御名残四月大歌舞伎 テレビ鑑賞記 その2。「助六由縁江戸桜」編
テーマ:歌舞伎 大好き!(歌舞伎関連)NHK-BS2で7月12日の0:40から放送された、プレミアム・シアターの記事の2回目になります。
NHKハイビジョンさまでは、7月3日(土)22:45から放送された番組と、同じ内容になるかと思います。
今回の番組は、今年の4月に改装工事のため一時閉館となる歌舞伎座様で行なわれた「御名残四月大歌舞伎」第三部を、丸ごと中継録画で放送してくださると言う、歌舞伎ファンにとっては、NHKの皆さんが神としか言いようが無い企画となっております。
当方のブログでは、前回は前半に上演された「実録先代萩」について書かせていただきました。今回は、後半に上演された「助六由縁江戸桜」についてお話させていただこうかと思っております。
なおこの番組は、4月23日に収録された物になります。
当方が前回助六を歌舞伎座様で見たのは、松竹様が創業100周年を迎えられた1995(平成7)年1月です。
この時からNHKさまで、副音声解説つきの歌舞伎の舞台放送が始められました。解説は小山 觀翁(こやま かんおう)氏。
この時の中継が大評判となり、劇場のお客さんの数が増えました。
現在、「勧進帳」の最後で、弁慶が飛六法(とびろっぽう)をしながら、花道の奥に引き込んでいきます。この時、ツケ(舞台上手に座り、役者の演技に合わせて拍子木で打つ音)打ちのタイミングにあわせ、手拍子が起こる事があります。これも、この放送以前には見られなかったものです。
歌舞伎が良い方向に向かうきっかけとなった、ターニングポイントの放送でした。
今回は、その時の初日のテレビ中継と、1月20日頃に自分が歌舞伎座様に行かせて頂いた時の比較をしながら進行させてゆこうかと思っております。
なお、今年の4月27日に歌舞伎座様で拝見させていただきました公演についてのレポは、既に書かせていただいておりますので、そちらをご覧くださいませ。
今回の公演では、幹部俳優総出演といった、非常に豪華な舞台となりました。
助六の舞台の冒頭には、この演目の歴史などを述べる口上という役が登場します。
今回は、河東節を使い、助六由縁江戸桜という名前での上演となる、大変格式が高い舞台である事から、市川宗家を代表して、市川海老蔵(成田屋)さんが務められました。
口上の内容は、自分が見た27日の公演と全く同じです。
95年の時は、先代の河原崎権十郎(山崎屋)さんが務められました。この時の山崎屋の口上は、古式の通りに行ないました。そのため、
「煙草などをのみながら、ゆるゆるとご見物下さいませ。」
と口上を述べられていました。
もちろん、現在では消防法によって禁煙となっています。ですから、小山氏も解説で、
「現在では、そんな事は出来ませんが、江戸時代の上演時の雰囲気をお楽しみいただければと思います。」
とおっしゃっていました。
口上を述べる役が、舞台中央の下手側(しもてがわ。客席から見て左側)にある御簾の中に控えている、河東節一寸見会(かとうぶし ますみかい)の皆さんに、
「河東節一寸見会の皆様。どうぞ御始めくださいましょう。」
と頭を下げて、スタートします。
この演目の河東節は、男性ボーカル・女性ボーカルの公演が、1日おきに組まれるのが通例です。今回の公演は女性バージョンでした。自分が行った時も女性バージョンでしたし、95年の時もそうでした。不思議と男性バージョンの時に当たらないんですよね。
もっとも、普段の歌舞伎では男だけの世界ですから、コレはコレで華やかで、新鮮な気がしますけどね。
そして、三浦屋の暖簾を分けて傾城が登場します。そこに花道から登場するのが、揚巻一行です。今回は板東玉三郎(大和屋)さんです。
95年の時は中村雀右衛門(京屋)でした。
冒頭は酒によっており、後に酔い覚ましの「袖の梅」という薬を飲んで回復するという設定になっています。そこで、酔った演技をするわけですが、雀右衛門さんの場合は泥酔していると言う感じではありませんでした。しかし、玉三郎さんの演技では、やや酔っている事を強調している感じでした。
皆さんご存じないかもしれませんが、この揚巻の衣装は、重さが60kgもあるそうです。歌舞伎十八番の「暫」の、鎌倉権五郎の衣装も60kgだそうですから、コレを着て酒によってふらついた演技をするのは大変でしょうね。ですから、95年の上演時に雀右衛門さんはジムに通われて体力を付けられたとのことでした。また、玉三郎さんは、翌月新橋演舞場様で上演される助六で、揚巻を務められる中村福助(成駒屋)さんに、
「兄さん。(衣装が)重いです!」
とおっしゃっていたそうです。
その後、髭の意休(市川左団次。高島屋)が傾城白玉(中村福助)一行と共に登場します。
意休に揚巻が
「悪態の初音」
という、悪口を並べ立てる場面では、玉三郎さんは若々しくて上品な揚巻という感じで演じられていました。京屋さんのは、豪快な感じでしたが。これが家の芸と言うものなのでしょうか?
