そうかボクは まぁるいのか。

私の視線。私の愛情。私の写真。

創造する毎日をつみかさねて。

何でもない、当たり前がシアワセな日々。

今訪れた空間が、私の居るべき場所。


人に向かって日々シャッターを切る『カメラマン』である私の
日々人に対して感じる様々な想い
ふらりと訪れる岩手沿岸の
陸前高田で出会った人達への想い

札幌の幼なじみも
東京の友人も
岩手で出会った人達も

その私に向かってくる感情を 『しっかり見つめて覚えておきたい』

そして今の日本という時代の中では 『たくさんのみんなに伝えたい』

『どんな時も今が一番シアワセ』であるように
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年内の仕事が一段落して。
請求書書いたり、レシート整理したり。少々経理関係をやっている。

昨年行った、岩手関係のレシートの袋も出て来た。
計算はしてないけれど、ふと頭で大雑把にどの位使ったか考えてみる。


昨年岩手に居た日数は合わせて2ヶ月車10往復位した割に思ったより少ないもんだ。

交通費と使った現金、大雑把に100万強、120万くらいだろうか。

最初の頃に、行く為に買った安全靴やガソリンタンクなども入れて、だが。
往復に少なくとも3万、後は現金で向こうで何か購入した額と。

大体そのくらい、だろうなぁ。

この他に友人からその間に頂いた現金は50万弱
みんなには本当に感謝、の一言Mr.Happy

物資として送って下さった方も合わせると。全部で200万弱くらいなのだろう。



200万使って、自分の目で何か大きく復興に向かった物は見えない。

そりゃそうだ汗そんな規模の話じゃない、それは嘆いてるわけでは決して無いあせる

それが多いとか少ないとか、そんなのが考える事柄ではなくて。

私一人がこの震災、と云う物に関わって動いた『みんなのお金』が200万弱。

ちなみに個人として、自分の年収から120万は容易く出てくる訳では決してない。

私と同じ様に現地にたくさんの人が動いて、大なり小なり、お金が動いていたのをみて。

自分の中での心と体と生活の精一杯をやってみた、と信じて。



この『大震災』と云う物の被害の本当のデカさを正直リアルに感じている。




元々誰かが私に手伝いを頼んだわけでもない、単なるエゴの一方的発信だった。

その中で、少しでも楽な気持ちになったり、楽しい時間が有ったと思える人が居たら、正直それはやっぱり嬉しいし有り難い事だMr.Happyハート



そんな中、今思う事はこの先だ。何で協力出来るかと云う事だ。

この先、毎年120万の現金を使って行けるか、と問われたら。正直厳しい。

そしてそんな事は全くもって求められてもないがあせる

自営の自由な私は自由な分、東京に居ない間の給料が入って来る訳じゃない。

地元出身者でも報道写真家でもない私は、岩手で撮った写真で何か仕事には繋がらない。

喰う為にはここ東京でもう少し時間とお金を使わなければならない。




お手伝いする時、現金は分かりやすかった。必要な物を現地で買う事が出来たし、そのまま渡す事も出来た。

くるま4物資を仕分けたり運んだり、などのレインボー肉体労働も分かりやすかった。

カメラ写真、のお手伝いはあんまり役に立つのかは分かりづらい。

けれどお祭りなどでは一応プロだし必要だった手数にはなったろうし、勝手に差し上げた写真は、喜んでくれる人も居たとは思うし。写真くらいなら保管も処分も楽だしさ、と思う事にしてる。



新しい色んな形が提案されてはいるけれど、実は中に居る人以外には、なかなか必死に探さないと目に留まりづらく。

大きな事は個人では参加しづらいし、ワガママながらみんな自分のエゴの満足が出来ない形は続かない。

満足する形での情報の共有法って難しいね。

そういえば先日銀座で一緒に呑んだ陸前高田の女性は。歳も近いし、パソコンも使って仕事しているのに。
私よりも高田市内の情報にかなり疎かった。

この歳でもこうか~、と。色んな人の努力がもう少し形になってるかと期待してた分、現実をまた見た気分だった。

瓦礫が片付き風景が変わって行く様に。進む復興への道のりに起きて来る問題も小さく細かく日々変わっている。
元々の町の大きさや抱えていた問題、町の中心部への被害の大きさなど。様々な要因が引き起こす問題は外からはなかなか感じにくい。




