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明治天皇、ツタンカーメン、小さいおっさん、などなど・・・・



  • 15 Nov
    • 続き続き続き・・・ヤクザのルーツに隠されたキリスト教の暗号(ちょっと修正)

      やくざについて話す前に、江戸について書いておこうと思う。 江戸時代より鎖国政策が行われたと学校で習うが、鎖国などは一切行われていない。正確にはキリシタン禁教令である。幕府がキリスト教を禁じたのは、宣教師が民衆を洗脳し、植民地にしやすくするのを防ぐためとか、彼らが女性をさらって売り飛ばすのを防ぐためであるなどの説が提唱されているが、もっと根本的なことがある。その理由はあの呪詛にある。 江戸時代の日本の支配者と言えば徳川将軍と答えるのが通常だが、事実は違う。当時の日本は300藩に分かれ、最大の藩は加賀藩の100万石が有名である。しかし、本当の最大の藩は800万石の江戸藩である。参勤交代などで莫大な収入がもたらされる江戸藩は、将軍のものではない。この江戸藩を支配するものが日本の実効支配者であった。その名を弾左衛門という。 ヤクザにはキリスト教をルーツとする言葉がある。兄弟の杯、足を洗う、指を切る、などである。また、親分に対するその忠誠心はキリスト教徒に似たところがある。似ているのではない、かつて彼らはキリスト教徒であったのだ。それはザビエルの時代のことではない。邪馬台国かそれ以前からの歴史なのである。 兄弟の杯とは、最後の晩餐における聖餐の葡萄酒のことであり、人類の罪の赦しのために流されたキリストの血を記念するものである。足を洗うとは、キリストが弟子たちの足を洗われた儀式を意味し、師である自分が弟子たちの足を洗ったように、人は互いに仕えあうべきだと教えられたものである。指を切るとは、自分に罪を犯させるような友人とは関係を考え直すべきだと諭されたものである。 ヤクザはかつてこれらの教えを純粋に理解していたようだが、そのうちに背信行為に走り、まったく悪魔的な風習へと変貌したのである。イエス・キリストへの信仰の道を歩んだものが背信行為に陥ると、それを知る前よりも深い闇の道を歩むようになる。それがあの呪詛である。信長のみ遺体が発見されていなかったのを、呪詛のポイントに仕掛けたのは、信長にキリストの象徴が隠されていたからである。船岡山は古代のキリスト教に関係のある聖所であり、平安京はイエス・キリストを十字架にかけたことを公に宣言する悪魔の都市であったことになる。 日本列島がこの呪詛で形成されていたとすると、支配者として知られる者たちはイエス・キリストを知っていながら故意に背いた者たちだったことになる。 これがキリシタンを弾圧した真の理由である。キリスト教を布教させるのを禁止しただけではない。彼らはイエス・キリストそのものを憎んでいたのである。 弾左衛門の末裔である弾直樹もまた、明治時代にキリスト教の門をたたいたが、差別に耐えかねて棄教している。彼の組織は三井グループに受け継がれた。三井グループは秦氏三所明神(上賀茂神社、下鴨神社、松尾大社)のスポンサーである。弾左衛門は秦氏である。家康は賀茂氏である。松尾大社は天海と関係が深い。平安京は秦氏の都市である。キリシタンを磔にした道具をはたものという。 朝鮮半島より来日した秦氏はキリスト教徒だという説が大いに提唱されている。確かにそうかもしれない。しかし、それはイエス・キリスト教徒とは限らない。キリストとは救い主という称号である。世の中のすべての宗教はキリスト教徒と言える。ユダヤ教は今もイエス・キリスト以外のキリストを待ち望んでいる。このことからユダヤ教は、イエス・キリストの組織された原始キリスト教会より後にできた宗教である。仏教は弥勒菩薩というキリストを信じる宗教である。 秦氏の頭領の称号は太秦といい、ユダヤ人の王という称号も兼ねているとすれば、ユダヤ人の王は二人いることになる。一人はイエス・キリストだが、もう一人、ローマよりユダヤ人の王に任命されたヘロデ王がいる。当時のユダヤ人はヘロデ王がユダヤ人の悲願であった神殿を再建させたことなどから、非常な尊敬を受けており、その息子はユダヤの王族の娘を妻にしていることもあって、ユダヤ人を救うキリストと目されていた。したがってヘロデ・キリスト教徒であり、その数からいえば多数派はヘロデ・キリスト教徒であった。日本に来てキリスト教徒といわれた人々の数も、多数派はヘロデ・キリスト教徒であったと思われるのである。

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    • 続きの続きの続き。日本人に課せられた呪詛の十字架

      先日、バイキングという昼の番組で、こんな風な意見が出た。「縦割り社会の融通の利かない社会を構築したのはそもそも誰なのか」東京都議会のおかしなシステムへの疑問として出された質問だったと思うが、この疑問への回答や結論は「先輩後輩の関係もそうだし・・・」といった意見で終わってしまった。 この社会システムを壊そうとした、正確に言えばまっとうなものにしようとした人物が何人かいた。聖徳太子、蘇我入鹿(このブログでは義人の一人)平将門、楠正成、織田信長、明智光秀(このブログでは義人)といった面々である。 明智光秀は家康に仕えた天海になったという説があるが、ここではこれを受け入れない。だが、この天海と家康が仕掛けた奇門遁甲あるいは陰陽道が、その後の日本人の人格を形成するうえで重い十字架になっているのである。 天海が結界を仕掛けた江戸の町は、将門の首が呪詛になっている。そんなものは気にしなくてもいいのだが、日本列島はこの呪詛のやり方を基本に成り立っている。長野県の善光寺は物部守屋の首を呪詛に使っている。平安京は織田信長の首(未発見)を呪詛に使い、桃太郎の吉備は温羅の首、九州は新羅の鬼ジンリンの首、平城京は蘇我入鹿の首である。いずれも人柱であり、日本にはこの恐ろしい風習を基本に都市設計がなされているのである。平安京は信長よりはるか前に作られているため、それ以前にも首があったはずである。この船岡山には信長を祀る建勲神社があるが、それ以前は稲荷神社があった。それ以前は磐座があり、かつて倭人の聖所であったことが分かる。また、信長に関しては遺体が見つかっていないため、ここだけは他と違う呪詛がある。 明治天皇が大平和敬神の称号を贈り、日本の平和のために尽くした偉人としてたたえた信長を呪詛に使った天海の意図は2000年にもわたって続く日本の闇と言えるのである。       

