• 18 Dec
    • 鉄道離れが最近やたら絶望的になっている件について

       ここ数年日本人の鉄道の固定利用数が減少しつつあります。「国民の××離れ」という言葉を安易に使うのは好きではないのですが、現在の鉄道の固定客は通勤通学客とはいえ商圏として安定度はそれほど高くない客層で、つまるところ相当に制限された土地柄を武器として商売をしていたはずであり、こればっかりはそういうことなのでしょう。 とはいえそういう場所だけではなく、ここ数年で全国的に都市内通勤バスの開通が無闇に目立つようになっています。 もちろん日本に限らず都市交通の重心が鉄道から様々な交通機関などに移行していることが大きな要因のひとつであることは間違いないのですが、それでも2000年代は単なるブームでしたから、これはただ客が移動しているだけではないと思うに至りました。 問題視されている地域を見てみると、大都市圏で最近道路整備が行われた地域が相当多いことがわかります。ここから導かれるのはこれらの現象は社会の成熟ということだけではなく、もう経営側としては今の「詰め込み仕様」形態の未来に希望を持っていないのではないかという推測。 現在鉄道会社が推進しているホームライナーや観光列車、通勤高速バス等の業態は、まさにその発信をあらわしているものとみなせますが、いずれもが高価格型のものです。 客を詰め込んで小銭をちゃりんちゃりん稼ぐのではなく、わざわざそのために乗ってもらう商品で1人頭の消費金額を最大化する方向。言い換えれば「ノスタルジー」のビジネスから「現代的」のビジネスへのシフトが今まさに実行されている最中であるということでしょう。 たとえば西武鉄道や京王電鉄でホームライナーの運行が開始ないし計画されていますが、これは将来的な利用者の減少を見越した収益を維持するためのものです。 有料の指定席の設定があれば、収益を維持できるのではないかとも感じるのですが、意識的な業態シフトの一環と考えれば納得がいきます。 日本は満員電車がいまだに根強く支持されている、世界的にも稀有な先進国です。しかしいま日本国内でも、本格的な鉄道業界の衰退を見越してか、このような新しい動きが起きています。 とはいえ信頼性の低下が社会問題になっている現状だけを見ていると、いざ市場がシュリンクしてしまったとき現在の企業体力を維持するのは難しいように思えます。 そんな中、鉄道会社が進めているのは文字通りの商業地化。同業態だけを見れば市場衰退による影響は軽微といえます。ICカードもそれなりに覇権を握ったといえる規模になりました。やはり他業界よりドラスティックに舵を切りつつある鉄道会社が、この先も関連企業の中では一強になるのではと感じます。 そのぶん、満員電車の光景はこれからも徐々に減り、おそらく近い将来、大都市圏のごく一部の区間が残るのみとなり、半数近くの利用者が他の公共交通機関にシフトするのではないでしょうか。 その鉄道が結果として「わざわざ使うために来てもらう施設」になってしまいそうなのが、ある意味皮肉ではありますが。

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  • 15 Dec
    • 日本人が貧困にイラつく理由が先進国で最も貧弱な「国民性」にあり

      先進国で最も国民性が不幸な日本日本は世界3番目か4番目の経済大国なんだけど、これが事実上の“普通の景気”状態でアベノミクスで不景気が収まっただけ。世界3番目か4番目の資本主義大国の貧困率がワースト2って結構ひどいよね。最下位はおそらくアメリカではないか。ちなみにドイツはベスト10に入る方で、イギリスは10%もない。ましてやスカナンジビアは…私もアメリカに行ったことあるけど、貧乏人はとても多い。韓国や日本や中国も少なくないけど、体感的にもっとひどい。中流(いるだけマシ)も明らかに存在感がないし、富裕層の富裕ぶりは極端だ。税金も日本みたいに高くない。平均寿命も恐ろしく短いだろう。あれだけの経済大国なのに貧困人が目立つのはかなり不幸。なので、税収が低迷気味で、子供たちは学校をサボって薬物だの暴走族(日本的な珍走団ではない)にはまるわけで・・・そういう面で、経済大国を極めた弊害が最も表れているのがアメリカだと思う。日本でも国民が貧困にイラつく人が多い理由はこれじゃないか。中国もそうで、奇跡的な長期経済成長など大国への道やすばらしい都市ができあがってきつつあるがやはり今も貧しい印象がぬぐえない。一方、経済規模が台湾よりずっと酷い非資本主義国という北朝鮮の大都会は富裕層ばかり。そもそも超貧困国で衰退途上の北朝鮮で、韓国を抜くほどの経済成長を目指す必要自体ないと思うのだけど。それでも民度が高いされただけまし、まともな民間の救済措置が充実していて全然いいのがアメリカだろうか。アメリカ型の国は、日本に限らず社会保障の未熟な地域や国が多すぎるわけで、それらの改善を差し置いて、そもそも経済大国ですらない地域ばかり過剰な社会保障や貧民の排除が充実しているのは謎だ。そういう地球の社会で、過剰な後進的経済成長の恩恵・特権的優遇にぬくぬくと恵まれた人間が移民や留学生として日本にやってきて「ああ、このへんは貧困が酷いなあ。私の祖国より残酷だなあ」とか言っていようものなら、日本人が「だったら早く貧乏人を殺せや!」とキレたくなるのもわかるよ。この状況の悪さはシーパワー地域になっても変わらない。台湾は、韓国に先んじて欧米や日本的な生活保護を導入したがやはり全体的にまともな国に比べて貧民の民度が低いことは否めない。香港を見ても、たとえば高所得者と低所得者との格差が世界最悪レベル。これでも社会保障は日本より優れている方だ。香港・シンガポール・マレーシアは中華シーパワー地域だが貧富の格差が劣悪なことは有名だ。私たち日本の人間にとっては東京と沖縄の貧富のひどさに馴染みがある。住んでいる横浜も貧民街からヤクザこそいなくなったが、いまだにヤンキー王国でPTAも苦労している。さらには東京の六本木や赤坂同様に富裕層の町と貧乏人のスラムが隣接している地域もある。世界第3,4位の経済大国の首都とその首都圏第二の都市にあの残酷さはない。一説には、かつて日本がアメリカやロシアと対決を繰り広げるほどの勢いのある大陸根性の国だったために返って冷遇されているのではないかという意見さえあるようだが、もともと(1960年代まで)貧しい国だったが故の古いスケールの道徳構造や国民性がそのままに、経済や賃金や物価などのインフレで物や金などが乱立した結果であることは確かだろう。日本はよく金持ちが多すぎると指摘される。一方、非常に少なかったバブル以前と比べるとどうだろう。客観的に見て、明らかに現在の方が民度がひどく自己中心的だ。これはあまり成熟していない中進国の特徴で、個人主義に最適化された社会環境がある。だから日本の有権者は自己中心的な人が目立つのではないか。1970年代どころか、戦後最も景気の悪かった1990年代や2000年代と比べても現代は明らかに民度が後退している。格差社会の恩恵か富裕層の数はあるが質はなく、中流以下は低い民度の負担しかなく、所得税もやっと引き上げられたばかり。自公も現在こそ左翼政党であるがその品格が特にない。というわけで、日本人が貧困ふざけんなと思うのは、世界の五本の指に入る経済大国でありながら、旧西側有数の貧困率と、富裕層人口に見合う道徳が存在していないことにも怒りの原因はあるので、この辺は国レベルで解決を考えないといけないと思う。ほんとに界隈の貧困と民度レベルって劣悪だからね。貧困層の娯楽が金のかかるものしかないのもつらい。最近では原付や二輪車が人気だが、多くの都市では富裕層の自動車や二輪車離れがあり、富裕層はお金のかからないはずの自転車を好む。日本の子供や学生の貧困率が最悪だといわれた2011年には自動車業界にPTAが屈して高校生が二輪車に乗れるようにもなったよね。東京都市部や富裕層の割合の多い高偏差値高校ではバイクの免許取得「すら」許されていないからまだ良心的で、郊外の国公立進学校「ですら」自己責任のもとでの取得および車両の所持および運転可(通学のみ不可)にあってましてや通学すら解禁されているそれ以外の学校とは違う。しかし、よく考えてみてよ。学歴社会や超寿命社会で精神や知能の発達が遅くなっている(成人年齢を22才まで引き上げる話すらある)のに、明らかに理不尽すぎだろ。忖度などに代表される面倒臭過ぎる日本の儒教社会や大人社会があるから、時代によって価値観もばらばらで、普遍的な価値観の共有ができないわけだ。そうこうしているうちに貧困や貧乏の名残がまだまだ切り売りされ、宝くじの賞金インフレなどで高所得者になる選択肢が増え、大人じゃないと成り立たないはずの免許やお金やバイクを高校生ですら持つようになり、管理教育の論理も強引に捻じ曲げられるわけで。欧州ではこんなことは絶対にありえないイギリスやドイツに限らず、欧州各地やロシアでも、国民の社会保障や貧困防止装置は日本よりはるかに充実している。インフラの公有主義や適正な税金が徹底されており、子供の貧困率が低い。したがって高校生の癖に二輪車で遊ぶ人たちというのは非常識になるので、国民性の劣化がここまで悲惨なことにならない。とにかく今の日本人はマジで異常だ。例えばロシアの「政治」は日本の現状と性質がめちゃくちゃ似ている。大統領に近い政党はすさまじい権力を有していて、野党や反体制派の粛清などは日常茶飯事にある。しかしその国に住む国民は全然ズボラではない。政治の選挙もまるで日本や韓国のように絶望を感じることはない。国民性が成熟しているから誰も絶望しないからだ。実際ニュースを分析すればわかる。日本と物凄い政治のイメージが似ている。だが、有権者の民度が違う。そのくせ暴動が少なく、娯楽も多く用意されている。とまあこれすら「東側にすら笑われる日本」なのだ。先進国日本の国民性はそうあってしかるべきなのだが、国民の道徳を充実するために活用すべきリソースを落ち目のものにばかり継続的に与え続けたのがこれまでの日本人とそれを見て見ぬフリをしたアメリカなわけだ。そりゃ、中流や富裕層の日本人は「貧困死ね!!!」と叫びたくもなるよね。日本の低民度問題も「荒れる貧困層」もこんなの明治時代からあったわけだけど、平成時代の間一切これに向き合わず、何も解決するための施策を打たなかった結果が現状なので、バブル期以来の貧困の過酷化問題や荒れる若者や大人の復活は起こるべくして起きた悲劇といえる。しかし、そろそろ限界だぞ。そのうち安保闘争や西成暴動ばりに暴徒化するんじゃね?日米の貧乏人の民度がひどいのは私もよくわかるし、バイクで遊ぶ貧しい高校生すらアジアの中では無難な部類でも世界基準では狂気そのものなので、やはりこれは、国民的議論にぶち上げるべき課題ではないかと思う。この現実に苛立っている人もみんな中流か上流なわけで。国レベルのことだよ。これ

