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2014-07-15 23:08:03

ヤルかヤラナイか――『劇場版 テレクラキャノンボール2013』

テーマ:エンターテインメント

前回のエントリー「性の多様性を考える――フェチフェス04」は、相応しくない言葉・表現が含まれている可能性があるとして、某所で削除されてしまった。内容そのものより、いくつかの言葉が抵触したのではないだろうか。敬愛する「ろくでなし子」様の逮捕という、変に規制の多い、この国の文化事情というのはいかがなものだろうか。話は横道にそれたが、前回はたくさんアクセスいただいたのに読むことができず、本当に申し訳ない。どうしても読みたいという方は、私のツイッターを参照いただければと思う。“裏口”を用意させていただいている(笑)。





本来であれば、ネタはあるので、続けて、エントリーしようと思っていたが、勢いが削がれ、暫し、しょぼーんという状態。と、いつまでも落ち込んではいられない。何度、倒れても立ち上がる俺は“不滅の男”(BY 遠藤賢司)だ。






先日、こうつぶやかせていただいた。

「『劇場版 テレクラキャノンボール2013』+雨宮まみ&岡田育トークショーを体験。意外に若い客層と爆笑の会場、『愛の渦』を彷彿させる。映画もトークも後味はほろ苦くも、さわやかである。欲望をむき出しにすることは滑稽でもあり、風情もある。テレクラ修行時代が懐かしい。会員証は、まだ、ある(笑)」



72日、東京のポレポレ東中野で、上映された同映画と上映後のトークショーを見たが、いい意味で違和感を抱いた。



テレクラにAV。いわゆる、既に古の“風俗”で、女子から縁遠いものにもかかわらず、前述通り、カップルを含め、若い男女が駆けつけ、会場はどっかんどっかん…と、爆笑の渦になる。


それに昨年、著書『女子をこじらせて』が大ヒットし、「こじらせ女子」で流行語大賞にノミネートされたライター&エッセイストの雨宮まみと、『とくダネ!』のコメンティターとしても活躍する編集者&文筆家の岡田育というサブカル系美人論客が同映画を語る。傍から見れば、テレクラなどとは縁遠い二人ではないだろうか。


順番は前後するが、同映画を簡単にHPから引用し、説明しておく。



“もともとバイクとテレクラが好きなAV監督、カンパニー松尾が「夏に好きなバイクでテレクラ行って素人娘と○○○○したい!」という単純かつ不純な動機から1997年に 企画AVとしてスタート。タイトルは、どうせ走るならレースにしようと、松尾が高校生の頃、テレビで見たアクション映画『キャノンボール』(1981年公開)から拝借。また、この頃はテレクラも全国各地に点在し、現地素人女性との出会いも容易な時代だった。今作『テレクラキャノンボール2013』はシリーズ通算5作目。”(○○○○は私の自主規制)という。


同作の宣伝文句には“伝説のバトルAVが遂に劇場公開!! 熱き男達の意地と名誉と○○○○を賭けた闘いが今、始まる。6人の男達が東京から仙台、青森を経由して札幌まで、車3台、バイク2台でレースしながらテレクラやナンパ、各種出会い系を駆使して現地素人を○○倒す痛快セックスバトルドキュメント。(中略)果たして狂気のデスレースを制するのは誰か?  史上最強、最悪の抱腹絶倒ドキュメント、ここに誕生。”(同じく○○○○、○○は私の自主規制)とある。



同映画はハマジム10周年&カンパニー松尾AV監督25周年特別企画。公開されると同時に話題になり、全国各地で上映され、いまもスクリーンで見ることが可能だ。ポレポレでも8月までの上映が決まっている。まさかの大ヒット。


会場の客層や反応は、乱交パーティを題材にした映画『愛の渦』に近いものがあり、欲望の剥き出しは滑稽。ある種、露悪的なところを楽しむ雰囲気もあった。実際、映画に登場する素人女性が晒し者にされ、女性蔑視と取られるところもある。