間もなくあの日以来の311がやってくる。


今年の311、私はゴールデン街のお店で写真展をやっている筈だ。

写真展に高田の写真を出すのかは、今、色んな意味で考え中。



地元出身者では無い私にとって、今が一番良く分からなくなっている。

撤退して行く団体が増えるのは、期間やお金の問題だけではない様な気もする。

一番は『精神的』に『自分』というものとやっている事にバランスが取れなくなって来ているからじゃないかな。

外から内に入って行くのには、当然ながら震災後と違って結構な精神的なパワーが要る。

『震災地の人間が内から思うジレンマ。』
『外の人間から思うジレンマ。』


間を繋いでくれようとしている人は沢山居るけれど、それは当然ながらどちらかに偏った立場の人々。

グループと云うのは輪を作る事であり、同時に外への壁も作りかねない、もろ刃の剣。

上手くすると結束深く広がって。間違えると他を寄せ付けない内輪ウケになってしまう。



生きてく中で一番大変で重要なのは、やはり人間関係なんだよね、と改めて。

一個人対一個人。
その人間に惹かれるかどうか。


分かりきってる様で。まさに『実感』の今、です。

その人だから、やれる事。
その人だから、付いて行きたい事。
その人だから、信じれる事。



私に出来る事は。

何だろう。


見えない先は。暗いわけではない。

明るく見えるから。自分を信じよう。

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年末のカチンコ映画仕事、『王様とボク』の膨大なデータの整理に毎日毎日時間を費やしている。

$そうかボクは まぁるいのか。
映画はこの秋公開予定、監督は『ブタのいた教室』や『陽気なギャングが地球を回す』の前田哲監督。
主演は仮面ライダーWのフィリップ役だった菅田将暉くん。

仕事はいつも楽しい。
写真も被写体も見ていて飽きる事はほぼ無い。
カメラマン、って言うか私、つくづく人間オタクだと思うあせる
けれどさすがに朝起きてポチダウン
ジャ~ンと起動音。モニター二つに囲まれてそこから深夜まで時計パソコン前に居る。
長い書き出し中にコンビニ行って、弁当買ってチンして食べてる自分にはちと凹む。

息抜きと言っても遠く離れちゃいかんから、シャワーを浴びるとかコーヒー淹れるとか布団干すとか。
ま、事務系で働いてる人ってみんなそうなんだろうね。

シャワー浴びたり洗濯出来るだけ私はシアワセだけど。
やっぱ一日に15時間とか一人っきりでパソコンの前は人間の機能がおかしくなる。
音楽も掛けない私の部屋は、暖房の音やマンションの住人の歩く音やモビールの動く音とかがBGMあせる

だから携帯だって誰かと話すとホッとする。メールだって有りがたい。コンビニのお兄さんとの一言の会話だって嬉しい。


あと少し、あと少し手


でもきっと、これが終わったらポスターや色々が始まって。普段のカメラ撮影もぼちぼちで。
いつの間にやら、終わった筈が始まるのだろうなぁ。
いや始まらないと喰ってけないし、困るんだけどさぁとかげ


さっき外に出た時、ぼやっと呟いたら。



陸前高田の男の子が『高田においで。こっちで作業したらいいじゃない』と返信してくれた芽


なんだか、あ~そう云うの手も有ったな~!
撮影以外、今時代はある程度どこでも仕事出来るのよね手

ま、細かく言っちゃうとナナオのモニターとかペンタブとか持って行かなきゃダメなんだけど。
そういうことより、そのたわいもない一言に妙~に癒された夜でしたハート


データ終わらせて、寒中見舞い作って、友人の結婚アルバム仕上げて。
3月の写真展の準備がてら高田に行きたいな車

1年近く経った町をちゃんとこの目で見てこの肌で感じて、みんなと話してきたい。
風化とか何とか。どう言ったって個人の意識の問題だし。

実はどこかに『どんなに有名人が盛り上げても、参加する人の奥そこに有るのはその有名人で、そのイベントだけで、その理由だけでお手伝いを長続きする人は皆無だよ』と思っている。
続ける人は、そのイベントや有名人がいなくても続けるし。
意識が薄れて行く人が沢山居るのはまぎれも無い事実だし。
でも有名人の集めたお金は、たとえ寄付した人たちの気持ちは続いてなくても実際お金な訳だから。
それはそれでありがたい。

