俳句でDiary ─ できるかな?

私の俳句 萌え萌え日記

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よくアンケートなどで「無人島に持っていきたい本は何か?」というのがあります。活字中毒者 と

 

しては非常に楽しくも悩ましい問題なのですが、一冊は難しいよね。常にオールタイムベスト を

 

頭の中で考え、ひとりで楽しんでいるのです。

 

【ドミニカにある、教会を改装した世界で一番美しいと呼ばれる書店 https://planetsurprises.wordpress.com/】

 

 

例えば大谷崎の『細雪』、ディケンズの『荒涼館』、モームの『人間の絆』などの長編小説を・・・。

 

プルーストの『失われた時を求めて』やロシア物では『カラマーゾフの兄弟』や『戦争と平和』も いい。

 

娯楽物なら『大菩薩峠』や『家畜人ヤプー』も候補にいれようか?日本の古典ならば 『源氏物語』も

 

いいよねー。 そうして、エッセイならば・・・

 

 

 

↑これが有力候補かもしれないね。翻訳者の松田銑氏は本来の”私記”⇒"Private Papers"を、

 

あえて意訳して”四季随想”というタイトルに変えておられますが、この方の訳書が一番読みやすい

 

かもしれません。現在、入手できるお手軽な訳書は ↓この3点でしょうか。

 

 

  

 

 

 

向かって左から、岩波文庫、光文社古典新訳文庫、そして河出書房のハードカバーです。

 

社会の第一線からリタイアした頑固オヤジの、四季の移り変わりの中で折々に思うことをつれづれ

 

なるがままに綴った作品、といえば、日本人としては『徒然草』を思い出すのではないでしょうか?

 

そう、まさに私にとってはこの作品は英国ヴィクトリア朝版『徒然草』なのですわ(爆

 

【画像引用:wikipedia  菊池容斎画による吉田兼好「前賢故実」】

 

 

『徒然草』といえば真っ先に思い浮かぶのが、根底に流れる無常観です。同じように無常観で書

 

かれたのが鴨長明の『方丈記』ですね。ただ、同じ無常観であっても、平安末期~鎌倉時代の

 

戦乱の世に生きた鴨長明に比べて、鎌倉時代後半に生きた兼好法師とは背景がかなり異なります。

 

 

英国繁栄の時代に生きたギッシングは敢えて『徒然草』的であると考えたいな。そうして、仏教的

 

宗教的な意味を持つ無常観ではなく、もっと自然発生的な己の心から生まれた無常感である と。

 

戦乱の時代ではなくとも、平和な時代の中で行きついた境地、といえばお分かりでしょうか。

 

 

何気なく、どのページを開いても(自分の)心に響く一節がある。

 

以前は読み飛ばしていたような部分に改めて魅かれる。

 

─── だから何度でも読み返したくなる。

 

 

【画像引用:http://blogs.spectator.co.uk/ George Gissing: the last great Victorian novelist】

 

 

『ヘンリ・ライクロフトの私記 』  ジョージ・ギッシング著

 

 

エッセイと書きましたが、著者自身の手に依るエッセイというのではなく、著者のギッシングが

 

ヘンリ・ライクロフトという架空の人物に託して書いた小説なのです。しかし、随想風に書かれて

 

いるこの作品が(ヘンリ・ライクロフトの思うところが)著者自身のことと考えても、あながち間違い

 

でもないでしょう。

 

 

序文として、著者自身の旧知の作家ヘンリ・ライクロフトの死後にこの原稿を発見したという形で

 

始まっています。実力はあっても世に受け入れられなく貧しい暮らしを余儀なくされていた主人公が、

 

晩年になり運よく支援者の遺産を譲り受けて文筆活動をやめて英国の田舎に引退。

 

 

妻子はいなくとも生活の苦労はなく、穏やかに読書や散策の日々を送り、思索にふける教養人・・・

 

という前提で書かれていますが、このヘンリ・ライクロフトの晩年の穏やかな暮らしこそ 著者自身の

 

求めても得られなかった理想の晩年ではなかったかと。 だって・・・

 

ギッシング自身はそんな理想とは程遠い人生を歩んだ人物だから。

 

 

 

 

初めて読んだのは・・・

 

 

この作品は「春」「夏」「秋」「冬」と四部構成になっているのですが、初めて読んだのは高校 時代の

 

英語の授業です。当時、私の通っていた高校ではリーディングの授業では教科書ではなく 様々な

 

文芸作品やエッセイ・ノンフィクション・新聞記事をそのままテキストにしていました。

 

