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2017-02-21 23:09:50

KIDS RETURN

テーマ:パーティ

「俺たちもう終わっちゃったのかな?」

「バカ野郎、まだ始まっちゃいねえよ!」

 

先日、遊びの世界の伝説や奇跡、重鎮、気鋭などと語られる粋人達が集まる夜会に顔を出してきた。10年以上前のこと、東京の遊びを先導、扇動する伝説のサロンがあった。東京の湾景を臨む高層マンションの高層フロア。夜毎、様々な性癖を持つ、遊びの達人たちが集い、その粋を競い合った。東京の妄想と欲望は遥かなる空中庭園で、弾けていたのだ。そのサロンを彩った重要人物が顔を揃える。ほぼ、オールスター・キャストと言っていいだろう。

 

5年ぶり、10年ぶりという方もいた。時間が経っているから当時のアラサーがアラフォー、アラフォーがアラフィフ、アラフィフがアラカンにもなっている。毛髪や体重の増減など、経年劣化がありつつも、いい意味で変わらない。相変わらず、年齢不詳、妖しい色香を放つ。大人の遊び人としての風格と風情を身に纏う。かつて、高齢者、高所得者向けの高額な衣類や装飾品を網羅した雑誌が一世を風靡したが、そこに登場していても不思議のないオーラを身につけている。

 

かの伝説のサロンは東京湾岸から河岸を変え、移動遊園地のごとく、場所を転々としたが、その主人公達が揃えば、そこが伝説のサロン、大人の隠れ家となるのだ。

 

2012年、同サロンにも関わりの深い、大人のバーを営んでいた遊びの世界の粋人が病に倒れ、治療費とバーの維持費を捻出するため、月1回のペースで約半年間、チャリティー・イベントを開催したが、その時に一度だけ、伝説のサロンの名前を冠してイベントを行っている。それ以来になるから、5年ぶりか。今回は特に同サロンを名乗ってはいないが、彼らと彼女らは帰ってきた。その間、折に触れ、度々、会うものの、これだけのメンツが揃うのは、本当に久しぶりのこと。

 

豪華絢爛、空前絶後の揃い踏み、会場は否が応でも華やかさを増す。流石、夜遊びのベテラン、終電を過ぎてからも懐かしい面々が続々と集まってくる。

 

考えてみたら、かつて、私は“遊びの世界の蜷川幸雄”を自認(残念ながら他認はなかった!)していたが、劇場型の交流会を開催したのも彼らとの出会いがあったからだ。最終的には100名以上が集い、会場にミラボールを設え、お立ち台を作り、シャンパンタワーを積み上げ、かの泡沫の“花金”を演出してみせた。

 

集い、つるむことで、新たな扉が開き、これまで見たことのない景色が広がる。人や場の力とは、かくも素晴らしきものか。

 

 

会場は人熱れに溢れ、ラウンジのそこかしこで、近況報告をしつつ、過去を懐かしがる会話が躍る。だが、そこに“同窓会”という、単なる懐古モードはない。

 

おそらく、それは彼らや彼女らが“終わっちゃいない”からだろう。現役である。大人の遊びをやめようとはしない。そんな遊びの達人の不思議な魅力が新しい人達をも引き付ける。当時を知るものだけではなく、遊びの先達を慕う若者たちも少なからず同席していた。怪しい紳士・淑女の饗宴に後輩らを巻き込んでいく。気づけば、悦楽と狂乱の時間を過ごすものも現れる。大人しく飲み会で収まらないのが、遊び心溢れる粋人たちの集まりたるところ。詳述はできないが、大人の宴会ならぬ、大人の艶会が繰り広げられる。麗しいジャム・セッション。“'Round Midnight”――モンクやマイルスのクールな音色が鳴り響き、官能を彩っていく。

 

私が水先案内人を務め、遊びの世界は初めてという女性をお連れしたが、彼女も“毒気”に当てられるながらも濃厚な世界へ引き込まれる。気が付けば、その世界を縦横無尽に泳ぎ回っていた。私自身は“The Catcher in the Rye”ではないが、プールの監視員よろしく、溺れたり、飛び出したりしないように見守ればいいだけだが、遊びの粋を極めた者たちの集まり、そんな杞憂は無用である。勿論、信頼しているからこそ、ラウンジで盟友達の武勇伝や新たな企みに耳を傾けることもできたのだ。

 

この集まり、伝説のサロンのスタッフで、同時にバー遊びの権威が時間をかけ、声掛けをしながら形にしてきたもの。多くの方が信頼を置く彼の主催ゆえ、かくも多くの仲間達が集まったのだが、次はどうなるか、わからないそうだ。しかし、この奇跡のような一夜は既に伝説となり、大人の遊びを愛するものの間では、瞬く間に噂となっているという。

