようなら」と言おう。
彼には彼の人生があって、今は僕とここで奇妙にも交差しているけれど、いつかは離ればなれになる。
僕に好意を持ってくれていても、その気持ちに応える事は出来ない。
ここまで何とかやってこれた恩を何一つ返せない自分にもがっかりした。
定まらない視点で「行ってくるね」と片言の英語で伝えると、重い足取りで大使館のビルに入っていった。

いつもの部屋に入ると、例の大使館員が、無表情に、かつ事務的に僕にこう伝えた。
「吉澤さんですね。仮パスポートを発行できますが、どうなさいますか?」
「もちろん、作ってください。ていうか、今すぐに作ってください。」
「昨日もお伝えしましたが、再発行料、航空券の手配料、空港使用料などがかかるんですが...」
「ぼくが今持っている全財産はこれだけです。」
「足りないですね。」
「どうすれば、いいでしょう?」
「誰かから、お金を借りたりして、用意できませんかね?」
「...」

係官の口調、仕草、表情...
すべてが、もう我慢できなかった。
これまで、ぐっとこらえてためてきたものが、一気に溢れ出そうとしていた。
その証拠に、ぐっと握りしめた両手の拳が震えていた。

「あんた、正気かよ。」

ふっと口から出てしまった。そこからは、ダムが一気に決壊していくかのようだった。
「俺も相当じたばたしながら、あんたに振り回されながら、それでもやるべき事やってきたじゃねーか!」
無表情な彼の顔が、ますますノッペラボウのようになっていくのが見えた。
「ここ数日、俺がどこでどうやって食いつないだのか、想像した事なんかないんだろ!」
「ちょ、ちょっと、吉澤さん、冷静に。」
「はい、はい、いくらでも冷静に出来ますよ。冷静になってどうするんですか?金を作って、ここに出直してこいってことですか?あほか!?」
「私の立場上、これ以上どうしろっていうんですか?」
「もういいよ!何もしなくていいよ!そのかわり、今日もテレビに生で出てやるよ。今日こそあんたの名前紙に書いて、このアホのせいで日本に帰れないって大声でわめいて、バンコク中の人間の笑い者になってやるよ。」
「なにを訳のわからない事言ってんですか?」
「おい!訳がわからないのはあんただから。間違えないでくれ!」
よほど大声になっていたらしい。
裏から関係者らしい男が、扉をけたたましく開けて入ってきた。
「どうしたんですか?なにかあったんですか?」
担当していた係官はさすがに狼狽したのかとっさに
「いえ、なんでもありません。大丈夫ですから。」
と体裁を整えようとしている。
僕は、何ごともなかったかのように、少しふてくされた表情で横を向いた。
入ってきた男はいったん係官と一緒に裏の部屋に入っていった。
2、3分...いや4、5分が経っただろうか。
そのあいだ、僕は死刑宣告を待つ囚人のような気持ちで、椅子に座ってうなだれていた。
やがて扉が開き、係官が再び部屋に入ってきた。あきらかに様子がおかしい。そわそわしているのだ。
「吉澤さん。ちょっといいですか。」
「.....」
「あなた、何を考えているんですか?変な事、考えてないでしょうね。」
「一体何を言い出すんだよ。」
「その......そのですね。テレビの事ですが...」
「....」
「本気で、またテレビに出るなんて考えてないですよね。」
係官の態度がなぜ怪しくなったのかは、だいたい想像がついた。
.....誰かあの放送を視聴した人間が館内にいる。
僕はピンと来た。
やっぱり!
本当に、あれは生のテレビ放送だったんだ!
「相談なんですが、お金を貸す事は本来できないんですがね。。。」
ここまで聞いて、僕は「す・べ・て」が解決に向かう、と確信した。


ここから先の話は、軽く記すことにしたい。

係官は、僕に5000円を貸してくれた。
たった5000円。されど、5000円。
借用書は丁寧に丁寧に書いた。
その日のうちに、大使館から歩いて1時間ほどの、パスポート・コントロール・センターのようなところに行って、仮パスポートを発行してもらった。
少年に別れを告げたのは、その建物から出たあと。
僕が日本に帰れるようになったこと、それはすべてきみのおかげだ。と感謝したあと、いくらだったか忘れたがお金を渡した。
とても、後ろめたい気持ちだったけど、そんな事しかできなかった。
彼や彼の家族が住む場所に、もう一度行くべきか少し迷ったけどやめた。
じゃ、さようなら。といって歩き出してからだいぶたって、一度だけ振り返った。
彼はまだ同じところにいて、僕が振り返ったのを見て、二度三度手を振った。
僕は中途半端に笑って手を振ったあと、もう二度と後ろを振り返らなかった。

その日の最終の列車で空港近くの駅まで行き、そこそこのホテルに泊まった。
実はここでもうひとエピソードあって、それは余談になってしまうのだけど、ごく簡単に。

翌日のフライトに備えて眠りにつくころに、頼んでもいないのにマッサージのルームサービスを押し付けられそうになった。
さんざん断ったのだが、しまいにはお金まで要求する。
歳の頃50過ぎだと思われるそのマッサージ嬢は、勝手に部屋に入ってきて服まで脱ぎ出した。
「わかった!わかりました。お金を払うから、出てってください。」
というような話....。

