Rotyのブログ

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政治・経済・哲学・歴史・アニメなどを連載形式で書いてます。

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少し復習をしておきましょう。
医師ラマチャンドランの患者たちは、
妄想で作り上げたお猿さんをリアルに見たり、
ミッキーマウスが眼前に現れたりしていました。
こうした妄想がなぜ生じるか?

脳はそもそも妄想を構築する存在だということです。

外側に存在している色・動き・傾き・形などバラバラな与件を
「基準となる平坦な信号」と呼びましょう。この基準となる平坦な信号が眼球から
入力されると、脳は、これを保存する。しかも、大事なことは
脳のあちこちにバラバラに保存するという事実です。

脳はこのバラバラに保存している情報を組み上げて
現実を「構成」するということになります。

まさにカントの言うように現実を「構成」している。

ですが、
もし、眼球から入力されているということを
知らせる経路が破壊された場合は、

脳は、「基準となる平坦な信号」とは無関係に
無関係に、
脳に保存されている
バラバラな情報を勝手に組み上げて
猿やミッキーマウスを「現実のように」を構成してしまう。


くりかえしますと、まず、網膜の細胞や初期の視覚路は、つねに活動していて、
「基準となる平坦な信号」が入力されつづけている。この「基準信号」は、網膜に猿や漫画がとびこんできていないことを常に知らせるのです。

しかし、この信号が伝達される経路が1部分だけ途切れていると、その破損している部分は、「基準信号」がないので、幻覚が生じるということになるというわけです。(だから経路の1部分が破壊されているので視野の下半分だけにお猿さんが現れたり、円形の空白部分にミッキーマウスが現れたりするわけです)

この「基準となる平坦な信号」を「第1の外部」と呼びましょう。
これは、カントの「物自体」に対応するものです。

例えば、私の好きなリチャード・ローティは、これを「対象X」
「因果的プレッシャーX」とか呼ぶのですが、
さしあたって、脳科学的な説明では、
ラマチャンドランのいう
「平板な信号(色・動き・傾き・形などバラバラな与件)」
が「第1の外部」であるということです。

今回は、「第2の外部」のお話です。

またまた、ラマチャンドランの本を使います。

今回は、カプクラ症候群のお話です。

この症候群の患者は、家族や親しい友人が
「にせもの」に入れ替わったといった信念ないし妄想
を持ちます。

この患者は、自動車事故などでの回復のあと、
ある日突然、愛する母親の顔を見ても
「あたたかさ」や「親しみ」を感じなくなります。

患者にとって、母親は、「にせもの」なのです。

家族や友人は以前と同じ顔をしているし、
同じ振る舞いをしているのだから
同じ人物であると考えるべきだと患者自身が
思っているのですが、
しかし、なぜか、患者は、
母親が、にせものだという信念を決して捨てないのです。

患者は、母親や友人が「にせもの」であるという
信念を「維持」するためにさまざまな妄想
をつくります。

例えば、実は、宇宙人が母親に化けているとか、
そっくりのアンドロイドだとかです。

カプクラ妄想患者は、人間だけではなく、
ペットや無生物に対しても生じます。
コーヒーカップやテレビ、パソコン、鉛筆などが、
交通事故のあと、使い慣れている自分のものだとは
思えなくなります。

つまり、かつて自分がもっていた
ものの「にせもの」だと感じるようになります。
そのため、誰かが自分をからかおうとして
他の物にすりえたのだといった妄想をつくりあげます。

荒唐無稽のような妄想にみえるでしょうか
これは神経疾病学上、確立された症状です。

この症状はなぜ生じるのでしょうか。


カプクラ症候群のメカニズムは、
簡単に説明できます。

脳は、2層構造をしています。

まず、脳の中心には
「感情・情動」をあつかう「辺縁系」という部分
があります(古い脳)。

この辺縁系を包むようにして「大脳皮質」(新しい脳)が
かぶさっています(辺縁系という概念の問題点は、ここでは述べません)。

大脳皮質(新しい脳)の側頂葉に「顔や物」の形を
認識することを専門にする部分があります。

正常な脳では、この大脳皮質(新しい脳)で
保存されている「顔」の情報が、
「辺縁系」(古い脳)に送られ「愛や憎しみ」
といった「情動反応」が促進されます。

母親や友人の「顔を認識」(大脳皮質)したら
「愛や親しみ」を感じる(辺縁系)わけです。

あるいは、ライバルの「顔を認識」(大脳皮質)した
あと、怒りや、競争心が生じる(辺縁系)というわけです。

カプクラ症候群では、「顔」の
「視覚に関する領域」(大脳皮質)と
「情動に関する領域」(辺縁系)の
連絡がないのです。
これが解答です。

患者は「顔」の認識においてまったく
障害は生じていません。
つまり顔を認識できないわけではなく、
感情がないわけでもありません。
実際、彼らは、まったく正常に人間的な感情を示します。