 

2020”へ向かい、東京は窮屈で遊びのない街になりつつある。ご時世か。大人達の“遊びの革命”は深く、静かに――。また、いつか、どこかで集まるだろう。この夜、彼らや彼女らの心の導火線には確実に火が点いた。きっと、何かが始まる。

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2017-02-19 15:36:22

ゴンドラーー時代の海へ船を漕いでゆけ

テーマ:エンターテインメント

ポレポレ東中野で、映画『ゴンドラ』を見る。1988年公開という30年前の作品、監督の伊藤智生が現在、AV監督として活躍するTOHJIROであることも知らなかった。契機はかの神田つばきの“推薦”だが、彼女の推すものに間違いはない。同作品、東京から青森へ物語が広がる。ロードムービーでもある。

 

海、水、波、船、音叉、ハーモニカ、譜面、小鳥、弁当箱、高層ビル、窓ふき、南部弁…様々な風景や物、音が交錯する映像詩。『夢の島少女』や『四季・ユートピアノ』『川の流れはバイオリン の音』など、伝説的なテレビドラマを生み出してきた映像作家、映画監督、元 NHKドラマディレクターである佐々木昭一郎の諸作を彷彿するものの、観念を超え、心を揺さぶる映像詩だ。

 

 

不登校で、いまは母と二人で暮らす少女、かがりを演じた上村佳子、彼女を青森へと導くゴンドラに乗り高層ビルの窓を磨く青年、良を演じた界健太、ともにいまは俳優活動ををしていないようだが、口数は少ないものの、何かを語るまなざしや佇まいに魅了される。その瑞々しい演技は80年代、バブル直前の東京に無言で異議申し立てをしているかのようだ。

 

そしてかがりの母を演じる木内みどり、良の父を演じる佐藤英夫、母を演じる佐々木すみ江、日本を代表する実力派俳優がふたりを支える。

 

出番は少なかったが、売れることを目指しつつも成功とはほど遠い音楽家であり、いまは別居する、かがりの父親を演じた出門英も印象深かった。

 

改めて、彼らの“俳優力”みたいなものを感じないわけにはいかない。しっかりと、ドラマとして動き出す。

 

ロードムービーを彩る南部弁の優しい響き。伊藤は南部弁には駄目という、強い否定の言葉はないらしいという。佐藤英夫演じる良の父親は病気のため、身体が麻痺し、飲酒を禁止されているが、佐々木すみ江演じる良の母親は駄目と言わず、飲んだからわからないという。

 

また、海岸に打ち捨てられた船を修繕し、海に出て、骸となった小鳥(二人が出会う契機は飼っていた小鳥が負傷し、困惑していたかがりを“窓越し”に良が見て、一緒に動物病院へ連れて行ったことからだった)を水葬にすると、かがりは東京へ帰りたくないというが、良は“どんとはれ”と告げる。その言葉にはおしまいの意味があるらしいが、そこに駄目や終了という言葉はない。物語は、青森も留まるとも東京へ戻るとも語ってないが、語る以上のものが語られる。青年期から成人期へ。モラトリアムの失効を描いているのかもしれない。

 

青森へはかつて、90年代に三沢へ寺山修司の遺品を見に行ったり、六ケ所村へ核燃料サイクル、再処理工場に反対するイベントへ参加したりくらいで、縁はなくなっているが、いつか、また、足を運びたいと思った。

 

 

その日は上映後、神田つばきの司会で、監督の伊藤智生、文筆者の切通理作、そして、女優の朝岡実嶺をゲストにトークショーが行われた。先の青森の南部弁のことも話にでていたが、トークショーそのものも話す言葉の一つ一つが心の憶測に留めておくべきものがあった。切通の映画音楽(吉田智が制作)に関する質問も音楽が生まれる背景を照らし出す。詳述を避けるが、船上のシーンで流れる音楽は一つの生命が始まり、終わることに関わりがあった。

 

そして、画音完全リストア作業にて デジタルマスター版として蘇った『ゴンドラ』のリバイバル上映には多くの方の努力と善意と熱情があった。30年の時を経て、封印を解くことになったが、また、ここから新しい物語が始まろうとしている。

 

