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February 23, 2012
挑戦と失敗と修正
テーマ:受験の考え方・捉え方・捌き方
試験で、様々な自分の欠点や不足点が、明らかになった人もいると思います。
解答ミスとか、転記ミスなど、本来ならば答えられた問題を、不注意や勘違いで誤った人もいるでしょう。
失敗は嬉しいものではありませんが、完全に悪いものと決めつけることではありません。
新しい段階に羽ばたこうとして蒙る、試練と捉えた方が良いでしょう。
特に入学試験で失敗した場合、自らのレベルを上げようとした結果の失敗なのですから、それは活用すべき失敗で、恥じるような失敗ではないのです。
一番いけないのは、失敗にうちひしがれ、こだわり、後戻りしてしまうことです。
おまえさん、上を目指すのはいいけど、ここが足りないんじゃないのかい、と指摘してくれているわけですから、それに素直に従えば良いのです。
もうだめだ、俺には才能がない、みんなとは違う劣った人間なんだ、何をやってもだめだろう、しょせんここまでの人間か、最初から無理だったのかもしれないなどと、自分を下に向かわせる思考に嵌ってはいけません。
当然ながら、回復に時間がかかるかもしれません。
時間を掛けてもいいでしょう。
ただ、国立大学を狙うなど、次の挑戦が間近な人は、まずは手を動かして問題をやるなどして、回復を急ぎましょう。
考えているよりは、頭と手を動かしていけば、回復も早いのです。
精神の回復を行ったならば、失敗の本質を検証しなければなりません。
失敗を振り返ることは苦しいことですが、失敗をそのままにしていては、また同じことを繰り返すか、もっと悪い状況になるかもしれません。
ある大学を狙って、受験勉強し、試験を受けて、その結果どうなったのか。
今後、このような行動パターンは、死ぬまで続きます。
大学に入って、社会に出て、どのようなことを職業として生活していくのか。
いつ結婚して、何人子供を産み、どう育てていくか。
会社、或いは大学に残って、何を専門とし、どのように自分の能力を高めていくか。
趣味が登山として、どこの山を狙って、どのルートからいつ登り、どのように帰ってくるのか。
目標を定め、計画を練り、準備をして、実施し、その結果どうなったのか、ということがついてまわるのです。
このとき大切なことは、結果が失敗のとき、それをどのように解釈し、修正できるかです。
計画は誰でもできます。
実行も、内容の上下はあるかもしれませんが、誰でもできるでしょう。
そして結果は必ずついてきます。
誰にもできるわけではないのが、結果を受けての検証、反省、修正です。
例え成功したとしても、結果オーライとして放置することなく、様々な方面から検証して、今後に役立てることが必要です。
失敗は、自分が挑戦しているから、上を向いているから蒙るもので、嬉しいものではありませんが、忌避するものでもありません。
入試で失敗した箇所を、もう一度冷静に見て、その原因を探しましょう。
それも根本の原因を探すのです。
英語の長文が読めなかったという場合、語彙力なのか、文法力なのか、長文に接した量が少なかったのか、それとも単なる勘違いで、読み誤ったのか、ということを検証します。
このような理論的とも言える理由の他に、読み始めに転置した文章や、知らない単語が連続して出てきて、心が騒いで平常心に戻れず、後で読み直したときには簡単にわかったのに、試験時間中は全く読めなかった、などという精神的な理由もあるでしょう。
なぜそのような精神状態になったのか、ということを検証しておかないと、再び同じことが起こる可能性は高いのです。
試験時間内に英文が読めなかったと言う場合、その理由を考えることは、解決策にも有益な示唆を与えます。
一つの問題に拘ってしまい、時間が足りなくなった場合は、時間配分を考えれば良いのです。
或いは、問題を解く順番を考えれば良いかもしれません。
読む固有の速度は今のままで良く、試験に対する自分の解き方や考え方を変えれば、克服できることかもしれません。
これに対して、解き方をどう工夫しても、今の読解スピードでは、どうにもならない、ということなら、読むスピードを上げる訓練をしなければいけません。
英文をたくさん読んだり、一度読んだものを繰り返し黙読、或いは音読したりするなど、読解力を上げることと、読むスピードを上げることをしていかなければなりません。
何をすれば効果的なのか、ということを知るためには、失敗の検証が不可欠なのです。
そして、自分を発展させていくためには、挑戦と失敗と修正を繰り返していかなければなりません。
失敗は恥ずかしいことではなく、将来のための工夫を呼ぶ発展のもとと考えて下さい。


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February 22, 2012
国立の受験直前~コップの水がこぼれないように
テーマ:受験の考え方・捉え方・捌き方
科目数の多い国立受験の場合、コップの水がこぼれないようにすることが大切です。
ということを言いたいのですが、実は、私にアドバイスする資格はありません。