で、三浦屋の暖簾の奥に揚巻・白玉一行が引き込んだ後、お待ちかねの主人公:花川戸助六(市川団十郎。成田屋)の登場となります。95年と同じ、団十郎さんです。
やはり大病を克服されたので、声量が落ちたのが気になります。しかし、表現力は上がっており、前回よりも分かりやすくなっている上に、セリフも分かりやすくなっているのには驚きました。数箇所セリフや演出が追加になっている箇所。さらに、セリフのトーンが多くなっていますが、コレにより分かりやすさがグンとアップし、助六と言う主人公の人となりが、より鮮明になったと思います。
この後、くわんぺら門兵衛・福山かつぎ・朝顔仙兵衛が登場します。
くわんぺら門兵衛は片岡仁左衛門(松嶋屋)・福山かつぎは板東三津五郎(大和屋)のお二人です。お二人ともイキでいなせな江戸っ子を好演されていました。
一番今回の助六で驚いた配役は、この朝顔仙兵衛役の中村歌六(萬屋。よろずや)です。普段は脇役でも重い役に重用される方なのです。自分は「スーパー歌舞伎 孔明編」での、天水城の場面での本水を使った大立ち回りが、強く心象に残り、ご贔屓役者の一人になりました。ですから、違和感があること。違和感があること…。
でも、きっちり演じられていましたね。
助六のセリフで自分が一番好きな場面は、この直後に意休の頭に下駄を載せた直後の
「抜~けぇ!抜~けぇ!抜け抜け抜け!抜かねぇかぁ!!」
のくだりであります。
コレを見られただけでも大満足の自分であります。
そしてこの後に助六以外が退場した後、白酒売新兵衛じつは曾我五郎時致が登場します。今回は尾上菊五郎(音羽屋)ですが、95年のときは、元十八代目中村勘三郎が、まだ勘九郎時代に務められました。
落ち着いた雰囲気の音羽屋さんに比べて、より3枚目さ加減を強調した白酒売新兵衛でした。
ココまで来たら、皆さんお待ちかねの通人・里暁の登場まで、もうスグです。
そしてついにやってきた股くぐりの場面です。
まず田舎侍と国奴が股くぐりをした後、
待ってました!!
通人・里暁の登場です。
今回の通人・里暁は、中村勘三郎(中村屋)が務めていました。95年の時は、今回助六の母親である曽我満江役の中村東蔵(加賀屋)さんでした。衣装もその時とは違います。薄緑色の羽織が今回。95年は黒の羽織でした。
この番組で初めて御名残四月大歌舞伎をご覧になった皆さんは、
「随分飛ばしてるなぁ!」
と思われたかもしれません。しかし、実際には一番大人しい通人・里暁でした。一説によると、一番羽目を外したのが、自分が見た27日だったようです。
「しぇ~!!」
と驚くシーンがもっと大仰で回数も多かったです。
助六の股を潜る前のやり取りも、もっと大げさにやってましたしね。話していた内容はほぼ変わりませんでしたけどね。
花道を引き込む時に、劇場名を列挙している時に、大向うさんから
「平成中村座もあるぞー!!」
と突っ込まれて、
「ありがとうございます。」
と照れながら頭を下げていたのが印象的でした。
ちなみに、95年の時の事も書かせて頂こうかと思います。
この時に東蔵さんは、ほぼシナリオ通りに演じられていたようです。
股潜りの場面では、助六の団十郎さんが大河ドラマに出演されていたので、この事と、白酒売新兵衛の勘九郎(当時)さんには、この日裏番組でテレビ東京様から放送されていたドラマ(豊臣秀吉)にひっかけて、
「足利のよっちゃんの股をくぐって、豊臣の秀にいさんの股を潜らないのは野暮でげすねぇ。」
とやっていました。その後花道の七三のところでは、当時安達祐実さんが出演されていた日本テレビ様のドラマ「家なき子」のキメゼリフ「同情するなら金を暮れ!」を、首から大きながま口をぶら下げながらおっしゃっていました。
自分が行った20日頃の舞台では、白酒売新兵衛の股の間に、脱いだ雪駄をけりいれて、キング・カズ(三浦和義)氏のカズダンスを疲労してくれました。
今回満江を見て、それを懐かしく思い出しました。
そういえば、前回の満江は故澤村宗十郎(紀伊国屋)さんでしたねぇ。
そして、もう一度出てきた揚巻と意休とのやり取りが有って、最後に花道を助六が引っ込んで終わりとなりました。
翌月5月の新橋演舞場さまでは、この後の場面も上演されたそうです。
本水を使うので、給排水設備が整っている演舞場様でなければ出来ないものであったのではないでしょうか・
ともかく、歌舞伎座様で見てみたかった気はします。新劇場まで楽しみは取っておきます。
いつものように長くなりましたが、今回は特に好きな演目なので長くなってしまいました。
長々とお付き合いいただきまして、ありがとうございました。













