列伝~人類の歴史を彩る儚い軌跡~

様々な理由から歴史に名を残した人物を、主観を交えながらご紹介します。簡単な紹介程度ですので、詳しく知りたい方はご自分でお調べ下さい。
歴史に興味を抱くことは、人間に興味を抱くことと同意語である。


テーマ:
ラザロ・ルドヴィコ・ザメンホフ(1859年~1917年)/ポーランド
一人で世界語「エスペラント」を作り出した理想高き言語学者。
ユダヤ人の眼科医・言語学者で、現在のところ最も広く使われている人工言語、エスペラントの創案者。
ザメンホフは1859年当時、帝政ロシアの一部であったポーランドのビャウィストクで生まれた。
彼の母語はロシア語だが、ポーランド語、ドイツ語も流暢に話し、後にはフランス語、ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語も学んだ。さらに彼はイディッシュ語、イタリア語、スペイン語、リトアニア語にも興味を持っていた。
ザメンホフが暮らした町では、それぞれの言語によるいくつかのコミュニティーができあがっており、トラブルが絶えない状況であった。
ザメンホフは憎しみや偏見の主な原因が、民族的・言語的な問題から起こっていると考え、それらを解決するには、民族や言語に依存しない新たな言語が必要であると考えた。
ワルシャワの中等学校に通いながら、彼はある種の国際語を作ろうと試み、28歳で「エスペラント(希望する人)博士. 国際語. 序文と完全なテキスト」)と題された著書を発表する。ザメンホフにとってこの言語は単なるコミュニケーションの道具ではなく、異なる人々や文化の平和的な共存という彼の理念を広げる手段でもあった。
ザメンホフは当初、ラテン語の復権こそが平和的言語の近道と考えていたが、ラテン語は難解であり、簡単な英語的文法こそが最良と考えた。
彼は1917年にワルシャワで亡くなったが、エスペラント語は生きていた。
1905年には最初の世界大会の開催。
このときは33の国から688人が参加した。
ひとつの調査では現在世界中で160万人の人がエスペラントを使いこなすことが出来るという。
ザメンホフはそれぞれの国の母国語に替わってエスペラントの使用を推奨したわけではなく、他言語者同士の対話で、どの国の言語にも依存しないエスペラントを使用することで、公平で平和的な人間関係を築こうと考えた。
世界中の人がエスペラントで対話することの出来る時がくれば、もしかしたら差別や戦争は根絶されるのかもしれない。
平和な世界は遙か彼方に。

エスペラント
AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

テーマ:
アイザック・ニュートン(1642年~1727年)/イギリス
イングランドのウールスソープ生まれ。イギリスの錬金術師・物理学者・数学者・天文学者で、近代科学最大の科学者の一人。
「自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)」のなかで万有引力の法則と、運動方程式について述べ、古典数学を完成させ、古典力学(ニュートン力学)を創始。
これによって天体の運動を解明した。
ニュートンは、地球と天体の運動を初めて実験的に示した人物である。
この他にも様々な理論・法則に関し計り知れない功績を挙げている。
また、ケンブリッジ大学のルーカス教授に就任・造幣局長官に就任・国会議員に選出・王立協会会長に就任・グリニッジ天文台監察委員長に就任等、当時最高の地位をも手に入れていた。
そんなニュートンであるが、彼の死後200年以上経った1936年、イギリスのオークションに出品されたニュートン直筆の「ニュートンメモ」は人々を驚かせた。
そのメモからニュートンが錬金術師だったことが判明。
当時、反倫理的行為と見られていた錬金術にも携わっていたこというのだ。
鉛から金を作り出す方法や不老不死の研究をも行っていたというのだから、ニュートンの知的好奇心には際限がなかったのであろう。
ニュートンの逸話で最も有名なのが、
リンゴが木から落ちるのを見て“万有引力”の発想を得た。
というものだが、どうも本当のことではないらしい。
別の説ではトイレで“万有引力”ヒントを得たとも言われている。
トイレで引力に引かれるものって………。
天才は貪欲である。

