Yurielのミラクルな毎日のためのスピリチュアルレッスン☆ 

☆完全に癒された自分に出会う☆表参道のホリスティックサロン ひかりの学校よりお届けします。

☆「癒すこと」が目的ではない、カウンセリングを行っています☆

しろくまサロンは、東京・表参道にあるホリスティックサロンです。
お茶会やイベントではおもてなし係として活躍していて、
お客さまから「しろくまさん」と呼ばれているシロクマが大好きなオーナーが名づけました。

野生のシロクマには「お父さん」はいません。
繁殖の目的以外では別々で過ごすものだからです。
子どもはお父さんグマを知らないし、お父さんグマも子どもの存在を知りません。
100%、生まれながらの母子家庭。それがシロクマの親子なのです。

その話は、「両親が離婚したこと」にこだわっていたわたしには衝撃的でした。

子グマはお父さんがいなくても、まったく「傷ついて」いない。
「生きていく」ということは、そういうことなのだと、わかったのでした。


「心の傷」をどんなに癒しても、「幸せ」になれるわけではありませんし、
「病気」にどんなに取り組んでも、「健康」になれるわけではありません。


「心の傷」を癒したいなら、セラピーをうけてください。
「病気」を治したいなら、病院で治療をうけてください。

「病気」には、医学的な治療が必須です。


でも、もしあなたが、

「幸せ」でありたいなら、
「健康」でありたいなら、

お手伝いできることがあります。


A Course in Miracles(奇跡のコース)をベースにした、
超意識を活用したカウンセリングをしています。
ある時期には、電話占いサイトを中心にスピリチュアルカウンセラーとして
4年でのべ5000人以上のスピリチュアルリーディングをさせていただき、
いろんな問題を抱えながら、たくさんのセラピーや自己啓発の旅を続けてきた方々が、
癒された自分に出会い、それを受け入れていかれる過程をともに目撃するという
奇跡に恵まれました。

サロンにお越し下さったお客さまは、「引き寄せの法則」のとおり、
自分の思いを変え、自分の現実を変え、望む方向へと歩まれており、
そして今、わたしたちのもとに訪れている流れは、
「引き寄せの法則」の先にあるものになっています。

「引き寄せの法則」はある時期にはミラクルを見せてくれるようです。
けれどもある時期をこえると「引き寄せの法則」では説明のつかないことが起こりはじめます。

「自分にだけ都合のいい現実」というゆがんだ願望をすべて受け入れられるように、
物質世界という制限のある世界は、できていないからです。


Yurielのホリスティックカウンセリングでは、
薬剤師の資格をもつ医療の専門家として、
「からだ」という現実をきちんととらえた上で、
ホメオパシーを学ぶ過程で学んだ、エネルギーの世界という「見えない世界」で
なにが起こっているかを考慮しながら、わたしたちが「現実」と思っている
「物質世界」とどう折り合っていくかをゴールにしています。

果てしない「癒し」の旅から抜け出し、
「しあわせに生きる」ことに意識が向いていたとしたら、
お手伝いできることがあるかもしれません。

「完全に癒された自分」を目撃する奇跡をご一緒に。表参道でお待ちしています。

セッションのお申し込みはこちらからどうぞ。


・。○ 「ミラクルな毎日のための魔法の本」 ○。・
このブログの人気記事をあつめた「ミラクルな毎日のための魔法の本 Vol.1&Vol.2」

持ち歩きに便利な、冊子は1冊1000円で、販売しております。
メールにてsununison@gmail.comまでお問合せくださいませ。
また、スピリチュアル専門書店『ブッククラブ回』店舗でもお取り扱いいただいております。
(在庫がない場合もありますので、お店にお問い合わせくださいますと幸いです)

小冊子の収益は、全額、
入院している子どもとその家族のための滞在施設クドナルドハウスに寄付させていただきます。

pdf版のダウンロードは、魔法使いの学校にご登録(無料)いただいた方にご案内しております。
こちらからご登録の上、ご希望の旨お申し出くださいませ。

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今年2016年の9月1日は、旧暦の1日(8月1日)と
新暦の1日が重なる珍しい月でした。

この特別な月には、大きく人生の流れが変わったと感じる方や、
大きな流れの中にいると感じる方も多いかもしれません。


ご相談を通しても、またわたし自身においても、
「気づかなかった真実に気づく」ことがたくさんありました。

 

わたしの周りで起きたさまざまなできごとは、
それぞれがまったく違うできごとでありながら、
すべて本質は同じメッセージを含んでいたのです。

 