国立大学の受験体験は、現役のときに無謀にも京都大学を受け、一見の客はお断りということで、虚しく底冷えのする京都から逃げ帰った経験をしているだけだからです。
友人にも黙って受けた京大は、受かる筈もないことすらわからない劣等生の、究極の背伸びだったのか、一応受験勉強をして受けにいったその心が、自分のことなのに不可解極まりないのです。
合格するわけがなかったのですから。
落ちたことは明白だったので、お金を使って、発表を見に行かない賢さだけは備えていました。
宿泊費も含めて、なんと無駄なことをしたのでしょう。
高校の先生にも嘘をついて内申書を貰うなど、生きている証拠みたいなものが欲しかったのか、或いは精一杯の抵抗というのか、底辺で蠢いていた足掻きだったのか、全くなんの意味もない行動だったのです。
恐らく、京大始まって以来の低得点だったのではないでしょうか。
というわけで、なんら国大受験に関しての成功体験はなく、アドバイスできる立場にはないのですが、国立志望の受験生との関わり合いの中で、気がついたポイントを幾つか記してみたいと思います。
もし、参考になるところがあれば、考慮してみて下さい。
文系、理系ともそれぞれの得意科目があると思いますが、得意科目はコップに水がたくさん入っているように、能力は満杯状態で、新しいことを加えようとすると、それまでの知識や解放力が疎かになってしまうことがあります。
得意科目なので、やればやるだけできるといった期間は、既に過ぎてしまっているからです。
折角溜めた能力がこぼれないように、現状維持か、微増を狙うことが賢明です。
(勿論、中には、無限ともいえる能力の膨張が可能な人もいるでしょう)
これに対して不得意科目は、まだまだ能力を貯め込める状態で、直前まで得点力アップが期待できます。
重点を、苦手対策、或いは、専門外の中で比較的取り組み易い科目の対策に置いて、得点を伸ばせる可能性を最大限にするのです。
つまり、得意科目は点を伸ばすというよりも、取りこぼさないことが必要ですし、不得意科目はできるだけ点数を上乗せすることが必要です。
英語が苦手な場合、最後まで得意科目にする挑戦をやめてはいけません。
読解力の上昇はいつ始まるかわからないのです。
わからないことをそのままにしていては、上達することは望めませんが、挑み続けていれば、読解力の急上昇に辿り着くことがあるかもしれません。
急速に読めるようになることがあるのは、古文や現代文も一緒です。
最後まで望みを捨てず、問題文を繰り返し読んだり、問題を解いたりしましょう。
表現力を磨くためには、記述問題があったら、必ず書いて解答することです。
頭の中で考えただけでは、表現力の実習にはならず、書きながら表現がひらめいてくることもありません。
書くという行為は、頭で考えてから書くということもありますが、書いているうちに表現が浮かんで来ることもあります。
頭の中で考えてばかりいないで、実際に筆記用具を取って、手を動かして下さい。
書くということこそ、実習がものをいう行為はありません。


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February 22, 2012
国立へ
テーマ:受験の考え方・捉え方・捌き方
私大を終え、国立へ向かう場合、私大モードの頭から国立モードに切り替えなければいけません。
マーク式解答が中心の、大学によっては差をつけるためなのか、とても高校生が知りそうもないことを問題にする私大型式から、主に記述が要求される国立の問題を解く勉強に戻っていくことになります。
型式、出題範囲ともに大きく異なる私大の試験に、例え失敗したとしても、その落胆を引き摺っていてはいけません。
私立とは違う、全く別の試験を受けるのだと、頭脳と精神と心を新たにするのです。
国立が第一志望の人、私大の失敗を国立で取り返す人など、受ける状況は様々ですが、合否はそのような理由には一切関係なく判断されます。
実力を養成することに専念しましょう。
科目数が増え、スケジュールも残り僅かですが、できるだけ全ての入試科目に触れることを忘れないで下さい。
私大の入試を経験した結果、強化する必要を感じた科目があったとしても、そればかりをやるのは危険です。
覚えかけた知識を忘れたり、解けた問題が解けなくなったりすることがあります。
重点科目のほかのものでも、一日おきか、僅かな時間でも見直しをしておいた方がよいでしょう。
また、センター試験、私大入試を経てきた頭脳は、調子が良くて回転も速いという状況にある人や、少し疲労気味でぼやけているかもしれない人など、様々ではないでしょうか。
どのような場合でも、ケアレスミスということが、危険な落とし穴として待ち構えていることを、頭の片隅で注意しておいて下さい。
調子が良すぎて注意を怠った、又は、ぼんやりした頭で失敗したなど、毎年ケアレスミスに泣く受験生はいるのです。
過去問から、問題を解く順序、注意する点、わからないときの思考タイム制限など、予め決めておいても失敗することもあるのです。
長い試験を乗り越えるための体調管理とともに、配慮しておいて下さい。
出来ないことが、試験の場で急にできるようになることは殆どありません。
手当できることは、できるだけ補強するのです。
