哂う闇 ☆☆

テーマ:







乃南アサの本はぐた母が嵌まっているそうで、読み終わると送ってくる。

「本なんか送って来ないでいいわよ」のあたくし。

「だってねえ、捨てるのは勿体無いし、古本屋さんに持って行ったら、びっくりするくらい買い叩かれちゃうのよ」のぐた母。
それよりも送料の方が高くつくと思うんですけど?(笑)

どうも損得勘定が苦手なぐた母。(どんぶり母娘^^;)


「乃南アサって好きじゃないわ」のあたくし。

「あらそうなの?どうして?」のぐた母。

「なんとなく、名前の字面が」
「相変わらず、我儘ねえ。(笑)」

はいはい、あなたの娘ですから~。

てんで、名前だけで判断されちゃう作家も辛いけど。。。(すみません^^;)


乃南アサというと、ホラーとかサスペンスの人というイメージで読み始めたんだけど、よくよく表紙を見れば、<女刑事 音道貴子>とある。
へええ、こんな刑事物も書くのかあ。

で、思わず頭に浮かんだのは、「火曜サスペンス」もの。(効果音付き♪)

何冊かある乃南作品の中から適当に読み始めちゃったんだけど、これまたよくよく見ると「シリーズ第三弾」とある。(汗)
とにかく、読み始めちゃったので仕方ない。。。
一応シリーズ物なので初めから読まないとよく分からない部分もあるけど、あたくしとしては、まったく好みじゃない小説でした。

まず、主人公の音道貴子(これも字面が悪いよなあ)に好感が持てない。
何故かというと、人柄がとても悪いから。

<巧みな人物造形と心理描写が高く評価されて>いるらしいんだけど、なんだかなあ。


心理描写というのが、なんだか個人のブログと変わりないような、自分の好悪だけで判断された感情の垂れ流し。(あら、あたくしのブログのこと?^^;)

刑事ものである建前上、正義とか義務とか責任とかをふりかざしている反面、全篇を通じて、主人公の心の動きは非常に唯我独尊で底意地が悪い。
これはたぶん、本人(著者)が気づいていないんだと思う。

何故かというと、そういう、女性特有の底意地の悪さみたいなものを、女性の権利や正義と勘違いして、嬉々として書いているから。


悪者を痛快にやっつける女刑事というよりは、自分が虫の好かない奴を懲らしめてひっそりと快感を得るような陰険さが厭らしい。犯罪を憎んで人を憎まず、なんてこともまったく無さそうだし。人物設定も、好悪のみで書いているからステレオタイプで深みやぬくもりが無い感じ。


刑事ものと人情ものと、いまどきの中年女性の心理とが上手くミックス出来ていない。

欲張りすぎたのかな。題材がわるかったのかな。

好評だからこそ、シリーズものなんだろうけど、まだまだ手もとにある数冊。

読みたくないなあ、今は。

あ、あたくしが黄色い本屋さんに持ってくか!?(笑)




乃南 アサ
嗤う闇―女刑事音道貴子 (新潮文庫)


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綿の国星 ☆☆☆☆☆

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チビ猫


伝説のおとぎ話、綿の国星♪♪♪

コミック界の夏目漱石!我輩は猫であるに匹敵する名作。

猫も杓子も、猫好きなら特に、
これだけは読まなきゃいけません!

(字を大にして言いたいっ!)

おはなしは、須和野家に拾われた、須和野チビ猫と須和野家のおとうさん、おかあさん、一人息子の時夫と、ご近所に住む猫たちとの交流ものがたり。
もう、このほのぼのさと、絵の可愛らしさと、ちょっと考えさせられてしまう哲学的な暗示と、人生の哀しみと、ひねりの効いたユーモアと涙と。。。(ため息)言葉になりません。


登場する猫たちは、すべて擬人化されていて、あの有名なミュージカル「キャッツ」を彷彿とさせるいでたちなのですが、決してキャッツのパクリではありませんよ。

なんてったって、綿の国星の方が古いんですから!