彼らは大脳皮質と辺縁系の2つを結びつける
能力に障害をおこしているのです。

「顔の認識」(形態・視覚情報)だけが、
辺縁系(特にその中の「扁桃体」)にとどかないのです。

その証拠に、親や親しい友人を「見る」と
「にせものだ」とカプクラ症候群の者は、言うのですが、

同じ親や親しい友人が、電話で「話す」と
「にせものだ」とは言わないのです。

「大脳皮質」と「辺縁系」のつながりの中で、
「聴覚」の部分はしっかり連絡しているのに対し、
「視覚」の部分だけが選択的に大脳皮質と辺縁系の
つながりを欠如させているわけです。

この大脳皮質(理性脳)と「辺縁系」(情動脳)の
接続が完全に途切れてしまう人もいます。
これが「コタール症候群」です。

カプクラ症候群に輪をかけたような
発展型が「コタール症候群」です。

カプクラ症候群においては「視覚」だけが、
辺縁系と切り離されているのに対し、
コタール症候群においては
あらゆる感覚が辺縁系(特に扁桃体)と
切り離されています。

この患者は「自分は死んでいる」といい始めます。
患者にはこの世界の中であたたかさや、
親しさといった情動的な意味をもつ
物や人がいっさいありません。

どんな物も人も感触も音も感情に
影響を与えません。
したがって患者は、「自分は死んでいる」と
考えるしかないわけです。
彼が不注意で針で刺し血がでてきても、
彼は「死体からも血がでるものだな」といって驚きます。

このコタール症候群の弱いものがよく知られた
「離人症」や「現実感喪失現象」であります。
すべてが、非現実的で、生きている感覚が
しなかったり、生き生きした感覚を持てない。
急性の不安や抑うつにおそわれ、
世界が急に非現実的に見え、夢のように
思われてしまうわけです。

これは一時的にわれわれもこうした
症候に見舞われます。

たとえば探検家リビングストンが、
ライオンに襲われ、自分の腕が食いちぎられても、
痛みはおろか恐怖さえまったく感じなかったそうです。

「いっさいが人ごとのように、
あたかも遠くから出来事を眺めているように感じられた。」
そうなのです。

「戦場の兵士や、レイプにあった女性たちにも
これと同じことが起こる場合がある」そうです。

この場合、「大脳皮質(とくに前頭葉)」が、極度に活性化し、
扁桃体などの「辺縁系」を抑制あるいは
一時停止させるのだとラマチャンドランは解釈しています。

さて、この「カプクラ症候群」と
正反対の症状に「フレゴリー」という症状があります。

この場合、この症候群の患者は、
いたるところに同じ人をみる。
通りを歩いているとほとんどの
女性が母親に見えたり、若い男性が
みな弟そっくりにみえたりする。

この患者は、カプクラ症候群とは逆に、
「顔を認識する領域」(大脳皮質)と「扁桃体」(情動脳)
の間の連絡が「過剰」であると考えることができるわけです。

だからどの顔にも「あたたかさ」がふきこまれる。

女性というカテゴリーに属するものが過剰になり
すべてが「母親」に見える。
過度な情動的一般化が生じている。

逆に、ある一群のカテゴリーに属するどの
顔にも「嫌悪」を見る者もいます。

ラマチャンドランの推論ではこれが
人種差別が生じる原因です。

ある視覚のカテゴリーのひとつに
深い不快な出来事があると、
その種類のメンバーに不適切に
過剰な一般化が生じてしまう。

あるカテゴリー(例えばユダヤ人)は、
すべて情動的に嫌悪を意味してしまう。

「大脳皮質」と「辺縁系」の接続が過剰に
なっているわけです。
(続く)

参考文献↓

脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書)
最終回が終わったので
今回は、その「追記」、ないし、「あとがき」です。