得点できるところは、取りこぼすことのないようにしましょう。
まあ、大丈夫だろうという安易な気持ちは、試験が終わってからにします。
可能性があるなら、低い確率であっても、それを伸ばしていく努力をすべきです。
インフルエンザが流行っています。
必要の無い外出は控え、公共の場や人混みもなるべく避け、風邪を引かないように注意しましょう。
私大の試験で気がついたこと、とりわけ何か失敗した場合、その失敗は国立でも起きるのかどうかを考えて、慎重に対策しておくのです。
失敗の研究を経て、人は発達していくものです。


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February 20, 2012
合格の罠
テーマ:受験の考え方・捉え方・捌き方
まだ次がある場合、それも第一志望かそれに近い試験が残っているときに、第二志望までの大学の合格通知を手にしてしまうと、知らない間にそれまでの突き詰めたものがなくなってしまうことがあります。
滑り止めとはいえ、合格の報を聞けば、それなりに嬉しいことだと思います。
これまでやってきたことが、間違っていなかったことが証明されたわけですし、実力的にその水準までは達していることがわかって、いやな感じはしないでしょう。
誰でも振り返って、自分の良い出来を確認する心地よさというものの魅力を感じると思います。
少しばかり感慨に浸りたくもなろうというものです。
その結果、より一層勉強に集中できるということなら良いのです。
しかし、これまで力一杯やってきたのですから、此処で休息めいたものも必要だと、普段の勉強の程度を落としてしまうことがあります。
僅かな間ならよいのですが、なぜか復帰できず、パワーが出てこないという状況に陥る人がいます。
そこまではいかずとも、それまでの張り詰めたものがなくなり、どうも今までとは違う、こんなことではいけないと思っている人もいます。
勤続疲労というのでしょうか。
余裕なく張り詰めてきた気持ちが、合格という吉報で溶かされ、精神の緊張から解放されたいという願望もあるのでしょう、良くやってきたという言い訳めいた気分とともに、これまでの戦闘モードから外れてしまうのです。
最後の詰めが近く、あと少しだと思っても、パワー切れになっている自分を許してしまう気分に嵌っていくのを止められません。
このような状況に陥っていませんか。
不合格通知を貰って、死にもの狂いで逆転合格を狙ってくる受験生と、同じ場所で戦わなければいけないのです。
或いは、合格に気をよくして、更に実力を上げた受験生もいるでしょう。
行きたい大学に行くチャンスを、自ら放棄してしまうことほどつまらないことはありません。
あと僅か、残りの日数のために高校生活とその後の何年間かを、受験勉強に充ててきたのだと思います。
此処で粘らないで、いつ自分の能力を発揮するのでしょうか。
今の頑張りは、この後の人生を左右するといっても過言ではないかもしれません。
結果はどうあれ、やるべきことをやっておくことができる、という強さは、これから生きていく上で十分な力を発揮するでしょう。
頂上へ向かうための最後の挑戦です。
ありったけの底力を見せてやりましょう。
February 20, 2012
息抜きカフェ時間~昭和五十年代の入学試験 ②日吉の寒い空
テーマ:受験今昔物語
今回も入試で疲れた頭脳に、軽い読み物で休息と、出来ればエネルギーを与えたいと思います。
東横線の日吉から歩いて、すぐ近くにある大学の入試風景です。
現在の日吉駅は、地下鉄の駅みたいな感じもしますが、当時は空の見える開放的な駅でした。
駅前からすぐに大学があって、確か銀杏だと思いますが、並木がある広い道路が続いて、左側には大学の建物、右側にはプールや小さな医療施設みたいなものがあったと思います。
しかし、記憶は定かではありません。
日吉には、もう何十年も行っていないので、詳しいことは忘れてしまっています。
駅前の横断歩道を渡ると、上記の銀杏並木だった思う通りが真っ直ぐ僅かな坂道となって伸び、しばらく歩いていくと左側に門があり、そこを左折してキャンパスに入ります。
この、駅前の横断歩道を渡ってすぐの広い道一杯に、受験生が広がって歩いていくのですが、その中で若い男がこちら側を向いて、少し大きな声で呼びかけていたのを覚えています。
「駿台生いないかぁ~」
と繰り返しているのです。
このような呼びかけは、恐らく早稲田でも聞いていたと思いますが、圧倒的な受験生の数と、合格電報のバイトの中に埋没していて、あまり目立ってはいなかったと思います。
慶應は地方からくる学生が少ないのか、合格電報のバイトは一人もいなかったと記憶しています。
大勢の受験生が行進してくる中で、逆を向いて駿台生に呼びかけている若い男は、受験生の波に怯むことも無く、ひたすら繰り返しているのでした。
そして、ある受験生、それはダウンを着た男の受験生でしたが、一人が近寄っていくと、呼びかけをやめた若い男は、何かを渡したのか、短く言葉を交わしてから、頑張ってという言葉をかけて、受験生を送り出したのです。
当時はまだダウンを着るというのは珍しいことでした。
いったいあの若い男は何をやっていたのでしょうか。