「バンコクという都市の底辺で暮らす人々。
その貧しさと頼もしいほどのたくましさ。」

日本で暮らしていた頃のごく普通の生活が、はるかに現実離れした絵空事のようにさえ感じられていた。
そして、自分が「いま、生きているんだ。」という強烈な実感もあった。

猛烈に眠りたかった。
部屋の外に、Don't disturbのカードをかけた。
枕元の電話線を外した。
体中を砂嵐のようなビリビリした膜が覆いはじめる。
その痺れるような感覚のあとに、今までに経験した事のないような、とてつもなく深い眠りがやってきた。

8月15日に帰国した。
2ヶ月後、父が死んだ。


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2007-09-05 04:29:24

バンコク遭難7

テーマ:Reminiscence
「うおぉーー%○※△♂●☆!!!!!」

自分でもどこから声が出ているのかわからないような不思議な絶叫だった。
蝶ネクタイの司会者の顔が笑顔からみるみる恐怖に歪むのが見えた。
僕は、一目散に司会者からマイクを取りあげた。
目の前には、ぽかんと口を開けた観客たちが引きつった表情で僕を見ている。

「いい加減にしてくれー。もうたくさんだ!とりあえず何でもいいから日本に帰してくれよ。何日間、大使館に行けば日本人だって認めてくれるんだよ。金なんかもうほとんどないんだよ!!このテレビを見てる日本人がいたら、大使館に苦情の電話を入れてくれよー!頼むよ~!俺、吉澤はじめっていうんだ。空港で、パスポート盗られて...」

一気にまくしたてていた僕だったが、ふと気づくと目の前の観客の何人かが確実に腹を抱えて大笑いしている様子が目に入ってきて動揺した。

「おい、そこ!何笑ってるんだよ。笑い事じゃないんだよ!」

僕が、真顔で怒っているというのに、笑いは伝染病のように会場中に伝わってゆく。
やがて気がつくと、僕が何かアクションをおこすたびに、スイッチを入れるように爆笑がわき上がっているじゃないか。

「ちょ、ちょっと、待ってよ。そんなんじゃないでしょ。タイの言葉はわからないんだよ。頼むよ、おい。」

爆笑

「My name is Hajime. I come from Japan.」

爆笑

「確かに、おかしいよね。いや、うん、何か喜劇のような話だ。はは。」

爆笑

「いや、今のところは笑うとこじゃないよー。This is no comedy.」

爆笑

「....」

もう何を言ってもダメだった。そのうち、蝶ネクタイが僕のマイクを取りあげて、甲高い声で何かを言うと、場内は割れんばかりの拍手がなり響いた。求められるままに握手に応え、向うがお辞儀をするのに対して条件反射でお辞儀を返すと、またそこここから笑いが...

なんてことだろう

これって只笑い者にされただけじゃないか!

舞台を降りて、怒りを押し殺して少年に近寄る。
さすがに、すまなさそうな顔をしている。
いや、結局チャンスを生かせなかった僕が悪いのだ。
そう、わかっている。だけれど、この空しい気持ちをどこにぶつけたらいいのだろう。
「すまん」
そう言って少年の肩を叩く。
少年は、少しうつむいて無言のままだ。
後ろから、ヘーイ、と声をかけられた。

「Great!Great! You Great!」

いかにもそれとわかる、テレビ局のプロデューサーらしき男が、可笑しくてしょうがない、といった面持ちで僕に向かって手を合わせている。
こちらの人は、何かというととにかく両手を合わせる。少年や少年の家族も、話の区切りとかによく手を合わせていたけれど、この男のいい加減な感じと、その儀式的な仕草がとても不釣り合いで不快に感じた。
「Come here tomorrow! 」
男は、やんちゃな笑顔を作りながら言った。
冗談じゃない。恥の上塗りをしろって言うのか。
僕は首を横に振った。
少年は、タイの言葉で彼に何かしゃべりはじめた。
どうやら、少年が理解している僕の境遇を、男に伝えているようだ。
しばらくすると、男は「ふーん」と言って何かを考えているようだった。

「OK、OK! Come tomorrow! No Problem!」
と、先ほどとあまり変わらない感じで、勢いよくまくしたてた。

「行こう」
僕は、少年に言った。
明日も出してくれるんだったら、それなりに考えればいい。
それと少年には悪いけれど、今夜こそ一人にさせてもらおう。
外に出ると雨はあがっていた。

「Go. Home.」

「......」

「See you tomorrow.」

「...OK」

少年は、少し寂しそうだったが、精一杯の笑顔をつくって、夕暮れの雑踏に消えていった。
彼が見えなくなってしまうと、突然心細くなった。
あれほど煩わしかったのに...

