遺伝なのか???

久しぶりにブログ書いてます。


肌弱の双子も高校生になり、

月日の速さを実感しています。


先日、次女が部活の遠征に行きました。

学生なので安い宿に集団で泊ります。


事件は二日目、次女の顔、首、腕などほぼ全身に

赤い発疹があらわれて、呼吸も困難になりました。


顧問の先生に病院に連れて行って診てもらったところ、


「ダニとほこりのアレルギー」


と診断されました。


処方された薬は「アレロック」

アレグラよりも強い薬ですね。



そういえば最近

アレ~グラ~ってCMやってますね。


あれの強いバージョンですよ(^^)



妻「なんとか治らないの?」

私「アレルギー性のアトピーだから、

  アレルギーに効く特効薬でも出ないと、

  上手に付き合うしかないね」


・・・妻は気が短いので、食事がどうこうとか

生活環境がうんたらとか、腸内環境が・・とかは

聞く耳は持っても、自分が忙しいので実践は難しいのです。



こちらに帰ってきてから、行きつけの皮膚科へ行ったところ、

「元々、汗で被れるアレルギー体質なので、

いたしかたないところで、実は先生も

出張などで旅館に泊まると、同じ症状になる」

と言われましたとさ(^^)


アトピー持ちの皮膚科の先生(笑っ笑っ




んで、肌弱長女は顔が赤らんでいて

これまた花粉症とフルーツアレルギーのコラボレーション。



年を重ねるとある日突然症状が出なくなる。


なんて話もちらほら聞きます。



しばらくは、様子見ですね。



一番の薬は、家族で笑い飛ばして

明るく楽しく過ごすこと。



私はそう思います。



ではまた('-^*)/

AD

もう保育園

テーマ:

さすがに48歳近くなると

子供のころの記憶を思い出すのが

厳しいですね。


しかし、鮮明な記憶はいつまでも

覚えているものです。


私は保育園は3つ行きました。

当然親の都合です(^^)


最初は上原(かみはら)保育園

次は余川(よかわ)保育園

最後は大和(やまと)保育園です。


よく覚えてるでしょ?(^^)


なぜかというと、それぞれに

エピソードがあるからなんです。


では上原保育園からいきますか。



実はもうこのころから私の皮膚、

とくに手は子供とは思うえないほどの

荒れた手をしていました。


何故覚えているかと言うと・・



みなさんはご存じないかもしれませんが、

昭和40年代は、


トイレに金属製の洗面器が置いてあり、

そこに消毒液の溶液をいれ、


消毒と称してそれで手を洗っていたのです。



感の良い方ならお気づきですよね



この保育園では痛かった、辛かった、楽しかった

そんな思いがいっぱいです。



思い出した順に書いていきます。



今日はこの辺で(^^)v

AD

シャボン玉

テーマ:

おそらく・・・


おそらく3才頃の事です。


私には3つ年上の兄がいます。


兄が友達と遊んでいるときは、

すぐに追いかけ、近所の年上の子供たちと

遊んでいたものです。


ある時、みんながシャボン玉で遊んでいました。


「わ~きれ~な玉がたくさん飛んでる」ヾ(@^▽^@)ノ



好奇心旺盛な時期です。

当然俺にもやらせろ!とせびります(^^)


でもね、小さいから作り方がわからない、

息を吹く加減がわからない。



おにーさん、おねーさんに教わります。


「こーやって、こう・・・ふぅ~~~~」って



ひらめき電球そか!

このラッパみたいのに液をいれて

吹けばいいんだ!


喜び勇んで勢い良くしゃぼん玉の液を

吸い込みました・・・



「ゴホッゴホッゴホッ   う~え~~~~ん」



おえつと同時に泣き出しました。


全く絵に描いたような出来事です。



いけないことに、むせたときにシャボン玉の液が

鼻に入りました。


それでもストローをくわえ、ブーー ブーー っと

息を吹きます。


「なんで玉がでないの?」


「なんでこんなに苦しいの?」


「なんでこんなに苦いの?」




私のシャボン玉初体験は、綺麗な玉どころか

にがい思い出しか作れませんでした(ノ_・。)



そういえばあの頃は、

必ずよだれかけをつけていたっけ・・・(^^)



南魚沼編   つづく・・


AD