 

で、この『ヘンリ・ライクロフトの私記』の「春」のパートの一部を授業で読んだのですが 感想としては

 

面白くなかった! ← これが全てですわ(大爆笑)

 

 

そりゃそうですよね、当時16~17歳の少女にとってはこれといったドラマチックな筋があるわけでも

 

ない”オヤジの生活と意見”なんて、興味をひく題材とは思えませんもの。ただ、授業だか ら、

 

お勉強のために(試験のために)仕方なく読んだだけというのが正しいでしょうよ。

 

 

ただ、英文としてはそれほど難しくはなかった。辞書をこまめにひき教師の指導の下ではたやす く

 

読める内容であり、文章自体も端正で上品な英語で書かれていたからね。俗語や崩れた表現も

 

なく、英語の授業で取り扱うのにはもってこいの素材とも言えるのでしょう。

 

【↑なぜか縁あって所持している,、教師用の注釈付き原書。初版が大正10年のもの】

 

まさしく、その通りの理由で、ギッシングのこの作品は戦前から英語学習の教材として採用され

 

読まれてきたようです。しかし、内容は若い世代にとって芯から興味深く読めるかといえばどう

 

でしょうか。”ひとこと言いたい初老オヤジ”の戯言としか思えないかも(爆

 

 

英文をただ正確に読むだけではなく、このヘンリ・ライフロフトの心情を理解できるようになる のは、

 

或る程度の年齢を重ねなければいけかもしれないなあ?

 

 

ギッシングの作品は数多いのですが、一番愛され読まれてきたのが、この『ヘンリ・ライクロフトの手記』


です。しかし、彼自身の境涯の方が小説よりもはるかに面白い。(←えっ?)

 

心に残るフレーズ

 

 

それでは、まったく興味が無かったかといえば、必ずしもそうでもなかったのです。

 

幾つか印象的なフレーズがあり、それはずっと長く私の心に残りました。例えば・・・

 

 

 

  私は植物学者ではないが、前々から植物採集が好きだ。自分の知らない植物に出会い、

 

  参考書でその名を確かめ、次に道端で再開した時、名前を呼びかけるのが楽しみだ。(略)

 

  大自然の芸術は、ありふれた花はありふれた場所で作る。雑草と呼ぶものの不思議さと

 

  美しさでさえ、それを表現できる人間の言葉は存在しない。

                                                                                       引用:ヘンリー・ライクロフトの四季随想

 

 

この部分は今でも好きです♪ 大いに賛同できます。

 

また、奇妙に諦念に満ちた文章なども心に残りました。読書の楽しみに関連した一節の最後を

 

締 めくくる文章ですが・・・以下、引用文はすべて松田氏の『ヘンリー・ライクロフトの四季随想』から。

 

 

 

 わたしと大体に好みが一致する相手すら、容易に見つかるまい。

 

 そういう知性の一致はもっとも稀なものだ。 われわれは一生それを探し求める。 

 

 

 その願望は悪魔のようにわれわれを不毛の地にみちびき、最後にはわれわれを動きのとれない

 

 泥沼のなかに投げ込んでしまうことが多い。 

 


 その時初めてわれわれはそんな願望が幻影にすぎないことを悟る。 

 

 すべての人が、「汝ひとりにて生きよ」と命じられているのだ。(中略)

 


 空しい希望をきっぱりと断念する者は、その代わりに永久に安心の境地に入ることが出来る。

                                                                                           

       

 

 

空しい希望を断念することによって得られる境地、か・・・。まあ、年齢的にも私もこの境地に

 

近づいてきたかなあ? 「汝ひとりにて生きよ」という言葉が清々しくさえ感じられるのです。

 

そうして、死ぬ時にはベショベショと泣かず愚痴愚痴いわず一人静かに消えていきたいなあ・・・。

 

 

さて、これ以降は著者のギッシングのことや内容からの引用が続きます。 結構長くなるので

 

(えっ、また?)もうこれで充分!と思われたならば、今日はこれでおしまい。

 

興味の有る方は以下も宜しくお願い致します。

 

 

        ペタしてね

 

 

ギッシングの生きた時代は・・・

 

 

ジョージ・ギッシング(George Gissing 1857~1903)が生きたのは、ヴィクトリア女王の治世

 

ヴィクトリア朝(1837~1901)の英国です。

 

 

 

───英国ヴィクトリア朝!