駿台生とは、お茶の水にある駿台という予備校の生徒のことで、などと説明するまでもなく、皆さんご存知だと思いますが、当時は東大専門の予備校という感じで、校舎はお茶の水にしかなく、私大に対する予備校授業を漸く始め出した頃です。
駿台ともあろうものが、受験当日の慌しいときに、自校の生徒に何かを渡して、声をかける必要などあったのでしょうか。
慌しい気持ちというか、あまり落ち着いていない気持ちで受験にくる生徒の心を、落ち着かせることが目的だったのか、未だに何をしていたのかよくわかりません。
ちょっと変わった呼びかけでした。
さて、校門を入ると、学生服を着た男の学生が、受験生に対して注意の呼びかけをしているのです。
「~受験証をよく確認して~」
何を言っていたのかは忘れてしまいましたが、ジュケンショウという言葉だけは良く覚えています。
他の大学は、受験票なのですが、そこの大学だけは受験証でした。
その「ショウ」という語感が、「ひ」と「し」の区別ができない江戸っ子みたいな感じがして、何か面白く感じられたのでした。
どこの教室で受けたのかは忘れてしまいましたが、世界史の試験を終えた後トイレに入り、とりあえずこの大学のトイレを使ったことは、落ちても記念になるな、などと、どういう心の状態だったのか、下らないことを考えていました。
すると、今受けた世界史について、傍らで話している声が耳に入ってきたのです。
中国史の問題が出たのですが、そのことについて話している声を聞いていると、自分が間違えた答えを書いたことに気づかされました。
いかん、致命的だ、と思いましたが、もうどうにもなりません。
そこの大学の、早稲田のような奇問難問が少ない世界史の問題では、教科書範囲の知識は確実に得点しておかないと、周囲の誰もが答えられる問題ですので、合格点に届き難くなってしまうのです。
次の試験、それは小論文だったと思いますが、それに集中しなければなりません。
しかし世界史の失敗で、いくら小論文を頑張ったところで落ちるかもしれません。
騒ぐ心を胸に抱きながらトイレを出ると、自然に早くなった足取りで教室に戻り、心を鎮めようとしました。
太陽は西の空にかかり始め、二月の寒い一日が後半に入ろうとしていて、ガラス窓から並木の高い梢が見えていました。
仮面浪人として、家と大学の図書館を、一切口を開くことなく往復していた日々は、遂に虚しく終わるのかと、思考は急速に傾いていきます。
亡くなる前に、一生のことを思い浮かべるというのは、本当なのかもしれません。
大学の授業には全く出ず、定期テストも受けていなかった私は、やがて中退の道を歩むほかなくなります。
星が光を失って、白色矮星となるような気持ちの落ち込みを、どうすることもできません。
自分の全てを否定したくなる傾斜の中で、周りの戦闘状態を崩していない受験生の中で、自分だけが異質の劣った存在に感じられて仕方ありませんでした。
やがて試験が始まり、戦闘態勢を再度構築することができないまま、とりあえず小論文の課題を読み始めました。
すると、日々の勉強していた雰囲気に戻り、問題を解くという一点に集中しだしたのです。
結局は世界史の傾斜から立ち直り、終了間際に課題文の論旨を取り違えていたことに気がついて、焦って書き直すというハプニングがありましたが、なんとか解答できたのです。
自分で自分の傾斜をコントロールできませんでしたが、運の良いことに、問題をやり始めたら日常の勉強モードともいうべきものに入っていけたのです。
それからは、何か不安なことが起きて心が騒ぎ始めると、日頃やり慣れた手を動かすことを始めて、気を落ちつけるようにしています。
入試の日に体験できた、悟りというと大袈裟ですが、軌道修正方法なのです。
あの日の日吉の寒そうな冬空は、私には逆に希望の色となったのです。


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February 19, 2012
入試の只中で~私大の最終段階から国立へ
テーマ:受験の考え方・捉え方・捌き方
試験日程は、私大の最終段階を迎え、国立大学へと向かっていきます。
本命の私大を目指す人、国立へと意識を変えようとしている人、まだまだ常在戦場ともいえる環境の中で過ごしていることと思います。
この時期で、最も気をつけることは、緊張の糸が切れてしまうことです。
疲れているのなら、休息が必要です。
暖かいものでも食べて、ゆっくり休みましょう。
私大の各試験を受けてきた人は、もし気になることがあるのなら、大手予備校のネット上で解答速報が公開されています。
疑問点は解消しておくのです。
これからが本番という人もいるでしょう。
周囲には発表が終わり、合格を決めて試験日程を終了した人や、来年再度挑戦するという人が増えてきて、環境も張り詰めたものから緩み始めていきます。
まだ戦場に居るということを意識しておきましょう。
そんなことは言われるまでもない、と思うかもしれません。
合格祝いの電話やメールをしたり、お祝いの品を買いに行ったりと、受験モードではない行動を取ることによって、知らないうちに意識に変化が見られることがあります。
張り詰めたままでもいけませんが、緩んでやるべきことができないこともあります。
私の老婆心かもしれませんが、気をつけて頂きたいのです。
