早川忠孝の一念発起・日々新たなり  通称「早川学校」

弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。


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新党の起ち上げは9月中旬頃、と読んでおいた方がいいだろう。

新党設立メンバーが揃っていない段階であれこれ言っても大して役に立たないのだが、9月22日解散、10月22日衆議院選挙の可能性が少しづつ高まってきているようだから、どういう事態でも対応できるようにするのが新党の設立を目論む方々の最低の心構えだと思う。

私自身は、安倍総理の間に何とか憲法改正の発議にまでは漕ぎ着けてもらいたいものだ、と念願しているので、9月22日解散は実に具合が悪いな、と思っているが、安倍内閣の間での憲法改正発議には公明党も消極だということになると、政治のスケジュールも大幅に変更せざるを得ない。

安倍総理の最後の大仕事は憲法改正の発議だというのが私の見立てなのだが、安倍総理が憲法改正の発議を諦めてしまった、ということになると、何が起きるか分からない。
そんなはずはない、そんなはずはない、という呪文をいくら唱えても、安倍総理が解散権を発動してしまえば現在の法制ではこれを無効にすることは出来ないのだから、新党の設立を考える人や現職の国会議員、国政選挙に挑戦しようとして準備をしておられる方々はそれなりに備えておく必要がある。

国民ファーストの会という新党になるのか、全く違う名称の新党が起ち上るのか、現時点ではその姿かたちがボンヤリし過ぎて少々困ってしまうのだが、衆議院の解散が現実化する頃には新党が起ち上っているはずで、現在無所属の衆議院議員でそれなりに志のある人だったら衆議院の解散の前に同志を糾合して新党を起ち上げる。

昨日の若狭さんと細野氏の会談は2時間以上に及んだということだから、2時間以上一緒にいても別に生理的な嫌悪感を覚えたり、話が合わなくて席を蹴って出るような険悪な状態にはならなかった、ということだから、基本的にはお互いに良好な関係が築けた、ということではなかろうか。

細野氏は先に民進党を除籍離党した長島氏との関係を大事にしているようで、まずは細野氏と長島氏の会談がいつ行われるか、に注目した方がよさそうである。
若狭さんと細野氏は定期的に協議の場を持つことを約束したようなので、こういう場合の定期的協議は1週間に1度くらいのペースで行われるはずだから、都合5回くらいの協議が行われるはずである。
5回くらい協議を重ねれば、大体の構想は纏められるはずである。

5回協議してもなお協議が整なわない時は、基本的に相容れないところがある証拠なので、それ以上の協議を続けてもWINーWINの関係を構築することは難しいから適当なところで打ち切った方がいいと思うが、私が見ている限り若狭さんと細野さんの間にはそう大きな隔たりはない。

都民ファーストの応援に走り回った長島氏も小池さんや若狭さんとの連携には違和感がないように見受けるから、9月の初旬頃には骨格が固まるのではないかしら、と私は見ている。
いざとなったら小池さんが乗り出せばいいだけの話だから、新党は成る、というのが私の見立てである。

政権交代の受け皿になるような政党を作る、ということを目標の一つに掲げているのだから、現職の国会議員だけではそんんあことは到底不可能だ、ということは皆さん十分ご承知だと思う。
本格的政党を目指すなら、各界各層からこれぞという人に集まってもらわなければならない。

あちらこちらから推薦の声が上がるかも知れないが、本当に国政を担う資質がある人かどうかを見分けるのは、結構難しい。
どこにどんな人材が埋もれているのかが分からないので、結局は公募するしかないのだが、公募して選ばれた候補者が案外だった、ということで苦い思いをした人は永田町には多いはずである。

維新の公募も、自民党の公募もそうだったのではないか。
民進党では公募した実績がどの程度あるのか分からないが、今民進党が公募してもどれだけの人材が集まるか分からない。

唯一可能性があるのが、これから起ち上るはずの新党だが、新党が起ち上ってからでの公募は遅過ぎるような感じがある。
結局は、若狭さんの政治塾・輝照塾に応募した人の中から新しい候補者を選抜していくような流れにならざるを得ないと思う。

登竜門とまではいかないが、一里塚ぐらいな感じかな、というのが私の感想である。

志のある方は、一歩前に足を踏み出されては如何。
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