 

19世紀後半、大英帝国は7つの海を制覇して国家としての栄光の絶頂期を迎えた時代。

 

 

産業革命が進行し、それまでは人間の手や動物の力で作られ運ばれていた物が石炭などを燃やす

 

ことによる高熱を利用した様々な機械により工場で生産され、蒸気機関車によって大量に広範囲に

 

運ぶことが出来るようになった時代。社会や経済の構造そのものが大きく変化しつつあった時代。

 

 

そうした産業革命と産業化社会をいち早くリードしたのが英国でした。

 

ヨーロッパに、いや世界に於ける資本・金融・貿易・産業の最先端モデルであった国家・・・。

 

 

 

50年代には世界で初めての万国博覧会がロンドンで開催され、世界中の富・資本が集中したと

 

い っても過言ではない、そんな時代。文字通り輝かしくも繁栄した時代。華やかに着飾った人々が

 

優雅に社交に明け暮れる時代・・・というイメージがあるよね。

 

 

 

─── けれども、あなたは既に知っている。

 

光が輝かしいほど闇もまた深く深く黒々としていることをね。

 

 

 

誰もが豊かであったわけではない

 

 

しかし、華やかに見えるのは上流・中流階級の人々であり、底辺の労働者たちは貧困にあえぐ日々。

 

まさに資本主義の悪しき部分がピークに達し、貧富の差が最も大きかった時代でもありました。

 

ちなみに、マルクスが『資本論』を著したのもこのロンドン在住中です。

 

 

社会福祉という概念も無く、福祉が権利では無く”慈善”つまり”お恵み”であった時代です。

 

貧しい家庭では子どもでさえもが、早ければ5~6歳の頃から働かされていた時代・・・。

 

 

囲い込み政策により土地を失った自作農の人々や職を求めて都会に流入してくる人々は多かった

 

のですが、そうした人々の出来そうな下層の仕事の多くは細分化され専業化され、その歯車の1つ

 

として働けるような技術も無く、教育も無いため読み書きもろくに出来ない人々が溢れていた・・・

 

─── まあ、そうした時代でもあったわけです。

 

 

英国の階級(クラス)

 

 

 

英国の階級制度は現在でも生きていますが、そのシビアなことはあなたも御存知でしょう。

 

ましてや、この時代では階級が異なると言葉も違うし、まるで別の人間のような扱い方をされた

 

くらいです。いや、事実、現代でも微妙に言葉が違うんだよね。ちょっとしたアクセントの違いで

 

その人が属する階級が分かってしまうというか・・・。

 

 

上流に属するのは王侯貴族、そして地主階級に属する人々です。彼らは働きません。いや、働く

 

必要がないと言った方が正しいでしょう。全寮制のパブリックスクールからオックスフォード大 学や

 

ケンブリッジブリッジ大学に進学するのが一般的です。

 

 

次が中流・中産階級です。大学に進学するのは一般的にこの階級以上に属する人々でしょう 。

 

ここにも差があります。アッパー・ミドル(中の上)とロウアー・ミドル(中の下)に分かれ 医師や

 

法律家などの専門職や研究職に携わる、現代で言えばホワイトカラーと呼ばれる人かな。

 

そして、この中産階級のアッパーとロウアーでさえ、実は非常に厳しい壁がある・・・。

 

 

そうして一番多いのが労働者階級です。 文字通り、額に汗して工場や商店などで雇われて

 

働く人々でしょうか。

 

【画像引用:【画像引用:https://anmolminhas.wordpress.com/ The Victorian Era- Values and Social Class System】

 

 

この階級意識は、現在でも存在していますが、貧富の差とは全く別物なんですよねー。

 

交際も結婚も、同じ階級同士であることが多いはずです。上に上がるのは非常に困難なはず。

 

スポーツ選手やミュージシャンのような、本人によほど優れた特別な能力でもなければね。

 

 

敢えてわざわざこの”階級”のことに言及したのは、ギッシングを理解するためには必要なこと

 

だからです。特に、現代とは異なる100年以上前のヴィクトリア朝に於いては、特にね。

 

 

(蛇足ではありますが・・・故ダイアナ妃は貴族の出身でしたが、現在のキャサリン妃の実家は ミドルクラスと呼ばれる

 

経営者層で裕福な家庭ではありますが、父方・母方ともに労働者階級の出身です。結婚が決まったとき、一部では

 

かなり揶揄されていました。しかし、こうしたルーツが逆に国民 からは親しみを感じさせる要素になっているとか・・・)

 

 

 

 

ギッシング自身は・・・

 

 