第二志望以下に苦しんで、不合格通知を貰ったという人もいるでしょう。
自己否定をしたくなるかもしれません。
その気持ちは良くわかるのです。
我々の世代は、センター試験というものはありませんでした。
体調や実力を試すために、二月の第一週に行われる入試を受けておく、ということが、国立志望、私立志望の別なく行われていました。
当時、第一週の初めに行われる試験は少なく、ある大学だけが、その期間に入試を集中させていたのです。
そのため、多くの受験生がそこの大学を受けていました。
私大なのでマーク型式で、少し特徴のある試験だったと思います。
私も現役の時に受けましたが、クイズのように難しいと感じたものです。
まだ本番前だというので、軽い気持ちで受験する人も多かったのですが、そんなことには関係なく、合否は判定されます。
国立、私立の難関大学を狙っている受験生が多いため、かなりシビアな戦いになり、不合格になることも珍しくありません。
私も簡単に落ちました。
不合格と知ると、やはり精神的にはこたえます。
後年、なんとか慶應に合格して入学式を迎えたときに、休憩時間のトイレの中で、次の様な会話を聞いたことを思い出します。
「いやあ、あそこの大学って困るんだよなあ~、絶対合格するから練習のつもりで受けて来いと、先生にも言われ、自分で調べてみても丁度いい体験になるだろうと思って受けたんだけど、補欠にもひっかからないで不合格、落ち込んだのなんのって、もうどこにも受からないかと思った」
このような声は、その後も何度か聞いたものです。
二月の上旬に不合格の先例を受けてしまうと、戦意喪失的な感覚に支配され、諦めすら感じられてくるのです。
練習試合とはいえ、本番への影響は計り知れないものがあるのです。
甦ることです。
大切なときに、戦意喪失してはいけません。
これまでやってきたのですから、引き続きやっていけば良いのです。
国立を第一希望としてきた人は、試験の形式が違うため、戸惑うことも多かったはずです。
私大の失敗を引き摺ることはやめましょう。
マーク式で差をつけるために、高校範囲を逸脱した知識を出したりする試験から、記述式の解答を主とする国立へ頭を切り替えるのです。
本番はこれからだという人は、やってきたことを存分に発揮できる精神状態にもっていきましょう。


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February 18, 2012
息抜きカフェ時間~昭和五十年代の入学試験
テーマ:受験今昔物語
今日は、皆さんの頭脳を休ませるために、入学試験の昔話をしましょう。
私が大学を受けたのは、皆さんが生まれる前、昭和の五十年代でした。
残念ながら、もうかなりの昔です。
寂しいと言いたくなりますが、痩せ我慢して、そんなことは言いません。
山手線の高田馬場駅から、満員のバスを横目に横断歩道を渡り、デモ行進の様に続く受験生の群れの中に入って某大学(どこだか明白ですね)に向かって、僅かに登りになっている歩道を歩いていきました。
暫く行くと登りは頂点を極め、右に折れていく理工学部校舎で受ける人達と別れ、下りになった道を進んでいきます。
というような感じの坂道だったと思うのですが、ここのところ、記憶が定かではありません。
車道を挟んで左側の歩道には大学の街らしく、古本屋さんが立ち並び、今はもうないのでしょうが、古本屋兼貸本屋という当時でも珍しかった店が多かったのを覚えています。
皆木造の古い構えです。
キャンパスに着くと、テレビでよく見知っている、大隈さんの銅像の辺りから案内の学生がいて、何号館の何階のどこそこの教室というのを教えてもらいます。
受験案内板も立っていたと思います。
その頃、大学というと、なぜかそこの大学の銅像近辺がよく資料映像として使われ、学生のインタビュー等も良く行われていました。
今は、その役目は東大に移った感じがします。
受験票を確認して校舎に急ぎ、混雑している階段を上がっていく足は少しだけ早くなってしまいます。
キャンパスに入るまでは、学生証をボードに張り付けた男の学生達が、校門や道の両脇に立っていて、合格電報のバイトをしているのでした。
当時はネット発表などはなく、遠方からの受験生が多いそこの大学では、合格掲示板を確認して合否電報、或いは電話をする学生の臨時バイトが沢山いたのです。
ボードの学生証は、自分の身分は確かな此処の大学生であると、アピールしているわけです。
いくらだったのかは覚えていませんが、ある威勢の良い学生が、こう声を張り上げていたのを忘れることはできません。
「現役は○○円、一浪は△△円、二浪は□□円、三浪以上はタダぁ~」
恐らくいずれも千円以下で、浪人経験が長くなると安くなっていたのを覚えています。
苦労を汲み取ってくれていたのでしょうが、三浪以上は数が少ないと判断したらしく、一浪で入った大学の二年で仮面浪人を決めた私は実質三浪で、反発を感じながらも苦笑するほかありませんでした。
学生服を着た男だったと思いますが、元気なアンチャンでした。
そういう喧騒から、大きな長い机の両端に離れて座る教室に入ると、静かな雰囲気に包まれ、手に馴染んだ参考書を開いてそれぞれが没頭するのでした。