まだ、そこそこの旅館に泊まる金はある。
けれどいまだに、いつ日本に帰ることができるのかわからない。
そもそも、今の所持金では帰ることができない。
いっそのこと、あの番組で顔を売ってしまおうか。
そのうち音楽家として、こっちで仕事にありつくことだって出来る。

そうだ、なんでそれに気がつかなかったんだろう!

家族は心配するだろうが、こっちでその気になってどっかりと根をおろせば、そのうち帰国することだって出来る。
もしかしたら、もうそうするしかないのかもしれないな。
スーパーのような店があったので、そこでそのまま食べられるトマトのような野菜をいくつかと、パンを買った。
電気街の安宿に行くことも考えたが、さすがにやめた。
街を足が棒になるまで歩いた末、結局大使館の近くにあったビジネスホテルに泊まった。
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2007-03-26 03:14:42

バンコク6

テーマ:Reminiscence
少年が寝むりこんだら、外に脱出しよう。
いろいろ、世話になっておいて本当に申し訳ないけど......
朝方、かすかに寝息が聞こえてきた。
抜き足差し足で、そーっと、部屋を出た。
ホテルの出口で黒いかたまりが動いた。
ビクッとした。
黒いかたまりの中から、ギラリとした二つの目が僕を鋭くにらんでいた。
僕は声にならない悲鳴をあげながら、大通りへ走り去っていった。

大使館に行くと、係官の第一声に驚く。
「どうかしましたか?」
「どうかしたはないでしょう!僕がどうやってここに死なないで毎日やって来れるのか想像できないんですか?」
「ああ、そうでした。書類がカクニンできましたよ。仮パスポートを作ることができますがどうしましょうか?」
「もちろん作ってください。」
「お金はありますか?」
「.....」
最初から話さないといけないのだろうか?
「今の僕の全財産はこれだけしかありません。」
そういいながらポケットからバーツ紙幣を出す。
「ああ、いいですよ。まだ、航空券を再発行する手続きもあるんで...」
どうして、こんなにノンキなんだろう。
「すいません。ぼくは、本当に帰れるんでしょうか?」
「うーん。お金もないんですよねー。」
もう、爆発寸前だった。
自分が座っているこのアルミの椅子をこの防弾ガラスみたいなついたて目がけて投げつけてやろうか?
そうすれば、きっと警察が飛んで来て、とりあえず牢屋に入れてくれるに違いない。
そうすれば、何とか死なない程度の食べ物にありつきながら、数日過ごすこともできるだろう。

僕の妄想画像の中で、目の前の係官のメガネが砕けて、額から血が流れ出るのが見えた。

外に出ると、相変わらず少年が待っていた。
---どこまで、ついてくるんだ?---
----まさか、日本までついてこようとしてるんじゃないのか?----
(帰ることができたとしてね...)
自嘲気味に、一人笑いする。
---だいたいおまえ昨日から家に帰っていないだろう。---
----大丈夫なのか?----
そう訊く気力もなくなっていた。

道ばたに壊れたラジオが落ちていた。買った乾電池を入れて、2~3時間かけてなおした。
耳慣れない言語が早口で流れている。しばらくして、タイのポップスだろうか?音楽が流れてきた。
少年が横で口ずさんでいる。
昨日とはまた違う道を、とぼとぼと歩く。
小さなコンクリート敷の公園で、子供たちが裸足でサッカーをやっている。
少年と一緒に混ぜてもらう。
着ている服が相当汚れてきた。
川沿いの露店で一着100円程度でシャツを売っていた。
半額にまけてもらって、少年にも買ってあげた。

午後、スコールがきた。
スコールの間、建物の軒で雨宿りしていると、その建物の中でテレビの収録が行なわれていた。
少年について建物の中に入っていく。
マイクを持った蝶ネクタイの男が舞台の上でけたたましい勢いでしゃべっていて、時折集まった人々がドッと笑っている。
そのうち、派手なスーツを着た男が奇声を上げて舞台に駆け込んで来て、蝶ネクタイと絡みはじめた。
漫才だろうか?
街角テレビ的な陽気で猥雑な空気が充満している。

やがて、CMに入った模様で、ステージからお客さんに何やら話しかけたりしている。
すると、突然少年が手を上げて、舞台の上の二人に大声でなにか言いはじめた。
僕を指差して、何か説明している。
舞台上の二人だけでなく、その場所にいた4~50人の野次馬たちの視線が、一様に僕に注がれている。
一連のやり取りがあって、テレビ局のスタッフと思われるインカムをつけた男が僕ら二人のところにやってきた。
少年がさらに二言三言スタッフにしゃべり、スタッフはそれに大きくうなずいている。
僕は、一体何がどうなっているのかわからないまま、スタッフに促されるままステージ袖に待機させられることになった。