あたくしは、初めてキャッツを見たときに、これは綿の国星のパクリだ!と実感しました。(笑)


とにかく、チビ猫の愛らしさは当然のことながら、脇役の人間味豊かな(笑)猫キャラ設定も秀逸。

大島弓子の想像力の豊かさとアイデアは本当に素晴らしい♪


動物虐待だのなんだので、暗い話題が多い昨今。

この本には、作者の猫に対する愛情が溢れています。


例えば、野良猫ヨーデルのこんなセリフ。。。

<おれはあいつが子供うんだらよ。

飼い猫のあいつから子供をほうぼうにはなされちまう前に、おれが全部ひきつれて、うんとじょうぶな猫になるまで育ててやるんだ。

おれはのらだから何匹つれていても気がねはいらねえしよ。

うんとじょうぶな猫にして、ふるさとはここだ、この原っぱだとおしえてやるんだ。>


それから、まだ少年の鈴木ブチ猫君のセリフ。。。

<あんた、親猫とくらしたことないだろ。

親猫と一緒にくらしたのなら、食べてよいものと悪いものの区別と、草の下剤効果を教えてもらっているじゃん。>



猫の心音を聞き

人間の心音を思うと

その早さの分だけ

あたしは悲しかった



なぜだか

とても悲しかった




もう、言葉もありません。。。





綿の国星

大島 弓子
綿の国星 (第1巻)

全7巻

いつの間にやら、7巻もあるんですね!

私が持っているのは5巻までで、何十年もこれだけだと思っていました。(古)

買いに行かなくちゃ!(汗)



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dial

私自身が「分かりにくい文章」を趣味としているゆえ、たいへん耳の痛い本であります。

(こういう場合は、読むのだから、目の痛い本というべきか)

上の文章は、この本を読んだので、これでも気をつけて書いたつもり。


通常の私の文章だとこうなる。

あいたたたた!

目の痛い本だよ、まったく。


とんでもない文章をかくもんだ(冷汗)


「分かりやすさ」とは、簡単・簡素ならいいというものでもないが、分かりやすさを強調すると、どうしても説明が必要になり、まわりくどくなったり、文章が長引いたりして、文章自体のリズム感がなくなる。


しかし、文章や言葉という伝達方法は相手に「伝わってなんぼ」の世界。

いくら内容が素晴らしくても、読み手に理解、いや理解以前に読んで貰わないことには話しにならない。


「分かりやすい文章」の技術とあるように、この本にあるのはあくまでも技術(ヒント)である。

この本は、「分かりやすい文章」かもしれないが、「読みやすい文章」ではないと思う。


繰り返すが、私が考える、分かりやすい、読みやすい、理解しやすい文章とは、簡単・簡素という意味ではない。

「分かりやすい文章」とは、内容がどのようなものであれ、難易に拘わらず、すっと頭の中に入ってくる文章。つまり読みやすい文章である。

最近こういう「国語に関する」本がばかすか売れるのは、やはりネット社会の定着と共に、人類史上初の文字文化到来が原因ではないかと。

「最近の子供は本を読まない」と嘆く大人たち。

でも、最近の大人も子供も、ネットの中で自然に読み書きの訓練をしていますよ。それが、正しい日本語ではないかもしれないけれど。。。


昔は、文章を書くことは一大事だった。

紙とペン(筆)を用意して、頭の中である程度の文章をまとめて、推敲しながら書く。間違えたりすれば、すべて書き直しとなり、後からの訂正も面倒なことになるので、充分考え抜いた文章となる。したがって、文筆業というのは、誰でも気軽にできる商売ではなかった。才能と気力と体力は必要不可欠。


こうやって、洗練された文章を書く訓練が出来たのだと思う。


今はどうか。

人にもよるだろうけれど、私などは打ちながら気ままに書いてゆく。

頭の中が空っぽなのに、キーボードに向かっていると自然に文章がころがりでてくるのだ。これって自動手記!?((((;゚Д゚)))ガクガクガクブルブルブル

まさか、紙とペンで下書きをしてから、キーボードに向かい清書する人は滅多にいないだろう。


しかし、この方法も逆の意味で文章の訓練になる。

書いたり消したり訂正したり挿入したり、なんでもありの自由自在。

こうなると、一文字を入れる入れないことまで含め、可能性が天文学的な数字にまで拡がる。まあ、文章の訓練というよりは、編集の訓練ともいうのかな。


また、本書からズレまくってしまったけれど、どんな文章にでも個性があり、それはそれでよしとしよう^^;。うんうん。(自己弁護)