それは、「人は、たましいの思い通りにしか生きられない」
ということでした。


たましいが「お勤め」を望んでいない人は、
またふたたび職場のごたごたにうんざりすることが多かったようですし、
ご本人は望んでいないつもりでも、
たましいがより大きなステージを求めていた人は、昇進のチャンスを得たりと、
「自覚している望み」とは違う結果を手渡された方が多かったように思います。

 

ただ、よく振り返ってみていただくと、みなさん、
「それを望んでいた」と気づかれるようで、
「もっと活躍したいとおっしゃっていましたね」と投げかけると、
ご自身でも気づかれて、はっとされるようでした。

 

わたしはかねてから
「人は(ご本人が)言っているとおりになる」と言ってきましたが、
本当にそうだとあらためて確信することがたくさんありました。


わたし自身においてもそうです。
少しのあいだ、わたしはある「乗り気でないこと」に取り組んでいました。

もともとわたしは、誰かのアドバイスに従うタイプではありません。

だから人に相談をすることもないのですが、
なぜか相談をしたわけではないのに不思議と人に会うたびに、
「あること」を勧められました。

それは20代のときに、挫折の体験とともに手放したものでもありました。

いろんな幸運が重なり、驚くほどのトントン拍子で、そしておそらく最高の条件で、
かつて手放した「あること」にあらためて取り組むチャンスを得たのです。

 

でもそれはうまくいきませんでした。

わたし自身の力不足が原因なのですが、
努力とか、誠意とか、こころの持ちようとか、あらゆるものを駆使しても
「あること」は成就せず、

わたしは20代のときに体験したことと同じ挫折をもう一度味わうことになりました。

そしてぽっかりと空いた気持ちと時間を埋めるように、
旅にでかけました。

 

赤い岩山の上に静かに座り、わたしはつい最近までの数週間を振り返り、
自分自身の気持ちを観察してみました。

そしてその美しいひとときがもたらしてくれる幸福感に包まれながら、
今わたしが選択しているこの自由な時間こそがわたしの本来の望みであり、
わたしは「あること」がやはり嫌いでやりたくなかった、
という自分自身の正直な気持ちが、そこにありました。

 

わたしたちは、ままならないできごとに遭遇したとき、
上司の能力や家族の性格、置かれている環境が恵まれていないことなど、
その原因を外側に求めがちです。

わたしたちの暮らしている社会では、それが「常識」です。

例えば失恋で落ち込んでいる人に対して、
「あなたがパートナーと別れたいと思っていたから、別れることになったのですよ」
という分析をしたとしたら、
それは常識で考えれば適切ではないでしょう。


ですが、おそらく自分自身が気づいていない、
意識の深い部分ではそうなのかもしれません。

そして目の前に繰り広げられている現実こそが、
自分の望みそのものなのだとわたしは思っています。

 

だからもし、あなたが今、つらい現実の中で孤独な戦いの中にいたなら、
ひと呼吸おいて、

「本当にこれは自分の望むことなのだろうか?」

と問いかけてみてほしいのです。


努力の可能性を否定はしません。

ただ、つらい現実に絶望するくらいなら、
「努力が実らないという現実も存在する」という考えにも
ほんの少しだけ意識を向けてみてください。


「努力が実らないこと」は、本当の自分の望みとは違うものです。

本当の自分の望みとは、
損得勘定や、人目を気にして「あたま」で考えたことではなく、
ハートの中心から湧き上がる「おもい」です。

 

年初に「思いの具現化が加速している」と書きました。

この秋を境にますますその傾向が強まっているように感じます。


その「思い」のもたらすものが、いつも
「しあわせ」と感じられればいいのですが、
自分を罰する思いがもたらす
「つらい現実」に遭遇することもあるでしょう。


わたしたちは、わたしたちが意識できない深いレベルにある「おもい」を
完全にコントロールすることはできないようです。


ひとつ、可能性があるとするなら、
それは、祈りなのかもしれないとわたしは感じています。


長い年月、わたしたちの祖先が大切にしてきた祈り。

わたしたちがわたしたちの思いを手放し、
大いなる宇宙のリズムと共振したとき、

わたしたちは苦しみから自由になり、
新しいステージが始まるのかもしれません。
   

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立春になりました。

8日には新月を迎え、旧暦でもいよいよお正月がやってきます。
2016年もいよいよ本番となりました。


例年、立春前後のこの時期は、
多くのご相談やご報告を受ける時期なのですが、
今年は年末年始に、
数年ぶりにイベントをさせていただいたこともあって、
たくさんのご報告を聞く機会がありました。