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  • 27 Nov
    • 文化性や人間性は「社会環境」で形成されるという事実

      前川前文科政務官はやっぱりスゴいよ。そしてこの個の確立の失敗は、日本スゴイを煽るワイドショーや愛国バラエティやヘイト出版物を求めて盲目的に消費する下層大衆層にも見られる特徴だと思う。日本人と一番近親性のある外国であるとなりの韓国人をことさらヘイトしたり、戦前から代々日本で生まれ育っていてハングルが喋れない在日コリアンをガイジンと認識してしまうような人、本当に狂ってるとしか思えないけど、ネット上を見ても、マスメディアを見ても、こいつらの感覚の方が主流という現実。自身と「よそ者」を切り分けてことさら私たちの独自性を強調する人たち(残念ながらレイシストには限らない)はなぜその虚構のファンタジーを信じ続けるのか。よほど物を知らない、異なる階層の人間と会ったことがない、持つ層や外国人の友達がいない、均質な環境にばかりいて経験値が少ないとそうなるんだろうか。確かに日本は貧民精神だし、シーパワーで外国に行くハードルが高く、貧富の格差もすごいのも事実だ。では自身とよそ者の関係を「人付き合いレベル」に置き換えて考えてほしい。今の日本はどこもよそ者の集まりだ。日本国内に富裕層や在日外国人がいるように、違う属性の人間が大勢いる。例えば私は先祖の出身地が中国と韓国の「中韓系日本人3世」なのだが、中国語と韓国語は喋れない。血縁的には大きなつながりを持った年配の親戚の知人が何を言っているかわからない。中国語は東南アジアの言葉とは大きく異なる。帰省時は知人との会話を英語でやったほど。「中国・韓国語」は日本で聞く外国語で最も聞く機会の多い言語の1つといえるが、それはその地に生きる人でないと会得できない。土地に根付いていれば、たとえ肌の色が違っても、流暢な中国・韓国語を話すことだってできるのである。また、私は母親や自分やその妹自身が一時期ワルのようにグレていたこともあるが、「道路を走る乗り物」に好き嫌いがある。オートバイや自転車やバスのようなものは割と好きだが、外国では当たり前の四輪車は無理だ。あんなストレスとの隣り合わせの乗り物なんぞ運転できるもんじゃないし、運転中は音楽が無音じゃないと耐えられない。また、祖母の家はかつては裏社会で、母もやたらめったら不良臭いイメージだが、私は喧嘩や詐欺が苦手で、特に嘘騙しがダメである。人をだませないわけではないが、アサーティブじゃないとだめだ。こういう違和感は、大学時代や社会人の今に至るまで在日外国人の仲間と飲み会に行った時の食べ物の選び方や飲み食いの仕方で感じることが多い。彼らは同じ世代だが、親戚の中・高年に感じるものがあり、自分にはそれが共有されていない。社会性が地域を決定づけるわかりやすい例がハワイである。ハワイの地で、ポリネシア系はもはや10万人以下しかいない。さらに純血のハワイアン先住民となると極めてわずかだ。ホノルルの街を歩いていて彼らを見かけることは少ない。それよりは日系人の方がはるかに多い。近世以降白人が入職すると、ハワイ先住民は虐げられたし、大規模農業開発のための人的資源として搾取された。植民地主義はどこもそういうものである。しかし、白人が持ち込んだ疫病などで多くは死んでしまい、代わりの労働力が必要になり、華僑が来て、その次に日系人が来て、全世界から人が集まった。「未開な土人」感覚で民族性が否定され、近代化の犠牲によって、ヘイアウが壊され、フラが禁じられ、言語を失い、ハワイ人の文化は衰退する傾向にあった。だが、1970年代にハワイアンルネッサンスという社会運動があって、民族文化の復興が実現し、今となっては本物のハワイ文化に触れる機会が多い。白人は不都合な過去に向き合い直視し、反省し、そしてその文化の復興にともに力を合わせた。そういう虐げられる者の抵抗と、強い側の責任を果たす努力によって、ハワイの多文化社会は成立している。最近台湾の蔡英文総統やカナダのトルドー首相が立て続けに先住民族に謝罪したが、ハワイの後追いなのだ。ハワイに理解の深い人ならわかるだろうが、向こうでは普段着や正装がアロハシャツである。アロハとはハワイ先住民の言葉であり精神だが、シャツを発明したのは日系人だ。それを白人たちが自分のものとして着ているし、ハワイ人も、日系人も同じ愛着を持って地元の衣装として親しんでいるのだ。民族によってハワイにやってきた経緯はまちまちだし、歴史的に力関係も変わる。虐げられたハワイ人だってもとは王国を築く支配層だったし、大規模農業で搾取される側の日系人も今や州のエスタブリッシュメントを占めている。しかし、どの民族が上だとか、そういう発想は今の成熟社会にないのである。ハワイと比べると日本はどうか。日本国籍を取得した力士が国技である大相撲で優勝しても「日本出身力士」の時と盛り上がりが違う。国籍と民族は違っても社会的には日本人と変わらない在日コリアンが差別されていて、ハワイにもよく似た歴史と地域柄を持つ沖縄は県丸ごと被差別対象となっている。裏社会や芸能の家系じゃあるまいし「国籍」は世襲制の特権ではない。日本人らしさは遺伝子で引き継がれるものではない。中韓に親しみを感じる私も中国・韓国人の言語や感覚を理解できないように、純血の日系2世・3世・4世が日本語をしゃべれず負の日本性を共有しないように。国籍とは要するに帰属を示すタグに過ぎない。会社に入社すればその会社の社員となり社員証を交付されるが、退職すればプッツリ切れるのと同じこと。たまたまそのタグを生まれつき持っていたり、代々持っていても、偉くもなければすごくもない。タグはタグにすぎないのである。ダニエル・カールはドイツ系民族でアメリカ国籍で在日でもあるわけだし、白人であれハワイ人であれ日系人であれ華僑であれポルトガル系であれその全部の血が混じった混血であれ、ハワイ人と同じアロハを共有する「ロコ」であり、偉大な自由の合衆国に生きるアメリカ人なのである。

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  • 21 Nov
    • 極端な話、「糖質的なマナー」は日本から追放するべきじゃないか