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    • 続きの続き

      日本人は・・・という意見の基準はどこにあるのかも大いに疑問で、日本は仏教国だからというのもこれに当たる。 天皇は日本の象徴であると憲法にあるが、天皇は神道であり、日本は仏教国というのは説明になっていない。 仏教国と言いながら、日本人の大半はお経の意味が分からない。仏教が占いやまじないを禁じていながら、日本人の生活にはどこを見ても占いが氾濫している。その有様を見てもお寺側からは何の反論もない。 確かに日本は仏教国だった。神道は神宮寺としてお寺の管理下にあった。朝と夕方の5時にお寺の鐘が鳴り、一日の生活サイクルは仏教とともにあった。鐘の音を聞くと感謝の祈りを捧げてから一日をはじめ、感謝の祈りで一日を終わっていた。今や朝の鐘の音がうるさいと、鳴らすのをやめた寺も多い。信仰の鐘の音が、騒音公害にまで落とされてしまった。うるさいと言われれば、人は仏様によって生かされているのだと相手を喝破するような僧侶はもはや数少なくなっている。 世の中仏道よりもお金や仕事が一番であり、檀家の家族に問題があっても、死者が出て葬式を出すまで僧侶はノータッチというありさまである。檀家の家族の幸せのために、誠心誠意尽くすのが本来の僧侶のあり方である。犠牲が出るまで何もしないのは役所と警察と同じである。もはや宗教ですらなくなっている。 日本人は判官びいきのところがあるが、おらが村の殿様という観念もある。弱い者に同情すると思いきや、徹底して差別する気持ちも同時に持ち合わせている。 遅刻をして謝るのがこの社会の常識のはずである。ところが役人に至っては、わざと遅刻して待っている者を陰で観察し、ぼやこうものなら自分の立場を利用して相手を陰湿に攻めるという輩もいる。給料を払っている側だというので、就労者の意見を封じる輩もいる。日本には二種類の人間がいる。 これは世界中に見られるところで、白人が黒人を人とみなしていない歴史や、日本人は人ではないので迫害しても構わないという教育をしている国もある。 最近特に変だと思うところは、各仏教宗派が世の中の乱れはそっちのけなのに、個人除法保護法だけは順守しているところである。人が死のうがお構いなしの仏教が、この法律に関しては全員右へ倣えで徹底して守っているのである。これはもはやカルトである。 このおかしな矛盾がある、今の世の中と同じ教であった時代が過去に何度かあった。 続く。 

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  • 14 Nov
    • 前回記事の続き

      世間が言うところの部落に住む人たちは、差別を受けたとあるときは怒りで、あるときは悲しみを持って語る。 確かにいろいろあるのだが、部落解放や差別撤廃という世間で使われる言葉には、何か不自然なものがある。 一体何から解放するのだろうか。一体誰をまたは何を基準に差別撤廃というのだろうか。開放するということは支配者がいることになるが、差別して迫害している者ははたして部落に対して支配者だったのだろうか。また、就職差別が横行していたのは事実だが、差別するような連中のもとで働けるようになることが差別撤廃というのであろうか。部落の人を就職で優遇した場合は差別にならないのであろうか。 何を標準にしているかという点が見えてこない。部落でない人は一般人で標準とし、部落の人が部落でなくなるのを差別撤廃というのなら、それ自体が差別ではなかろうか。一体一般人とは何者か。日本人とは何者か。ここに日本人という表現のあいまいさが出てくる。何を基準に日本人というのか。部落の人は日本人ではないので、部落解放とは日本人にするということになるのだろうか。 かつての日本はごく一握りの武士階級の人間が統治するシステムであったが、武家の子孫は家柄がいいという見方をされている。これはよいのだろうか。先祖がカワタ者であるというのは差別であり、恥なのであろうか。自分の先祖を愛し、誇りに思うのに、身分あるいは身分外のカワタ者でないことが最重要事項とでもいうのだろうか。 法務省は先祖を知る手がかりである、壬申戸籍を差別につながるとして封印している。そこには華族、平民などの身分が記されているが、それを知ることは差別につながると、なぜ法務省が声高に叫ぶのか。 続く。 

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    • 日本人の平等、標準、差別という考え方

      日本には差別があるといい、人はみな平等であるから差別をなくすべきだというスローガンは、どこにでも見られる。 ところがこの差別という考え方にどうもおかしなところがある。 特に差別として一般に認識されているのが部落差別であろう。この起源はかなり古い。穢れ思想または宗教から発生したもので、人や動物の死にかかわる作業、すなわち、死んだ人の埋葬、犯罪者の取り扱い、死んだ家畜の処理、また芸能(これも穢れたものであったらしい)といった職業に就く人々は、今でいう普通の生活を送る一般人とは違う、人ではない者とみなされていたことに起因する。よく知られた呼び名はえたひにんであるが、ここではカワタ者としておく。現在の職業に当てはめると、葬儀屋、警察、警備員、皮革工業者、芸能人、ジャーナリストや新聞記者はみんな穢れた人ということになる。新聞のことをかわら版と言ったのもまた、この風俗の表れであろう。 この区別がなくなったのは明治時代に賤民廃止例が出てからで、これらの職業が非常に収益があり、それまで穢れた職業として忌避されていたのが一気に一般化した。それによって既得権益で富裕であったカワタ者は仕事を奪われて浮浪者同然となり、穢れた者という差別だけが残ることになる。部落という呼び名は全部ひっくるめての表現の為、物事をあいまいにして解決の道を見えなくする者のたくらみによるものと、筆者は考えている。 カワタ者は家の敷居をまたぐことを許されていなかった。これは丁稚奉公などで家奉公人として仕えている人とも境遇が違う。奉公人は家の中で一緒に寝泊まりしているが、カワタ者は皮革製品などを販売でも、芸能活動でも、家に入らず敷地の外側で販売や歌や芸を行い、金銭は家の外で受け渡しが行われていた。 大岡越前などのクライマックスシーンである、判決言い渡しの場面で出てくる引っ立て人や牢屋の番をしている人のあの服装は、カワタ者(職業ではなく、らい病で穢れたとされる者が多い)の装いであり、髪形なども決められていて、一目でそれとわかるようにされていた。 このように、江戸時代までの日本人のしきたりは、明治になっての風習と全く違うものであったことが分かる。今の部落差別は何者かによって刷り込まれた悪意ではないだろうか。 続く。 

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  • 28 Oct
    • 白蛇信仰

      日本では白蛇を神聖視して、弁財天として祀られてもいる。広島県や山口県、熊本の阿蘇など、生きた白蛇を見られるところもある。 うちのブログっぽくこの蛇を読み解いてみると、結局うちのブログそのものになってしまった。 白蛇はアオダイショウが白く(アルビノ)なったものだ。蛇でもなんでもそうだが、アルビノという現象には一つの特徴がある。それは視力が弱いことで、この時点で白蛇がだれを表しているのかの答えになっている。 天岩戸隠れの際、アメノウズメが舞い踊ったが、アメノウズメは猿田彦の妻とされる。猿田彦は地蔵菩薩と同じとされ、地蔵菩薩は大歳神と同じであり、大歳神と猿田彦はウカノミタマと同じであり、ウカノミタマは天岩戸の前で注連縄を張ったフトダマと同じである。天岩戸の前で鏡を作ったイシコリドメと鏡が祭祀に使われる前に鐸(さなき=銅鐸と思われる)を作ったのがアメノマヒトツ(アマツマラ)で、その姿は岩戸の前に立てられた榊と同じであり、榊は目が鏡とアカカガチ(ほおずき)で鼻が長い猿田彦と同じとなり、猿田彦は二見ヶ浦の沖に沈んだ岩棚で一体化したアメノウズメと同じとなるため、アメノコヤネを除く岩戸の前にいたすべての登場人物が同一人物となる。榊にかけられた青(緑)と白の布帛は、鏡とともに蛇を表し、それぞれアオダイショウと白蛇となる。また、アメノマヒトツは鍛冶の神であるため、片目が見えないが、目を病んでいるのは白蛇も同じである。 イシコリドメは鏡を作った老女で、アメノウズメは岩戸と鏡をかけられた榊の前で踊った巫女であるが、岩戸の奥にいた天照大神を加えた三人は一つであり、卑弥呼を表している。 日本人が神聖視する白蛇は、忘れられてしまった卑弥呼なのである。  