実は、伊藤智生としては『ゴンドラ』公開直後、同作に続く、2作目に挑むものの、資金提供を申し出た会社と折り合いがつかず、結局、頓挫して、幻の作品となってしまった。その2作目にかかろうとしている。その主役になるのが浅岡で、伊藤ではなく、TOJHOとして彼女とはAV(『「雫の契り」』1993年)やVシネマ(『愛しの女教師』2000年) などの作品を作っている。その制作を通し、伊藤として映画を録る時は、朝岡を主役にすると約束していたそうだ。それが実現することになる。伊藤の自伝的な映画で、彼は東京・六本木生まれ、育ちだが、1964年の東京オリンピックに沸く前後の東京を舞台に精神を苛まれた彼の母の役を演じるという。難しい役どころである。伊藤と朝岡の約束は20数年前の約束がいま、果たされるとしている。そのことに話を触れられ、思わず、涙する。流した涙が美し光輝く。美しい刹那であった。止まった時計が動き出し、ドラマが始まる。敢えて、結論を出さないエンディングは、ここに繋がっているような気もした。

 

 

先日のロマンポルノの傑作『㊙色情めす市場』(田中登監督)もそうだったが、30年も前の作品に刺激され、打ちのめされる。真の名作とは時間を超え、経年劣化とも無縁である。様々な縁や関わりで、それを見る機会を持てたことは、自ら幸運だったと思う。出会いに感謝である。

 

伊藤はトークショーで、この『ゴンドラ』のことを“5ミリ、強くなれる”映画と言っていた。私自身が何ミリ強くなれたかは、わからない。変わらないのかもしれないが、少なくともこの日、映画、そしてトークショーを見て、どれだけ豊かな気持ちになって、総武・中央線に乗り込んだことは言うまでもないだろう。ポレポレ東中野での上映は33日(金)まで、続く。その後も各地での上映が予定されている。是非、機会を作って、見て欲しい。そして、伊藤智生監督の新作も期待したいところだ。楽しみが増えた。

 

 

http://gondola-movie.com/

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2017-02-16 13:11:47

バイプレイヤーズ~脇役という主役

テーマ:エンターテインメント

今期のドラマは、木村拓哉『A LIFE~愛しき人~』(TBS日曜21時~2154分)、草彅剛『嘘の戦争』(フジテレビ火曜22時~2254分)の元SMAP対決が話題になり、坂元裕二の『カルテット』(TBS火曜22時~2254分:松たか子・満島ひかり・高橋一生・松田龍平出演))も試聴率は振るわないものの、高橋一生の人気もあって好事家の間で熱い支持を得ている。

 

そんなドラマの中、私が一押しするのが、我が愛すべき脇役たちが主役として活躍する

テレビ東京ドラマ24『バイプレイヤーズ』(テレビ東京金曜深夜2412分~2452分)だ。

 

遠藤憲一・大杉漣・田口トモロヲ・寺島進・松重豊・光石研というバイプレイヤー達が本人役で登場、中国の動画配信サイトから映画『七人の侍』のリメークのオファーを受けた6人は、役作りとして絆を深めるため、シェアハウスで3カ月、一緒に暮らすことになる。“もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら”というサブタイトル通り、ひょんなことから房総にある大杉の別荘に住み、共同生活を送る。中高年版の“テラスハウス”と言っていいだろう。

 

ストーリーは詳述しないが、彼らの佇まいが微笑ましく、その言動や行動も胸に来る。“主演をやったことがある”という一言に対して、“どうせ、テレ東だろ”、“BSじゃん”と、突っ込むところなど、くすりとさせられる。脇役好きには溜まらないドラマだろう。役所広司や荒川良々、池松壮亮、滝藤賢一、竹中直人など、豪華なゲストが同じく本人役で、登場して、脇を固める。かの清水富美加も特撮アクション映画のヒロインという役どころで出演していた。

 

そんな脇役愛に溢れる私だが、随分前にNHK土曜ドラマ『ハゲタカ』の放送に際して、「ハゲタカ~脇役という主役」というエントリーを上げている。2007410日のこと。もう10年近く前だが、「私はぶれてない」を再確認。過去記事になるが、よろしかったら、読んで欲しい。

 

それにしても下記に上げた名脇役達はいまもドラマや映画などで活躍、かつ、主役なども務めている。先見の明か。彼らの飛躍、嬉しい限り。さあ、指パッチンしよう!、

 

ちなみに最近は、週末はおとなしくしています(笑)。昼に蠢く、なんてね。

 

 

ドラマ24「バイプレイヤーズ」第5話の劇中で登場したミュージックビデオ「ドキドキ大好き!フケメン?パラダイス」の完全版を特別公開!話題の俳優、野村周平もゲストで登場!