ADの合図があって、ガヤガヤしていた会場が一斉に静まる。
緊張した空気が少し流れ、再びADのキュー。拍手と歓声があがり、先ほどの蝶ネクタイが舞台に上がっていった。
僕は、きっと自分が舞台に呼ばれるんじゃないのだろうか?と思いはじめていた。
そうじゃなかったら、こんな場所にわざわざ連れて来られるはずがない。
「ジャカジャーン!」
それらしい音が鳴ると、舞台の男が僕を呼んでいるのが見えた。
(おぃーーー!タイの言葉、全くわからないんですけどーー!)
少年の方に振り返ると、あいつ笑ってやがる。
いたずらをした子供のように、少し意地悪そうに口角が上がってる。
スタッフの人が、少しあわて気味に僕の肩を後ろから押す。

(エーイ、もう仕方ない。どうなっても知らんぞー。)

僕は、さっきの係官の血だらけの顔を思い浮かべて、生まれてから一番深い深呼吸をした。
そして、ありったけの大声を張り上げながら、舞台中央へと突進していった。

がんばれ!俺!
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2007-03-24 00:52:29

バンコク5

テーマ:Reminiscence
あらためて大使館通いがはじまった。
うっとうしそうな視線を浴びせる係官の態度にも慣れた。
わかったことは、仮パスポート作成代金、チケットの再発行代金、空港使用料などだけで、1万円分以上かかるということ。
子供でもわかる理屈をいえば、現時点の所持金が数千円分なのだから、仕事でもしない限り帰れないということだ。
もちろん、それは不法就労ということになる。
じゃあ、どうすればいいんだい?

事務所には、やっと連絡がとれた。
といっても、一緒に活動しているメンバーはみなフランスに行ってしまったので、マネージャーを通して「なんとかして欲しい」ぐらいのことしか言えず、事態を収拾するための道のりを考えると、ネバネバした沼の中をもがいているような気分だった。

さて...それともう一つ問題なのは...
まとわりつくように少年がついてくること。
正直戸惑った。
追い払うわけにもいかず....かといって親切にできるほど僕の心に余裕はなかった。

あてもなく少年と歩いた。
ふと、自分は筆記具一つ持っていないことに気づいて、文房具屋で紙と鉛筆を買った。
みょうに新鮮な気持ちだった。ついでに、色のついた鉛筆も2、3本買った。
街を歩くと、いたる所に怪しい露店がある。
その中に、100円前後で手に入るSEIKO製の時計や、10個10円ぐらいで乾電池を売っている屋台があった。
どうせ使えないかもしれないけれど、何かの役に立つかもしれないと、乾電池を買った。
しかし、乾電池だけ持っていても、やっぱり何の意味もない。
少し情けなくなった。

そのうち街をはずれ、ほこりっぽい道を一時間ぐらい少年と歩いた。
強烈な匂いと熱さにめまいがしそうになった。
扇風機が回っている薄暗い飯やがあったので、そこで少年とご飯を食べることにした。
購入した紙と鉛筆を使って絵文字などを交ぜながら、あらためて自分が家に帰らなければ行けないことを、少年に伝えた。
別にどうして欲しいというんじゃないんだけど.......
それでも、彼は何か自分にできることはないか、と考えているようだった。
支払いは僕がした。

夕方になって、さてどうしようということになった。
「Electric.Town.」
と少年が言った。
「?」
「Electric.TV.Camera」
「?」
彼は、とにかくあとについて来いという感じで、先をどんどん歩いてゆく。
それから5分ぐらいして、やっと意味が分かった。
日本でいうところの秋葉原のような場所についたのだ。
パソコンショップ、家電の店、ラジカセの店、カメラ屋。
金属のかたまりが、うずたかく積まれたジャンクショップもあった。
それらの店のこうこうとした明かりが、今の僕には不気味だった。

こんなところに来てどうしようというのか?
「Hotel」「Good Hotel」
何か、またいやな予感がした。
「I'm not gay」
テープレコーダーのプレイボタンを押すように僕が言った。
少年はうなずいた。
だから?という感じで僕を見ている。
僕は、少しため息をつきながら
「Hotel.... I...sleep...alone」
と言った。
アローンと言う時に、人差し指を一本立てたのだが、アローンの意味が分かってくれない。
あるいは、しらばっくれているのだろうか?

迷路のような電気街の裏道の途中で
「Cheep! Cheep!」
と彼が前方にある建物を指差していう。
今にも崩れ落ちそうなひどい状態のビルだ。
それはしかし、彼が言った通り、確かに安いホテルだった。
日本円で300円もしなかっただろうか。
とにかく、只同然といっていい。
しかし、お金を払うと、部屋の番号をいわれただけで鍵も渡されない。
ホテルというより収容所のような雰囲気だ。
それも驚くことに、その安い宿泊代も払えないのか、肌を隠す程度といったぼろ服の男たちが、ホテルの中をうろうろしている。
彼らとなるべく視線を合わせないようにしながら、底が今にも抜けそうな階段を上っていく。

部屋の前に立つ。
少年は、ここだよ、という感じで入っていこうとする。
「Wait!」
僕は、辛い気持ちを押し殺して言った。
「I want to be alone.」
少年は「?」という顔をしている。
本当に一人になりたかった。
一人で、もう一度頭をとことん冷やして考えたかった。
少年は帰ろうとしない。
僕は覚悟を決めて、
「Don't touch me.OK?」
と言った。

部屋の中は、コンクリートの打ちっぱなしというよりも牢屋そのものだった。
エアコンなんてもちろんない。
扇風機さえない部屋は、猛烈に蒸し暑かった。

今夜こそ眠れない。

何しろ、鍵もない部屋だ。
廊下には、浮浪者がたむろしている。
仮に脅されても金はないから安心?....そういう問題じゃない。
すぐそばにはゲイの少年がいて...
空腹で.....