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  • 11 Sep
    • 目の隈(くま)は熊か

      目の隈(くま)は寝不足やアレルギーで目を掻くことで生じると言われるらしいが、はっきりわかっているわけでもないらしい。 目のクマというと、歌舞伎の隈取を思い浮かべるのだが、初代市川団十郎が坂田金平の役柄のメークが始まりだという。 そのメークのヒントは、傀儡子(くぐつし)の人形の顔のメークからという。 傀儡子とは、かつての日本の身分社会には属さない流浪の民で、今となっては彼らがどのような民なのか詳しく知る機会が得られない。 傀儡という言葉のルーツもよくわかっていない(漢字は中国でも同じ)。 同じように、流浪の生活で生きていたいかさま師(これはれっきとした職業名だった)なども言葉だけは悪いように残っている。 彼らの仕事は興業のほか、女性は夫公認で売春したりするなど、いわゆる日本人とは違った価値観で生活していた人である。 そんな彼らのメークを見て隈取と言ったのが、非常に気になる。 神武天皇に恭順した先住民とされる人物に、大久米命(おおくめのみこと)がいる。 彼が神武天皇の后を探す際、ホトタタライスケヨリヒメに出会い、彼女がオオクメに歌った歌には、あなたの目の鋭い刺青はなんですか、と問いかけるものがある。 久米は熊野の人物で、クマと同じ語源とされ、オオクメの入れ墨が傀儡子に伝わったものが、今に至って目のクマのことを指すようになったのだろうか。 目の周りにに入れ墨を入れるのは、オオクメの話だとイスケヨリヒメに会うためだということだが、魏志倭人伝によれば水の中の怪物除けだという。 神武天皇の母方の先祖がワニ(龍、蛟)だったことを考えると、ワニを妻にするというのが慣例とでも言えるだろうか。 イスケヨリヒメに会ったオオクメの目が蛟除けだとすると、姫もまた蛇っぽい存在だったのだろうか。 クグツもまたカガチと同じ蛇の意味だろうか。

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  • 06 Sep
    • 熊本にあるアメノマヒトツの神社

      ブログのやり取りで、碧玉さんという方が教えてくださった、熊本の一つ目神社というのがあります。熊本の名水百選に選ばれるような湧水がわいている、結構有名な神社です。祭神はアメノマヒトツですが、由来を見るとこれが不思議。二人の息子が首引き(?)をしているのを案じていた母親の目に綱が当たり、目が取れてしまったのでそれを祀ったものといいます。アメノマヒトツと言えば忌部氏の祖神で、鍛冶製鉄の神でもありますが、この由来だとどっちにも関係ありません。宮司の吉田氏は、苗字から推察するに藤原氏なので、忌部氏がごっそり移住したのかもしれません。一つ目だけがつながりがある感じです。熊本には銅や砂鉄を採掘していた歴史があり、これがルーツとするなら話はわかりますが、ここは河童の国。河童は金属が嫌いで、川に刀が沈んでいるだけで逃げていくといいます。熊本の河童は追い出されて福岡に行ったようですが、追い出したという加藤清正の伝承は、それ以前にあった伝承がもとになっていると思われます。個人的に河童のモデルは安曇氏ではないかと考えています。曇氏は福岡に本拠地を持つ氏族でしたが、もとは熊本にも住んでいて、移住したのではないかと考えています。もしかすると沈黙貿易の関係にあった忌部氏が熊本にも住んでいて、一つ目神社のルーツとなったのかもしれません。 

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  • 04 Sep
    • 神武天皇の179万2470年の謎を解く鍵は河童にあり

      『日本書紀』によると、45歳のとき日向の高千穂宮にいた磐余彦(イワレヒコ、後の神武天皇)は、「天孫降臨以来、179万2470余年経ち、まだ東方には支配できていない土地がある」と述べている。神道五部書のうち『倭姫命世紀』、『神祇譜伝図記』ではニニギ(天孫降臨)は31万8543年、ホオリ(山幸彦)は63万7892年、ウガヤフキアエズは83万6042年の治世とされ、合計は179万2477年となる。ウガヤフキアエズの息子が神武天皇である。 この巨大数字は仏教の弥勒菩薩にもあり、釈迦の入滅後、56億7000万年後に衆生を救いに降臨する仏とされている。仏教界では進化論とタイアップさせて考えているきらいがある。地球が生まれて45億年だから、まだ先の話のようにとらえているようである。仏教がこんなでは、やってくるのは菩薩ではなく第六天魔王がふさわしい。 海千山千という言葉がある。海に千年、山に千年住んで様々なことを学んで知っているように、世の中のことは何でもお見通しというようなたとえで使われる。この言葉のルーツは、海に千年山に千年すんだ蛇は龍になるという言い伝えから来ているとされている。 この言葉に似た言葉がある。海に千匹、山に千匹、川に千匹である。これは大工仕事をさせるために人に変化させた藁人形を、仕事が済んだので頭を木づちでたたいて陥没させ(お皿のルーツ)、海山川に1000匹ずつ放したというものである。つまり河童のルーツの一つである。このため、河童は海にも山にも川にもいるという。 最初に来る言葉が海なのだが、海の河童は海童と書き、わだつみともいう。先述の山幸彦の妻はオオワダツミの娘のトヨタマヒメである。トヨタマヒメはワニもしくは龍の姿をしていたが、父の名前からしてミズチという河童である。山幸彦はその名の通り山彦で、これは山童(やまわろ)という河童でもあり、山じいという一つ目の鬼でもある。 ニニギの天孫降臨の際付き従った五部神のうち、フトダマは忌部の祖である。このフトダマには五人の従者がいて、それぞれ大工や玉造、鍛冶の祖神を従えていた。この天孫降臨神話には時代を超越した象徴が隠れている。 日本はかつて倭奴国と呼ばれており、「わのなこく」と一般には認知されている。しかし、この読みは「いな」または「いの」であり、忌部の居住地を示す伊部(いんべ)やいなべといった地名のルーツと思われる。忌部の部は物部の部と同じで集団名であり、「い」または「いん」という音節だけで国名と部族名を示していたと思われる。特に筑紫・伊勢忌部の祖神アメノマヒトツは一つ目の神であり、山じいや一つ目小僧のルーツでもある。 しかし、河童と鍛冶屋は相性が悪い。河童は金属をひどく嫌うのである。山幸彦とトヨタマヒメの婚姻にも同じことがいえる。トヨタマヒメは見るなのタブーを犯した山幸彦に別れを告げたが、そもそも山の神と河童はやはり相性が悪かったのだろうか。この婚姻は、倭国の様子と重ね合わせるとぴたりとあてはまるものがある。 邪馬台国の時代、西日本に住んでいた倭人(弥生人)は海に潜り、魚介類を採って生活していた。遺跡で見つかった彼らの骨を調べると、呉の百越人のDNAと一致していた。彼らは志賀島に本拠を持つ安曇氏と考えられる。彼らは熊本から筑紫に移り、瀬戸内海を通って淀川水系から和泉や琵琶湖を通り、福井県から日本海に出て信濃川をさかのぼり、安曇野に至り、渥美半島や熱海にもその痕跡を残している。北陸は越の国であり、日本人は服のことを呉服と呼んでいる。そのルーツは安曇氏にあるのではないだろうか。 彼らの祭神は海神(わだつみ)であり、海から穂高岳に登った山童の典型となっている。穂高岳の祭神はイザナギと同じとされており、イザナミは長野と群馬の境にある巨石(ここが黄泉平坂)の先の東日本(黄泉の国)に行ったのではないかと思われる。これもまた離縁である。 これらの込み入った情報をまとめると、安曇氏は忌部氏と同化したのではないかと思われる。安曇氏がいたところへ忌部氏がどこからかやってきたのである。安曇氏はそれ以前に同化(ただし沈黙貿易)していたイザナミの一族と分かれてしまい、これが縄文人ではないかと思われる。縄文人はその後日本から行方をくらましている。この別れが浦嶋太郎や鶴女房、雪女のルーツではないかと考えられる。アイヌ人はコロポックルとして伝えている。 ここで最初に戻って179万2470年であるが、これを河童の計算式に当てはめると、179万2470万匹となる。つまり人口である。ただし、この人数は倭国の話ではないかもしれない。神武天皇の父ウガヤフキアエズは、母の妹すなわちトヨタマヒメの妹と結婚している。この変な婚姻と約180万人という数字、ある人物と重なっている。河童の総大将ともいうべき水から生まれたという名前を持ち、父親が実母の妹と結婚した背景を持つ人物は、ヘブライの預言者モーセである。