      意味もなく二輪車に背もたれやカウルをつける人(旧なんとかや珍なんとかみたいに)をたまに街で見かける。これは交通戦争の負の遺産の名残で、不良の時代に由来するものである。しかし現代人は普通に些細なことで車両を殴らないが当たり前で、非武装なのでただみっともないだけだ。けど自分の身分を何も考えずに車のガラスをスモークにするような人ほど、そういう改造をしてたりする。都会の郊外や田舎の幹線道路で、水の流れに任せるようににスイスイと走る車両(走なんとか屋のようなものをひっくるめて、特にスポーツカーと二輪)は邦人から見ても外人から見てもカッコいいでしょ?一方、同じような道路で無意味に低速で音を立てて走る人がいて、あれが不思議だったのだが、こういう時に育ちが知れてしまうんだと思う。「糖質的なマナー(一般人には異常としか思えないもの)」とは必ずしも異様な空間に育って形成される、現在狂った社会に住んでいるから維持されることではない。「理不尽でも受け入れざるを得ない大人の常識」時代の感覚を、狂った社会もなければ交通戦争もなくなったはずの今に押し通すこと。意味が失効しているのに無理やり現代に当てはめることで発露する。東京もソウルも台北も現代生活は変わらない。満員電車のマナーも、大学生のキャンパスライフも、デパートも、クラブシーンも、オタクの同人イベントの風景も会社の働き方も似ている。違いがあるなら、現代離れした伝統文化くらいであるのだが、伝統の(特に負の)論理を現代に持ち出すと浮く。誰もが「戦争社会で暮らす日本人」だった時代には、車社会を嫌って鉄道を好んだ、一般人をやめてそっちの道になりきろうとしたオタク世代の青年がいただろうが、現代は寛容社会が基本になっているので、若者は本来平和社会育ちで、糖質的なものなんてないはずなんだよ。にもかかわらず、団塊世代が若い頃に平凡パンチとかを読んでカッコつけて全力で否定しようとしたもの、バブル世代がポパイとかを読んで、ファミコン世代がゲームの平成前半の文化で体現したもの、そういう「日本的後進さ」をどういうわけか今なお継続して持ってて、誇ってさえいる人がいる。誇ってさえいればもう自分はそれをやめて改善する気ないでしょ。で、そういう連中は限りなくネット空間にも見られる特徴だけど、ネトウヨや原住民とは別ベクトルで、どっちかというと「若者になりきって体に恥ずかしげなく絵を描くような人」とかに感じるものがあるんだよね。ゲームが好きなのにガラケー文化の感覚のゲームを遊んでいる人の画面って、ちぐはぐ感があるじゃん。日本以外の国でそういうものは流行しないでしょ。したら悪い意味で浮くでしょと。もちろん、大都市部であれば、満員電車で見る人はみんなちゃんとしてるんだけど。そういう層が駄目なのよ。それでいてオタ充ではない。オタ充は、リア充とはいえオタクだから、文化的な人づきあいがあって生業をしていて、どこかで活躍しても、封建的な伝統規範はさほど従わない。オタクイベントで越すプレしても罪悪感はないくらいにそれとは疎い。そういう人はいいわけ。現代で主流のオタ充でないし、当然大衆に反動的なオタクでもない。大都市部や地方で一般的の現代人とも違う。ガラケーをスマホに置き換えたり、フローリングの物件に住んだりしているのになぜか普遍性より旧式の特殊な論理を優先する。恥ずかしいと思わない人。そういう存在が日本のネックでは?日本が、韓国や、台湾や、中国や欧米とかと比べて明らかにダメになってるのは、多数派ではなくても首都圏の一定レベルですらそういう人間がチラホラいる。もしかすると社会階層の高低に限らず、ばらけて、そこかしこに地雷みたいに埋まってるんじゃないかと思うわけ。そういう人たちに「マナーを押し付けられかねない」ということを常に意識しながら生きていけなければ、出過ぎた杭になれる人以外はみんな萎縮するから、東京から否日本からイノベーションなんて起きないんじゃないか。とか、睡眠中にふと考えた。それが日本低迷の原因なら、日本から糖質的なマナー感覚は追放すべきでは?明治時代の脱亜入欧や戦後じゃあるまいし「欧米化」しろというわけではない。しかし、同じアジア圏でも、都市空間や地方にかかわらず民族や国柄の違いを超えて共有する現代性があるという事実を踏まえ「これ韓国だったら浮く感覚だよな」とか「中国で恥をかきそうだな」と思えることをできてしまうのはやめるべきだ。それってジコチュー排外主義の芽みたいな物だから、摘み取るしかない。内向きで古い論理が好きなら、例えばネット原住民空間の片隅に降りて、そこで生きればいい。少なくとも表の世界にふさわしい人間ではないと思う。そんないらない人より、移民や進んだ人にチャンスを与える地域に、東京は、日本はなるべきだ。

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  • 08 Nov
    • アメリカ人も驚いた、日本の超車社会

       アメリカの都市社会が日本でもてはやされた背景には、超車社会、交通戦争というおなじみの交通問題もある。自助努力だけでなく、社会努力で変えようというわけだ。 日本では親たちが大人になるうえでの遅れを取るまいと張り合うあまり、幼い頃から習い事などの家計負担が増大。高校や大学では終電間際まで自習するという学校も少なくない。 だがその結果として公共交通がますます商業地となり、車社会人口がインフレ化。車社会人口の最低年齢はアメリカが16才、日本が17才だが、高校生の免許取得率は日本49%に対してアメリカ12%。日本の子供は不毛な「現実への適応」に、幼い頃から追い立てられているようなものだ。交通インフラに対する交通の効率は、G8最下位レベルとの報告もある。 また交通事故の最多死亡者は2000年代の70代から10年で10代に低年齢化。深刻な過労問題や性病、また公共交通の収益激減も、常にこの車社会ストレスと関連づけられている。 こうした問題をふまえて議論されてきたのが、日本では軽視されてきたバスの充実と自転車道路の導入である。 また市民団体は2015年の報告で、アメリカの事例を詳しく紹介。そこでは都市道路も学校も、脱車社会の考え方が強調されている。こうしたなか自公政権や立憲民主党は、車社会の緩和のためのインフラ改革をテーマに打ち出してきた。2020年にはナンバー登録の台数を現状の8割にまで減らす方針も示している。

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  • 26 Oct
    • 日本の足元からの徹底的積弊更新が必要だ

       さて、近年の不祥事の多さと同時期に車社会が益々深刻化していることは周知の通りですが、それを追うように二輪車ユーザーの低年齢・高学歴化が社会的な問題になっています。現在の予想では現在の状況に落ち着く公算が大きいとはいえ、予想以上に人口が増えた場合には公共交通社会への影響という可能性も捨てきれません。加えて、自転車も増加しているするため、道路状況の悪い地域でも道路の混雑の慢性化の懸念も残っています。自転車に関しては上流学校への普及というケースもあり、この影響が残る中で公共交通が再び劣化すれば1970年代以上の問題になる可能性も考えておかねばなりません。 近年メディアで大きく報道されている一件として、オートバイの常習不正改造者の摘発がありました。無理な改造による悪影響とが原因とみられますが、彼らの乗る車両は20~45年前後前に製造されたもので老朽化も指摘されています。このオートバイは250cc以上であり高速道路を走行する割合は非常に多く、また、無理な運転が繰り返されるなど、車両にかかる負担は一般車両をはるかに超える大きさがあります。にも拘わらず、ほとんど十分な補修がされていなかったのに加え、同様の古い車両が日本には多く存在します。古い車両のなかには環境基準に満たないものもありますが、万が一のことになればあわや大惨事になりかねないことは火を見るより明らかなのは言うまでもありません。 20~45年も同じ車両を、それも負担のかかる運転や改造を繰り返していたとなれば相応の内部破壊が起きていても不思議ではないというものです。車両だけでなく、何十年、何百年と組織が続いていれば、その内部で経年劣化していないほうがおかしいというもので、絶えず組織の内部改革が必要なのも当然というものです。最近日本社会での以上事件が相次いでいるのも、国家や国民という組織の劣化と無関係というわけにはいきません。組織内部の腐敗が不正行為に対する監視姿勢の欠如、あるいは、不正行為そのものや不正行為の隠蔽に手を染める大きな要因にもなります。外部条件に対する鈍感さがますます組織内部に広がるにつれ、今回の旧型オートバイユーザーのケースのように破壊寸前に至っていた車両であるとか、不正行為に起因する製品の不具合といったリスクもきわめて大きくなるというものです。また、そのような腐敗した組織の場合、一回問題が起きても組織内部から徹底的にウミを洗い出すまでには至らず、同様の問題を再度起こしてしまうケースも多くみられます。

