行政書士 みんみんのblog  

  人生は山あり谷あり。冒険の旅。
  みんみんから あなたへ贈るブログ ”Life is simple, full of pleasure"


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№095


「合 意 書」

   №077 『人前で話すということ』の続き


077 の続きを書きます。

私の人生を劇的に変化させた体験 というテーマで

欠陥建築紛争の体験談を書いています。

記事を最初からをお読みになりたい方は、

ブログの左の欄にある

BLOG THEME  

「人生を劇的に変化させた体験」 を

クリックしてください。

このテーマだけの過去記事を読むことができます。



さて、

当時は、大変だ大変だと感じていたこの紛争体験

こうやってブログに書いて

過去を振り返ってみると

大変な体験ではありましたけれど、

たくさんのことを体験を通して学んでいたんだなと気付かされました。


孤独に突き落とされた体験

人を説得することの難しさ

組織を運営していくことの大変さ

自分の知識のなさ、社会経験のなさ という負い目からくる

自信のなさを自分で乗り越える苦しさ

交 渉 術

緻密な資料の編集や公的文書を作成する苦労

お金の苦労 (予算がつかない中で活動する苦労)

もろもろを

何とか乗り越えました。


そしてようやく 

たどり着いたのが

相手方(施工業者 と 設計事務所) との


合 意 書


欠陥箇所の修復工事 と

解決金の支払 


弁護士と何度も打ち合わせをして

文章の練り直しを要求しました。

そして、

いよいよ調印の日


それは市役所で行われました。


私が委員長として署名をし

相手方が署名をし

立会人として

市 長 (当時の市長) が署名してくれました。


あの席に一体何人が座っていたでしょうか。


こちらのメンバー数人と代理人の弁護士

相手方と 相手方代理人の弁護士

市民部長と課長、課長補佐

市  長

広い部屋の 大きな机を前にして

何だか、ずらずらとたくさん並んでいたように覚えています。


私の依頼した弁護士は

隣の市の元市長。

弁護士から市長へ、市長から再び弁護士へ

という経歴の方でした。

なので、

当方の弁護士と 立会い人となった我が市の市長とは

かつての市長同士という面識があり

「こんな所で顔をあわせようとはね」 と

軽口も飛び、

合意が成立したことを喜びあってくれました。


余談ですが、

この体験を機に、私が行政書士になったとき

支部の総会に市長が来賓として出席。

今度は行政書士会の支部役員として

私の顔が並んでいるので

とてもびっくりされました。

おや、今度はこっちで頑張ってるんだね、と。

その市長も今は鬼籍の人 です。

思い出すと、無礼にも市長に文句を言ったり

いろいろしました。

涙が出るほど、あの時は本当にお世話になりました。

未熟者でした。



そして

合意が成立し、解決金も受け取り

それを自治会の総会に報告し、承認を受け


いよいよ 補修工事が始まりました。


相当箇所の手直し工事だったので

工期は 約 3 ヶ 月。


一番大掛かりな工事は、

屋根を全部とりはらってのタルキの全面付け替え工事

でした。

私は、その3ヶ月間

屋根を取り払った屋根裏部分に

今度は 足場から飛び移り

工事の進捗状況を監視するというお転婆をやりました。


ヘルメットの予備はないから、と現場の人に

軽くいじわるされ

ヘルメットなしで、足場板をよじのぼり、

足場板から、腹筋をきかせて屋根裏に飛び移り

朝から夕方まで 鉄骨に腰をおろし

溶接現場、補修工事 を見ていました。

それを見ていた誰かがヘルメットをプレゼントしてくれ

お陰で、その後は マイヘルメット持参で

3ヶ月間、通い続けました。

日焼けしました。 しみができました。



そうして

補修工事が終わり、


臨時総会を開催して 報告会を開き

役員の解散が決定されました。

私が役員に就任し

方針決定説明会を開催してから

ずいぶんな時間が経過しました。

こんな日はこないかも、と思っていたその日を迎えることが

できたのです。

解散後の慰労会では

弁護士や建築士ら専門家の人たちが、

「松本さんが、松本さんたちが

 あんまり熱心だったから 僕たちも動いたんですよ」

と言ってくださいました。


今自分が仕事をする身になって

安い金額で 専門的な協力を惜しみなくくださった

方々の偉大さがとてもよくわかります。

当時の主婦感覚では100万200万といえば大金でしたが

それを何人もで分ければ 1人1人は数十万です。

そんな安価な金額で 貴重な時間を割き

労力を割き

長期間にわたり よく協力してくださったものだと

またまた思い出すと涙が出てきます。



こうして

私の紛争体験は幕を閉じました。


紛争のさなかに

弁護士の方から

「仕事したら」 と声をかけていただいて

それがきっかけで 社会に出ようと思ったのが

行政書士になったいきさつです。


紛争中に国家試験を受け

合格し、

紛争後に日本行政書士連合会に登録し

埼玉県会に所属し、支部会員になり

研修を受け、

助走期間を経て

翌春 開業しました。



平凡な主婦が

人生の航路を大きく変えた体験となりました。



長い文書におつきあいくださいまして

どうもありがとうございました。


これでこのテーマはおしまいとします。



そうそう

欠陥建築紛争で解決した事例は珍しいからと

またまたTBSが 放映してくれました。

地元ケーブルテレビも放映してくれました。

役員みんなで喜んで取材に応じました。

まるでドラマのエンディングのようでした。



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№077


「人前で 話 す ということ」

      №070 『テレビ放映の威力』の続き



№070の続きを書きます。


マスコミの持つ力の大きさを

まざまざと体験した後

私につきつけられた次なる試練は


人前で話す、喋る ということでした。



次のような場面が試練としてやってきました。


1)100人以上の大勢の人の前で話す(臨時総会、説明会)


2) 30人前後の少人数の前で話す (班長会議)

            ※班長とは自治会内の各班の代表


3) 20人前後のよく知った役員仲間の前で話す

 (役員会議)


4) 専門家の前で話す (弁護士・建築士らとの会議)


5) 交渉相手の前で話す 

     (紛争の相手方、その代理人、

行政の立会人を前にして交渉)