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  • 11 Aug
    • ムー8月号

      またまた発売後時間がたってからの報告ですが、ムー民広場で投稿記事が掲載されました。 彦根市 正樹(43)で紹介されています。 よろしくお願いします。

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  • 04 Aug
    • 一反木綿

      久しぶりに妖怪ものです。 妖怪中心のブログのつもりですので。 一反木綿とは、鹿児島県に伝わる、幅30センチ、一反(約10メートル)の長さを持つ白い布上の妖怪と言われている。 鬼太郎に出てくる一反木綿が九州弁なのはここから来ていると思われる。 だが、鬼太郎が乗っているという点で、木綿という布に疑問が大いにある。 「もめん」と発音されているが、同じ漢字で「ゆふ」とも呼ぶ。 もめんは綿から作った布だが、ゆふは梶という木から作った布である。 ゆふの布は忌部氏の生業である。 忌部氏は麻の布(あらたえ)とゆふを作っていた集団である。 忌部氏が移住した上総、下総は麻に由来し、結城はゆふに由来している。 鬼太郎は一つ目で(父親も一つ目)、トラ柄のちゃんちゃんこを着ていることから、忌部氏の神、アメノマヒトツの姿が浮かび上がる。 よって鬼太郎が乗る一反木綿はもめんではなく、ゆふでできているのかもしれない。 天照大神の岩戸隠れの際、岩戸の前に鏡とともに掲げられた、青和幣(あおにきて:麻)と白和幣(しろにきて:ゆふ)とも関係があるのだろうか。 いずれも忌部氏が作ったものである。 鬼太郎の服は青色(おそらく麻製)なので、岩戸隠れの舞台が整っている。 一反木綿が現れるという四十九所神社の祭神は天照大神である。 鬼太郎が天照大神だとすると、目玉の親父がイザナギで、死んだ鬼太郎の母がイザナミなのだろうか。

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  • 18 Jul
    • 癌とノストラダムス1999年の預言

      L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois Du ciel viendra un grand Roi deffraieur Resusciter le grand Roi d'Angolmois. Avant apres Mars regner par bon heur. 1999年7の月(太陽暦では8月) 天から落とされし偽りの大王が アンゴルモアの大王をよみがえらさんと 火星は平和の名のもとに支配するだろう この預言、思い起こす人も少ないかもしれません。 ですが、預言というものはその多くが後で考えるものだということを理解する必要があります。 しかも、預言の翻訳が間違っており、誰もが天から何かが降ってくるものだと考えていました。 1999年に起こった象徴的な出来事から、その前後に発生した人類全体にかかわる問題を理解していく必要があります。 その一つが癌についてです。 1999年からのものとして、癌に関して一つの大きな発表がありました。 http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/011900205/?ST=health また、このような発表が1999年になされています。 http://gigazine.net/news/20160623-tumors-grow-and-spread/ 世の中の大半は、癌とは悪いものと考えています。 そのため、癌が自分で血管を形成し、血管から栄養を取り入れる動きを見せることも、悪い動きと見ます。 癌は悪でしょうか。 癌は体に過剰供給された栄養素や毒素をため込むプラズマ生命体であり、いわば廃棄物貯蔵庫の役割を果たす人形(ひとがた)なのです。 そのため、癌を切り取った場合、廃棄物貯蔵庫が失われることになり、毒素が再び体に拡散することになります。 つまり、癌の三大療法は体に毒素をまき散らし、生命力を奪う人体実験となります。 手術をして延命している人がいるのは食事療法の結果であり、手術せずに食事療法をすれば、癌は消えていたものなのです。 毒素とは、砂糖、肉と脂、人造グルタミン酸やリン酸などのナトリウム塩、いわば豪華な食事と食べ過ぎ、夜食です。 これらの毒素の排出機能の限界を超えた際、人体がその貯蔵庫として体内で発生させるのが癌となります。 いいかえれば、癌は人にとってなくてはならない友なのです。 ここで預言とどう関係するのか見ていくと、次のようになります。 癌治療に際し、医師は基本、患者の命を最優先に考えています。 しかし、この治療法を進めている連中は利益最優先です。 その元締めはロックフェラーとモンサント(TPPの黒幕)であり、ロックフェラー一族などは決して病院で治療を受けず、無農薬有機栽培野菜の食事療法で健康を保っています。 癌治療は彼らにとっては医療ではなく産業なのです。 彼らが悪質なのは、善良で信用のある医師を使って、癌の三大療法で患者(正確には患者ではない)を切り刻んでいることです。 患者は医師を信頼し、医師もそれにこたえようとする善意を悪用しているのです。 ロックフェラーたちは最もたちの悪い詐欺師であり、ノストラダムスが預言したように、偽りの大王に仕える者たちなのです。 その警鐘としてとらえられるように、1999年に癌に関する動きがあったことになります。 アンゴルモアの大王とは、最初は民衆に対し正義の味方として登場したのが、後に民衆を襲った大強盗団でした。 それと同じように、黒幕たちは患者を救おうとしていた医師を使って患者を死に至らしめていることになります。 火星の象徴を説明すると、火星は初めは緑の星で美を象徴する存在でした。 それが金星(誕生当初は軍神の象徴)の接近によって死の星および軍神に変えられ、色も赤に変わりました。 火星が軍神に変わった代わりに金星が美の象徴と変わりました。 火星が軍神または人々を殺す存在になったのは、金星が原因ということになります。 金星には二つの象徴があり、一つはイエス・キリスト、もう一つは偽りの大王サタンとなります。 これはもともとイエス・キリストを信じていたものが、後に背教してサタンの側についた存在を意味します。 アンゴルモアの大王も同じです。 これはやくざも同じであり、やくざの兄弟の杯や忠誠心などは、キリスト教がルーツであるものの、風習だけが受け継がれたことが見て取れます。 これは、実際には善である癌が悪に見られるようになったものと逆になっています。 すべては偽りの仮面をかぶっているわけです。 医師の善意のもとに癌治療という悪が行われている、これが平和の名のもとに支配するという意味になります。 ノストラダムスの預言はここで終わってはいけないものです。 癌は世界中で悪の象徴と思われていますが、その正体の象徴を知る必要があります。 癌は人の体の毒を引き受ける身代わりなのですが、今は悪として切り捨てられる存在です。 それは人々の悪を背負って身代わりとなり、人々に捨てられたイエス・キリストを表していることになります。 ノストラダムス(預言者すべて)が伝えようとしている根幹は、イエス・キリストの死と復活と贖いの業であり、その証があってこそ預言となります。 人々がイエス・キリストの教えを捨て、唯物主義と贅沢三昧に走る現代に警鐘を鳴らすため、癌が発生したのは、人々がイエス・キリストを癌のように思う時代の到来を示すと同時に、彼の再臨が近づいていることの証でもあります。