ギッシング自身は中流(の下)に属する立場でしたが、経済的には非常に貧しく、スラム街の

 

下宿屋の屋根裏部屋で細々と小説を書き、初期の作品群はこうした貧しい人々を主題にしたもの

 

であり、世の不公平に怒りを覚え、彼らに同情する面も充分にありました。 しかし・・・

 

 

 

  世の不正を非難攻撃せずにはいられない人は、声を大にして叫ぶがいい。

 

  それを天職と信ずる人は、進んで闘うがいい。

 


  しかし私の場合、そうすることは自然の導きに反することになるだろう。

 

  私は自分が静寂と瞑想の生活に向いた生まれつきであることを何よりもよく知っている。

 

  私の持っている長所はそこでなければ発揮されないということを知っている。

 


  私は半世紀以上の人生から学んだが、地球を暗くする過誤と愚行の大半は、精神を平静に

 

  保てない者たちの仕業であり、人類を破滅から救う善行の大半は、思慮深い静寂の生活

 

  から生じる。

 

 

 

ああ、いかにもギッシングらしいなあ!

 

そして、この部分に反発を覚えたり、理解不能であればもうこれ以上今日の記事は読む必要もないと

 

思います。 ここまでお読み頂いてありがとうございました。(スミマセン、実はまだ続きますのでw)

 

 

ペタしてね

 

 

貧困と飢えを知っていたギッシング

 

 

すぐ上に引用した文章は、読みようによっては凄くイヤミな上から目線に思えるかもしれません 。

 

「お前は何サマだ?!エラそうに・・・」という印象を受けるかもしれません。

 

 

けれども、誤解して欲しくはないのですが、ギッシングは彼らを馬鹿にして見下していたのではない。

 

それは絶対に違う、と声を大にして主張したいのです、私は・・・。 しかし、それでもね・・・。

 

 

 

   私は餓えて巷をうろついたことがある。ゴミ箱のような場所で寝たこともある。

 

   「特権階級」に対する怒りと羨望ではらわたが煮えくり返るとは、どんな感情なのかも

 

   知っている。しかもその間じゅう、私は実は「特権階級」の一員だった。

 

 

 

↑或る意味では、これこそギッシングの悲劇であったのかもしれません。

 

辛く貧しい生活を余儀なくされていても、教養も学問も向上心も無い彼らと心から馴染むことは

 

出来なかったのでしょう。また、彼らからも受け入れられなかったと思うな。

 

 

何しろ、現代とは異なりようやく労働者階級に教育を受けさせることがスタートしたばかり。

 

当時のロンドン市民の識字率は、ほぼ同じ時期の日本の、例えば江戸時代後期識字率と比べる

 

 と天と地ほどの差がありました。

 

 

敢えて、いやらしい言い方をするけれども、こうした人々から共感されるにはギッシングは教養

 

や学識が有りすぎたし、ま、早い話が所詮は別の階級の人間として見られていたと思うよ。

 

 

かといって、ギッシングの教養にふさわしい階級の人々と対等に交際するには余りにも貧しすぎ た

 

という、 非常に中途半端でそれ故に、孤独にならざるを得なかったのではないかと考えています。

 

但し、学のない人間を頭から馬鹿にするという姿勢では無いので勘違いしないでね。

 

 

同じような境遇で作家として大成功したディケンズも貧しい人々との暮らしを作品に昇華させ

 

人間味あふれる要素として作品に、ほろ苦いユーモアを与えた作家です。その辺がかなり違うね。

 

 

ギッシングの研究書を読むと、必ず出て来るのは「この作家の人生に対する真摯で誠実な姿勢

 

という言葉ですが、裏返すと生真面目すぎて余裕もユーモアも遊び心無いという意味だよね?

 

でも、いますよねー、そういうタイプの方々って。概してお金には縁が無くってさあ(爆笑)

 

 

    

    世の中でもっとも貴重なものは金では買えないと言う人もいるが、

 

    そんな月並みの文句こそ、本当に金に困ったことがない証拠だ。

 

 

 

 

ギッシングの生涯

 

【ギッシングの生まれた、現在のウェイクフィールド市 人口は7~8万くらいかな? 画像引用:wikimedia.org】

 

 

ここまで読んで下さったあなたは、もしかしたら不思議に思っておられるかもしれません。

 

教養と学識のあるギッシングが何故そんな境遇にいたのか?と・・・

 

ここではギッシングの生涯、特に不幸な結婚生活を中心にお話してみましょう。

 

 