しかし、雨宮によれば、劇場版と同時に発表されているオリジナルDVD10時間ヴァージョン、本編未収録シーンなどを収録した裏DVD4時間ヴァージョンを見れば、各々にストーリーやドラマがあり、払拭されるという。



私自身も元々は“テレクラ男子”。90年代前半の全盛期を知る。出会いの中にドラマがあるのは身を持って知っているし、そんな裏側があることで逆に欲情もする。



私の昔のテレクラ仲間がおしりに痣をあることを気にし、コンプレックスを抱いていた女性のおしりを舐めながら、痣のある女性は幸せになるという“お伽噺”を紡ぎ、睦事をなしたことがある。そこには深い情感があったという。




また、男性がつるんで、ことをなそうという様はおかしくも楽しくもある。前々回のエントリー「ワールドカップ遊び」でも触れたが、社会学的には、ホモソーシャリティ(同性共同体)という、失われつつある体育会的な乗りだが、何故か、目的を共有し、何かを成し遂げようとする姿勢は、懐かしくも羨ましくもある。



また、新世代から旧世代まで(ビーバップみのるやタートル今田などの新進気鋭から、カンパニー松尾やバクシーシ山下などのベテランまで)、世代を超え、さらにテレクラだけでなく、ストリートナンパ、出会い喫茶、出会い系など、様々な手段や手法を駆使し、口説き落として、ポイント(顔出し、アナルなど、採点方法はHPなどを参照いただきたい)を競う。その「生き様」は、私の中の“漢”を刺激し、熱くさせる。






私自身、かつて“テレクラ梁山泊”的なものを組み、仲間と釣果を競ったり、全国行脚ではないが、テレクラの“旅打ち”もしたことがある。単なるノスタルジーではなく、彼らそのもののドラマに共感を覚える。




「会員証は、まだ、ある」とつぶやいたが、本当に探そうと思った(笑)。同映画はテレクラだけではないが、過去のものと葬り去られていた“出会いのメディア”がいまも脚光を浴び、かつ、若者の興味を引き、時代の流行を先駆ける論客が熱く、かつ、愛おしむように支持するとあれば、まだ、ありという感覚がしないでもない。



ちなみにトークショーで、雨宮は“カンパニー松尾監督に会いたくてテレクラにハマった”と告白している。岡田はトークショー後、自身のツイッターで、“ランドセル背負って級友とイタズラ電話かけてました……という話をしそびれた。でも心底反省しました。すっぽかしは重罪ですよ!”と反省文(!?)を上げている。




彼女達とはテレクラに関わった時期がずれるので、同所で出会うこともすっぽかされることもなかったが、受話器の向こうに彼女達がいたと思うと、かつてのように頻繁(週末の夜や平日の昼間などに出没)に通わずとも“定点観測”すべきだったと、反省している(涙)。





いずれにしろ、この『劇場版 テレクラキャノンボール2013』、“ネタバレ禁止”なので、結末は書けないが、“後味はほろ苦くも、さわやかである”。先に述べたように劇場で見ることは可能だ。全国各地で、自主上映の形で、公開するところも増えているという。





春の椿事か、真夏の夜の夢か。『愛の渦』とともに思いもかけない大ヒットである。ある種、劇場で、皆で歓声や嬌声を上げ、ワイワイガヤガヤしながら見るというエンターティンメントとしても成立している。





勿論、劇場帰りにナンパなどもありだろう。当然、成功の確率は高くないが、なんか、そんな映画帰りにナンパをするのもナンパをされるのもドラマではないだろうか。





同映画の惹句には“ヤルかヤラナイかの人生なら、俺はヤル人生を選ぶ”なんて、言葉が躍る。





ヤル人生を選んだ者達よ、『劇場版 テレクラキャノンボール2013』を見ていただき、玉砕覚悟で、挑んで欲しい。何度、ガチャギリ(テレクラ業界用語です!)されても“不滅の男”の如く、立ち上がっていきたいものだ。