はい、今回は穴があったら入りたくなる本の紹介でした。

私も「分かりにくい文章の技術」を書こうかなぁ。

☆☆☆☆

著者: 藤沢 晃治
タイトル: 「分かりやすい文章」の技術 b-green
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clock これもぐた夫の婿入り道具 の一冊。

こんな本しか読まなかったのかよぉ(泣)。

これは世界中の予言の歴史や予言内容などを一同に集め、紹介した本である。

予言者はノストラダムスなどの有名人をはじめ、科学者や評論家までさまざまで、詳しいプロフィールや的中度も載っている。

この本は1981年度出版だが、的中した予言や占いが結構あるのには驚く。 現在読めば予言が当たるかどうかの心配よりも、過去の予言が当たっていたか外れていたか、現時点で確かめられることの醍醐味の方が大きい。

そして、当たった予言よりも、

はずれた予言のはずれ方のほうが10倍面白い(笑)。

では、興味深い予言を紹介しよう。

「現在、”馬なし馬車”は金持ちの贅沢品となっている。将来その値段は下がるだろうが、自車ほど普及することはないだろう」  

1889年 ザ・リテラリー・ダイジェスト)

「2001年 

地球は宇宙連盟に加入を認められる。人類は異星人の助けを借りて新しい技術や精神力を発展させ黄金時代を迎える」  

(アラン・ヴォーン当代随一の正確な予言者)らしかった。。。

今から4半世紀前に、

ソ連崩壊を堂々と予測できなかった軍事評論家。

1999年に必ず地球は滅亡すると占っちゃった占星術者。

あのう。。。今でもご健在なんでしょうね、やっぱり。(笑)

コンピューター、DNA、宇宙科学や文明に関しての予言は、預言者や超能力者の予言よりも、科学者や評論家の予想の方が的中している気がする。  しかし占いと予想のボーダーラインが曖昧な部分もあるし、結局、予言はあくまでも予言に過ぎないというパラドックスに陥ってしまう。

つまり、「予言」は単なるお遊びとして楽しむものなのだ。

だって、的中したと判ったときにはもう遅いんだもの(笑)。

ぐた夫は、昔この本を読んで、さぞかし不安になったことだろう。

しか~し、現在はこんなにイイ嫁さんを貰うことができて、はなはだ幸せもんである。 ←ぐたさんてば、また日本語が変?

残念ながら、この本も絶版のようである。内容が多少違うかもしれないが、予言大全と改題して再出版されたらしい。

詳細は下記参照
著者: 大出 健, デビッド・ワルチンスキー
タイトル: ワルチン版 予言大全―未来人類を救う最後のバイブル b-blue
ま!ぐたさんってば節操がない!

あはは~、バレました?
そうなの、こてこてのハードボイルドの次は、シルクロードなのだよ。

実は、私って歴史好きが昂じて、結構中国とかアジアとかの歴史が大好きで、世界中で一番行ってみたい場所は、敦煌の莫高窟だったりするわけですよ、これでも ^^;。

前置きが長くなりました。

晋の武帝、司馬炎は後宮に2万人もの美女を囲っていたそうなんです。

(中国人ってこういう度外れたことをしたりするから、それが元でまた戦争になっちゃったりするんだけど、凝りないんですわ、これが)

で、2万人もいると、今晩は誰の所に泊まろうかと迷うんですね。

武帝は毎晩、羊に乗って出かけるので、その羊が止まった所に泊まろうかと、あみだくじより簡単な方法を思いついたんだそうな。

女の方も、2万人もいれば中には賢いのもいて、

羊の好きな塩を自分の部屋の前に撒いておく

羊が来る

もれなく武帝も附いて来る。


ってんで、
客寄せ(人寄せ)の為に玄関に塩を盛る習慣ができたんだそうです。

ううう、ええ話や(泣)。。。

*ちなみに参考文献は朝日新聞社「私のシルクロード」
昭和52年11月20日 第1刷発行
松本清張 平山郁夫 陳舜臣 並河萬里 色川大吉 他

これはもう絶版だし古書の部類ですね。
歴史も大きく変わったので、今読むと感無量です。
古代の遺物は変わらないはずなのに、時間が価値を変えていく。
いや、時間の価値を変えていくのは人間か。
b-red