彼が生まれたのは1857年、イングランド北部の、薔薇戦争以来の伝統を持つ小さな町ウェイク

 

フィールドです。 実家はそれほど裕福とはいえなかったけれど、父親は薬剤師で小さな薬局を

 

営んでいました。 階級的にはロウアー・ミドル(中の下)ではあったけれど、ギッシングの父親は

 

非常に教養の豊かな 人であり、この父から古典の手ほどきを受けました。

 

 

また、植物学に興味のある方だったらしく 専門的な教育は受けずとも、独学で植物学を(半ば

 

趣味であっても)学び、晩年には自分なりに まとめた本を出版したこともあるそうです。

 

 

ギッシングの様々な植物への愛は、或いはこの父親の影響もあったのかもしれませんね。

 

父親の期待を受け、子ども時代から学問に秀でていたギッシングは15歳の時に奨学金を授け

 

られ マンチェスターのオーエンズ・カレッジに入学。前途は洋々としていました。

 

 

ロウアー・ミドルに生まれ付いたギッシングが、さらに上のアッパー・ミドルの階級に上るため には、

 

学問の世界で優秀な成績を収め、それにふさわしい職を得ることが一番の早道だったから です。

 

上手くいけば、そのまま学問・古典文学の世界の研究者として身を立てることが出来たでしょうけど・・・

 

 

しかし、ギッシング少年はここで大きな失敗をしてしまいます。

 

 

カレッジの学友たちはみんなギッシングよりも上の階級(アッパー・ミドル中の上)であり、様々な

 

面で孤独や居心地の悪い思いをしたようです。後で学友が語っていましたし、当時のギッシングの

 

心境をそのまま描いたような短編小説も後に書いています。

 

 

想像してみて下さい。 親元を離れた下宿暮らしの孤独な少年・・・心の慰めになるものといえば?

 

─── 恋かもしれない。

 

 

 

ギッシングは労働者階級の一人の貧しい少女ヘレン・ハリソン(愛称:ネル)に恋をしてしまいます。

 

この少女が単に貧しいだけであるならば若き日の甘い思い出として終わっていたかもしれません.。

 

 

問題は彼女の生活手段です。夜な夜なパブに出かけ、意気投合した男性と交渉して一夜を過ごし

 

お金を貰う・・・まあ、援助交際というか、春をひさぐ女というか、売春婦だったのね(←えっ?)

 

ギッシングの境遇や立場では、決して深入りしてはいけない少女でした。

 

 

まあ、現代で言えば若きエリートが 風●嬢に真剣に恋してしまったとでもいうか・・・ .

 

若気の至りで、ひとときの恋で終わってしまえば良かったのですが、突っ走ってしまったのは

 

やはり若さゆえの愚かさでしょうか? しかし、この恋がギッシングの生涯を変えてしまいます。

 

 

彼は何とかして彼女に売春をやめ、まっとうな職に就かせようと頑張りました。

 

しかし、無学で教育も無い彼女にまともに出来る仕事などそうもありません。そこで、お針子の

 

仕事なら出来そうであると、彼女に当時は最新のマシンであったミシンを買ってあげたいと思い

 

ましたが、高価な機械が奨学金で学校に通っているギッシングに買えるわけもありません。

 

 

彼女自身の貧しさは、個人のせいではなくもう社会の構造的なもので、まだ少年であるギッシング

 

個人の力ではどうにもならないはずなんですよね。

 

 

ここで一念発起して、社会を変革するために革命家になろうとするか、さもなくば出世して社会 を

 

変える政治家になろう!・・・とは、考えなかった。いずれにせよ、先の長い話だしね。

 

 

そこで、世間知らずのギッシング少年が採った手段は・・・盗みでした。(←えっ?)

 

更衣室の学友の服からこっそりお金を盗み始めたんですよ。

 

【ドロボー猫なら、まだカワイイんだけど・・・学友のお金を盗むのはシャレにはならん!】

 

 

うわああ~っ! なんちゅうことを・・・!!

 

もちろん、こんなことが続けられるはずはありません。盗難が続くことを怪しいんだ学校側が雇い

 

張り込ませていた探偵に捕まり、あえなく御用の身となりました。 あちゃぁ~っ!!

 

 

 

─── さてさて、この後のギッシング少年の運命やいかに?

 

ちょうど時間となりました~!でなく、なんと文字数40000字規定オーバーに付き、次回に続きます。

 

ここまでお読み頂きありがとうございます。相変わらずの長さでスミマセン!

 

 

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