肉体的にも精神的にも、たまった疲れはピークにきていた。
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2007-03-07 12:44:09

バンコクで遭難4

テーマ:Reminiscence
髪を振り乱しながら、早口でまくしたてる中年の女性は、少年の親戚と思われた。
僕は片言の英語で「I'm sorry.」とつぶやくのがやっと。
赤シャツの少年は、彼女に落ち着くようにと、ひたすた繰り返しているようだ。
その様子は、あわてた感じではなく、むしろ無邪気な笑顔で語りかけている、といったふう。
彼女はようやく我に帰ったみたいで、僕の顔をもう一度にらむように覗き込むと、やがて関心を失った、といったような顔つきで道ばたに座り込んだ。
僕は、どうしていいかわからず、彼女の近くから離れる事もできず、たたずんでいた。
彼女は時たま、独り言かうわごとのように何かしゃべっている。
内容は、わかるようなわからないような...でも何か切ない感じだけが漂っている。

やることなく、時間ばかりが過ぎる。
そのあいだ、いろんなことを考える。
家族を奪われた彼女の人生について、勝手に思いをはせた。
そうしてから.....
僕がなんでここにいるのか?
世界のなりたちや、歴史や、それぞれの片隅に暮らす人々や家族のこと。
僕自身のこれからのこと。
末期がんで病床に伏している父のこと。
いろんな思いがつづれ織りのように僕の脳裏を駆け巡った。
どうしたら、無事日本に戻れるのだろうか?
今日の一件を思い出すと気が重い。

少年とのコミュニケーションも、少しずつだけどとれるようになった。
相変わらず、英語はあまり通じない。
絵を書いて、日本がどこにあるか、自分の仕事について、年齢、などを伝えた。
彼も、オーケー、イエス、ノー、女、男、兄弟などのタイ語を教えてくれた。
家族は両親以外に兄弟が8人いて、何人かはもう家を離れたらしい。
さきほどから、弟と思われる10歳前後の少年が行ったり来たりしている。
笑いかけると、嬉しそうな恥ずかしそうな、なんともいえない愛嬌のある表情をする。

すっかり暗くなり、何時だかわからないけれど、少年の母親が帰ってきたらしい。
このまま家に居候になるのは悪いなと思いながらも、このままそこらで野宿するのもどうかなー、とこれからの行動を考える。
すると、僕の心のうちを見透かしたように、少年が「Sleep?」と訊ねてきた。
ぼくは、「Yes」でも「No」でもない感じで、「Think Now.」と頭を指差して答える。
とりあえず少年と一緒に家に戻った。

母親は、ある程度事情を知っているのか、僕の姿を見ると何やら少年と話している。
しばらくして、少年は「Sleep.Ok!」と僕に嬉しそうにいう。
.......先ほどから気になっていたあることを「いま」訊かなければ、と思った。
「Are you gay?」
意を決して、単刀直入に彼に訊いた。
戻ってきたこたえは、
「Yes.」
さらに、
「My brother... Gay.」
また、兄弟を指を指しながら
「He,Gay....He, No Gay.」
要するに、自分を含め兄弟の何人かはゲイだという。

あまりに、いろんなことが起こりすぎて、今おかれている自分の状況も整理しきれなくなりそうだ。
昨日のホテルに泊まろうにも、あるいは新たにホテルを探すにしても、今日一日がほとんど徒労に終わったことを考えると、むやみにお金は使えない。
けれど、今日知り合ったばかりのゲイの少年と一緒の家に泊まることにも、抵抗がある。
やはり、野宿?
僕が、困憊しているのを察知したのか、
「No Problem.No,Problem」
と、少年は屈託ない。
「I'm not gay.No gay.」
と僕は、少し冷たい表情でいう。
「Ok. No problem」
.......意味は通じているのだろうか?
両親がいるのだし、いざとなったら逃げる.....それでいいのだろうか?
何か、今夜これだけ親切にしてもらっておきながら、こんなことを考えている自分が少し悲しかった。
そうこうするうちに、母親が食事を提供してくれた。
トム・ヤン・クンだろうか?
具も粗末で、野菜くずだけの素朴なスープだった。
本当に貧乏なんだろうな。
でも、なんでこんな浮浪者のような外国人を家にあげられるのだろうか?
自分たちが弱いものだから?
弱いものだから、弱っている人を助けられるの?
そんなことを思いながら、スープをすする。
川縁でとってきたばかりと思われる香辛料の新鮮な香りが、体中を駆け巡った。
ただひたすらおいしかった。