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  • 06 Oct
    • 高山直人の仮想政治団体・明哲の会の公約(出馬していません)

      ■明哲の会の公約(1)消費税増税凍結(2)無駄な公共事業の削減(3)ポスト・アベノミクスの経済政策(4)20のゼロの実現(5)雇用・教育・福祉の充実(6)ダイバーシティー社会の実現(7)地域の活力と競争力の強化(8)憲法改正(9)危機管理の徹底(10)ベーシックインカムの導入■20のゼロ(1)原発ゼロ(2)隠ぺいゼロ(3)犯罪結社ゼロ(4)待機児童ゼロ(5)公道の自転車ゼロ(6)殺人的通勤ラッシュゼロ(7)知的・精神障害者ゼロ(8)中卒ゼロ(9)ブラック企業ゼロ(10)天皇制ゼロ(11)特殊詐欺ゼロ(12)ガラケーゼロ(13)テロリストゼロ(14)貧困ゼロ(15)拝金狂ゼロ(16)刺青ゼロ(17)風俗ゼロ(18)痴漢ゼロ(19)肥満ゼロ(20)イケメンゼロ日本をフォーマット!明哲の会

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  • 24 Sep
    • パヨク≠左翼

      パヨクの目的は、日本人の市民意識を低下させること「革新派」と、「危険な過激派左翼」を混同させる主義主張はともかく、多くの人に威圧感を与える服装を身にまとい、誰が聞いても意味不明にしか聞こえない言葉遣いのプロパガンダを流したり、犯罪を繰り返していれば、主義主張を理解してもらうどころか、革新派のイメージを落とすことは誰にでも分かるのです。国民が受ける影響「日本の革新勢力」と、「危険な過激派」 を混同するようになる彼らが事件を起こすたびに、それを見た人たちは「日本の革新系は、いずれ暴力などの奇行を行う」と思い込む→ 「革新=危険」というイメージを持つ。またパヨクからの実害などを受けた人は、リベラルに対して悪いイメージを持つ (それ以降、右翼的な思想を持つ人も多い)パヨクは反体制「左から右に転向した」などと言って(その逆もある)、一見活動が定まらないように見えるが右も左も、反政府・反体制といった部分が共通している (手法が違うだけで方向性が同じ) 逆宣伝とは?一部の団体では、業務妨害などの奇行が見られますが、これらの行動は逆宣伝と言います。パヨクが「庶民」を尊敬しているというのは本当でしょうか?社会主義者であるはずのパヨクは、本来なら「庶民」を尊敬しているはずです。しかし、庶民社会には、絶えずパヨクの集会が、著しく路上で行われていて、その道路には車や歩行者などで賑わい、時には渋滞などを引き起こしてしまいます。以前、渋谷駅周辺でデモ隊が、路上での渋滞を引き起こしてしまったり、共産党が弱者を搾取してきたことがあります。このようにパヨクが庶民の日常生活妨害したり、弱者を搾取するなどの理由は、彼らの正体を知る上で重要な手がかりと言えます。

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  • 23 Sep
    • ネトウヨもファシズムもヤンキー文化も、みんな右翼思想の仲間ダヨ

      嘗ての日本では、暴走族が猛威を振るっていました。彼らは、このような車両をこのように乗り回し、自動車に対する悪い印象を植え付けました。このような、おかしな行動をする人達は、表舞台からいなくなりました。しかし、1990年代、裏社会による若者の買収が失敗し、彼らは皆「見た目はソフト」の詐欺師的な手法で偽装し、今なお活動を続けています。「頭の中身」がアウトローから全く代わっていない連中が、変わった手段を使わず、派手な手段を止めて、行動する保守という市民団体を作り、政権議員を輩出するにまで上り詰めてしまいました。では、彼らの「頭の中身」と「詐欺師的手法」を順を追ってみていきましょう。「オルグ」とは、元は左翼の言葉で、仲間に引き入れるということ彼らは、暴走族さながらの組織に日本の若者を引き入れようとしています。暴走族のような地下社会の組織では、日常的に抗争という集団間の争いが行われます。抗争は、仲間同士で殺しあうこともある恐ろしい事件です。暴走族を考え出したのは1970年代後半の日本人当時、日本の暴走族を見た人達は、このような証言を残しています。彼らは、国旗や戦時中の軍隊の旗を振り回しながら走っていた。彼らが着ていた服には太平洋戦争時の軍服を思わせるものだった。彼らには恐らく、我々バイク乗りに対する強い悪意があるに違いない。恐らく、いつしかは日本の若者を犯罪者集団みたいなところを通じて右翼化に結び付けたいのだろう。日本初期の暴走族は、走り屋、雷族を代表する、海外に影響された左翼色が強い集団でした。ところが、1970年代に日本の左傾化が最高潮になると、このような実態に疑問を抱く人が出てくるようになりました。そこで、とある日本人が、現代のイメージに通じる暴走族を考え、右翼や暴力団を思わせる集団へと変化していきました。暴力を使おうとも、「暴走族という集団と通じて、若者を右翼に引き込めれば、国家にとって最大の利益になる」とも考えました。だから、雷族のような横関係はむしろ邪魔。必然的に徹底した縦社会になります。ですから、暴走族に染まると、人格が変わり、攻撃的で感情的になり、知性を軽視し、平気で罪を犯し、現実を考えないで理想ばかりを追求するようになります。これは暴走族が単なる犯罪集団にとどまらず、「精神」までも支配し、偏狭性と恐怖心をも燃え上がらせる魔力を持っていることを現します。暴走族はまさに、地獄の思想への入り口、右翼へ転落する道の入り口ともいえるでしょう。暴走族=右翼は、いまだにアメリカ・日本の反知性主義に憧れ、徹底的に病的に知性や左翼を侮辱し続け、一向に止める気配がないのは、地獄の思想に精神と頭脳を支配されてしまっているからです。1975年に、Kが発足。Kの影響を受けた日本中の暴走族が雷・サーキット族を次々に買収し、全日本の大体の雷・サーキット族が全滅してしまいました。若者が天国と夢見ていた暴走族の実態は、それと間逆の殺伐組織であり、好戦的な犯罪組織でした。暴走族は地下社会に買収され、彼らに殺害されるのを恐れて、不満を言うこともできませんでした。暴走族が走行する際に行う空ぶかしを「コール」といいます。「コール」は、空ぶかしをメンバーへの合図にしていたのが由来で、走行中に常に空ぶかしをしているのはそのためです。1996年五反田で起こった、若者襲撃事件。無関係な男性が暴走族の構成員によって死傷した。逮捕された構成員は、暴走族との友好団体から習得した殺人技術を習得していた。1980年代からこのような事件は日本各地で起こっており、この事件は一般人を平気で殺す暴走族の恐ろしさを日本人に知らしめました。暴走族が、迷惑行為を起すことも屁とも思わないのも当然です。そのような連中にひたすら媚びる、日本の市民団体たち2013年から活発化している左翼系市民団体について、右派側は、左翼によるデモの妨害や誹謗中傷に抗議しますが、なぜか背後の団体に関する言及はありません。この「左翼」は、ネトウヨと同じく日本人の堕落に手を貸す二枚舌で、イメージを悪化させる目的でやっているのです。2005年以降、急激に日本の不良人口は激減し、彼らが目論んだ日本人の右傾化の計画は失敗したという結果を歴史に残しました。現在、右翼は自民党と行動する保守とマフィア系くらいしか残っていませんが不良衰退の日本的な流れとは逆に、日本国外では逆に息を吹き返しています。ヨーロッパは日本の右翼思想を与党に取り入れ、排外主義を取り込み、アメリカは日本帝国主義の思想を取り組み、反共戦術を拡張。かくして、右傾化を防ぐ防波堤だった欧米の連携は崩壊。暴走族や地下社会に染まっていたような人達は、表社会に根を張った新自由主義やサブカルに合流し、非暴力の右傾化策動を進めるようになりました。彼らは善良な人物のように偽装し、各界各層からの援助によって、広く社会に浸透していきました。その方法とは・・・暴力組織で若者を乗っ取らなくとも、直接その国の秩序と平静を破壊すれば右傾化はできる平静を破壊する最も効果的な方法はファシズムとPCの拡大文化のソフト化と環境・人権問題を通じて「サイレントファシズム」を実践することだ。彼らは、デモ「そのもの」を批判する者を、レイシスト・過激派のレッテルを貼り、表現の自由と民主主義と環境権を強く主張します。そして、デモ行進、講演会、教育機関、カルチャーを使って、治安破壊、監視社会化、右傾化を引き起こしています。今はその考え方が世界のファシズムの主流であり、(ニセ)左翼、(金儲け)右翼などはそれを手助けする団体の巣窟です。「デモを通じた日本批判やデモのイメージアップのSEALDs」の組織の理念も「サイレントファシズム」であり、それを忠実に実行しています。行き過ぎた統制主義も、その役割を担い、見る者の意識から平和主義的な価値観を消していく手段としてファシズムに利用されています。最近のノンポリやサブカルに傾いた行政や企業投資も、日本人から経済面での正しさをなくしていく効果の元に行われているのです。また、日本の文化勢力の多数がファシストの味方で、過激派の仲間やマフィアのファミリー同様にタブーなので、日本のメディアは「サブカルチャーと右傾化の関係」を追及したがりません。みんな心にファシズムみ~んな、真っ黒犯罪者の味方真っ赤裏切り者市民の敵国家の迷惑善良な人が大嫌い偽公益隠れ真っ黒ブラック右翼政権万歳オタク・リア充を名乗る隠れヤンキー反知性主義の申し子達一枚岩の構造がばれて支配層の資格がなくなるはずのファシズムを延命し人類から秩序追求心を破壊したい彼らにとってトランプ政権は、まさに願いどおりの状況を作り出しました。「社会の極右化は神様の怒り?」とんでもない。最悪の状況のときに未曾有の大災害が起きるのは悪魔が自由に動く地上の基盤ができているからです。トランプ政権が発足以降に取った行動のすべてが、アメリカ秩序を破壊するためにとった行動だとしか思えない案件が多すぎます。トランプ政府と右派組織の背後にいる悪魔が操作しているとしか考えられないほど彼らの悪魔性が際立っています。まさに1970年代の暴走族から続く地獄の思想に魅せられた悪魔の申し子、右巻き。