 

https://videotopics.yahoo.co.jp/video/tvtokyo/101237

 
 

 

■ハゲタカ~脇役という主役

 

いまでこそ、サークルを運営したり、パーティを主催するなど、表に立ち、仕切るようなことをしているが、どちらかといえば、脇に回り、さりげなく、その場を盛り上げることを好んでいる。裏方、脇役指向というのだろうか。なんとなく、そんな立場が楽だし、いろんな面で、そういう役目を負う人達に着目してしまうのだ。

 

大森南朋、小市慢太郎、志賀廣太郎、佐戸井けん太、中原丈雄、矢島健一、松重豊――中にはご存知の方もいるかもしれないが、あまり、聞き覚えのない名前だろう。彼らは、テレビや映画などで、いわゆる脇役として活躍する俳優だ。名前は知らなくても、どこかで、顔は見ているはず。

 

そんな彼らが一同に会していた(!?)ドラマがあった。それがNHK土曜ドラマ『ハゲタカ』だ。この1月から3月まで、NHKで放映されたドラマで、原作は真山仁の経済小説「ハゲタカ」と「バイアウト」だ。

 

この期(1月~3月)のドラマでは、木村拓哉の『華麗なる一族』と、篠原涼子の『ハケンの品格』、松本潤の『花より男子2』が話題になり、その視聴率も競っていた。勿論、同番組をそれなりに楽しめたが、私が一番、楽しみ、心待ちにしていたのが『ハゲタカ』である。週末は、イベントに重なり、夜遊びすることが多かったが、しっかり、ビデオ録画して、毎回、欠かさずに見ていた。

 

で、『ハゲタカ』は、私が注目する大森南朋が主演で、外資ファンドのマネージャー、主人公の鷲津政彦を演じている。

 

彼は、1972219日生まれ。東京都出身。父は舞踏集団『大駱駝艦』を主宰する俳優の麿赤児。兄は映画監督でもある大森立嗣である。南朋は“なお”と読む。

ドラマは『クライマーズ・ハイ』、『Dr.コトー診療所』、『僕と彼女と彼女の生きる道』、映画は『涙そうそう』、『ヴァイブレータ』、『深呼吸の必要』などに出演していた。特に『ヴァイブレータ』では、寺島しのぶと共演し、濃厚なラブシーンが話題になるとともに、熱愛報道もされた。最新作は、大友克洋が監督した映画『蟲師』に、オダギリジョーとともに、出演している。

 

保険会社や外食チェーンのCMなどにもちょくちょく顔を出し、優しいパパや気のいいサラリーマンを演じている。

 

ドラマでもどちらかといえば、いい人を演じていて、わりと、人畜無害的な個性を感じさせていた。ところが、一転、この『ハゲタカ』では、冷酷非情(じつは、そうではないのだが)、金本位の外資ファンドマネージャーを演じているのだ。バブル崩壊後の日本経済を再生するため、「腐った日本を買い叩く」という美名の下、日本の企業を買い占めていく。その様はまるで、腐臭溢れる死肉にたかるハゲタカのようでもある。ハゲタカ外資、ハゲタカ・ファンドなどという言葉は、記憶に新しいと思う。

 

ドラマには、貸し渋り、外資ファンド、M&A、敵対的買収、ホワイトナイト、TOB、インサイダー取引などの言葉が躍り、ライブドアや村上ファンドなどの一連の事件を彷彿させるエピソードも盛り込まれている。ドラマの内容は、同番組の公式HP( http://www.nhk.or.jp/hagetaka/ )などで、調べていただきたいが、久し振りに、見ごたえのあるものだった。高杉良の一連の作品を読み終えたような高揚感があった。

 

本当に、大森の演技は、改めて、彼の引き出しの多さ、懐の深さを感じさせた。冷徹に見えて、ある種の原罪を抱え、人間的な情ゆえに苦悩しながら、行動する様を、実に表情豊か、感情の機微を細やかに演じ別けていく。決して、有名ではない彼を主役にするのはNHKの英断だったろう。

 

勿論、彼だけでなく、彼の銀行員時代の先輩であり、ドラマ前半部では、外資ファンドの買収に抵抗、後半では鷲津と共闘する芝野健夫役の柴田恭平の肺がん闘病後にも関わらずの熱演。

 

そして、生前の松田優作を彷彿させる、松田龍平のなんともいえぬ狂気溢れる佇まい。彼演じる西野治は、鷲津に父親の老舗旅館を潰され、その結果、父親は自殺ともとれる事故死を遂げてしまい、その数年後、復習(!?)のため、彼はIT長者に成り上がり、大手電機メーカーを巡り、鷲津とTOB合戦をする。

 