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  • 05 Jul
    • すずかちゃんを救う会

      渡航移植手術費用が3億円という多額の善意が8割まで達成されました。 皆様の思いやりと援助を感謝いたします。 フェイスブックより転載 【現在の募金額】7月4日時点 本日をもちまして、遂に目標の8割を達成することが出来ました。 本当に、皆様のすずかちゃんへの温かいお心遣いとお力のおかげで、遂に目標まで手が届くところまで来ることが出来ました。 ... 心から深く感謝申し上げます。本当にありがとうございます。 皆様からの温かい応援やサポートは必ず、すずかちゃんに届いており、この想いを絶対に無駄にしないためにも、残り2割も全力で取り組んで参りたいと思います。 どうか引き続き、すずかちゃんへの応援を宜しくお願い申し上げます。 すずかちゃんを救う会 事務局 フェイスブック:https://www.facebook.com/suzukachan.sukuukai/?fref=nf

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  • 01 Jul
    • なぜでしょうか。ミシャグジの記事がよく見られています

      長野地方で信仰されているミシャクジという、石でできた一つ目の蛇のような道祖神のようなものですが、うちの記事で最近急にアクセスが増えています。 それゆえか、ミシャグジで検索すると、トップページの7番目くらいに位置しています。 なにゆえ? 過去記事はこちら。http://ameblo.jp/haguremetalking/entry-11907697937.html 地元の人もそれが一体なんなのか知らないと思えるミシャクジ信仰ですが、山梨(甲斐)の丸石道祖神とならぶ、不思議な文化です。 最近、犬上郡多賀町の山の集落に住む御老人と話す機会がありました。 その人の集落は、子供が生まれると山から掘り出した地蔵を祀るという風習が残っています。 なので各家に必ず地蔵が祀ってあります。 多賀から降りて多賀大社の玄関口である高宮に至ると、今度は川や田んぼから掘り出された地蔵が各所で祀られています。 山では土の中から、平地では水の中から出てくる地蔵ですが、河童っぽいところがあっります。 丸い石を片面だけ人型に刻んだ(二人組のもあります)素朴なものですが、一緒に五輪塔の形をした石も出てきます。 福王寺のページ:http://www.fukuouji.com/fukuoujihpkeidai.html 所変わって行基が開基と伝わる豊郷町四十九院では、雨乞い蛇(あまごいじゃ)の風習が残っています。 交差点近くでひっそりと石碑だけが残る信仰ですが、ミシャグジといい、埋まった地蔵と卒塔婆といい、仏教の聖地ともいえる場所に伝わる雨乞い蛇信仰といい、古の日本にあった信仰が垣間見えます。 地蔵や五輪塔の製作年代は鎌倉時代が多いようです。 また、仏教に伝わる一膳飯などの仏教らしくない風習なども、クリスマスがミトラ教の風習であったように、何か別の風習が現在の日本人に息づいているように感じます。 これは僕が勝手に想像したものですが、現在主流を占めている仏教各派とは違う、山に住んだ人たちが信仰していた仏教か、山に逃げ込んだキリシタン(ザビエルの前にもそういう人がいたかもしれない)の遺物なのか、いろいろ考えています。 ただ、五輪塔は日本オリジナルの風合いが強く、インド、中国、朝鮮半島にはないため、仏教の遺物ではない可能性が高いかもしれない。 五輪塔はおでんの形であり、日本にはこの土で埋まっている遺物の影響を受けた文化が深く根ざしていることも見えてくる。 どこかに記録があるだろうか。

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  • 30 Jun
    • 悪質な無料廃品回収車のニュースについて

      ニュース記事はこちらです。 http://spotlight-media.jp/article/288679037350325174?adxarea=tx-pcmypage なんでも回収と言ってますが、実はぼったくり。 家のそばに置いておいた鉄くず(金目のもの)を勝手に持ち去るは、人が苦労して藪やへき地から回収した鉄くずやアルミホイールを持ち去り、そのくせお金にならないものは持っていかないという、いやらしい連中です。 自分で金属回収業者に持っていけば、(滋賀県彦根市の相場で)鉄くずは1キロ5円程度で買い取ってもらえます。 壊れた自転車も買い取ってもらえます。 アルミやステンレスは高価買取で、子供と一緒に琵琶湖岸に打ち上げられている空き缶を拾って、いいお小遣いになります。 鉄くずは、私はいろいろ探し回って100から200キロにして持っていきます。 その途上であいつらは持ち去るのです。 壊れたモーター付きの家電(扇風機、掃除機)やファンヒーターやストーブは、形が運びやすいうえに重量もあり、なかなかお得に売れます。 めんどくさがりの人は、ゴミ捨て場に回収不可のそういう家電を捨てたりしますが、いつの間にかなくなっているのは、それを売る連中(私も含めて)がいるからです。 業者にむざむざ引き渡すなど、もったいないうえに、彼らはきちんと処分せずに放置するので景観も悪くなり(スーパーごみ屋敷状態)、まったくもって悪いことだらけです。 ネットやタウンページで昔からやっている金属回収や非鉄金属回収業者を探して電話で聞きましょう。 少なくともまっとうな業者に回収してもらい、資源と景観を守りましょう。

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  • 11 Jun
    • 天岩戸隠れと卑弥呼の象徴は琵琶湖に隠されていた