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  • 06 Sep
  • 02 Sep
    • 私のにわか無職時代のお話

      えー、皆さんこんにちは。今回はですね、この記事は、役人仕事を辞めた後どうなたったかっていう話をしたいと思いますね。あの役人仕事を辞めた後の。その後について。 事の発端は4月、2014年の。最初、職場で、職員に、いきなり通帳取られて、おもいっきり。で、「ちょっとこい」って言われて、普段行かないところで連れて行かれて、今はちょっと記憶にないですけど、自分は当時は事務関連の部署に居たんですけど。そこに居て、おもいっきり通帳とられて、ちょっとこっち来いって肩の服、捉まれてひっぱられて、小さな部屋に入って、文書とか渡されて、それで、職を追われたですけどね、あの当時は。事の発端が宝くじだったんですよね、確かね。LOTO6かLOTO7とかtotobigでしたかね。当選金が億単位で。まああの当時はね、ストレス発散という感じで自分もやってたんで。まあそんな感じだったんですけどね。で、私はどこに住んでいるんだ。部屋が1人用だから1LDK。 それも集合住宅。定期収入の証明できないから金あってもいい部屋借りられないので仕方ないんですけど。だから自分はね、前職に就職したのは2007年でしたよ。4月1日の。丁度、在職期間が7年間で。退職したのは4月上旬ぐらいだったかな。もうそこで解雇通知を見せつけられて。それでまあ色々、健康保険の契約変更も行って、 失業者福祉も受けたんですけどね。事実上のフリーランス期間は3年4ヶ月なんですけど、 私はその後転職してそうでなくなりました。家賃とかの最低限の生活費が当選金で何十年かは支払えるので、本当はずっとフリーランスで生きていこうと考えていました。ほとんどの人は入院は1回くらいはしてて、僕は健康者を気取ってたんで余裕になんていうか、入院することはなかったです。中には凄いやつがいましたよ。5回くらい入院した奴とか、40才も迎えずに病死した奴とか、そういう奴もいるんですけどね。自分は3年4ヶ月を生き延びたもんで。そうそう、そのときの仕事は文筆業です。ライターです。なんか、左派活動への関心と、あとなんだろう、学生時代の部活経験でやっていたんですけど。そんでま、3年4ヶ月して、転職して。だから今年の7月1日に、転職したんですけど、そっから特になにもお変わりないですね。私と友好的な家族の人間とか、そういうところはいないんで。あ、そう。みんな車を避けているとか、そういうこといってますけど。確かに車は嫌いですよ。そりゃあ別にどうでもいいんですけど。車嫌いだから2006年の選考試験で公務員以外全部、落とされたんですよね。だからもう、その時点でもう選択肢がないってことですよ。だったらもともと面倒くさい人間なんだから選択肢が少ないも同じじゃないですか。…っていう変な理屈ですよ。まあ勝手に、その車が嫌いとか、そういうガキとか、実際にはやらねえだろ、とかさそういうのは言ってくれていいんだけど、 私、ライター時代の同僚から論理を尊重しろって叩かれてるんで、今後出版する本とかはそうすればいいだけの話なんで、論理的にね。ああ、そうそうそう。なんか今なんだ、なんか横浜でのVIPネタ。あんまニュースとか読んでいないんでよく分からないんですけど。テレビで見れるとかないとか、なんとかって話なんですけど。それ見逃してしまったんですよね。同じ時期に見るんじゃなかったって。その事件知ったの夕食でスーパーの弁当食べてからなんですよね。まあそんなのどうでもいいんですけど。あれは、国民的関心って見てて誰でもわかる、っていうか私ならわかるんですけど。まあ私の場合はやるときは本当にやるんで。本当にあの時は、今までは感情論の寄せ集めの本ばかりにしまって本当に申し訳なかったんですけど、それだけお詫びのつもりで、次に出す「卑しさに包まれたなら」以降の本はそうしたいと思います。まだ次にどうするかは決めてはいないんですけど、有力候補として自己研究か昔やっていたブログの書籍化にしようかなーとは今考えているんですけど。反日ブログというよりかは、やっぱりフェイクニュースやB級小説のほうがなんかいいような気もするんですよ。やりやすいような気がするんですよ。反日本って市場も広いしさ、敷居も高いし。まあ小説とかって敷居低そうってイメージあるし。フェイクニュースの書籍化のもなんかやりやすいっていう感じありますよね。だから適当に買ってくれるっていう感じだからやりやすいっていう。反日系の人は案外まじめだから、ちょっと反日本を出すかもしれませんけど。反日本を。ちょっとみなさんにアンケートとりたいんですけど。私9/1~11/8まで仕事が忙しいので余裕がありませんが、それ以降であれば余裕があるのでそれ以降に作品を出したいと思います。反日本と、フェイクニュースネタと、B級小説、どれにしてほしいですかね?よければコメントをほしいんですけど。ちょっとまだ決めてないんで。9/4に出す本は本屋に売っている本じゃなくて…Amazonか。そこらへんですね、ネットで買えるんですけど。別にでも、3000円クラスでも600円クラスでも別にどこでもいいんで。売っているんで。3000円クラスなら読み終えたら中古で売れるんで、それみてもらえば分かると思うんで。でも600円クラスを買ってほしいな。値段も手ごろだし。ちょっとね、手ごろっていうと円状商法になってしまうかもしれないし。そのアンケートをお願いしたいんですけど。まあそういうわけでそろそろ終わりにしたいと思います。閲覧ありがとうございます。