さらに、『キル・ビル Vol.1』からは一転、鷲津が銀行員時代、銀行の貸し渋りで自殺してしまったねじ工場の長女で、テレビの経済記者・三島由香を演じた栗山千明の凛とした姿も目に焼きつく。

 

ある意味、『華麗なる一族』が木村以外、北大路欣也や西田敏行、津川雅彦などの丁々発止の演技の競い合いを楽しめたと同じような演技合戦(!?)でもあった。

 

勿論、先にあげた脇役を演じた役者たちの快演も心に残る。特に篠原涼子の『アンフェアー』でも味のある刑事を演じた志賀の、大森を支える思慮深い部下、また、江口洋介・松嶋菜々子主演の『救命病棟24時』や草彅剛主演の『恋におちたら~僕の成功の秘密~ 』で癖のある医師や意固地な和菓子職人を演じ、『ハゲタカ』では栗山の上司を演じた小市のいかにもなマスコミ人間ぶりも印象的だった。

 

大森演ずる鷲津は元々、銀行員時代、自ら担当した前述のねじ工場の経営者を貸し渋りのため、自殺に追い込み、その罪の意識を抱えつつ、銀行を退職。渡米して、世界的な外資ファンドに転職。数年後、日本の企業買収のため、日本のマネージャーとして着任。企業再生の下に、リストラや転売で、辣腕を奮っていく。

 

まるで、金の亡者と思えた彼が、じつはそうではなく、紆余曲折の末、最後には、“999%はお金でなんとかなるが、残りの01%は人間性である” というニュアンスの言葉を吐き出し、EBOにより、企業再生の筋道を作るところは、とても印象深かった。

 

じつは、同上の台詞は、大手電機メーカーの熟練のレンズ研磨職人・加藤幸夫を演じた田中泯を説得するために語った言葉でもあった。

 

企業買収した電機メーカーの光学レンズ部門を外資企業に転売する際に、多くの職人はリストラされるが、先の田中演ずるレンズ研磨職人は、特殊技術ゆえ、転売先に移籍することを約束された、キーマン条項として、必要不可欠の人物でもあった。

 

その彼が同じく、特殊技術のため、移籍することを約束された職人達を集め、“多くの仲間が首を切られる中、自分たちのみが生き残り、外資のために技術を提供することに”対して発した「そこに義はあるのだろうか」という言葉は、語り口が朴訥だけに、心の奥底に突きつけられるものがある。

 

多くは利害関係、損得で動くものだが、じつは、最後は義や礼で動くという、救いのある言葉である。私自身も動くのであれば、利得ではなく、儀礼のためでありたい。特に、遊びの場ではそうあるべきだろう。

 

あくまでも台本に書かれた言葉でしかないが、そこに気持ちや感情を吹き込み、生きた智恵として、諭しえたのは、大森らの役者としての資質や才能によるものだ。普段は、脇に周り、主役を引き立てていたわけだが、脇から主に転じた時の、輝きというか、とてつもない役者としてのオーラのようなものを改めて、認識していた。

 

そんな脇役のことを思うと、劇作家の三谷幸喜が、彼の舞台やドラマの常連で、『王様のレストラン』や『お水の花道』、『ショムニ』に出演していた伊藤俊人が2005年にクモ膜下出血で亡くなった時に、発表した追悼文を思い出さずにはいられない。

 

そこには以下のような記述がされていた。一部抜粋する。

「(新聞報道で、彼のことを『名脇役』としたものがありました。)この世に『脇役』という役はあっても、『脇役俳優』という職業はありません。伊藤俊人は『脇役』もできる、優れた俳優でした。これから歳を重ね、軽さの中に、哀しみやペーソスが加わった、味のある役者になるはずの男でした。哀愁はあっても、決して暗くはならない、日本では珍しいタイプの俳優になるはずの男でした。そして50を過ぎたあたりで、代表作となるような作品に出会うはずの男でした。人生って捨てたもんじゃないなって思わせる、地味だけどあったかい映画の主人公を演じるはずの男でした。」

 

人は、誰もが自分自身の人生の主役である。決して、脇役などではない。『人生は舞台。主役はあなた』と、必ず色紙に書いていたのは、「指パッチン」で、お馴染みの故・ポール牧師匠だったが、脇や裏にまわりつつも、自分の人生では主役を演じるしかないのだ。

 

おそらく、いろんな局面で、自分の思い通りにならず、どこかで、疎外感を味わい、自分なんて、と思う方もいるかもしれない。そんな時、三谷やポールの言葉を思い出して欲しい。 そう、人生は捨てたもんじゃない。指パッチンすれば、あなたの人生は拓ける。さあ、レッツ、指パッチン!

 

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