PR
2014-07-07 20:09:39

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テーマ:フェチズム
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2014-06-23 14:41:08

ワールドカップ遊び

テーマ:グループセックス

今回のワールドカップは面白い。熱戦を繰り広げる「2014 FIFAワールドカップ ブラジル大会」。連日の観戦で、私の体内時計は狂いまくり。仕事も手に付かず、締切も守れない、駄目な大人になっている。今回は、どのゲームも予想できない展開や意外な結末など、思い通りや予想通りにならない、まるで波乱万丈の人生のようでもある。


しかし、ロスタイムに絶妙のクロスを上げるロナウドという男は、自身がゴールせずとも、何かを持っているのかもしれない。果たして、このプレイがトーナメントの流れを変えるのか、変えないのか、わからないが、これからのゲームも楽しみだ。


私自身はスポーツバーに集って、大騒ぎしながらサッカーを観戦するような性格ではないし、渋谷などの騒乱を苦々しく思うタイプで、群れることを嫌う一匹狼的な気質(笑)。



といいつつも、4年に一度のこの時期になると、知らぬ間に集っている。舌の根も乾かぬうちで、申し訳ないが、何かしら、“イベント”に関わっているのだ。


そもそも、私がこの遊びの世界に関わり出したのがいつかは正確に記憶していないが、少なくも1993年10月28日の時点で、間違いなく、スワッピングクラブやカップル喫茶には行っているのだ。

いうまでもなく、同日は、かの『ドーハの悲劇』のあった日。「1994 FIFAワールドカップ アメリカ大会」のアジア地区最終予選の日本代表最終戦、日本がイラクに勝てばワールドカップに出場できる。しかし、試合終了間際のロスタイムにイラク代表の同点ゴールが入り、日本の予選敗退が決まった。


その瞬間に、イベントをしていたわけではないが、当時のパートナーと、馴染みの月島のもんじゃ屋で、もんじゃをつまみながら、同試合をテレビ観戦していた。


その女性とは、伝説のスワッピングクラブやパーティ、カップル喫茶などに、足繁く通い、自分自身がこの遊びに目覚める契機、遊び始めだったかもしれない。懐かしくも恥ずかしい遊びの青春時代である(笑)。



1997年11月17日の『ジョホールバルの歓喜』を経て、日本ワールドカップ初出場を果たした「1998 FIFAワールドカップ フランス大会」。


1998年6月26日、日本対ジャマイカ戦をパーティ中に観戦している。知り合いのカップル数組と、都内のホテルのスイートを貸し切り、ジャマイカ戦を見ながらパーティを開催するという企画だ。ベッドルームから歓喜の声が漏れる中、ゴン中山こと、中山雅史の日本人初ゴールに歓喜した。



2002年の日韓共催のワールドカップ「2002 FIFAワールドカップ 日本・韓国大会」は、日本の初戦、6月4日のベルギー戦を、私が関わるサークル(前回大会の年末にはサークルを立ち上げている)のリピーターのイベント中に、観戦した。


気分を盛り上げるため、ベルギービールとベルギーワッフルを肴に、試合を楽しんだことを覚えている。


結果は2対2の引き分けだったが、日本初の勝ち点1を獲得。稲本の2本目のゴールは絶対、オフサイドではないと、盛り上がったものだ。



ジーコが率い、黄金のカルテットが登場した2006年のドイツ大会「2006 FIFAワールドカップ ドイツ大会」。ブラジル戦終了後、中田ヒデがピッチに、数十分、立てず、倒れたままだったことが印象深い。


6月18日のクロアチア戦を私の関わるサークルのイベント中に観戦した。同月は、リピーター女性の誕生月だったので、前祝い(!?)と景気づけを兼ね、バースデーケーキを食べながらの観戦。結果は0対0の引き分けだった。