当時、専業主婦だった私にとって

話す、といったら

井戸端会議か友人や実家の母との長電話ぐらい。

公の場で自分の言葉に責任をもって話す などということは

全くの初めてで

当然、一度も社会的訓練など受けてはいませんでした。



人前で話す、喋るというのは

目的があってのこと。

承認してもらいたい報告事項や

導き出したい票決の結果、

望んでいる交渉結果を

胸に秘めてマイクを握るのです。


はじめの頃は

膝が震え、手の振るえが止まりませんでした。


でも、

結果を言うと

伝えたい思い、話したい内容がはっきりあるとき

喋り方の上手、下手は関係ないことがわかりました。


前の日に

三面鏡の前で、暗記するまで原稿を読み

笑顔を練習をし

それでも

予測のつかない他人の反応に怯えて

当日は膝ガクガクで・・・


でもでも、大丈夫なのです。


頭のてっぺんに

ちゃあんと神様があぐらをかいて座っていて

話す言葉を

おろしてくれるのです。


そして、

一番言いたいことを、言葉で言わないこと

それが大事です。


目力というか、

姿勢というか

声の調子というか、

とにかく

からだ全体で思いを喋ること が大事です。



基本は

話したい内容や思いを強く持っていること

聞く人にとって大事な話であること


それがありさえすれば

堂々と喋ればいいのです。


ということを

たくさんの冷や汗、あぶら汗を流して 知りました。












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№070


「テ レ ビ 放 映 の 威 力」

№065 「今すべきことに全力を尽くすこと」の続き



欠陥建築紛争の続きを書きます。


ある日、テレビ局からの取材申込が入りました。

そして それを機に

状況が一変


突然、

流れが変わりました。


遅々として進まずにいた事柄が

一気に急展開を始めたのです。


ディレクター率いる取材クルーの車がやってきて

マイクを持った有名タレントが現場を紹介


しかも

欠陥建築では高名なM大の先生(建築士)も

同行していて


正式な鑑定ではありませんが

建物を診てくれたのです。


取材の後で

どのような編集がされるのか不安な日々を過ごしましたが

放映されてみると

なんと なんと

テレビ放映の威力は絶大でした。


現場の状況は

一目瞭然。

唖然とする手抜き工事の数々が

まざまざと映し出されていました。


スタジオでは

誰もがその顔を知る有名な司会者が

コメントを述べてくれましたし、

デスクに並んだコメンテイターたちも

次々に発言してくれていました。


一部の役員が騒いでいるだけといった

自治会内部の声は 消えました。




↓ マイクを向けられて鉄骨の説明をしている私






↓テレビ放映を機に再度説明会をしている所

    中央が私  必死で喋ってます 


↑ 住民運動の女戦士のようでした。

   市役所の部長が、あの時の君はとても怖かったと

   後で教えてくれました。



公民館や小学校の体育館などで説明会を開催し、

現場を公開し

臨時総会を何度も開催し

ようやく

自治会内 650世帯の意見をとりまとめ


業者との交渉の土俵にあがりました。


お金がない中で

苦労に苦労して 専門家の協力を取り付け

建築士、設備士、弁護士等々 を背後につけた

女性20人の委員会が結成されました。


それまでは男性中心だったのを

私が委員長に就任したとき

女性ばかりの委員会となりました。