もらうものだけもらって、こそこそ逃げていく。

それはさすがにできなかった。
「とりあえず、自分の身だけは守ろう。明日起きたら何か一宿一飯の礼をすればいい。」

長い長い夜がはじまった。
すっかり疲れているはずなのに、まぶたはギンギン。
やはりというか、隣で横になっている少年が、体を寄せてきた。
「No!」
といいながら、振りほどく。
彼の気持ちを傷つけたくはないけれど、それとこれとは別だ。
1時間、2時間、3時間。
添い寝を請うように、背中から体を寄せてきて、それを振りほどく。
それを何度か繰り返す。
うとうとしながら、それでも襲われないように身構えている。

4時間、5時間が過ぎただろうか?
少年が起きているかどうか、わからないが、まだ外は暗いようだ。
15畳一間ぐらいの大広間に一家が雑魚寝のように寝ている。
.....起きたら何をしよう.....
そんなことを考えながら、やがてうっすらとした半透明の膜が体中を覆うような眠りがやってきた。

つづく
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2007-02-18 19:39:51

バンコクで遭難3

テーマ:Reminiscence
近寄ってきた男は、少年だった。
真っ赤なシャツを着ていた。
年の頃15、6だろうか。
手を振りながら、何やら僕に話しかけてくる。
一日歩き回って何の成果もあげられなかった僕は、
少し開き直っていた。
「Help me! I have no money.I come from Japan.」
となるべく、簡単な英語で自分の境遇を説明した。
彼は、そのうちHelpとNo Moneyをどうやら理解したようだ。
屈託のない笑顔を浮かべて、手招きをする。
いま思えば不思議だが、彼に対しての恐怖心や猜疑心はほとんどなかった。
もちろん、何かあれば一瞬で反応しようと構えていた部分は、どこかにあったはずだ。
けれど、むしろそうするのが自然かのごとく、彼に導かれるまま掘建て小屋の一つに入っていった。
木造で横長のちょっと長屋を思わせる家には、長い縁側があって、雨戸も開けっ放しだった。
その縁側に座ると、さっそく彼は何か現地の言葉でしゃべりかけてきた。
眉毛の太いしっかりした顔立ちの美少年だった。
僕は「ぜんぜんわからない。」といった身振り手振りをして、
「English? Speak English?」
と訊いた。
彼の反応は微妙だった。
先ほどの対応からして、ほとんど通じないと思った方がいいかもしれない。
そのうち、彼の兄か友人と思われる男が奥から現れた。
彼にも同じように、身振り手振りで自分のことを話したが、いま一つ通じたのかどうかわからない。
彼ら二人で、なにやら僕のことについて話している。
その様子から、いくぶんか伝わっている部分もあるようだ。
僕に対してこそこそと何かを企てているような雰囲気ではない。
むしろ、僕が困っていること、僕にしてあげられること、などについて真剣に語り合っているという風に見えた。
僕がズボンからポケットの耳を出し「ほら何も持ってないでしょ」というジェスチャーをすれば「うんうん」とうなずく。

雨はやがて小降りになり、気がつくとすっかりあがっていた。
雨上がりの匂い。
川からの強烈な汚臭や、真上の道路から漂ってくるアスファルトや排気ガスの匂い、それらが混じりあった独特な匂い。
言葉の通じない3人の男の奇妙なやり取りは続いた。
やがて辺りが少し暗くなった頃、赤いシャツの少年に家の奥へと通された。
「Eat? Drink?」とジェスチャーまじりで訊いてくる。
そういえば、朝からほとんどなにも食べていない。
自然に顔がほころんで、「Yes!」とこたえた。
すると「Beer?」と訊いてきた。
「え?」と思ったが、とりあえず「Yes!」とこたえた。
この頃になると、かなり親近感もあった。
こいつらは悪い奴らじゃない、という動物的なカンもあった。
家の奥にあった小さな玄関から外に出る。
すると、何とそこにはモールのような小さな商店街になっていた。
看板も屋根もないただ商品が雑然と並んでいるだけの粗末な店が3つ4つ。
そのうちの一つが食料品を扱う店だった。
背の低い老婆が店番をしていた。
赤シャツの少年が二言三言彼女に話しかける。
面倒くさそうに老婆は立ち上がって、ゆっくりした動作でヒマワリの種とビールを出してきて、彼に渡した。
彼はまた彼女に何か話している。
どうやら値切っているようだ。
彼女は表情を変えずに「あっちへ行け」
というような手振りをする。
親戚なのかもしれない。
彼からもらったビールは、銘柄もよくわからないものだったがとにかく美味しかった。
さらに、手のひらいっぱいにのせてくれたヒマワリの種の味は、僕のガシガシに歪んだ心の細胞のひだに、甘く優しく絡み付いてきて、思わず涙が出そうになった。