ニュートン
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
プラトン(紀元前427年~347年)/ギリシャ
アトランティスの謎を残した偉大なる哲学者
プラトンは貴族の息子として生まれ、若い頃は政治家を志していたが、やがて政治に幻滅し、ソクラテスの門人として哲学と対話術を学んだ。
紀元前387年、アテナイ郊外に学園アカデメイアを設立した。
アカデメイアでは天文学、生物学、数学、政治学、哲学などが教えられた。
そこでは対話が重んじられ、教師と生徒の問答によって教育が行われた。
プラトンの現存する著作はすべて対話編という方式を取っており、一部の例外を除けば師のソクラテスを主要な語り手としている。
一般にプラトンの哲学はイデア論を中心にして展開されるといわれる。
生成変化する物質界の背後には、永遠普遍のイデアという理想的な雛型があり、イデアこそが真の実在であるとした。 不完全である人間の感覚ではイデアを捉えることができず、理性によってのみ捉えることができるとした。
そのプラトンが残した最大の謎が世界的によく知られた、アトランティスである。
著書『クリティアス』と『ティマイオス』の中に登場することで広く知られている。そこに書かれたアトランティスとは一種の理想郷。
資源に恵まれ、10人の王によって治められ、高い文化を誇っていたアトランティス大陸だったが、一夜にして海の藻屑と消えた。という内容であった。
このアトランティスの信憑性を巡り、様々な説が存在している。
アトランティスはどこにあったのか?
本当に存在していたのか?
もしも存在していたのなら、人類史を初めから書き換えねばならないほどの大事件である。
アトランティスはヘラクレスの柱の向こう側にあるらしい…


アトランティス大陸
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
カール・シュヴァルツシルト(1873年~ 1916年5月)/ドイツ
ブラックホールを理論上発見したドイツの天文学者。
神童と呼ばれたカール・シュヴァルツシルトは
1891年、シュトラスブルク大学に入学。
アンリ・ポアンカレ ジュール=アンリ・ポアンカレの理論の研究で1896年に博士号を得た。
1914年に第一次世界大戦が勃発すると
40歳以上だったにもかかわらず軍に入隊。
1915年、ドイツ軍の砲兵技術将校としてロシアで従軍中、
アインシュタインの一般相対性理論から重力場を記述する最初の特殊解(シュヴァルツシルトの解)を見つけ、ブラックホールの存在を示唆した。
ブラックホールは膨大な質量を持った天体であり、
(※宇宙にある穴だと思っている人も多いようです。)
そのとてつもない重力によって、光さえも抜け出すことの出来ないと考えた。
つまり光らない天体なので、どんなに高性能な望遠鏡でも
確認することが出来ないのです。
近年になって、ブラックホールの存在が様々な観測・視点から
確認されてきており、
また、宇宙、銀河の成り立ちに大きな影響を及ぼす存在として
考えられたりもしています。

カール・シュヴァルツシルトはアインシュタインの一般相対性理論によって
ブラックホールの存在を証明しましたが、
アインシュタインは最後までブラックホールの存在には否定的だったそうです。
何とも皮肉な話です。


ブラックホール
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
新渡戸 稲造(1862~1933)/日本

武士道を通して日本の心を世界に広めた国際人。
旧五千円札の肖像で有名な新渡戸は、1862年に盛岡市に生まれ、
札幌農学校から東京帝大へ進学、そのご帝大在学中にアメリカの
ジョン・ホプキンズ大学に留学する。
新渡戸は帝大に入学する際、面接官に語った言葉はあまりにも有名です。

「先生、私は太平洋の橋になりたいのです。」

当時、アジアは欧米諸国から野蛮で低俗な文化の地域。
など誤解と偏見で語られていました。

新渡戸は東洋にも、西洋に負けない素晴らしい精神が
存在することを伝えるべく、
著作「武士道(BUSHIDO)」を発表。

武士道を桜に例えたこの著作は全世界でベストセラーを記録。

そして、当の日本人にも日本の素晴らしい精神性を再認識させる切っ掛けを作りました。

義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義
の精神から成る武士道は国・人種・世代を超え、様々な人々に
日本人を認知させ、また興味を抱かせた名著といえます。

1919年には日本代表として国際連盟事務次長に推薦され、
7年の任期を終えて辞任するときは、
「国際連盟の輝く星」とまで賞賛される。

太平洋戦争の際には、日米両国の戦争を回避するために奔走するが、
新渡戸の真意は理解されることなく、両国から誹謗中傷を受ける結果になった。

人々から誤解され、中傷されても、「太平洋の橋」となることに
生涯を投じた新渡戸稲造は

「橋は決して一人では架けられない。
何世代にも受け継がれてはじめて架けられる」と
次代に後事を託し、71歳でこの世を去る。

はたして太平洋に橋は架かっていますでしょうか…

武士道
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
国際法学者:ラダ・ビノード・パール(1886~1967)/インド