      天照大神が弟神スサノオの乱暴狼藉により、天岩戸に隠れた物語は、宮崎県の高千穂地方での物語といわれている。 ところが、岩戸隠れに出てくる人物と地名を読み解くと、壮大な暗号が仕掛けられていることが見えてくる。 簡単にあらましを書くと、次のようになる。 1.スサノオの乱暴により、機織り女の一人(アマテラスとも)が陰部に傷を負って死ぬ。 2.アマテラスが天岩戸に隠れる。 3.天の安河原に八百万の神々が集まり、会議を行う。 4.アマツマラ(アメノマヒトツとも)を探しイシコリドメに、八咫鏡を作らせた。 5.玉祖命に八尺瓊勾玉を作らせた。 6.天児屋命と太玉命を呼び、雄鹿の肩の骨とははかの木で占い(太占)をさせた。 7.天香山(あめのかぐやま)の繁った榊(賢木)を根ごと掘り起こし、枝に八尺瓊勾玉と八咫鏡と布帛をかけ、フトダマが御幣として奉げ持った。 8.アメノコヤネが祝詞(のりと)を唱え、天手力雄神が岩戸の脇に隠れて立った。 9.天宇受賣命が岩戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし、神憑りした。 10.外の騒ぎをアマテラスが怪しみ、岩戸から様子を見ようとする。 11.アメノウズメが「貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです」というと、天児屋命と太玉命が天照大神に鏡を差し出した。 12.鏡に写る自分の姿をその貴い神だと思った天照大神が、その姿をもっとよくみようと岩戸をさらに開けると、隠れていたアメノタヂカラオがその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。 13.すぐにフトダマが注連縄を岩戸の入口に張り、「もうこれより中に入らないで下さい」といった。こうして天照大神が岩戸の外に出てくると、高天原も葦原中国も明るくなった。 この物語のキーワードは、アマテラスとスサノオ、フトダマとアメノコヤネ、榊と鏡、天香具山、アメノウズメ、注連縄、それから陰部のけがである。 岩戸の前に榊と鏡があり、その後注連縄が張られている。 いずれも蛇の象徴である。 榊は香具山に生えていたもので、カグとは蛇を表すカガでもあり、ははかも蛇の意味がある。 鏡もまたカガであり、蛇である。 注連縄もまた筒型の縄を使った蛇の象徴である。 香具山はいわば鏡山である。 まさに鏡山という山があり、この山を御神体とする鏡神社が滋賀県竜王町にある。 祭神はアメノヒボコとアメノマヒトツである。 この神社には義経の伝説が伝わっており、神社の前には烏帽子かけの松が残されている。 義経の伝説の地は琵琶湖北方にも残されており、高島市大崎には義経の隠れ岩がある。 この岩はそこから山に登ったところにある大前(おおさき)神社の目印になっており、祭神はスサノオとトヨキイリヒコである。 大前神社のある高島市の鎮守は大荒彦神社であり、祭神は同じくトヨキイリヒコである。 鏡神社の木と鏡、大前神社の隠れ岩とスサノオとくれば、まさに岩戸隠れである。 琵琶湖の南の大津にはフトダマを祀る那波加神社(なはかじんじゃ)がある。 伝承ではここにフトダマが降臨したとされる。 アメノウズメの子孫に古事記を後述した稗田阿礼がいる。 稗田のひえは語源が不明であるが、猿の意味がある。 アメノウズメが猿田彦の妻であり、猿女の君と呼ばれているのはひえに関係がある。 このひえを語源にもつ地に比叡山がある。 比叡山はアメノウズメのこととなる。 そして注連縄であるが、これが巨大な蛇であるとするなら、それは琵琶湖である。 琵琶とは蛇の象徴でもある。 蛇神である弁財天が琵琶を持っているのはそういう理由である。 アマテラスが邪馬台国の女王卑弥呼であるという説は有名である。 卑弥呼はまた、奈良県桜井市にある箸墓古墳の埋葬者ヤマトトトヒモモソヒメであるともいわれる。 ヤマトトトヒモモソヒメは大物主の妻で、陰部に箸が刺さって死んだと伝えられている。 アマテラスが卑弥呼であり、スサノオの乱暴で死んだ機織り女であるとすれば、この一連の出来事はある大きな事件と同じことを暗示していることになる。 スサノオすなわちトヨキイリヒコの攻撃により、卑弥呼が死に追いやられ、世界が混乱に陥った。 アマテラスを卑弥呼に置き換えるなら、死に追いやったスサノオ=トヨキイリヒコは、邪馬台国の敵国である狗奴国の王卑弥弓呼ということになる。 トヨキイリヒコの本拠地は群馬と栃木に至る毛野(鬼怒川)地域である。 ここに狗奴国があったのである。 卑弥呼は神宮皇后であるとされている。 その事跡は卑弥呼のものではないが、人物は卑弥呼にあてはめられている。 神宮皇后のゆかりの地は滋賀県の米原市で、ちょうど琵琶湖を挟んだ向かい側にトヨキイリヒコの地である高島市がある。 注連縄を張って入るなといわれた形である。 伊勢神宮の内宮はアマテラス、外宮は豊受大神である。 豊受大神はウカノミタマと同じとされている。 先述した那波加神社の祭神はフトダマであるが、明治まではウカノミタマとされていた。 つまり、フトダマはウカノミタマであり、豊受大神ということになる。 内宮のアマテラスと外宮の豊受大神のペアをアマテラスとフトダマに置き換えると、神武天皇はアマテラスになり卑弥呼となる。 なぜ岩戸隠れや神武天皇の物語が、九州の日向地方の伝承となっているかの謎解きは、その読み方にある。 日向は「ひゅうが」または「ひむか」と読んでいる。 「ひむか」はいいとしても「ひゅうが」(古代にはひゅうかと清音の可能性がある)はまったくの当て字である。 この二つを別の漢字に当てはめるとこうなる。 「卑弥呼(ひむか)」と「卑弥弓呼(ひゅうか)」である。 神武天皇と同じハツクニシラススメラミコト(初代天皇)の名前をもつ崇神天皇(トヨキイリヒコの父)が、九州南部と吉備、出雲、熊野地方に関係する人物であることを暗示するため、方角的に不可能な神武東征の出発点を九州の日向とした理由がこれである。 狗奴国の侵略(倭国大乱)で一度倭国は征服されるが、政情不安に陥った。 狗奴国は銅鐸祭祀文明の信仰を破壊し、聖地(阿蘇、吉備、熊野など)を乗っ取ったが、倭国側の憎しみを買うことになった。 そこで狗奴国の苦肉の解決策として生み出された架空の女王が卑弥呼であり、倭国は邪馬台国として再スタートした。 卑弥呼の時代に鏡祭祀が信仰の象徴となった。 卑弥呼は老齢だったとあるが、老女であるイシコリドメもまた卑弥呼なのである。 卑弥呼は吉備国で吉備津彦のきょうだいとして祀られ、箸墓古墳が吉備式の最初の古墳となっている。 吉備(岡山県)にある吉備津彦の神社の地は、もともと気比大神が祀られており、これは鬼でありアメノマヒトツのことである。 吉備津彦(桃太郎)の鬼退治とは、アメノマヒトツを信仰する銅鐸祭祀の倭国征服の物語だったのである。 その倭国と同化政策をした結果が吉備式の古墳だったのである(工事完了は女王台与の後と思われる)。 卑弥呼の死はある真相を知った連中によって公にされ、トヨキイリヒコの弟である垂仁天皇が邪馬台国の王となるきっかけとなった。 しかし、これもまた政情不安により失脚する。 それは卑弥呼の墓に100人もの殉死者が葬られたことに関係している。 おそらくこの殉死に怒りを爆発させた邪馬台国人が狗奴国の王、垂仁天皇に反乱を起こしたものと思われるのである。 垂仁天皇が殉死を禁じたのがその根拠ともいえる。 卑弥呼の正体が一体誰であるかが、垂仁天皇の時代にあった出来事に示されている。 タヂマモリという使者が持ち帰った永遠の命をもたらす橘の実を、垂仁天皇は食べることなく死んでしまった。 橘の実はその象徴からイエス・キリストの福音であり、垂仁天皇はそれを得られなかったことになる。 タヂマモリは卑弥呼の使者、難升米と考えられる。 よって難升米が仕えていた卑弥呼とは、イエス・キリストということになる。 卑弥呼の後は、台与が後を継いだとされる。 この女王は豊受大神であり、ウカノミタマとなったのである。 これもまた架空の存在で、狗奴国の苦肉の策といえる。 天岩戸隠れの際、登場した様々な神々はすべて卑弥呼につながり、榊は木にかけられた青銅の蛇である、イエス・キリストを示していることになる。 なぜ琵琶湖の周りに象徴が置かれたのであろうか。 それは三上山という聖域の存在がある。 この山は伊勢神宮の遷宮の遺跡にも示されている通り、ご神体としてあがめられてきた。 最大の銅鐸もこの地域で見つかっている。 さらに琵琶湖の名は同じ名前を持つガリラヤ湖に由来していると思われ、この湖はイエス・キリストの歩まれた地にある。 つまり、記紀神話はイエス・キリストを証する書物であり、それを思い起こせるように琵琶湖という舞台を選んだのではないかということである。