どのくらい時間がたっただろうか?
その路地で2時間ぐらい、ぐだぐだ過ごした頃だと思う。
どこからともなく別の老婆が現れて、僕を見るなり大声でどなりはじめた。
一体何が起こったのかと思う間もなく、彼女は近寄ってくる。
鬼のような形相で、僕に必死に何かを言い続けている。
赤シャツの少年が、あわてて止めに入る。
しばらく、もみ合うような状態が続いた後、少し落ち着いた彼女は英語を交ぜながら僕にもう一度語りかけてきた。
それを聞くうち、その内容を理解した僕は愕然とした。
それは「私の両親、兄妹は日本兵に殺された。」というものだった。

つづく
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2007-02-10 17:56:42

バンコクで遭難2

テーマ:Reminiscence
しばらく空港でうろうろした。
日本からの長旅+トランジットで相当疲労していたので、一度ちゃんとしたところで横になりたい。
とりあえず今晩はどこかに泊まって、明日になったら大使館に行ってパスポートを再発行してもらおう。

それにしても、英語がわかる人が少ない。
僕はフランス語はおろか、タイ語は全く喋れない。
そうなると半分身振り手振り+日本語。

「No Money!  No Money!」
タクシー運転手を無理やり納得させて、バンコクの中心部に出る。
ホテルを探すが、すでに深夜。
1時間ぐらいうろうろして、やっとそこそこのホテルにチェック・イン。
エアコンの効きすぎでキンキンに冷えた部屋は、それなりに気持ちよかった。
明日からやらなければならないことを、部屋にあった紙と鉛筆に書き出す。
間もなく真っ黒な睡魔が襲ってきた。
倒れ込むようにベッドに横になる。

翌日、徒歩で2時間ぐらい歩き回って、日本大使館へ行く。
窓口の担当者に面会するまで1時間以上待たされる。
フロアの中に小さな別室があり、入室するとしばらくして日本人の係官がやってきた。
厚いプラスチック製の窓ごしに、どうしましたか?と僕にたずねる。
事情を説明し、早くフランスに行くか、帰国できるようにして欲しい。と話す。
すると、係官は事務的に、
「そういわれましても、パスポート再発行するにあたってあなたの身分を確認する手続きもありますし...」
とまるで、僕が置かれている状況など考慮にない、といった返事。
「あなたは会社員ではないので、より確認に時間がかかりそうですね。」

ちょっと、ちょっとー!
今、日本のレコード会社数社の名前を出したでしょ。
僕が、今プロデュースしているACOって歌手は、あなたもさすがに知っているソニー・ミュージック・エンタテインメントって会社に所属していて、ぼくは会社員ではないけれど長年アーティストとして日本で活動しています。
なんで、連絡をとってくれないの?

「それは、あなたの方でやってください。」
........!!

電話一本かけてくれないの?
あのこれからどうすればいいんですか?
「いずれにしても、あなたの場合、再発行には数日かかりそうですね。ちなみに、再発行には5千円ほどかかりますし、空港使用料も3千円ほどかかりますから....」
!!
!!!
あれ、じゃこのままだと今の時点でもうほとんど帰れないじゃない。
お金はかしてくれないの?

「大使館としてお金をお貸しする事はできません。」
!!!!

「とりあえず、今日のところはお引き取りいただいて、知人に連絡してみてください。」
..........それじゃ、今日ここに来た意味ってほとんどないんですけど。。。

それから1時間後。。。
僕は車とバイクが激しく行き交う幹線道路を、体も心もほとほと疲弊しきった重い足取りで歩いていた。
結局、公衆電話は3カ所試したが、どれも国際電話が使えず、店に入ってお願いしても断られた。
最後にだめもとで試した公衆電話がやっとつながるも、どれも留守番電話。
とりあえず、伝言を残す。
今夜これからどうすればいいのだろう。
そう考えながらとぼとぼ歩いているうちに、シャワーのような雨が降ってきた。

おー、これがスコールってやつかー!すごいなー!
とかいってる場合じゃないよ。
雨宿りしないと、本格的にヤバいことになる。
ちょうど幹線道路の下を、川が流れていた。
よし、道路の下に逃げ込もう。
と駆け足で道路脇の階段を下りる。

下に降りると、川縁にたくさんの色とりどりの衣類が干してある。
僕が雨宿りしようと思った道路の下には、バラックのような掘建て小屋がいくつかあった。
雨は、容赦ない勢いで絶え間なく体中を打つ。
考える時間などない。
干してあった衣類を一つ手にすると、それを傘にしながら掘建て小屋の軒下に隠れた。
その時、川向こうから真っ赤なシャツを着た男が、僕に向かって何か大声で叫んでいるのに気づいた。
叫ぶ男は、浅瀬の川を裸足のまま駆け足で渡ってくる。
僕は、戦慄を覚えながらも不思議なほど冷静な心持ちで、彼がこちらに近づいてくるのを見ていた。