試験が始まると暖房が効いてきて、漸く暖かくなるのですが、古いセントラルヒーティング用のパイプが、銀色の鈍い色を見せて天井や壁をぐるりと回って、熱の伝導がそうさせるのか、又はパイプの中の装置のせいなのか、鉄パイプで叩く様な音が低く、長く、暫く続くのです。
キンキン・・・・、コンカンカン・・・・・、という具合で、子供が遊んでいるように叩いてきます。
低い音とはいえ、気になる人は結構いた筈です。
今は違うのかもしれませんが、当時のその大学の入試は、ボールペンで書かなければいけないものでした。
固い面に置いた解答用紙に、歴史や国語や英語の記述解答は書き難く、下手な字が一層汚くなってとてもいやでした。
マーク式は鉛筆ですが、記述式はボールペンが指定されていたのです。
ボールペンや万年筆は、高校生にとって異質の筆記用具で、書き味の良い、柔らかい鉛筆に慣れていた受験生は、大抵いやな思いをしたことだろうと思います。
今では普通にある、水性の書き易いボールペンはまだ存在していなくて、書き始めが必ずかすれるボールペンはその後も好きになれず、今でも使うことは殆どありません。
昼はどこで、どう食べたのかは覚えていません。
教室で静かに参考書を読みながら、パンでも食べていたのでしょう。
試験が終わると、来るときに目をつけていた古本屋に入り、達成感と喪失感が交錯する中で本を選び、横浜までの長い道のりの友とするのでした。
昭和の坂道を登って青春を送った人達の、共通した入学試験の思い出の筈です。


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February 16, 2012
入試の只中で~再び英文読解力の不安定さについての注意
テーマ:英語―長文読解
英文の読解力というのは、不安定なものです。
もう志望校の過去問をやっても、これくらいは得点できるだろうと思っていても、自分にとって読みにくい英文に出会うと、途端に得点力は下がってしまうことがあります。
つい最近の記事にも書きましたように、自分にとって不得手な分野の英文や、知らない単語が多い英文に出会うと、やたら難しく感じることがあります。
(英文読解力の定着のしにくさ⇒http://ameblo.jp/hageinaka/entry-11165227218.html)
それを克服しながら読み進んでいくことにより、英文の読解力は上がっていきます。
しかし、平常はそれで良いのですが、試験の中でそういう英文に出会うと、あれ、俺の実力ってこんなものだったのか、と思ってしまうかもしれません。
それが第二志望の大学だったりすると、かなりの衝撃となるでしょう。
けれど、心配しないで下さい。
実力はあるのです。
ただ、足りないところが存在していて、そこを手当しろと英文が言ってきているのです。
受けた試験の日本語訳は手に入れられないでしょうから、調べられるだけは調べて、不明点は明らかにしておきます。
知らない単語は、連鎖の法則というのがありまして、次の試験にも出やすいのです。
入試レベルの単語というのは、概ね時代の傾向と合っていますから、emission 排気、放出、排気物(主にco2排気量や温暖化ガス排出関連で使われます)、diversity 相違、多様性、sub-Saharan サハラ砂漠以南の、などという単語は早稲田や慶應、京大など複数の大学入試で見かけました。
それから、subject で被験者という意味があります。
心理学やマーケティングの分野で、人間の反応をみるために実験をすることがありますが、そのときの実験対象の人間を被験者と呼び、英語では subject を使います。
この単語の使い方も京大や一橋、早稲田などで使われていました。
これらは、あまり難しい単語ではないかもしれませんが、キーとなる単語になることがあります。
時事と、世界の関心、そして学問関連ということになるのでしょう。
ですから、疲れたなどと言わないで、調べてみると、次の試験のときに役に立つのです。
そして、自信の回復のためには、読める英文を再び読むということが必要です。
それも入試レベルの英文、つまり過去問の長文が良いでしょう。
知っているから読めるのは当たり前だ、と思うかもしれませんが、英文を読んで頭の中で理解する回路が活性化されるので、再び自信が甦ってくるのです。
また、少し読みにくいと思った過去問を再び読んだり、苦労して英文を理解したりすることも大切です。
読解力は直前まで向上させることができます。
わからなければ日本語訳を参照して英文を理解していきましょう。
いつも言っているように、その後に英文だけを読んでわかるようにすれば良いのです。
英文⇒日本語訳=理解だった回路を、英文=理解にすることにより、頭の中に読解の道筋ができるのです。
試験期間中はいろいろと不安なことが起こってきますが、決して自信をなくすような思考に陥らないことです。
ここまで辿り着いたのです。
最後まで戦う意志を失ってはいけません。
ダメだ、来年受け直しだ、と思っていても、全力で戦うことをしなければ、来年には繋がりません。
最大限以上に、自分の実力を発揮する意志と能力の回路を作ることは、受験ばかりではなく、これからの人生に於いても大切になってきます。
前を向いて、ひたすら進んでいきましょう。