本当に悲しいけれど、仕事仲間や友人ですらも。
あんまりリアルに顔合わせた時に被災地の話を色々言うのを何だか憚られる気がしてしまう。
興味が有れば見てくれる、という超消極的な感じで、ただ文字や写真で書いてみる。友人だからといって、考え方を押し付けたくはない。


私に出来る事は何かなぁはてなマークと問うて。
出来る事はアナタの最大限以上は無いじゃない、と答える私がいる。

聞くことじゃなかったね。
自分のサイズは自分がよく知っている。
いつも通り、納得する。

みんな自分サイズでいいんだよ。



さあ。今年は新しい仕事、たくさん広げて。
稼いで旅して。稼いで旅する、のだ。
そして呑むのだ。そして当たり前に今年も繋がって行くのだ。
高田の皆様、山田町の皆様、遠野の皆様、札幌の皆様、函館の皆様、東京の皆様、出会った全国の皆様。
今年も一緒に酒呑んで遊んで下さいませ。

くだらない様で真剣に今年の抱負です。
『酒代気にしない位、楽しい仕事で稼ぐ』


がんばろ~っと。

p.s.本当に今夜は癒されました。和三サン、ありがとうMr.Happy虹


二眼レフPhotographer ニシムラ彩子
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2012年、明けましておめでとうございます門松

旧年中は皆様に本当にお世話になりました。
本当に感謝、の一言です。
どうぞ今年も宜しくお願い致します。

12月後半は余りに忙しすぎて、掃除や仕事のまとめも出来ず汗
ひたすらに自分の体力の無さに反省した半月。
今、仕事は引き続きで作業は残ってる物の、初めて昨年1年を振り返る事が出来てます。


誰にとっても怒濤の一年、衝撃の一年。
今一度、自分の生き方を考えた一年だったと思います。

私も、昨年であった数々の人達の顔を思い浮かべながら越した年キラキラです。
そして、今一度今居る自分の生き方に、敢えて疑問を投げかけた新年の始まりです。


あ、そうだ。着物を着ましたハート
これはカウントダウンで呑みに行く前に撮った一枚
$そうかボクは まぁるいのか。-2012
雑然とした作業場から失礼致しますが。。あせる本年も宜しくお願い致します。

結局、その後一枚も写真を撮らずに脱いでしまいました。何か悲しいなぁ涙

そして朝方は呑んでたお店に家の鍵を忘れ、昼過ぎまで4時間程家に入れず。
日本酒に依る吐き気と、眠気とかなりの寒気に襲われながら、歌舞伎町を放浪。
トボトボ。心も体もとっても悲しい、年明けでした。

大家サンに電話が繋がり家に入れた時の感動は、元日にして今年最高なのでは、と思えた程です。

この自分の忘れ物癖、治る事は無いにしても。
もう少し悪化を防がないとこの先が本当に思いやられます。
やっぱ脳ドックに行こうかな。

何はともあれ、2012年始まります。
今年は今まで以上に自分らしい時間を、もっと自分に厳しく生きていきたいな、という元日の目標です。
そして今以上に人に優しい自分も見つけて行きたいな、とも思います。

甘い事を言って何でも許す、笑ってばかりいるだけが優しさでは無いんだな、そんな事もボンヤリ思った朝です.

$そうかボクは まぁるいのか。-ぽっくり
めでたい紅白のぽっくり。上から見ると紅がハートの形見えるんですよスマイル
皆さんの今年の愛情溢れる一年を祈っていますハート

間抜けで衝動的な私ですが、本年も本当にどうぞ宜しくお願い致します芽

2012.1.1 二眼レフPhotographer_ニシムラ彩子
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4月に出会った陸前高田の方から電話が来た。

音楽が好きで、アマチュアバンドでベースを弾いてる方だ。

5月にその方への楽器支援を繋ぐお手伝いをしたのだが、その支援の縁が縁を呼び、繋がりが繋がりを呼び。

森山良子さんに繋がり、森山さんからも楽器支援頂いたそうだ。

そして、11月には森山さん本人が陸前高田と宮古市の田老町でLIVEをする事にも繋がった。

7ヶ月で相当数の楽器が集まり、音楽教室の再開も出来る方も居るそうだ。




彼は『元々はあの時あの一中で彩子さんが繋いでくれた事から始まった。この1年間本当にお世話になって感謝していることを直接伝えたくてスマイル』とわざわざ電話をくれたのだ。