つづく

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2007-02-06 16:36:26

バンコックで遭難した話1

テーマ:Reminiscence
父が死ぬ数ヶ月前に、タイで遭難した。

フランスへ向かう途中のトランジットで、
バンコックの空港に立ち寄った。
10時間以上の待ち時間があって、最初は寝たふりとかしてやり過ごそうと思っていたが、そのうち我慢の限界が来た。
同行したK君と相談して、空港の外に出て、ご飯を食べたりお土産とかを買おう、という話になった。
空港の外に出たとたん、むせ返るような熱気と鼻をつまんでも体中にしみ込んできそうな匂いに、失神しそうになった。
これがタイの空気かー!
と感動しながら、ものの5分も歩くと市場にたどり着いた。
魚、肉、野菜、穀類,,,あらゆるものが積み重なるように並べてあって、それらが混じりあった匂いはさらに強烈だった。
行き交う人々の活気あふれる姿や、土煙を上げながら二人乗り、三人乗りで通り過ぎるバイク。
市場周辺の充満したエネルギーにひとしきりやられた後、なるべく無難そうなレストランでタイ・カレーのようなものを食べた。
K君も僕も、はじめて見る異国の人々のリアルな暮らしぶりを目の当たりにして興奮していた。

やがて日も落ち、
たいしたみやげを買う事もなく空港に戻る。
チェック・インする前にカフェで小一時間過ごすことに。
持っていたセカンドバッグをK君にあずけて、トイレに行った。
戻ってくると、そのバッグがない。
あれ、僕のバッグは?
本を読んでいたK君が顔をあげると、目の前にあったはずの僕のセカンドバッグがない。
あれ?おかしいなー。
テーブルや椅子の下など、くまなく探す。
ない!
パスポート。財布。航空チケット。たばこ。
今着ている服以外すべてのものが入ったバッグがない!
K君曰く、
本を読んでいたら、肩を叩かれふりむくと、お金が落ちていると男にいわれた。
そこに何バーツかの紙幣が落ちていて、礼を言った。
........それだ。
きっとそれですよ。
その間にもう一人の共犯者が、僕のバッグを「ごめんなさいよ」したな。
きっとそうだ。
でもいまさらごちゃごちゃ言っててもしょうがない。

すぐに空港警察に行った。
あまり英語が通じない。
何とか説明したけど、半分ぐらいしか伝わってないみたい。
そうこうしているうちに、フライトの時間も近づいてくる。
別ルートで、フランスに向かっている他の二人と向うで落ち合うことになっている。

しかし何しろ、航空チケットもパスポートもない僕はここからどこにも行けないのだ。
K君は、僕に一万円を渡した。
その時は、なぜかそれで何とかなるような気がした。
どう考えても、それじゃどうにもならない事に気がつくのはそれから数時間してからの事。
とにかく、彼はフランスに向けて飛び立った。
一人になった僕は、それから一週間以上バンコックの街を、文無し状態で彷徨うことになる。
その話はまた....

つづく。
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2006-09-03 16:05:37

Reminiscence(回想録)

テーマ:Reminiscence
僕のホームページ内のメニュー、REMINISCENCEの続きを、このブログで書いていこうと思います。

このページは開設以来、更新がなかなか進まず、読んでくださった方から催促のメッセージを頂いていました。
これから、少しづつ加筆していこうと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。
ある程度、まとまったらホームページの方に、画像つきでアップ致します。

下のURLをクリックして、
Reminiscenceメニュー内のMondoGrosso/Kaima項を読んでいただければ、流れが分かります。
http://www.hajimeyoshizawa.com


全国ツアーそして「メトロ」との出会い


いつのまにか僕は「ヨッシー」という愛称で呼ばれるようになった。
子供の頃からを含め、この愛称で呼ばれたことがなかったので、最初のうちは“こそばゆい”感じもした。

アルバムのプロモーションツアーでは、札幌、福岡、東京、名古屋、大阪、と廻りながらバンドの結束を強めていった。
どこのステージもむせ返るような人で溢れ、今まで味わったことのない不思議な高揚感にちょっと戸惑った。
ライブハウスに慣れていた僕にはステージの間じゅう、お客さんが立っていること自体が異様なことだった。
その熱狂ぶりは今までに経験したことのないもので、音に飢えた若者達の“切実さ”や“いのちの呻き”がダイレクトに伝わってきて、とても胸を打たれた。

京都のクラブ「メトロ」にはじめて行った時は“クール・ストラッティン”というバンドがライブをやっていた。
ボーカリストでトランぺッターのチェリーが「地上最悪の楽園にようこそ!」といって僕を迎えてくれたことが、映画のワンシーンのように焼き付いている。
窒息するほどのぎゅうぎゅう詰めのフロアの最前列で体験した彼らのライブは、本当に楽しかった。
ジャズをこんな風に楽しめるとは、なんて素敵なんだろうと思った。
聴衆と演奏者が一体になって膨張しつづけている。
小さな空間が、いまにも破裂しそうな勢いだ。
音楽がリアルタイムでダイナミックに呼吸し、ドクッドクッと脈を打っている。
ジャズが本来持つべき“原点”がそこには確かにあった。
オーナーのニックさん、スタッフのタカさんをはじめたくさんの人と仲良くなれた。
スタッフはみなファンキーな人たちばかりで、あっという間に打ち解けることができた。
「メトロ」でのこの原体験は、ぼくをますますこの世界にのめり込ませるきっかけになった。
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