【岐阜】土岐市土岐津町土岐口の土岐川左岸に面した山中で、桃山時代に生まれた美濃焼の「志野」に使われた釉薬(ゆうやく)で、純度の高い「カリ長石」の鉱山が見つかった。明治初期ごろまで採掘が行われていたとみられる。陶芸家で、県陶磁資料館の専門委員を務める高木典利さん(61)=多治見市市之倉町=が発見したもので、9日、山を所有する土岐口財産区の職員らが立ち会って現地確認が行われた。美濃焼のルーツを証明する貴重な発見になりそうだ。【小林哲夫】

 高木さんは、明治時代に調査された「日本近世窯業史」に「高田窯(現・多治見市高田町)で、陶器に久尻村深沢(現・土岐川)の釉石(くすりいし)=長石=を使った」という趣旨の記述があることから独自に調査を開始。当時の鉱山地図や資料がないため土岐川周辺をくまなく歩き、川に面した山中にガラスのような光沢のある長石群と採掘場跡を発見した。

 鉱山の入り口は3カ所あり、うち2カ所は高さ約70センチ、他の1カ所は約40センチだったが、内部は高さ約3メートル、幅・奥行き各約20メートルの空間が2カ所あり、通路で結ばれていた。入り口は崩落や洪水による土砂の堆積(たいせき)で狭くなったらしい。東端入り口のコンクリートの柱は明治初期に建てられたとみられることから、少なくともこのころまでは採掘されていたとみられる。

 採取した鉱石を土岐市埋蔵文化センターなどで分析した結果、他地区の長石の2~3倍に当たる12%前後の酸化カリウム(K2O)を含む純度の高いカリ長石と分かった。カリ長石を釉薬にすると陶器の表面に光沢が生まれるという。

 桃山の元屋敷窯(土岐市)、中窯(可児市)、大平窯(同)で作られた志野も同じ成分のカリ長石を使用していたとみられる。カリ長石は産出鉱山が少なく、今回見つかった鉱山産出のカリ長石が使われていた可能性が高いという。

 現地は土岐市の土岐口財産区の一画。挟み込むようにダムや水路があったため、長い間近寄ることもできなかったという。また激流と断崖が続く危険な場所にあるため現在も立ち入り禁止区域。高木さんは「カリ長石はかつてはあっただろうが、今はないと語られてきた。ここに大量のカリ長石があることが分かり、何らかの形で保存・管理してほしい。このカリ長石を使って志野を作ることができれば」と期待を込めて話している。

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 ■ことば=志野焼

 人間国宝の荒川豊蔵(1894~1985)が1930年、可児市大萱牟田洞の古窯跡で志野焼の陶片を発掘、安土桃山時代に創作された志野焼が愛知県瀬戸市ではなく、美濃で制作されたことを証明した。志野は長石を砕いて精製した白釉を厚くかけて焼き、ぽっこりとした風合いの陶器。赤志野、鼠志野などの種類がある。

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