皆さんの合格を、期待させて頂きます。


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February 15, 2012
合格された方とこれから合格する方へ
テーマ:合格報告
お読み頂いている方から、合格報告を頂く時期になりました。
ありがたいことです。
こちらも嬉しくなり、毎日の生活に張りが出るというものです。
まだ、これからだという人もいるでしょう。
今年ではなく、来年合格する人も、また、高校一年生だから、来年以降だという人もいます。
そういう、これから合格する人も含めまして、全ての方にお願いがあります。
合格体験記をお寄せ頂きたいのです。
目的は、受験生に対する良きアドバイスを得ることです。
合格して大学へ進学してしまうと、私もそうでしたが、あまり受験生時代のことは思い出さなくなります。
一気にこれまでの重圧から解放され、大学にも慣れて新しい友人とともに、楽しく嬉しい期間に入っていくからです。
当初は、受験生時代の事を友人と話したりもしますが、過去よりも未来に向かって開かれた時間の中にいると、新しい光を追い求めることに夢中になって、過去のことは振り返らなくなってしまうのです。
このため、皆さんが過ごしてきた貴重な時間の体験が伝承されなくなってしまい、折角のノウハウや考え方が暗黒の中で消え去ってしまうのです。
勿体ないと思います。
自分独自のものだと思っても、日本のどこかに同じような境遇の人がいて、とても役に立つことかもしれません。
また、受験に対する考え方や、思考の仕方、体調管理など、受験生にとって聞いてみたいことはたくさんあると思います。
ご自分がどんなに些細なことだと思っても、これから受験する皆さんに役に立たない情報はないでしょう。
読者の方が大学に入るのはとても嬉しいことなのですが、大学進学後はなんの関係もなくなってしまう寂しさも感じます。
最後に是非、合格体験記をお寄せ頂きたいと思うのです。
内容としては、以下の各項目を考えて頂くとよいのですが、無理に拘る必要はありません。
書きたいことを書きたいようにお寄せ下さって結構です。
一応、受験生が聞きたいことなどを、列挙させて頂きます。
数多く挙げますが、全てを網羅する必要はありません。
気軽に考えて、お書き下さい。
①利用した参考書・問題集・史料集などについて
何が良かったのか、こういう使い方が良い、注意する点など、なんでも結構です。
お気づきの点をお書き下さい。
②勉強について
苦手科目の攻略方法、勉強場所について、予備校・塾・添削などの利用法など、勉強についてのアドバイスや経験談です。
浪人の方は、どうして前年は失敗したのかも書いて頂くと参考になると思います。
③勉強以外のことについて
生活で工夫したこと、仮面浪人としての苦労、バイトとの両立、その他なんでも結構です。
④友人、知人との接し方
私は仮面浪人として、一切大学の授業には出ず、友人とも殆ど没交渉になりました。
家から大学の図書館に行って帰ってくるまで、一度も口をきかないことが普通でした。
一週間に一回、所属していたクラブの例会に出て、饒舌になることで溜まったものを吐き出していましたが、受験間際の一月以降くらいからは完全な没交渉になったのです。
といったようなことを、教えて頂ければ良いと思います。
⑤1日の過ごし方、或いは勉強のスケジュール
科目配分など1日の過ごし方です。
1日ではなくても、一週間おきに小論文をやった、などでも結構です。
睡眠時間はどのくらいでしたでしょうか。
⑥いけるかもしれないと思ったかどうか。
私は、2月の上旬に、もしかしたら合格できるかもしれないと思いました。
完全な自信ではなく、不安に陥ったり、焦ったりしなくなったのです。
合格できると明らかに思ったわけではありませんが、動揺しなくなったことは事実です。
そのときの気持ちを思い出すと、今でも不思議な気がしますし、明るいような雰囲気にもなれます。
といったようなことです。
合格できると思って受けたのか、それとも最後まで不安だったのか、という精神的なものをお教え下さい。
⑦特別なこと
病気を克服しながらの受験生活だった、アルバイトをしながらやってきた、親にも誰にも知らせずに仮面浪人してきたなど、独自の苦労や、特別なことがあればお書き下さい。
⑧その他なんでも
なんでも結構です。書きたいことを書きたいようにお願いします。
①から⑧までのことを全て書いても、書かなくても結構です。
大学名には拘りません。
全国にいる受験生に良い参考となるように、北から南まで、どこの大学でもお願い致します。
また、私のブログが役立ったとか、参考にしたとかいうことがなくて良いのです。
更に、私のやり方と違うやり方で合格できた、などのことは逆に大歓迎です。
それを吸収して、より良くしていきたいと思っています。
それから、これはまだ頂いたことはありませんが、大学に進んで、大学内部のことがわかりましたら、是非キャンパスライフの紹介もお願いしたいと思っています。
外から見ていた大学と、内から実際に体験した大学とでは、印象も違うはずです。
受験生の皆さんにも有益な情報だと思いますので、是非お寄せ下さい。
いつでも結構です。
