2009-01-23

「他人はみんな先生だぁ?」

テーマ:「葉隠覚書」oboe gaki
2009年初の「葉隠覚書」は常朝(jouchou)先生の師匠でもある
石田一鼎(ittei)先生のお言葉から

松永義弘訳 原本現代訳「葉隠聞書第1-64」より
(栗原荒野翁 校註「葉隠」においては「葉隠聞書第1-65」

「人のよき事ばかりを選び立てて手本にせよ」

悪筆の者も、よい手本に似せて熱心に練習すれば
一応の字が書けるようになる。
奉公人もよい奉公人を手本にしたら、
まずまずの奉公人になるものだ。
今どき、よい奉公人の手本は少ない。
それゆえ、手本を作って見習えばよい。

手本の作り方は
一通りの礼儀作法は何某(nanigashi)
勇気はだれそれ
ものの言い様は何某
品行の正しいことではだれ
律儀では何某
・・・・・・
多くの人々からこれが第一の長所と思われる
ところばかりを選べば手本はできる。


曹洞宗の宗祖「道元dougen」の教えの中に
この聞書の真理となるような内容が・・・

一般的に言う「他者tasha」を「他己tako」と道元は名付けます。
「他」は他者、「己」は自分です。
私達は日頃、他人と自分を別の人間として相対的に捉えますが、
道元は他者を第一人称の自己の延長線上に見るのです。
即ち他者とは「他人という名の私」ということです。
現代的に言い換えれば、
二人称、三人称という客観的な見方ではなく
他人はすべて第一人称の延長線上に見る、


他者は、それぞれ自分のさまざまな姿を
映し出してくれている鏡なのだ


ということになるでしょうか。
(松原泰道著「足るを知るこころ」より)

とすれば・・・・

見方を変えれば自分以外の他人は全て先生であり
全ての他人は自分を見つめ直すための鏡でもある。

と、こんな解釈でいいのだろうか・・・m(u_u)m

ご意見、ご感想がありましたら是非ご指導の程宜しくお願い致し候。


良い週末を。


葉隠壱七壱六   九拝


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コメント

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2 ■はるる殿

素晴らしいコメント有り難う御座います。

少しずつでも気づいた人から
少しずつ行動にうつして
その行動によって
また少しずつの人が気づき

そんな連鎖が繋がり
少しずつ波紋が
ひろがっていくといいですね。

1 ■鏡

周囲の人々が、自分を映し出すための鏡である…
私もいつも感じていることです。
良いことも悪いことも含めて
誰かのせいにしていてはいけないですし
みんなに感謝して生活出来るといいですね!
なかなか分かっていても難しいことでは有りますが、
そうなれるように…(^ー^)

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