コメントで、小沢さんについて
書いている方が多かったので
リコメとして私も書こうと思います。

こんなこともうだれでも知ってることだけど
簡単にまとめてみます。

小沢さんの陸山会事件ですが、
この事件は、
「虚偽記載」が悪いんだ、罪なんだとか言われているけど
なによりも、まず、
虚偽というには、あまりにささいなことなんですね。

どんな虚偽があったのか。

①12月に記載すべきなのが、遅れて次の年に記載した。
つまり、ちゃんと、届けているし、記載もされているけど、
それが「遅れた」というのが罪なのだそうだ

司法が言うには、遅れたのは、
「意図的で裏でなにかもっとやばいことをしていたからだ」
という「推認」によって罪なのだそうだ。

これは、むちゃくちゃ問題なんですよ。

記載が遅れたのは「事実」で、この小さな「事実」を証拠として、
大きな「原因」を推測して罪に落とすというやり方が問題があるんですね。
ここで、司法の「推定無罪の原則」が崩壊してしまっているわけです。

もうひとつの罪とされているのはなにか?

②もうひとつは、おかねをちょっとだけお金を貸して、
かえってきた(+-ゼロです)という事実を記載していないことが
罪なんだって。

銀行から借りるのもたいへんだから、
ちょっと貸したわけです。しかも、
ちゃんとお金が帰ってきている。

これを「記載」しなかったという事実。
出入りがあったからちゃんと記載してない。
という話で、

普通は、これを「修正申告」でいいものなんだけど、

司法は、「懲役刑」にしちゃったんですね。

記ズレで、懲役刑。
冤罪でしょww

たしかに、記載しなかったのが「事実」だけど、それは罪なのでは
なくって、この記載しなかった理由が罪とされたわけです。
つまり、
「意図的で裏でなにかやばいことをしていたかも」という
「推認」によって罪だというわけです。

この裁判はとてもとても問題がある。

小沢裁判、小沢さんが、悪いとか悪くないとか
そんなことは、どうでもよくって、

司法権が、われわれの生活を脅かすような判例を
つくったという判決が重要なのですよ!!

たとえば、「人を嫌いよと言って押したら、倒れた。けがはしなかった」

この事例では、「押して倒れた」が事実。
にあたるものです。
ですが、この「押して倒れた」という事実で
「殺人未遂」が判決だったら、だれもがおかしいと考えるでしょ?
押したという事実があるから「殺人の意志もあった」とは
言えないはずなのにね。

小沢裁判は、これと同じわけです。

ありえないでしょ?

人を押すという小さな事実で、大きな原因を推測している。

小沢裁判では、これと同じ事態が生じている。

理由は、「押した」という「事実」で、
「罪が証明されている」という風に司法はいうわけです。

なぜ押したかという理由が「推定」で
、「殺人の意図」があったとか、
そういう風に「推定」
されるわけです。

でも、通常、そういうのは「推定無罪」というのが原則で、
そういう判決はおこなわれないんですが、
今回、小沢裁判では、この「推定無罪」の原則が崩れたというのが
小沢裁判の重要性があるわけです。

小さな「事実」(押した)で、大きな「原因」(殺人未遂)を
「推定」しているわけですね。

普通、司法は、これはやってはいけないことなのに、
小沢裁判では、これをやってしまっている。

こんなものが判例になったら、
だれでも無実の罪でつかまえることが
できるじゃないですか!

たとえば、私が、「スーパーで試食品のぎょーざをつまみぐいした」
としたら「食べたという事実」から、盗もうという意図が「推認」されて
ぜんぜん関係のない
「宝石の窃盗罪」でつかまえることができるということです。

そりゃ「ただでたべたい」という意志くらいあるさ、
だけど、そこから「盗もう」という意志は
遠いですよ。
しかも、関係のない宝石の窃盗までは
もっと遠い。
しかも、そこに食べてくださいと
置いてある試食品なのに・・・

そんなこと言ってもだめです。

この判例では、

「食べたという事実」があるんだから、
「盗もうとする意志もあったに違いない」と
「推認」されちゃって「窃盗罪」が成立です。

試食品を食べて宝石強盗の罪で懲役刑w

どーみてもおかしいですよね。


小沢裁判問題ではこの「推認」という判決理由が重要なのね。

これでは、
だれでも無罪の罪でつかまえることができるように
なってしまう。
罪をおかしてないのに、
罪を犯す気持ちを表す「事実」があるという
へんな理由で、そこからの「推認」で
つかまえることが
できるようになってしまう。