主婦だからといって馬鹿にされまいと


主婦だからこそ 純粋に 駆け引きなしに交渉し 事を解決したいと


皆が手をあげて協力してくれたのです。

役員に手を挙げてなるというのは

PTAの役員決めのときでも揉めるほど

いやなものです。

それを協力してくれる人が大勢出てくれたことに

私は 感激しました。



行政もまじえての じりじりとした交渉が何度も

繰り返され


まだまだ苦労は続きましたが、

テレビ放映の威力に後押しされて

解決の日まで がんばり通すことができました。


奇跡がおきた 

そのとき 思いました。


とても青かったんですね、当時の私。

夢中でした。



↓ テレビに写った自分はよその人みたいに思えました。

   必死で喋ってます。



長くなりました。

自慢話ではないのです。苦労話なんです。

あきらめないこと・・・・

その体験談を書いているつもりなのです。

どうか私の気持ちが伝わりますように。


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№065


「今すべきことに全力を尽くすこと」

        №061 「孤独は・・・」の続き




平成9年

建設問題対策委員会の広報の役を受けた私は


 建設用語や

 建築基準法

 民 法

 図面の見方


などを わかりやすく述べるよう勉強しろと言われ、


また

 仕様変更などがいつ行われたか

 承認はあったか

 

過去の議事録を全て調査するよう

職務を与えられました。



男性役員は仕事を持ちながらの兼務です。

休日や夜の時間を役員活動に充ててくれており

その時間は専ら協議に使われていました。

当時

仕事を持たない主婦だった私は

時間の余裕があるだろうと思われて

少し勉強して

資料を用意して欲しい という依頼だったのです。


グループでやるよりも

ひとりが集中的に担当し

出来上がった叩き台に皆で手を入れる

ということになりました。


3ヶ月間

来る日も来る日も

資料の山と格闘しました。



役員の動きが見えない

何をしている

という非難の声も届きましたが

ともかくも

朝ごはんが済んで

子供や夫を送り出したらすぐ資料に向い、

夕方まで

必死でワープロを叩いていました。

専門家に教えを乞いに行ったり

補助金の仕組みを知るため

役所へ閲覧に行ったり

飛び跳ねるようにさまざまな所へも調査に行きました。



この時期

外から見ると

役員は、不毛な協議を繰り返すばかりで

何も進展しない

と思われていたようです。

ですが、

こういった地道な作業を続けていたのです。


戦闘開始前の静けさ


の中で自分との戦いをしていました。


役員会の中で自分の仕事を誠実にこなそうと

思っていました。



結局、

その後、

いろいろな紆余曲折があり

数年の間に

対策委員会の委員長は3度

交替になりました。


3期目に

私は委員長の役を受けることになりましたが


委員長に就任して非常に役にたったのは

必死で資料作成をした時に覚えた数々でした。


資料作成や

勉強は

辛い作業ではありましたが


結果的に


目の前の仕事に全力を尽くす ことは


大いに意味があったのです。


その時には

ここまで調べる必要があるのかと

思いましたが

それが大変役にたったのです。


  

お転婆でした

  屋根裏に登るのは

    お手のものになりました。

      鉄骨の上で県職員の方

        

                          