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    • ロズウェルUFOとアリア51には記紀の暗号が仕組まれている

      ケネス・アーノルドがUFOを目撃して以来、空飛ぶ円盤と称されてきたが、彼が言ったのはその形状ではなく飛び方である。 お皿が水切りをするように飛んでいた物体と言ったのである。 ロズウェルの墜落UFOは当初空飛ぶ円盤(フライング・ディスク)と報道され、その後空飛ぶ皿(フライング・ソーサー)と変えられ、最終的に気球と凧に変えられている。 墜落UFOから発見されたという4体のエイリアンはグレイと呼ばれているが、当時から冗談交じりにエイリアンを指していた言葉はリトル・グリーンマンである。 ロズウェル墜落UFOは牧場で破片が発見され、それから砂漠で墜落した本体が発見されたとされている。 これが腸高度な文明技術によって造られた宇宙船なら、大きな疑問が3つある。 一つは、なぜ墜落したのか。 飛行機でも墜落は少ない。 交通手段で一番危ないのは自動車と徒歩である。 二つ目は、脱出装置もなかったのか。 三つ目は、なぜ誰も助けに来なかったのか。 この疑問に対する答えは、記紀と妖怪伝承、聖書に記されている。 このUFO情報は単なるうわさや作り話ではなく、日本人を異常なまでに意識したものになっているのである。 この事件が注目されるようになってキャトル・ミューティレーションが始まり、その後誘拐事件が取りざたされるようになった。 エイリアンがアメリカ軍と密約があるというのである。 配役を変えると、まったくそっくりな物語が日本にあることが分かる。 UFOは皿と表現されていた。 皿が割れてエイリアンが死んだといい、場所は牧場と砂漠であることやキャトル・ミューティレーションから、牛を引き込んだり皿が割れたり水が亡くなって死ぬのは河童である。 尻から尻子玉を抜くのはキャトル・ミューティレーションそのものである。 助けてもらう代わりに薬を渡すのが河童である。 アリア51ではエイリアンから高度なテクノロジーを提供されて実験しているといわれる。 グレイはもともと緑色であり、河童も緑色である。 ラージノーズグレイなどは河童の猿田彦と同じである。 トイ・ストーリーに出てくるリトルグリーンマンは、クレーンを神様と呼んでいるが、河童の大年の神を引き上げる井戸の釣瓶と同じである。 ハリウッドにも情報が流れているようである。 女性を襲って身ごもらせるのも河童の仕業である。 身動きが取れなくなることまで一緒である。 エリア51の51は、アメリカにとって51番目の州(植民地)である日本を意識したもので、グルーム・レイクのグルームは馬丁や花婿という意味である。 だが、河童の象徴はさらに奥がある。 河童にはイエス・キリストの象徴がある。 UFOの墜落の謎はここにある。 イエス・キリストは十字架の刑を甘んじて受けられた。 全能の神の力をもってすればずべてに勝つことができたはずである。 キリストは十字架の刑の際、弟子たちも逃げ去り、神はなぜ自分を見捨てられたのかと言われたが、エイリアンも同じだった。 それはキリストの死と復活によって人々に贖いをもたらすためであり、神はあえて助けの手をとどめられたことと同じなのである。 グルームは馬丁と花婿の意味がある。 馬丁は河童、花婿はキリストである。 アメリカ軍は名前にも聖書と記紀の暗号を組み込んでいる。 さらに、河童はオオモノヌシでもあり、三輪のオオモノヌシは轟音を発して飛んだという。 この轟という文字がUFOの飛行原理を表している。 飛べば飛車であり、UFOについている3つのギアを表している。 形状は飛車と同じ五角形であり、甲羅を背負った河童を示す、玄武の五稜郭もまたUFOの形状を示していることになる。 河童の色は赤と緑(青)であるが、これは動脈血と静脈血を表し、鉄が関係している河童と深いつながりがある。 グレイとラージノーズグレイはノルディックというエイリアンに仕えているというが、このオレンジ色の髪の毛がUFの動力源を象徴している。 赤と緑は赤血球の色で、オレンジは血漿の色である。 血漿はプラズマという。 UFOはプラズマで飛行しており、日本人はそれを知っていたことになる。 エイリアンは日本に訪れると同時に、その人物も特定できる。 それは江戸時代に茨城県に来た、うつろ舟の夷女である。 夷もまた河童であり、この人物が男性であることをも表している。 それはキリストの愛弟子といわれたヨハネであり、彼が現在行方不明のイスラエル人のところで教導の業を行っていることから、エイリアンもまたイスラエル人であり、日本と非常に深い関係があることが推測される。 アメリカの軍産複合体とNSAは、日本人がどれほどの知性と理解力があるか、常にテレビと盗聴システムを使って情報操作・収集・分析をしている。 墜落UFOというセンセーショナルな情報を使い、日本人の意識調査が行われてきた。 無関心、全面肯定、全面否定、傍観者など、どの態度も精査されている。 日本人が捨て去った1000年以上守ってきた記紀の教えを、再び理解し受け入れることのないように見張っているのである。

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  • 06 Jun
    • 拡散お願い。進行性の肺静脈狭窄に伴う重症の肺高血圧の難病