で、マスコミは、この「推認」部分を
増幅させて報道していましたよね。

やはり当時、司法は
どうかしているとしか思わざる得なかったわけです。

だから、これを反省したのか、
司法は、小沢さんに無罪にしたわけですね。

この無罪判決のあとがまたひどい。

マスコミは、判決理由を
「虚偽記載は知ってたけど、違法であるという認識はなかった」という
言い方で報道してました。判決理由の言葉をねじ曲げてます。

そもそも「虚偽記載の認識」自体がなかったというのが判決理由なのにね。

ふつうに無罪判決でしたという報道でいいのに、わざわざ
「有罪なのにかろうじて無罪になった」みたいな報道の仕方は
どうなんだろね。

人を犯罪人にしたてあげようとするのが
見え見えで、いやな報道でした。




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ルナティアプラス
川端さんの本紹介です。

おそらく今回の最終回が
一番重要な回だと思います。

昔は、マスコミは、スポンサー、
広告出稿量、広告宣伝費といった経済的ムチ
で報道内容を変化させなかったそうです。
いつから変化してしまったのか?
川端さんは、「いつからか」を明確にしています。

それは、2001年です。

2001年に何が起きたのでしょうか?

「損害賠償金額高額化」が始まった年です。

これっていったい何でしょうか?
1999年、森政権が
メディアから森首相の買春検挙歴報道や
中川秀直官房長官の愛人告発など
スキャンダル報道によって崩壊に追い込まれると

自民党幹部は、いっせいに週刊誌報道を規制すべきだ
という声をあげ、今では有名な個人情報保護法、
人権擁護法、青少年環境対策基本法など、
基本的に「メディアを規制する」法律を決めると同時に
法務省、最高裁判所に力をかけ(癒着?)
名誉毀損(めいよきそん)判決における
損害賠償額の高額化を実現させたのでした。

この名誉毀損で損害賠償額を
高額化するというのは、
個人情報保護法なんかより、
よっぽどひどい「隠れた爆弾」です。

この高額化は、ささいなことではなくって、
深刻な問題をはらむということを知っていました?

私は知りませんでした。
川端さんの本で深く教えられました。

どういうことかというと
タレントや政治家が
批判やスキャンダルを報道されると
雑誌や新聞、テレビにたいして
「名誉毀損(名誉を傷つけられた)」と
損害賠償を求める民事裁判を
おこすことができます。
請求額は、さまざまで、
1億とか高額のことは特別にはありますが
たいていは、50万~100万、
高くても200万程度だったそうです。
ところが、この2001年以来
名誉毀損で訴えられ敗訴すると、
支払う金額が、今までの金額が、
5倍から10倍に、跳ね上がったのです。
200万が2000万にはねあがったのですよ♪

きゃーー!

ひどいじゃん。

いままででは、週刊誌の現場では
名誉毀損で訴えられることが
深刻にはうけとめられてなかったそうです。
ところが「名誉毀損高額賠償判決」というのが
はじまってから「空気が一変した」そうです。
企画会議やデスクは
「そのネタ訴えられないだろうな」
という恐怖が支配するようになったそうです。
そうです。

50万~100万程度なら敗訴判決を受けても
雑誌が売れれば
カバーできちゃうんですよ。
編集者も出版元も
気にしなくってよかったわけです。

ですが、500万、1000万となると
ケタは1つ違うわけですから
経営基盤をゆるがしかねない。
しかもさらにひどいことも
法案化されました。

従来は「名誉毀損」は公人には
成立しないとされ
公人には国会議員も
含まれるという考え方が支配的でした。

しかーし、

2001年以降、タレントが10点
国会議員、弁護士が8点
そのほかが5点と決められたのです。
点数が多い人ほど、賠償金額が
大きくなるということが決められた。

わかりますか?腹たちませんか?