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    • ヤンキーを肯定する国民ばかりではない

      最初に結論をハッキリと示す。「ヤンキー化する文化は100%悪い」である。これ以外の結論はありえないし、これ以外の結論に対して一理あるなどと、理解を示してはいけない。日本社会はヤンキー性を徹底批判するべきだし、ヤンキーを付け上がらせた責任を負うべきである。現在の若者の多数であるオタクは、ヤンキー階層を徹底して批判してきたはずの人だ。このような文化に名を借りた不良肯定を決して許すべきではない。いくら彼らの文化に文化性があろうと、そのような権威を笠に着た不良が許されるべきではない。オタク界隈は自身の文化からヤンキーを追放するべきである。文化共同体として不良精神を許容するような間違えたメッセージを発するべきではない。迷惑しているのは少数だけという意見もあるが、たとえ常識人の範疇から逸脱した行為があったとしても、普通のオタクはあくまでもオタク的に振舞うものである。もし、これによって文化的価値観が存在したならともかく、不良趣味だけではそこに文化性は認められない。こんなことはごく当たり前の教育の中で成長し、今の社会に生きてきた人であれば、当然至るべき結論だと思うのだが、残念ながら「何も悪くない」とか「文化のためにはヤンキーも時には必要だ」とか「周りの人間も迷惑していないと言っているからいいのだ」などという声も大きい。残念ながら、この社会には「不良は文化の発露である」と考える人が少なからず存在している。こうした逸脱に「良心的な理由」を求めたがる人は多いのだ。そうした不良は文化の発露という論理によって、常に苦しめられ、時には殺されているのが主に日本人なのである。不良による問題は、同年代からのものもあれば、年上や年下によるものもある。さらに直接的なものもあれば、アウトソーシング的なものもある。アウトソーシング的なものというのが分かりにくいので説明すると、例えば今回であれば「自分は不良を肯定しないが本人は悪くない」などという矛盾した論理を語る人間が用いているのが、アウトソーシング的なものである。すなわち、自分が不良行為をしない代わりに、不良行為を誰かに委託するのである。そしてネット上ではこうしたアウトソーシング的な不良行為が、ヤンキーの不良行為を肯定する形で行われているのである。こうした行動によって傷つくのは、当のオタクなどではない。今も日本中にいる数多くの不良に怯えている日本人たちである。そうした日本人たちにとって「理由があればワルしてもいい」というメッセージは「不良行為にはそこに価値があるからだ」という意図として伝わる。不良は文化の発露だというメッセージは、不良行為をこうむる人々に嘘の文化の表し方を教えてしまう。不良に囲まれて育った子供が、大人になると不良行為で刑務所に入ってしまうというのは、よくある話である。大人になれればいいが、不良行為で死ぬ一般市民たちもいるのである。だからこそ私は、この問題はそもそもヤンキーと当のオタクという個人間の問題ではありえないと考えている。そして同時にオタクという集団的な立場の出すメッセージが最も重要であると考える。だからこそ、今回の問題で一番のキーパーソンは当のオタク全員であると考えている。こうした不良による、一般人に対する不当な行為という、まさにヤンキー社会の問題に対して、それを批判してきたはずのオタクが前述のような、ヤンキーを断罪しない、良く言えば大人な、悪く言えば権力にしがみついた老害のようなメッセージしか出さなかったことには強い失望を感じている。当の本人ですらこうなのだから、他の文化階層で同様な事件が起きても、誰も狼藉する人間を断罪などできないだろう。この事実は、今、不良による迷惑を受けている一般市民にとっては、絶望的なことである。だからせめても、私はヤンキーを断罪する。そしてヤンキーを擁護する人達を断罪する。不良は文化ではない。不良は決して許されない。そして不良に屈することも許されない。少なくとも、今回の件に対して批判を続けている大人は多いはずだ。一般人は日本社会に絶望しないで欲しい。例え社会が不良を肯定しても、個々人ではそのような人間ばかりではない。身の周りがどれだけクソ野郎でも、どれだけ人間のクズでも、自分の人生を絶対に諦めないで欲しい。

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  • 31 Aug
  • 28 Aug
    • 私が政治家ならやりたいこと

      1.奨学金制度改革→学歴社会の成熟化のためには学生や家庭に対する負担軽減が不可欠である。2.都市公共交通改造→日本における都市交通は、近隣諸国と比較しても劣るレベルであり、2020年の五輪を目標としたシステム面での改造を行う。3.国民精神改造→国際化に伴い議論のスキルが必要とされているが、日本人の議論のスキルは非常に低いので、それを底上げする。

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  • 27 Aug
    • いい加減、学生ローンをどうにかしてくれよ

      https://anond.hatelabo.jp/20170827105358今日本では国民の借金の増加について議論が繰り広げられている。特に、現在問題になっているのは学生ローンすなわち奨学金である。長引く不景気に伴う就職難や収入の不安定な階層の高学歴化によって自己破産する家庭が出現している。日本政府は日本の学歴社会化を待ち望んでいるが、奨学金ローンによる弊害を知った庶民が高学歴化(高校卒業後の進学)を諦め、景気の自然回復による有効求人倍率の上昇などもあって、早期就職を選択する若者が急増している。これは政府にとって痛い現実だ。世界は経済や社会の成熟に合わせて学歴社会が進むのが当たり前(北欧や韓国がその例)だが、日本の学歴社会化は減速している。(日本の大学現役進学率は1990年代の不況以降上昇し続けてきたが、2010年代に入ってから減少に転じた。)これは日本社会を成熟させるに当たって解決せねばならない問題だ。そこで、私は、ローン式の学生奨学金制度を順次廃止して、給付式の奨学金に移行させる、学生奨学金改革を提案したいと思う。その前提として、人口増加率の減速に合わせた学校の整理を行わなければならない。具体的には底辺の私学に対する閉校勧告や公立学校の整理で、学生ローンの原因となっているランニングコストの削減を図る。一般的に、日本では高偏差値の学校ほど志望倍率や学生人口が多く、低偏差値になるにつれて倍率や人口が少なくなる傾向がある。欧州で教育インフラの成熟がうまくいっているのは、まず大学の絶対数が少ないために、公的機関によるランニングコストの負担が軽減されているからである。底辺校は切り捨てられる流れにし、学生ローンでまかなっていた教育コストの負担が公的に行える土壌になればよい。ついでに、加計学園のような底辺校の新規開設も止めさせるべきだ。底辺校の粗製乱造は公共にも学生のためにもならない。そういう学生は浪人するなり、高卒就職する方がよい。大体日本の学歴社会なんて韓国よりは100倍ましなのだから。なお、今ある学生ローンについてだが、私が教育界隈を司る大臣や役人であれば、徳政令によって債権や債務を帳消しにすることを考える。「自己責任」という意見もあるだろうが、大学の学費ローンは住宅ローン並みと同じくほぼ一生付き合わされる重い負担である。その負担を軽減したほうが、経済復興の加速や若者の消費意欲の向上にも繋がるのではないか。私は国公立大学を卒業した中流の上の家庭出身だが、それでも元大学生としての経済的な痛みは理解できている。もし、地方自治体レベルでもいいから選挙や政治シンポジウムに参加する際には、是非とも日本の学生ローン問題について取り上げてみたいと思う。とにかく、学生ローンというのは日本社会にとって喫緊の課題であるので、次の国会や自治体の議会において取り上げられればと思う。いや、選挙のときに争点にされなければならないレベルになっているのではないかと思う。しかしながら、私は公務員として働いており、娘や息子も今年受験して来年公務員になる予定があるので、民間人のように政治思想を自由に語れないという不自由さもあるのだが……。

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  • 22 Aug
    • 新作「卑しさに包まれたなら」販売開始しました!

      皆さんアニョハセヨ!この文章誰が書いたかわかります?greatchina2って書いてあるからわかりますよね?はい、鉄道おじさんです。皆さんに迷惑をかけたことを謝罪させてください。申し訳ありませんでした。Togetterで茅ヶ崎の緯度おじさんを引っ掻き回したり、動画サイトで左翼動画を多数アップロードして皆さんに迷惑をかけたことを謝罪させてください。 卑しさに包まれたなら (ムゲンブックス) Amazon 卑しさに包まれたなら (∞books(ムゲンブックス) - デザインエッグ社) 3,564円 Amazon 今回は、上記の本(上が電子書籍で下が紙です)を発表したんですけど、よろしければそちらをお買い上げいただければと思います。内容としては日本批判や同人小説みたいなものです。本当に迷惑かけてすみません。それで私、3年ぶりに社会復帰したんですけど、本当にいろいろとありました。今後はこちらのブログでの活動にも復帰しますので、どうぞよろしくお願いします。なお、本書に関してですが、書店でお買い求めいただく際には出版社名と書名(ISBNの方がわかりやすいです)をお伝えいただいた上でのお取り寄せとなりますので、Amazonをご利用ください。何故か書店では直接販売しないという面倒なシステムなのですが、どうかご理解いただければと思います。(運が良ければそのまま打っているのかもしれません。)また、本書の紙媒体は大変高額になっておりますので電子書籍の購入ないし割引の利用をお勧めします。申し訳ありません。

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  • 18 Aug
    • 鉄道ブームに対する日本人の意見から考える、日本の「もう1つの美徳」の不在