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№061


「孤独 は 自分の傲慢さに気付く はかり」

     №060 「孤独」 の続き



続きを書きます。


欠陥建築の問題が発覚してから

「建設問題対策委員会」という役員会が設置され

私は 広 報 の役目を仰せつかりました。



広報を出すには

正確な言葉を使わなければならず

ために建設用語を必死で勉強する羽目になりました。


例えば、基礎工事。

建物の基礎として

一面にコンクリートを流し込む工法をベタ基礎

土を残し

柱脚を立てる箇所にコンクリートを流し込む工法を布基礎

といいます。



問題の建物は、布基礎で11本の鉄骨柱を立てる工法を

採用していました。



その基礎鉄骨柱脚部に、 瑕 疵 (かし)  がみられました。

瑕疵とは、法律用語で不具合・問題 があることを表します。





「建物に大変な問題が起こってます」

 私が伝えたい事実を説明しようとすると、


 専門的な言葉が並ぶこととなりました。



事実の説明のためには、

 

 捨てコン、コンクリート、ベースプレート、

 アンカーボルト、スタットボルト、鉄骨柱

 防錆塗装


なぜ問題なのかを説明するためには


 構造計算、  建物強度


聞いている人にとっては

専門用語のオンパレードで

うんざりする説明 だったのでしょう。


それでも

当事者がおよそ650世帯も関わっている以上

何とか知ってほしくて

危機意識を持ってほしくて

執拗に説明しました。

本当に一生懸命でした。


一生懸命というのはいいことです。

でも、一生懸命なことが正しいと思ってやれば

それは

傲慢さ に つながっていくことを

当時の私は知りませんでした。



ある日、


わかる?  わかる? っていうのが口癖になっているよ。

 自分で気付いてる?

 傲慢な感じに聞こえるから、その口癖、変えた方がいい」



という指摘を受けました。


今でも感謝していますが、

そのとき目が覚めました。



一生懸命やっているつもりが

いつのまにか

話を押し付けるような

傲慢な態度になっていたのです。


自分自身の傲慢さに気付き

本当に ショックでした。



人は

自らの意志で

「あなたの話を聞きたい」 「あなたを理解したい」

とならなければ

聞く耳を持てないのです。

動かないのです。


一生懸命の押し売りは

自分勝手な傲慢さ でした。



思いに温度差があれば 尚更

ゆっくりと ときが熟成するのを待つ必要も

あったのです。


伝えたい思いを全部伝えるのではなく

一番伝えたいことに絞って

心で訴えることが大事なのです。

聞く側の者の立場に立って話をすることが

とても大事だったのです。



理屈なんかで

人は 人を 理解したりはしない




そんなことを孤独の中で知りました。

自分の傲慢さに気付いた辛い時期でもありました。



今でも

自分が一生懸命なあまり、

自分の傲慢さに気付かないことがあります。

気をつけようと思います。



不思議なことに

その後

なぜだか

人が私の話に耳を傾けてくれるようになりました。















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№060


「孤 独」

        №058「やっぱり登ってきましたね」 の続き



その当時の私は

底知れぬ孤独感の中にいました。


孤島にいるわけではないのに

自分の周囲に人はたくさんいるのに

 言葉が通じない

 思いが伝わらない

 理解されない




まるで

ガラスの壁が私の周囲を覆っているかのよう。



私の話す言葉は何ひとつ人の耳には届かず

口をパクパク開けて叫ぶだけの

金魚鉢の中の酸素不足の金魚のようでした。



淋しかったです。

本当に。

とても。



建築の問題を

理解してほしかったのですが、

現実には 私は孤立していきました。



なぜ、そうなったか?


1.私が理屈で人に訴えようとしたから です。


2.しかも、焦点を絞らなかったからです。


3.それに、言葉というツールに頼りすぎ、

  過信していました。


4.何より、一番の原因は

  人間という複雑な生き物を


  そのように複雑な生き物である、  と


  わかっていなかった、ということです。




人間の反応は

コンピューターに演算を入れて

答えを出すようなわけにはいかない。


そんな当たり前のことが

わかるようになるまで


辛い孤独な時間が流れました。









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№058


「やっぱり登ってきましたね」


天井に設けられている小さな点検口


壁にかけたハシゴを上っていって

その狭い四角の穴から顔と手を出し


点検口のまわりの脆弱な天井壁を壊さぬよう

断熱材の敷かれた屋根裏の中の

一番近くの鉄骨に手をかけ


私は

えいっとばかりに自分の上半身を引き上げました。


体を宙に持ち上げ

急いで近くの鉄骨に足をかけ

自分の全体重を引き上げる。

そうやって、屋根裏に入っていくと、


先に入って

暗闇の中で

細い光線を出して揺れる懐中電灯の灯と共に立っていたB先生が

「きっと登ってくると思ってましたよ」

そう にんまり笑っておっしゃいました。


昨日のことのように思い出します。


そして

その後、そこで見たものは

想像を絶する屋根裏鉄骨の手抜き工事でした。




鉄骨造の二階建てという建物なのに

鉄骨柱の全てのボルト穴はぽっかり開いたまま。


ボルトはどこにも見当たらず

(ボルトの穴がずれていてボルト締めができない状態でした)