      ホームページ:http://suzukachan.com/ 金田涼香(すずか)ちゃん(1歳)は、100万人に1人とも言われる原因不明の難病、「進行性の肺静脈狭窄に伴う重症の肺高血圧」を患い、現在、国立循環器病研究センターに入院しています。 生後2ヶ月のまだまだ小さな時、双子で妹の清香(さやか)ちゃんが同じ病気で、突然救急車で運ばれたのが始まりでした。 清香ちゃんは、その小さな身体に、何度も人工呼吸器を繋がれながらの闘病の末に、一度も退院出来ることなく、わずか11ヶ月で大切な命を亡くしました。 その深い深い悲しみの中、今度は進行が遅かった涼香ちゃんの病状が進行し始め、今、命の危険にさらされています。両親は、大切な娘の命を救う為、全てを捧げ、懸命に看病しています。 涼香ちゃんは、清香ちゃんの病気判明後すぐに、双子ということで至急検査を受けた結果、同病との診断を受け、入退院を繰り返しながら、ここまで内科治療を続けてきました。 しかし、昨年11月より急速に病状が進行しており、再び入院して内科治療を続けてきましたが、その治療も限界に達しております。 狭窄している肺静脈が、いつ閉塞し、肺高血圧の発作が起きて命を落とす事態になってもおかしくない、極めて危険な状態です。 涼香ちゃんは、1歳6ヶ月を迎えました。 しかし、先生方より「世界中から症例を探したが、この病気で手術できない場合、そのままで2歳の誕生日を迎えた例は、世界中に無い」と告げられており、残された命の時間は、本当にわずかしかなく、移植以外に助かる道はないと宣告されました。 2010年に臓器移植法が改正され、小児への移植は国内でも可能になりましたが、これまでに、国内における6歳未満への脳死肺移植は4例(2016年4月末現在)しかなく、涼香ちゃんの残された命の時間を考えると、雲を掴む話であるのが現実です。 肺移植の場合、「生体肺移植」という方法も存在します。 清香ちゃんの時も、そして今回の涼香ちゃんも共に、両親は自身の「生体肺移植」を強く希望しましたが、清香ちゃん・涼香ちゃんの身長や病状の理由により適応外であると告げられました。 そんな中今回、多くの先生方のご尽力により、涼香ちゃんはアメリカのシンシナティ小児病院様で肺移植手術の受け入れをしていただける道が開けました。 同病での移植渡航は、前例がなく今回の涼香ちゃんが、日本で初めてになります。 しかし、海外での移植手術には健康保険等の公的なサポートはなく、莫大な費用がかかり、個人ではとても負担できる金額ではありません。 「あんなに頑張ったのに助けてあげられなかった清香ちゃんのためにも、何としても涼香ちゃんを助けたい」というご両親の悲痛な想いを受け、私たちは、「双子の妹の清香ちゃんの分も、涼香ちゃんの命を何としても救いたい。 両親に子供を失う悲しみをこれ以上与えたくない」という思いから、「すずかちゃんを救う会」を立ち上げました。 残された時間が、本当にわずかしかない中でも、助けてもらえることをひたすらに信じて、小さな身体で、今も一生懸命頑張っている涼香ちゃんを何としても助けたい。 誠に勝手なお願いではございますが、皆様の善意におすがりさせていただくしかございません。 どうか何卒、すずかちゃんの命を救うため、救う会の趣旨にご理解をいただき、皆様の温かいご支援、ご協力をいただけますよう、心からお願い申し上げます。 「すずかちゃんを救う会」共同代表 畑野宏/平松仁志/前田拓也

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  • 08 May
    • うんちがとぐろを巻く理由

      うんちを描くときは、とぐろを巻いているが、この造形は平安時代から見出されるらしい。 蛇がモチーフになっているという。 たしかに蛇もとぐろを巻いて描いている。 うんちも蛇も夢に見ると金運上昇というのも同じなのだが、蛇とうんちが同じとはどうなのか。 物理的にはうんちはバナナといわれる状態が基本といえるが、とぐろを巻くほどの長さではない。 と思いきや、腸の状態が最高レベルなら、うんちの長さは2メートルくらいになるらしい。 パプアニューギニアの人たちは一度のうんちが2キログラムという。 これならとぐろを巻けるかもしれない。 うんちが蛇にたとえられるのは、各所の文字に隠されているともいえる。 肛門の肛という字は虹や江と同じでエの部分が蛇または龍を表している。 虹や長江、揚子江などが龍を表しているのと同じ理由である。 腹は蝮と同じで、腹の中の蛇を示している。 黄河を制する者は国を制するというように、腸を制する者は感情も健康も制することができるといえる。 最近は腸内フローラといって、健康の基本が腸であることを詳しく解読されつつある。 残念ながら私の腸はよろしくなく、便通は3日に一度くらいで顔などがかゆくなる有様だ。 その蛇(龍)から生まれるからうんちもまた蛇なのでとぐろを巻くというわけだ。 邪馬台国人は生野菜を食べ、100まで生きたという。 彼らの腸は理想的なものに違いなく、うんちは2メートルだったかもしれない。 彼らはとぐろのうんちをしていたのかもしれない。 彼らはのちの大和朝廷側から見て鬼や河童、エミシやクマソと呼ばれたと思われ、そのとんでもないうんちにも恐れと滑稽さを見ていたのかもしれない。

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  • 20 Apr
    • 1970年代のUMA出現の真の意味

      剣山の大蛇、ツチノコ、ヒバゴン、ニューネッシー、イッシー、クッシーなど、1970年代に次から次へとUMAが現れた。 世の中はまさにオカルトブームであり、ノストラダムスの預言やユリ・ゲラーもこの時代にブームになったものである。 日本人が預言について深く接したのはこの時からかもしれない。 しかし、UMAはどうしてこの時に現れて、その後はぱったりと姿を見せなくなったのだろうか。 確かにちらほらと映像に取られたりしているが、あのようなラッシュは全くない。 個人的に、UMAはイエス・キリストの使いであり、何らかのメッセージを伝える存在であると考えている。 それでは何を伝えたのだろうか。 預言とは未来を見通すことが中心ではない。 すでに起きた出来事から真理を学ぶのが大半である。 預言者の役割は、大半が過去の出来事を正確に現在の人々に伝えることである。 UMAが伝えようとしたこと。 それは「塩」である。 1971年、日本は塩田を廃止し、イオン交換膜による塩の大量生産と塩田を工業用地に変える愚策を強行した。 これは自然の恵みである塩を毒物へと変える悪行であり、日本人の健康をむしばむ卑劣なたくらみが裏に隠れている。 塩はありとあらゆる調味料と食品に使われる。 市販されているもののほぼ100%はこの塩を使っている。 天日塩と書いてあっても、ほとんど嘘である。 イエス・キリストは、「塩はよいものである」、「あなたがたは地の塩となる」といわれた。 しかし、今や塩は体をむしばむまずいものに成り果ててしまった。 それに伴う健康被害を薬物の大量投与という、医療とはかけ離れた国民を食い物にする悪行を政府と一体となった製薬会社が行っている。 それを警告するため、大挙してUMAは出現したのである。

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プロフィール

アメノマヒトツ

性別:
男性
誕生日:
1973年1月22日0時頃
血液型:
B型
お住まいの地域:
滋賀県
自己紹介:
自称妖怪辞典です。 歴史の陰に忘れられた忌部氏の再興目指し、世界の謎に挑みます。

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