      鉄道オタクの新自由主義に対する非難のスピーチが本当にかっこいい。「出て行け。この偉大な産業はお前たちを歓迎しない。恥を知れ。お前たちは公共の象徴とは程遠い」「不良主義者に居場所はない」日本の地下社会発生地の権力もこうあるべきだ。オタクに限らず多くの人々が「まるでテレビドラマのようだ」と称賛しているスピーチだが、一部の反知性主義者(と言うかヤンキー)はこれに不満があるらしい。ヤンキーには根深い反知性と美徳そのものへの拒絶意識があるので本来の美徳とは命懸けでたたかう仕事人であるというこのスピーチが許せないのだ。今回の件で明らかになったように鉄道には二面性がある。一面は、マフィアライクな人たちが正当化するような歴史。たとえば反公共と搾取の歴史であり、国鉄とのプロレスであり、一般市民に迷惑をかけたような産業ぐるみでの公害の苦い過去である。鉄道に限らず、日本においては「搾取される側」にとっては決して歓迎することのできないそうした負の歴史と、世間がどうであれこっちはこっちで勝手にやらせてもらうというモンロー主義的感覚が密接であって、その上でギャング気取りで闘争に明け暮れている風土が日本の哀れな資本至上主義につながる。しかしそれだけが鉄道ではない。そもそも車社会の時代の歴史を考えてほしい。公共交通再生の物語のことだ。そして車社会による弊害に抵抗し、鉄道社会の未来を勝ち取ったかの偉大な新幹線や国鉄民営化も、日本が中心地であった。「日本の私鉄社会」は、現代の鉄道社会再生の礎となり、都市社会経済のひとつとなっているものだ。封建的な車社会に対抗し独自性を求めた人たちが、たたかって自らの夢を勝ち取り偉大な産業を打ち立て、今日を成しているという美徳もある。今回の日本人の怒りの背景にあるのが観光列車問題である。観光列車といえば、地方の鉄道の未来図を模索するための実験であるが、「鉄道オタクの美徳」からすれば、観光列車は公共交通に銃口を突きつける側である。この時の世論分裂がいまだに尾を引いている。昭和時代の鉄道と車社会の共存戦争では鉄道が勝利したので、日本人は車社会から解放されたし、鉄道が滅亡することはなかったが、「勝てば官軍負ければ賊軍」という言葉のわからない馬鹿たちが今になって天使のふりして暴走を繰り広げているという実情がある。公益性を希求する側の美徳からすれば彼らこそ悪魔だ。拝金主義が鉄道オタクの敵の象徴となっている問題は都市社会における暴力と薬物とも重なる。モノといえばDQN車両。つまり日本のヤンキーと酷似している。暴走族は車社会停滞期に社会を敵に回しオタクにボロ負けしたことで消滅した妖怪モドキだ。負けて滅んだはずの集団に美徳を求めるのはどっちも同じ。昭和時代でも学生運動の同時期に不良集団という若者社会規模での問題があった。古い側の左翼などの学生運動派と、不良集団系が競合し、結果的に学生運動が衰退して不良集団が多く作られたが、そのプロレスのテーマに正しさや美徳はなかった。それでいて、私の信条は左翼・リベラルでご先祖様の属性が不良なので、墓参りや帰省をした時に両者のこの手の歴史を探ると血みどろや裏切りまみれでけっこう悲惨で、若者たちが1つに団結できない理由に気づくこと気付く。若者は同一学校の人々とさえ連帯しづらいし、「権力や正義」への崇拝意識も持ちづらいことだろう。現代の若者社会は、隣国そっくりに多数派の過激思想派、少数派の不良系の両者がにらみ合っているだ。まさに昭和時代におけるあの構造が今再現されているのだが日本には「もう1つの美徳」が残念ながら存在しないのである。だから若者社会にしろ大人社会で言う政治や経済にしろパラダイムシフトがほとんどない。昭和期の内ゲバに始まって全社会を敵に回したあげく子供と大人に潰された若者社会の崩壊後、その後継ができた際に、何もかもを作り変えて、成文律や不文律も変更すれば、ここまでひどいことはなかったと思うが、中途半端に当時の残滓を継続したため、元若者の大人や子供はそうした残滓や「逆コース」の批判に明け暮れ、美徳そのものを否定し、冷笑主義の膨張にあり、意識高い系やオタクが言うところの「シニシズム」になってしまい、結果的に社会成熟後の日本の停滞の中でこの体たらくとなった。昭和時代のとある大人は自転車を禁止してオートバイ適合者ばかりにしようと考えていたりしたそうだが、そうやって若者の成熟化に尽力しようとした矢先に暴走族運動が起きてしまってそれどころではなくなり、現在のオタク社会に通じる道ができ、どんどん保守派に都合のいい状態ができてしまったんだよね。だが、新自由主義による弊害や度重なる震災で、オタクの活動場所の鉄道が甚大な被害を受けて、本来の見方である大人がなぜか敵に回り、鉄道社会の人々は自分たちが社会に認められることができずに差別的な待遇を被るという理不尽があり、いびつな美徳が露呈したと思う。かくして今現在の日本では、昭和以降今日まで一貫している「日本の下側面の美徳」を肯定して熱狂する側と、それを批判的にとらえる側が社会を二分している状態であるが、もう一方の美徳が定まらないのである。国民レベルで見れば、マスカルにせよ、サブカルにせよで団結ができているのだが、これが世代レベルになるととたんに躊躇が発生してしまうわけである。だから、もう一方の側がいくらパラダイムシフトを求めても、革命家の中に、それを拒む慎重論が根深く存在している。不在である「もう1つの美徳」をどうやって実現するかが、今の問題を解決する鍵ではないか。

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  • 16 Aug
    • 日本社会を一発で改善する有効策が「責任明確化」

      痴漢を一発でなくす方法世界で最も痴漢問題が激しく、陰湿化する国は日本なのである。中国やアメリカには痴漢はない。なぜ先進国で唯一日本だけこの問題があるかと言うと、それはおそらく「責任の主体を明確化することを渋る」からではないか。痴漢の戦犯は第一に加害者だが、加害者は、ただ好き勝手やってれば自分が処罰されることをわかっているため、第三者に影響を与えるのである。第三者を煽り、傍観者や共犯者をじわじわと作る。そうすることで、自分ひとりが追及されたりすることから逃れられるのだ。もし仮に一つの鉄道路線のうち月に5件くらいが痴漢発生件数となれば、その状態を鉄道運営業者は「痴漢が多発している」と認めることはできない。なぜなら加害者から「うちの未来がどうなってもいいのか!」と糾弾にさらされることになるからで、一般の利用客からも圧力がかかる。もし仮に、その鉄道が全路線のうちにたった1路線が痴漢多発地帯の常態だったとしても、それでも1路線が危険地帯になるともなれば由々しき事態なので、当然新聞沙汰になるし、運営側も、場合によっては公安当局の面々なども処分をされかねなくなる。かくして隠ぺいが起きるのだ。隠ぺいすればするほど痴漢はじわじわと沿線全体に広まる。そしてそれがどの地域でも当たり前になり、どの都市でも当たり前に、どの交通機関も平均的な風景になったのが今の日本だ。犯罪組織が元気だった時代と同じなのである。裏社会の顔色を窺った暴走族が、無責任に自身に不満を抱く一般人をリンチするような構造と一緒だ。痴漢問題は、被害件数が少数(できれば1件)の時点で摘発し、その利用者に定期券の無効化などの制裁を科すことができればいい。もしそれが食い止められずに全体に広まれば、駅長の首を飛ばす仕組みを作れば、鉄道会社はもっと積極的にマトモにこの問題と向き合うようになる。なぜこれができないのか。本当に日本の公共交通はダメだ。きめ細やかに利用者と向き合うには最大乗車率150%くらいがいいと思うし、もっと少なくても良いのではないか。実際東京を見てほしい。混雑がひどくなるほどまとまらなくなり、そうでないと和気あいあいとするではないか。マフィアをなくす方法韓国や中国にマフィアがいない理由を考えたのだが、おそらく公権力が成熟しているからだと思う。2000年代バブル以降の韓国や中国の都市風景は、生活に失敗した人のホットラインがあってセーフティネットの確保されたようになっている。これは欧米でも普通のものだ。ようするに公権力以外に社会自体が成熟していて、自分は地下社会におびえずに生活できるわけで、人々が安心して暮らせる。都市の治安もよい。日本の場合、そうではないから人が地下社会に潜り込んで社会問題になるんじゃないか。これは公的勢力の責任の明確化にもつながり、マフィア行為などを一番小さな次元で食い止めることができる。日本のような非成熟社会だと、責任があいまいになり、半グレ問題や集団詐欺のようにとりかえしのつかない規模になってしまう。いま、日本社会そのものが倒れかかっているのはまさにそれが原因ではないか。よくいえば「自治体の役割」が明らかになり、住人の利益やモチベーションのアップにつながる。これは本当に良いと思うので、日本は採用してほしい。欧米だけではなくアジアでこういう社会をやらないのは日本だけだよ。若者は暴走族を知らない世代なんだから。国民性がダメになる理由もこれ日本人の国民性がいまダメになっている理由もこれで説明がつく。なぜ江戸時代の過ちと同じことを繰り返そうとしているのかというと「忖度」してしまうから。これはオタクやインテリも考えるべきことだ。君たちの大嫌いな「ヤンキーイズム」の原因は、特定の大人の責任にできないことにある。アメリカであれ韓国であれ、世界のどの地域も人格教育が当たり前である。韓国の場合、受験勉強と一緒に人格教育が行われる。これによって問題のある事件があった時、場合によりその責任が明らかになるし、これによって国民性が高まっている。韓国や中国の国語や英語の教科書を見ると、必ずマナーなどに関する話が出てくる。当然必須科目だから、テストにも出てくる。これは米国でも欧州でも当たり前だ。日本でこのような教育を徹底しているところは存在しない。国語の教科書では、本屋に行けば読める小説しか掲載されていないし、教科書の題材としてふさわしいかわからない場合が多い。何の意味で掲載されているかわからないものが目立つ。結果的に、国民性が後退し、ギャルやヤンキーが活発化することになるのではないか。あれだって、教育の欠陥があったとしても、悪いのは彼が使った教科書である。