前回、「2010 FIFAワールドカップ 南アフリカ大会」も特別なイベントを開催した。6月19日の日本対オランダ戦を見ながら、大人の遊びについて語り合う男性向けの懇談会を企画。


私が関わる、大人のラブ&セックスを学ぶ「遊びの学校」(現在の「大人の学校」の前身である)のイベントである。恒例の女性向け懇談会の男性版で、「遊びの世界で活躍できる男性の育成」をテーマに、より実践的で具体的な理論や技術、戦略の習得を目指すというものだ。


一緒に選手を応援しながら、男性同士のフォーメーションやスキルを高め、俺達の遊びのワールドカップ(!?)へとキックオフする。いうなれば、この世界で、活躍できる男性の育成を目指し、短期集中的に、強化するための特別合宿である。


同日は、午後4時30分から大人の遊びについて、男性限定で懇談し、8時30分からはワールドカップを観戦するという、男・胸騒ぎ、血沸き・肉躍る趣向。


会場は、都内のランドマークを見渡す高層ビルの一室を懇談室&観戦室にしつらえる。ワールドカップらしく、応援のフラッグやマフラー、ユニフォームなどもしっかり用意し、ミニ・パブリック・ビューイング風(!?)に飾り付けした。


男性だけなので、雰囲気作りをすることもないが(笑)、そこは、「遊びの学校」らしい拘りと、受け止めていただきたい。


夕方からの男性向け懇談会は、当初から少人数での開催を予定していたため、受講生と講師とが、ほぼワンツーマンという、某進学塾のように、徹底した個人指導になる。


懇談の中では、男性だけだからこその話もたくさん出てくる。ある意味、男の作戦会議みたいなもので、男性同士のフォーメーションやスキルを高め、活躍できる男になるための具体的な指導がされた。


気付きや空気読みの秘訣、また、体重移動での感触の確認、さらに宝探しの楽しみなども語られる。



受講生と講師が熱く語りあった懇談会は4時30分から7時までとさせていただいた。7時からは、“CMのある民放”の中継が開始される。その頃になると、観戦から参加する受講生が続々と集まってくる。観戦室には、むつけき男どもに溢れ、途端に、暑苦しくなる(笑)。


観戦からは、懇談時は菓子類とソフトドリンクだけだったが、おつまみや軽食、アルコールなどが解禁される。


ビールやワイン、焼酎などもワールドカップのラベルの貼られたワールドカップ仕様のものを用意。


また、食料も、この日を意識した包装紙に「カツでかつ」と書かれたカツサンドやサッカーボールの形に作られたおにぎり(勿論、手作りではなく、デパ地下で購入)などを出す。観戦気分が一気に盛り上がる。ちょっとしたスポーツバーのようだ。


観戦室の窓からは、サムライブルーにライトアップされた東京タワーや、パプビリック・ビューイングのため、明るく照らされた競技場などを望めることができる。


そして、8時30分。運命のキックオフ。遂に決戦の火蓋は落とされたのだ。受講生と講師は、モニターに集中していく。ワンプレイ、ワンプレイに息をつき、つばを飲み込む。


中にはサッカーに熟知するものもいて、テレビだけでなく、解説がサラウンド(!?)で、聞こえてくる。ある意味、この“がや”感が皆で、観戦する醍醐味でもあるのだ。


世紀の決戦を見る、いわゆる興味や関心のないものはいない、それも男だけという環境ゆえに、とてつもなく盛り上がる。


社会学的には、ホモソーシャリティ(同性共同体)という、失われつつある体育会的な乗りだが、何故か、目的を共有し、何かを成し遂げようとする姿勢は、ある種、この遊びにも通じる(!?)。