ようするに
名誉毀損(きそん)で訴えられると
反論の場をもたない一般人より
公人に より高い賠償金額を
払わなければ
ならなくなったということです。

公人はたいてい金持ちですが(笑)、
庶民より金持ちの方に
よりいっそうお金を
はらわなければならないシステム
だってことです。

公人は名誉毀損が成立しないという常識が
逆転しているわけです。

メディアのスキャンダルというのは
警察のように捜査権をもっていないわけですから
「完全な立証」というのはきわめて難しいものです。
どんなに状況証拠があっても
警察のように「捜査」するわけではありませんから
名誉毀損の判決結果は、なんと8割メディア側の敗訴なんですよ。

いままでは、リスクを承知でギリギリの判断で報道し
数々のスクープをものにしてきたのです。

しかしこの法案以来、
どんな悪質な不正をスキャンダルとして
暴いても相手が金持ちなら
有名人で訴訟を起こしてくるタイプなら
記事にできなくなったのです。

さて
名誉毀損で訴える側の
賠償金額の高額化だけでなく
その反対側の訴えられる側のメディア自身も
2000年を境にして様変わりしていると
川端さんは言います。

新聞、テレビ、出版社、
どこでも「企業収益」「利益」「効率性」を
叫ぶようになり
「報道の自由」「知る権利」
といったジャーナリズムの使命が失われ
利益市場主義に変化しているということです。

するとますます
公共性が縮小していくはずです。
最近では
芸能メディアでさえ
ゴシップを報道できる相手が
ますますいなくなってきているそうです。

故・梨本勝さんや前田忠明さんなどで有名であった
芸能レポーターが最近いなくなっており
地方局でしか活動の場をもてなくなってきています。
バッシング相手は亀田兄弟や市川海老像など
芸能人からスポーツ選手や歌舞伎役者などへ
シフトしていることがその現れです。

ますます「タブーになる企業」が増加し、
芸能スキャンダル、政治キャンダル、経済スキャンダル
どれもますます少なくなっていくであろうことが
予測されると川端さんは述べています。

メディアは暗黒時代なんですね。

この本ではじめて知りました。

(連載終了)

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さて。電力会社の経済的アメ(経済的誘導権力)
やムチ(経済的強制権力)に関しては
先回述べました。だれもが言っていることです。
ですが、それよりも、

電力会社は
政治的アメ(政治的強制権力)がすごいんです。

電力会社は、「官僚の天下り」と同じ方法をとって
メディアを支配しているのです。
これにはびっくりです。

例えば、電力会社が
設立した各種研究所(例えば、電力中央研究所など)
さまざまな研究機関には、新聞社の論説委員や記者が、
たくさんたくさん天下りしている。
なぜ電気会社に
メディアの記者が研究顧問だったりするのか、
よく考えてもわからないところがあるんですが(笑)、

検察、警察も手が出せない構図になっているのですね。

例えば、上杉隆が、
何度も主張しています。

「大手メディアは、政府や東電の情報隠蔽に加担し、
事故調査すら求めず、捜査も、証拠保全の声すら
挙げていない。生ユッケ事件、天竜川の観光船転覆
事故、全日空便の急降下トラブル、そして、
小沢一郎氏の元秘書たちの政治資金規正法違反事件――。
 すべて捜査が入り、マスコミは大騒ぎした。
だが、その一方で、世界的な大事故を起こした
東京電力への捜査はその端緒さえ、
いや気配さえみせない。」


そうそう、生ユッケや
観光船転覆事故には
検察が、行くのに、そして厳しい捜査がなされるのに、
なぜ東電には、「検察が捜査もせず」「事情聴取もせず」「証拠保全の押さえ」さえ、されていないのか?

電力会社や関連団体に、
なぜか、大量の元警察官、検察が
天下りしているのですよ。
天下り問題は、官僚の天下りと同じく根絶することが
ひじょうに難しい側面を持っているのと同じように
この天下りを解消することは難しいのです。
このへんは、川端さんは
もっと説明してるのですが
天下りといえば
通じますよね。そのしばりは。
ちなみに、
「政治的ムチ」は
この逆バージョンで、先回少し述べたように、
電力会社の役員が、
テレビや新聞社に
天下りしてる例ということになります。


いままで述べてきた事例の権力類型は、おおよそ次のようになります。
           

経済的強制的権力   ジャニーズ トヨタ・パナソニック・電力会社
経済的誘導的権力   AKB・電力会社
政治的強制権力    バーニング・財務省・電力会社
政治的誘導的権力   財務省・電力会社



ということで、
川端さんの本の盛り上がる部分にようやく
さしかかりました。

次回、最終回。
おどろくべき事項が
説明されることになります。
ご期待を!!