屋根の傾斜を形成している鉄骨タルキは点溶接で留めてあるだけ。

タルキ受梁がすでに重みでたわんでいました。


寄せ棟造りの屋根でしたが、

すじかいの入っていない隅もありました。


後日、高名な専門家の先生が調査に見え、

この惨状に驚き、

まさかとは思いながら、 「おい、ハンマー持ってこい」と

スタッフに命じ

木槌で鉄骨柱を叩いたところ

40センチ角の鉄骨柱が

ずずっ、ずずっと動き


叩いた先生自身が、ぎょっとなった程のひどさでした。

調査を見守っていた私たち役員は、当然、腰を抜かしました。



発端は

建物の階段が、不自然に一段多いという

ただそれだけでした。


2階から階段をおりていくと、1階の廊下に出ますが

手すりが終わった位置から、さらにもう一段だけ階段がありました。

しかも その一段が1階の廊下に飛び出す格好でした。

危ないんじゃない? これ? 年寄りなら転ぶよ?

誰かが気付いたことで、設計図と現状を見比べることとなり、


そこで初めて、

図面と実際の建物が食い違っていることが判明したのです。

違いはそこだけではありませんでした。


契約のときの契約図面と

建物が仕上がった後の竣工図面とが

甚だしく異なっていました。


階段だけではなかったのです。


契約後に、

了承もなく 設計変更 仕様変更が行われていました。

鉄骨柱の太さも当初の設計より細くなっていました。

細かなことまで言えば、トイレに設置された鏡の大きさまで

仕様変更により、サイズが一回り小さくなっていました。



鉄骨柱が細くなっていることを最も心配した私たち役員は

構造計算をする建築積算事務所のB先生を頼りに

相談をかけました。


設計図や工事中の写真を見たB先生は

すぐさま

基礎工事に多々問題点をみつけました。

そして基礎工事に問題がある以上

次に大事な屋根工事も心配だと指摘してくれたのです。


そして

冒頭の場面。


男性役員に続いて

点検口から ひょっこり顔を出し

大股を広げて

よいしょっ と

狭い穴をよじ登ってきた私を見て

B先生は びっくりなさったのです。



きっと登ってくるぞ、とは思ってらしたそうですが・・・。





とんでもなく重い現実を

見てしまった責任を

この日からしょってしまいました。


長くなってしまい、ごめんなさい、です。

長い話なのです。

続きは、また今度。






(解決した紛争事案なので、このように書くことには問題が

 あると思いますが、自分自身を振り返ってみようと思って

 書いています。

 一定期間を置いたらこのブログは削除するか、又は文章

 を変えます







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№057


この地球上の人口は 約65億人。


どんな人にも

それぞれの人生の旅路としての冒険があるのだと思います。


ここにひとつの冒険譚を記した壮大な叙事詩があります


トロイ戦争の後、自国の島へ帰る途中


 ひとつめ巨人の島へ流されたり

 魔女の島で豚にされそうになったり

 セイレーンの歌声で船の針路を惑わされそうになったり

数々の冒険をした英雄の物語。


その名はオデュッセウス

イタケー島の王でした。


オデュッセウスは、さまざまな冒険の果てに

ようやく島に帰還しますが


そのとき

乞食の姿で島に現れます。


妻にも

臣下の者にも気付かれず

(乳母にだけは気付かれました)

乞食の姿に身をやつして

その者たちの徳を試しました。

 

人生の冒険においても

本当の姿を隠した何者かに

強烈に試されることがあります。


神話や物語の世界は

人間世界をとても比喩的、象徴的に表しています。


わたしの冒険は


やっぱり登ってきましたね。

 貴女は、きっと登ってくるだろうと思ってました


建築積算事務所の先生の顔が

暗闇の中でにんまりと笑っていました。

そして

そう声をかけられたときから

私の冒険物語は始まったのです。

時間があれば、また書こうと思います。




どうぞ、あなたの冒険物語も聞かせてください。



さて、今日も仕事 がんばるぞっ!!








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