私は特に何かスゴい事をしたわけではないので、あんまりにも熱烈にお礼を言われてちょっと恥ずかしくも有ったのだが。


『偶然』と云うものはどこか『偶然に見せかけた必然』なんだな、と。

事実、それが起きていると云う事は、『偶然と云うものでは無い』とも言えるわけだから。

『偶然』と云う物は人々に敢えて驚きとワクワクドキドキを与えてくれる、『サービス精神たっぷりハートな必然』の事なんだなぁ、と。



何だかやっぱり嬉しくなったのでした。



考えれば、縁もゆかりも無い東北に行こうと私が思わなければ。

出会ってる事は有り得ない人々。

あの時、石巻が大潮で冠水していなかったら、私は石巻に行って居たであろうから。

やっぱり出会う事の無い人々。

遠野でお世話になった方の所に、高田第一中が支援要請していなければ。

担当の方が取りに来れる位忙しくなかったら、私の車が物資が載るワゴンじゃなかったら。

私届けてきますよ、とあの日云わなかったら。

伺う事も無く出会ってない人々。




4月にベースの彼が音楽雑誌が読みたいと云っていたので、5月に陸前高田に行った時自分が撮影しているROLLING STONE日本版なんかを持って行ったのですが。

最新号は311の被災地への応援メッセージを世界中の著名なミュージシャンから直筆で頂いてたので喜んで読んでくれるかなぁ、と思いながら、どこで渡そうかと電話をして来てくれたのがその
『陸前高田市立第一中学校』

当時、ネットが繋がっている所は一中位だったのではないだろうか。

いつも私の持って行く物資を担当してくれていた一中本部の方と、そのベースの彼は知り合いで、その場で『あれ~久しぶり~』なんて話が始まり、二人とも音楽に通じる関係だったらしく、雑誌も渡して音楽話が盛り上がった。
そうかボクは まぁるいのか。-RSTONE

そんな中で出て来た楽器支援の話。

もしもそこが一中じゃなかったら、楽器支援のネット上でのお願い、なんて話は思いつきも出もしなかったはずだ。

もしもあの日、届く筈の無い生肉が遠野に届かなければ、一中には行ってない筈だ。
そうかボクは まぁるいのか。-肉 そうかボクは まぁるいのか。-に保つ

もしも二人が知り合いじゃなかったら、一中に長居もしなかった筈だ。

もしも私が4月に一中に訪れた事が無ければ、その日そこには居なかった筈だ。

そうかボクは まぁるいのか。-4いえ そうかボクは まぁるいのか。-4みち

全ては『もしも、もしも』の『偶然』なのだけど。


それは全て必然と云うヤツが、私達を喜ばせようと一工夫して偶然に見せかけてくれた。

そんな気がします。

そうかボクは まぁるいのか。-高こう


私達は出会うべくして出会ったのだろう、と。

私は行くべきして行ったのだろうと。

森山良子さんもきっと行くべき人だったのだろうと。



出会った岩手の方々、陸前高田の人々や出来事は。

私の人生で出会うべくして出会ったのだな、と。

この12月に思ったのでした。



お礼の電話をくれた彼、お礼のメールをくれた一中本部の彼。

開店祝いのお礼のメッセをくれた彼。誕生日祝いのお礼の電話をくれた彼や彼や彼女、などなど。

私こそ、皆さんに出会えて感謝しています。


どうぞこれからも宜しくお願いしますハートそうかボクは まぁるいのか。-bbq



posted by gypsycho-photo
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少し前ですが。

行きつけのBarのマスターの誕生日でした。

そうかボクは まぁるいのか。-マスター

いつも常連さんの誕生日には『お店から』といってシャンパンayaを開けてくれるマスター。

でも自分が祝われるのは苦手だから、客商売なのに毎年おおっぴらに祝わないマスター。

なので今年は常連さん達にお祝いしましょ~メールしてみました。

ケーキはいつも焼いてくれる元アルバイトの『アーダコーダ』さん作キラキラ

甘いもの苦手なマスターにはキッシュのホールを焼いて来てくれましたケーキ

そうかボクは まぁるいのか。-けーき
野球好きなマスターに見つけた、こんなロウソクボールかわいいでしょハート

でもクリームじゃないから立たなくって。こんな感じあせる

たくさんの人が集まって、みんなからシャンパンが開けられて。

ノンビリした笑い声が響く夜でした。

そうかボクは まぁるいのか。-テーブル

人が集まって笑ってるあったかさハートって。

やっぱいいもんだね芽

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