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  • 15 Aug
    • 安倍政権を倒すには争点をズラすしかない

      これなら本土中国の方が大人の民度がマシだ日本の若者は長らく政治に関してほぼ無関心だった。もともと経済を中心にした政治が広がり、裏社会と権力との癒着のような前時代的光景があるような場所で先進国的環境ではなかった。つまり途上国状態だった国家に外国からの価値観が導入されシステムが圧縮された国にすぎないので、モラルが形成されにくいといえる。大抵の日本社会は、もともと長い歴史のシステムとして機能していただけあって洗練されたものが多い。彼らに倣うことであとからやって来た人たちも高度な社会秩序を形成してきたと言える。厳格な社会に生きてきた人たちが21世紀の数十年で過密化したため、軋轢が生じているのが参政意識問題の原因だ。日本社会は適切な参政率であればブラック問題や天皇制存廃問題など、ここまで悲惨なことにはならないと思う。もともと非民主主義だったことを考えると、中国はどうだろう。本土の中国人や来日中国人の様子をみると、案外そのノンポリ度はキツくない。知性も意外と悪くもないので、それくらいが日本人の本来の理想である。中国の政治は非民主主義・徳治主義・リベラル・ポスト日本の4ポイントで「先進途上」なだけであって、欧米の影響を受けた国ではない。だが同じアジアの日本や韓国は欧米からの影響を強く受け、さらには国民の意思が直接的に政治に反映されてしまうので、意識高い人には都合がいいのである。日本をダメにしている人の正体がまさに50代までの非学生運動世代だということ。彼らは政治性抜きに物事を考える。つまり自身に都合がよくて「弱者抜きに多数派の意見を聞く」ということで自民党の安倍派を支持する。誰もが安直な選択をすると、ああいう風に貧困が悲惨になるし、みんなローン式奨学金で大学進学してしまうなどのヤセ我慢をしてしまうので、その点での問題が出る。極東の日本、西のフランスという厄介さ政治離れ問題って全部これに集約されると思う。ヤセ我慢をしている人たちの過度な増加である。たとえば台湾だってそう。政治家の口から出るのは反中国ぐらいしかなく、大学進学率は日本より低い。民主主義の歴史は短めだ。北部方面に頑張れば、国民の参政率が高いのに。フランスも同様に政治離れが日常的になっているが、これも若者中心である。ノンポリ世代にとっての政治に参加する機会がなく、選挙における選択肢が少ない。経済家と右翼というたった2つの選択肢に票が向かうだけで、日本と同様に消極的理由で経済家に票が集中している。「西のアメリカ、極東の日本、東の台湾」という感じか。台湾はちょっと西に行けばある種の先進国。フランスもやはり欧州あっての大国でしかない。これらの問題はすべてつながっている。つまり、先進国の成熟社会の水準に値しない強引な民主主義の持続、一極至上主義の貧しさがもたらした不幸なのだ。解決方法はたった1つしかないと思う。それは「政治的争点の分散」である。日本・台湾・フランスはあまりにも「政治の争点」が少なすぎる。他国(たとえばドイツやアメリカとか)の若者と比べても偏った政治争点の傾向がある。これはいただけない。どうにかして移すべきではないか。たとえば「奨学金の給付化」「貧困対策」「経済成長」が争点だったらどうだろう?北朝鮮に怯えて右翼政党を支持している人は、自民党・維新から民進党・共産党に支持政党が切り替わる。リベラル支持になり、安倍一極集中から解放されることになる。自民党でも支持者の大半は安倍よりも石破の方が実は近い。フランスや台湾も争点がズレればいい。しかも今はブラック社会が深刻化しているので、改善の要望を利用した左翼の巻き返しだって夢じゃない。天皇制に対する反対世論もあるわけで、もはやホワイト化してても機能するような労働システムを導入し、高賃金労働で残業を厳しく制限したり、女系制度や生前退位を容認する方向にずらす方向性にあった方がいいのではないか。韓国・アメリカ・ドイツ・北欧諸国に学べ!その点は「韓国・アメリカ・ドイツ・北欧諸国」という成功事例がすでにある。韓国やドイツに至っては2000年代以降わずか10年ほどで経済は急成長。アメリカや北欧諸国は地域にもよるが福祉制度などが恵まれていて、大学などに行けば実際の参政意識もいいので北欧諸国やドイツなどは世界屈指の政治先進国として知られるようになった。ドイツやアメリカの学歴観が日本やフランスと違うのは、高学歴がすべてだからではないということだ。大手企業のオフィスで働く人の学歴はバラバラであったり、中学高校時に大学に行くか否かの進路選択があったりする。そして大学の授業料は格安である。税金でまかなっているので大学進学率の絶対数が少ないわけだ。結果的に一方的な高学歴社会にならずに済むわけである。超高学歴社会の韓国や北欧諸国すらリベラル政権なわけで、経済界隈や既得権益以外のステークホルダーの期待があるわけで、やはりそれを見習う必要が今の日本・台湾・フランスにはあるんじゃないか。中国をひいきするわけじゃないけど、良心的な政治家に入れ替えて、国民からの意見はあまり取り入れないというやり方もあるだろうね。もちろん、韓国・アメリカ・ドイツ・北欧諸国でこの手のトラブルがないことはないけど、日本やフランスみたいな話は聞かないし、台湾みたいな「低すぎる政治意識」もないでしょ。移民大国だからといって先祖代々の国民が参政権を放棄するわけでもない。やはりこれ、過疎国家だのヤンキー国だの敗戦国だからとバカにするんではなく、むしろ学ぶべきだな。

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  • 09 Aug
    • お詫びと新たな一歩

      私は高山直人あるいは明哲の舎名義で有料電子書籍(Googlebooks、Kindle,Kobo)を発表していたんですけど、一つお詫びをさせていただきたいと思います。私はこれらの電子書籍の新作の製作や新規配信というのを休止にしようと思います。パソコンが壊れて(正確にはリカバリーしただけですが)OS環境とかが変わって新しい環境に慣れていないというのもありますけど。いきなりの方向転換で申し訳ないということでこのエントリーを公開しました。察しの良い方(Togetter方面から来られている方)の中には「社会復帰して仕事が始まったから辞めたのでは?」と思われるかもしれませんが、それが例え事実であっても理由としては無関係です。私は現在今年の9月に紙媒体で同じ名義で出版物を出す予定とかYouTubeなどでの動画配信者活動とか行っていますが、それらにこれからは力を注ぎたいと思います。電子書籍関連の文筆活動というものはしばらく休止します。というのでよろしくお願いします。今電子書籍サイトで販売されている作品をご購読いただければありがたいことはありがたいです。またこのブログにコメントとかつけていただければと思います。ということで、よろしくお願いします。本当は完全に辞めるのかもしれませんけど。ということで、私は新たな一歩を踏み出します。 不思議の国の日本知日妄想を撃退する一作品【電子書籍】[ 高山直人 ] 400円 楽天 日本を愛する諸君こそが中韓にあこがれる【電子書籍】[ 高山直人 ] 99円 楽天 七二(仮)【電子書籍】[ 高山直人 ] 310円 楽天 満員電車の衰退が観光列車の推進を招く現状 Amazon 身近にある社会問題 Amazon

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