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強制的権力(ムチ)と誘導的権力(アメ)を
政治的にも経済的にも行使している団体
といえば、電力会社です。

経済的アメ、経済的ムチ、政治的アメ、政治的ムチ
という4つの権力を総花的に繰り広げているのです。

電力会社と原発については、
みなさま、よく知っているかと
思いますが、あえて反原発の方なら
もう良く知っている常識的な事実を・・

今回は、あくまで、
川端 幹人さんの『タブーの正体』(ちくま新書)の
つまみ食い的紹介という線を
つらぬきたいと思います。


さて、今では、
だれもが知っているあたりまえのことも
川端さんはしっかり書いています。
トヨタより、パナソニックより広告費が高いところは
ないとされていたのですがあったのですね。

電力会社です。
11社で、884億円だそうです。
電力、原子力業界は、11社以外にも
数多くの企業、外郭団体、関連法人があり
それぞれが独自の広報予算を持っています。

例えば原子力発電環境整備機構には
42億以上の広報予算がつけられているし
電力会社10社で組織される電磁連では
300億程度の広報予算をもっています。

そもそも、競争相手のいない独占企業なのに
なんでこんなに広報予算をくばらなければ
ならないのかは、目的が
「原子力安全洗脳」のためだけというのも
なんだか、気持ち悪いです。

そのほか
電力会社や電事連の外郭団体
関連法人があって
そこにも独自の広報予算を
もっているのだから
その額は莫大ですね。

「経済的ムチ」のふるい放題です。

まぁ、昨年1年で
どれだけメディア操作をしているかは
素人目でもわかるくらいでした。
わざわざ2割くらいホントで8割ウソ報道。
ウソと告発されても
のがれることができるような
微妙な言い方で情報隠ぺいしてきました。
なんでこんなに力が強かったのか?

2011年311時点で、
電力会社がスポンサーになっていたのは
朝は、TBS系「みのもんたの朝ズバ」フジ系「めぜましテレビ」、日テレ系「ズームイン!!SUPER」、昼は、日テレ系「情報ライブ ミネヤ屋」、夕方は、日テレ系「new every」「真相報道バンキシャ!」TBS系「NEWS23クロス」・・・・

ほとんどの報道番組にスポンサーとして
名前を連ねている。

日本の主要メディアは、
多くの局で電力会社が大株主になってるし
組織ぐるみの関係を持っている。

また電力会社の幹部たちは
政界にも、財界とは、婚姻関係で
結び付いている。
みんな親戚(笑)。

311以来、ほんと、
おかしかったもんね、

気持ち悪かったものね。

「なんでそんな報道になるんかい!」

みたいなものばっかりだった。
毎朝、(放射能の)野菜を食べて被災地を
支援とか(笑)

ってのもあった。

もうわずらわしくって書かないけど
新聞、雑誌のほとんど
ひじょうにマイナーな経済誌にまで
電力会社がスポンサーなんですよね。

そして、番組やコラムで電力会社に
批判的なコメントしたひとたちが
すぐに、降板された話もよく聞きましたしね。
上杉さんや山本さんが有名ですけど。

電力会社が、メディアを細かく監視しており
すぐ「広告ひきあげ」をちらつかせて、
かなり露骨な恫喝をしているのは
80年代以来ずーーとのこと。


「経済的アメ」に関しても
ひどいものだということでした。
メディア役員に対して「豪華接待」ずけ
にしていることは、有名なところです。
麻雀、ゴルフ、高級クラブと、接待ずけ。
東電の場合、広報部が、新聞、テレビ業界への接待で、
総務部が、週刊誌関係に接待を
担当していたとのことです。

最初は、しゃぶしゃぶ、からはじまって、
向島の料亭、銀座の高級クラブへと
じょじょに豪華にしていくという方法が
採用されているそうです。
「タイ人女性のいる店外デートOKの店に
1時期よくつれていかれた」とか
インタビューに答えている編集者もいます。

「原発ツアー」というのが特に有名であるそうで、
「原発の実態を検証してもらう」というのが名目で
実際は、高級旅館での食事と宿泊、
地元歓楽街での遊興などが
セットになってるそうです。

ほら、311のとき、
原発事故が起きてもなかなか東電の社長(現会長)が
なかなかテレビに出てこないので
おかしいという事件あったでしょ。

あれは、中国に新聞社の編集幹部、
週刊誌の元編集長、ジャーナリストを
ひきつれて中国接待ツアーに出かけていた
からなんでしたよね。

このへんまでは、だれもが知っていますが、

川端さんは、「政治的なアメ」
についても書いていることです。

ここからが、この本の興味深い事実を
暴露するところです。
(つづく)
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