先に述べたとおり、男性同士のフォーメーションが重要だ。松井大輔が前線に繰り出すパスなど、まさに、ゴールを呼び込むためのもの。その技を誰もが盗みたいと思うだろう。


10時30分過ぎには、雌雄は決した。結果は敢えて、書かないが、とてつもなく中身の濃い時間だった。


同じ時間を共有した受講生達には連帯感みたいなものが芽生え、それは数時間で、育まれた。試合の結果以上のものを体得したような気がする。


日本の決勝トーナメントへの進出は、これからの試合次第だったが、受講生達は既に決勝トーナメントへの資格を得たようだ。


この日、俺達のワールドカップへと、高らかにキックオフをした。“赤き血のイレブン”は、その背中に翼をつけ、栄光に向かって、羽ばたいていく――のだった(笑)。



そして、今回の「2014 FIFAワールドカップ ブラジル大会」。偶然だが、私が最近、お手伝いさせていただいているサークルのイベントがあり、今回も大型画面を眺めながら参加者とともに熱戦を観覧することになった。


都内の高級ホテルのスイートルームがスポーツバー(ハプニングバーではない!?)になる。

実際の試合ではハットトリックは決める選手はいなかったが、パーティではハットトリックを決めるものもいた(と、親父ギャグを入れておく!!)。


私自身は現役としてではなく、毎回、案内や引率などの助監督、コーチ的な参加で、ピッチに立つことはあまりない。この日も淡々と、“仕事”をこなしていた。ところが、明け方近くに、軽い悪戯から、ピッチへ雪崩れ込むことになる。


同パーティでは1年前からの知り合いの20代の長身女性で、同サークルのイベントなどで、数秒の問診と触診でポイントを探し当てたことはあったが、それまで関わることはなかった。そういえば、請われてアロママッサージを施術したことはあった。それくらいだ。


私が何かをするには年齢に関係なく、眩しい存在である。その眩しさはルキノ・ビスコンティの『ヴェニスに死す』のダーク・ボカードのビョルン・アンデレセン並みか(ちなみに、私自身は異性愛者である)。


その場にいられるくらいで、充分である――と控えめな私である。いくら「この世界のダンディ」といわれる私(笑)でも、年長者がずうずうしく、でしゃばっては、嫌われてしまう。素敵な光景を横目で見ながら淡々と、自らがすべき役目をこなせばいい。


その女性と、通路ですれ違ったのだが、私の指がたまたま、そのポンイントに触れた。そんな一瞬の出来事ゆえのことだが、予想もしない意外な展開となる。


抱きしめ、私が編み出した御手(!?)による省エネ(手を抜くという意味ではない)施術を繰り返す。いままで上げたことのないような歓喜の嬌声を上げ、顔は色香と艶美を増していく。



しかし、運命とは異なもの。さて、これからというところで、時間切れ。撤収の時間になってしまう。私はルールやマナーを守る男である。手伝いが片付けをほっておいて、遊び呆けるわけにはいかない、女性には申し訳ないが、続きは次回とさせていただき、撤収作業の輪に加わる。


勿論、次回、会えるかわからないし、また、女性がそんな気持ちでいるかわからない。希望的観測でしかないだろう。しかし、そんなイメージトレーニング(というか、妄想!?)は、とても楽しいものだ。バブル時代の“花金”、“花木”ではないが、そんなドキドキとした感情を抱き、週末に楽しいことがあるとワクワクと胸騒ぎするというのが嬉しくもある。また、明日を信じ、まだ、未来に楽しいことが残っている、と思いたくなるのだ。


しかし、次回、「2018 FIFAワールドカップ ロシア大会」。まだ、こんなことをしているのだろうか。

当然、現役は無理かもしれないが、監督やコーチだけでなく、会長なんて役割もいいかもしれない。「遊びの世界の会長」に立候補か!? しかし、「2020 TOKYO」も間近。まだ、この遊びがあるか、それだけが不安だが、遊びの文化は決して滅びることはないはずだ。



遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、
遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ。


(by 梁塵秘抄)


なお、本日記は2010年6月に書いた日記を下敷きに新たに加筆している。4年に一度、本日記を更新できれば幸いである(笑)。


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