2012-05-16

上山八幡宮、権禰宜 工藤庄悦さんとキリコをつくる。





仙台から北東へ90km。山々を越え前方が開けたかと思うと、その町は現れましたー今も津波の爪痕が残る、宮城県南三陸町。高台に立つ上山八幡宮に、権禰宜(ごんねぎ)を務める工藤庄悦さんを訪ねました。


明治時代まで女学校だった木造建築は、ゆがんだガラス戸や木枠の窓が懐かしい雰囲気。津波の日は、社務所のすぐ下の鳥居まで水がきました。訪れたのは、5月初頭。窓から満開の桜が覗く社務所で見せていただいたのは、この地方の伝統的な正月飾りである「キリコ」。お餅やお神酒などの縁起物を中心にさまざまな型があるなかから、主に漁師の家の神棚に飾られる「鯛飾り」の工程です。細かく複雑な切り込みは、紙を広げてはじめて形になるので、制作段階では完成系は見えません。ただただ、型に忠実に切り込んでいくという、根気の要る作業。


「キリコは、神様に捧げるお飾り。毎年神社がつくり、年末に氏子さんにお配りします。型紙はその町の神社によって違います。型紙に添って障子紙を切っていき、その後折り目をつけて形を整えて完成です。通常は3月頃からつくり出し、年末までには16000体程になります」


けれど昨年は、例年の1/10程度でした。
「不幸がありすぎた昨年は、求めないご家庭も多かったんですね。それでも私はお正月を迎えようとする人が、キリコを飾ることで少しでも安らぎを感じることができたら…と思い、昨年もつくることにいたしました」


津波の日は、低地の自宅に置いていた型のことが、心配で仕方なかったといいます。
「自宅は浸水していたので、型ももちろんダメだと思いました。けれど、2日後に帰宅して驚きました。2階のかもい部分まで浸水していたにもかかわらず、卓上にあったこの袴と型紙だけは、なぜか一滴も水に濡れていなかったんです。おそらく、机が平行にゆっくり浮上したんでしょう」


そんな奇跡のような体験を受けてより感じたのは、後世に残していくことの大切さ。
「せっかく今までつづいてきたものだし、絶やしてしまってはダメだと強く思いました。震災後、町では津波の体験を伝えていく『語り部』の活動も盛んに行われていますが、キリコに対しても同じ思いです。私たちの経験や伝統は、私たち自身で後世に伝えていかなくてはならないのだと思います」


南三陸町で、脈々と受け継がれてきたキリコ。ふるさとや町の人々への想いが一刀一刀に込められた、彼のキリコづくりをご覧ください。


HIGHLIGHT

1. 障子紙に無数の切り込みを入れていく。[00:43]
2. 切り込みに添って組み立てていく。[01:03]





PROFILE
工藤庄悦(くどう・しょうえつ)
宮城県南三陸町上山八幡宮、権禰宜。1971年、南三陸町志津川生まれ。2005年に社家に入り、その後権禰宜となる。


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