合格体験記、キャンパスライフは、メッセージ、又はメールでお願いします。
メールアドレス⇒hageoyaji@db3.so-net.ne.jp
そのまま発表するのでも、私がまとめるという方法でも構いません。
必要なら、完全な匿名で発表させて頂きます。
皆さん、宜しくお願い致します。


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February 15, 2012
英文読解力の定着のしにくさ
テーマ:英語―長文読解
英文読解の実力というものは、定着しにくいというのが本当だと思います。
中には、入試レベルの英文を確実にこなすことのできる実力者がいるかもしれません。
しかし多くの受験生は、合格水準に届くか、届かないグレーゾーンにいるはずです。
そのような受験生にとって、読める英文と読めない英文があるのは仕方ありません。
同じ大学の、同じ学部の入試英文でも、年度によって読める程度が異なってきてしまいます。
その理由は複数あります。
内容が自分の好みでないものですと、英文の中に入っていけず、知らない単語については推測もできずに、読んでいけなくなってしまうことがあります。
芸術論、科学史、哲学といった、自分にとって日本語でもあまり読んでいけないような領域の英文が出ると、読むことに抵抗を感じてしまい、いつもの読解力が発揮されなくなってしまうのです。
また、読み始めに難しい単語や、構文などがあり、苦手感がついてしまい、その先にいっても内容が掴めないということもあります。
知らない単語がいつもより多く出て来て、読み取ることができないということもあるでしょう。
こういった様々な理由があるために、いつも過去問は7割前後取れていたのに、5割前後に落ちてしまったなどというになるのです。
このようなことは普通に起こります。
毎回こういう経験をしていれば良いのですが、突然読めない英文に当たって、それが過去問だったりすると、非常に不安になり、自分のこれまで勉強してきたことは無駄だったのか、などと思い始め、勉強が手に着かなくなってしまうのです。
焦らないで下さい。
それは普通のことなのです。
そういう英文に出会って、それを克服しながら読解力を向上させていきます。
簡単なものをたくさん読むことによって、英文に対する苦手感をなくし、親しみを持つことも大切ですが、実力以上の英文を読んで、それを乗り越えていくことによりレベルアップしていくことも必要です。
読めない英文に出会った場合、折角読みにくい英文に出会ったのですから、まずは冷静に、なぜ読みにくいのかを考えてみて下さい。
単語がわからないという理由であったなら、覚えるしかありませんが、このとき英文の中に出てきた意味だけを覚えれば十分です。
意味の全てを覚えることが理想ですが、今の目的は目前の読むことの出来ない英文を読めるようにするということです。
余裕があったら他の意味も覚えていいのは勿論ですが、まずは文章の中で使われている意味を覚え、序でにその文章も何回か音読してみて下さい。
そんなこと言ったって、他の意味が出たらわからないじゃないか、と思うかもれません。
覚えている意味と異なって使われてきた場合、へんだなと疑問に思うはずです。
知っている単語が違う意味で使われた場合、全く異なった意味で使われるよりは、類推できる意味で使われることが多いはずです。
もし、全く異なった意味で使われてきたときは、文章から類推するしかありません。
私の経験からですと、知っている単語が全く異なる意味で使われてきたときでも、なんとか前後の内容から読み取れることが多い感じがします。
(この、根拠のない自信も読解力の大切な能力です、英文を怖がってはいけません)
英文の内容が、日本語で読んでもわからないような内容のときがあります。
そういうときは、英文から読み取れる表面上の意味を、わからなくても追いかけていくのです。
現代国語の試験ではないので、書かれている内容の深いところまで理解しないと答えられない設問は、少ないか、ないはずです。
内容真偽問題なら、何ら困りません。
書いてあることの深い意味はわからなくても、本文に合っているか、合っていないかは、英文の字面だけを追っていってもわかることが多いでしょう。
それに、内容がわかっていても、100%わかって解答することばかりではないと思います。
わからないところをなんとか類推しながら、解答していることもあるはずなのです。
ですから、よくわからない分野の英文が出たとしても、決して諦めないことです。
上記のように、英文が読めないということには、いろいろな理由があると思いますが、その理由を探って、もう一度読んでみて下さい。
そして、その英文を自分のものとするのです。
理解が届くまで、何度でも繰り返して読んでみましょう。
なぜわからなかったのかを考え、その理由を潰して、読めるようにするのです。
読めない英文を克服したときに、読解力は向上していきます。
試験前でも、十分に読解力を向上させることができます。
読むことのできない英文を、一つでも読めるようにすれば、実力だけではなく、自信もついてくるでしょう。


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