その中で共通しているテーマだと感じたことは、


「願いが現実化するスピードがとてもはやくなっている」

「わたしたちは、わたしたちの思いに責任をもたなくてはならない」


ということです。

今日はそのことについて、お話ししたいと思います。



以前にもお話しした機会があったのですが、
人は「思っている通り」の現実を創り出します。
もしくは、「選択する」といってもいいかもしれません。


不思議なもので、「試験に落ちる」と本気で思っている人は落ちるし、
「試験に受かる」と本気で思っている人は受かるものなのです。


そんな馬鹿な、努力の結果だと思われるかもしれません。

ですが、そう思われる方であっても、
「がんばれば試験に必ず受かる」とも
「楽な方法を選んでいたら試験に落ちる」とも限らないのだ
という現実に遭遇されたことは、
きっとあるのではないでしょうか。


それを多くの人は「運」と呼んでいます。


わたしは、「運」というのは思い、
つまり「信念の具現化」なのではと思っています。

自分自身では気づかない意識の深い部分での「思い」が
顕在意識下で知覚していない「思いもかけない」結果を引き起こすとき、
それを「運」という言葉で
多くの人は理解しようとしているのではないかと思うのです。


人は口にしている言葉が必ず本心をあらわすわけではありませんが、
無意識のクセ、言葉には本心が隠れています。

相手の意識にフォーカスすると、それがわかります。


そして、無意識の領域が、
その人がみる現実のひな形とも言える「思い」の貯蔵庫です。

ですから、その方に近未来に起こることもわかるし、
今起きていることがどういう意味をもつのかがわかります。



多くの方が「運」と呼ぶそれは、
「運」ではなく「因果」にすぎないと、
わたしには思えるのです。


ある方は上司から転職を勧められたとたずねてくださいました。


ですが、彼は数ヶ月前に同僚と折り合いが悪いことがストレスで、
また、望んでいる職種や雰囲気とも違うため、
「仕事を変えたい」とおっしゃっていたのです。

わたしは、「来るべき時がきた」と思いました。



わたしは、不満を抱えたまま何かを続けることができません。

ですので、リスクがあってもそこから立ち去るか、
不満を解消するための努力をして自分の気持ちを整理するか、
どちらかを選択してきました。


今までは、職場や待遇に不満があっても、
愚痴を言いながら何年も勤め続けられる人のほうが
多かったように思います。

彼にとっても、「いずれは独立」とおっしゃってはいましたが、
あくまでも「いつかは」と、
しばらく先の未来のことと捉えていらしたようです。


ですから、この展開のはやさに戸惑われたようでした。



わたしはもともと思い立ったらすぐ行動するタイプなので、
思いが具現化するまでのスピードがはやいほうでした。


自分自身の気持ちの切り替えがうまくできないできないころには、
望んだとたんに、大手企業からスカウトの連絡がきたこともありましたし、
会社をやめようか、迷いはじめてすぐ
「クビ」を言い渡されたこともありました。


本来、思いの具現化は「すぐ」なのです。



今、「贖い(あがない)」、つまりアトーンメント(Atonement)の時代が訪れ、
すべての人に神の大いなる祝福である、具現化が加速している気がします。


そして、「自分の思いがすぐに具現化する」時代だからこそ、
わたしたちは、自分の思いに責任をもち、気をつけなければなりません。

起きてしまった現実は、もう取り消すことはできないからです。



「転職したいと思ってはいたけれど、
いざ退職をすすめられてあらためて考えたら、
収入の問題もあって、今の会社で働きつづけたかった」

とか、

「自分勝手でおもしろみのないパートナーだったので、
別れたいと思っていたけれど、
いざ、パートナーが出て行ってしまったら
孤独で、いないよりは幸せだった」

と気づいても遅いのです。


わたしたちは、自分の思いを自覚し、責任を持つ必要があるのでしょう。


わたしが見ている現実は、わたしの思いの結果であるということ。

「今ここにある現実を、不満や愚痴を口にせず、
感謝して受け入れること」は、
「思いもかけないできごと」
を招かないために役立つ考えなのです。



わたしは、神とは、空の上にいる白いひげを生やした老師ではなく、
宇宙の真理であり、道理と考えています。

それはつまり「起こるべくして起こる」という、「あたりまえ」の働きのことです。


わたしたちは今、「神の働き」である、「起こるべくして起こる」ことが、
とてもスピーディに行われる時代に入っているような気がします。


これこそが、「神の祝福」なのかもしれません。


この大いなる祝福があふれる時代、思いを正しく持ち、
すばらしい現実をたくさん体験していきたいと思っています。



今年も素晴らしい年になりますように。




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