東京裁判において唯一“全員無罪”を主張した識者。
第二次世界大戦において、世界を我が者としてきた白人圏に牙をむいた日本。
資源・人員・防衛線などの問題から、アジア諸国に進軍し植民地化した日本だが、戦争が長引けば長引くほど戦況は悪化。
その状況下で、日本は数々の犯罪も犯している。
捕虜・民間人への拷問・暴行・殺害、強制労働、強制連行、同化政策等々。
これらは、全世界的に行われてきた当時の常識であり、勝利への手段でもあった。
しかし間違いなく犯罪であり、汚れた歴史であった。

(私は愛国者だが、歴史を冒涜するごとき極端な右翼的思考は好まない)

敗戦後、戦争犯罪者を裁く『極東軍事裁判(東京裁判)』が開かれ、
連合国(戦勝国)からの判事としては、アメリカ、英国、ソ連、フランス、オランダ、中華民国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、インド、フィリピンの11ヶ国が参加した。
後に裁判の公平性について議論されることとなる、この『極東軍事裁判(東京裁判)』は
戦勝国側が戦敗国を裁く不平等的要素の多い裁判であった。

1)日本側の3千を超える弁護資料(公式資料を含む)の多くが却下
2)検察側資料は伝聞などの怪しい資料をも採用した。
3)偽証罪が適用されなかった。
4)日本側判事が採用されなかった。
5)判事選定基準の是非(特に中国人判事は判事職に就いていない)
6)戦勝国の戦争犯罪についての、実質的不問
7)全判事が集まっての協議が行われていない

戦勝国側からの優越的裁判の中、ただ一人、法の見地から気を吐いた人物がパール判事。
パール判事は
「日本が戦争犯罪という名目で裁かれるのなら、戦勝国もその過程で犯した犯罪によって裁かれるべきである」として、日本無罪を主張。
当然、このような少数意見が採用されることはなく、
最終的に日本は犯罪国として裁かれ、極刑・終身刑・禁固刑が施行された。

戦後、パール判事は
「極東国際軍事裁判の最大の犠牲は《法の真理》である。われわれはこの《法の真理》を奪い返さねばならぬ。」
「戦争が犯罪であるというなら、いま朝鮮で戦っている将軍をはじめ、トルーマン、スターリン、李承晩、金日成、毛沢東にいたるまで、戦争犯罪人として裁くべきである。戦争が犯罪でないというなら、なぜ日本とド イツの指導者のみを裁いたのか。勝ったがゆえに正義で、負けたがゆえに罪悪であるというなら、もはやそこには正義も法律も真理もない。力による暴力の優劣だけがすべてを決定する社会に、信頼も平和もあろう筈がない。我々は何よりもまず、この失われた《法の真理》を奪い返さねばならぬ。」
と法の失地回復を声高に望んだ。


この、パール判事の考え・発言で1つだけ誤解しないで頂きたいのは、
パール判事は“親日家”“日本の味方”なんだ!!という捉え方です。
彼はあくまでも“法の味方”であり“法の正義”を主張した君子だったということです。
今なお、偽りの正義の名の下に行われている、数々の犯罪。
戦後60年たった現在でも、人間社会は絶対的暴力に屈し、法の正義を奪い返してはいないのです。
銃弾や一方的な理念に正義は乏しくとも、弱者は強者の前にただただ無力でいるしかない。
成熟した社会とは、熟れすぎて地に落ち腐った、食えない果実なのかもしれません。

1966年10月(死去の前年)、パール博士は四度目の来日をされ、天皇陛下から勲一等瑞宝章を授与されました。
パール判事が生前愛された京都の聖地に、碑が建立されています。

法の守護神

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
天文学者:エドモンド・ハリー(17世紀)イギリス

かの有名なハレー彗星の発見者が唱えた『地球空洞説』とは…

エドモンド・ハリーは裕福な石鹸製造業者の家に生まれ、1673年にオックスフォード大学に入学。
在学中には『太陽と太陽黒点』に関する論文を発表。
大学卒業後には『南半球の星座目録』などを発表し、一躍天文学者の一等星に名を連ねる。
1703年にはオックスフォード大学で幾何学の教授になり、1705年には『ハレー彗星』の研究結果を発表する。
1682年にハリー自信が観測した彗星と、これまで目撃されてきた彗星(1456年、1531年、1607年)は同一の天体であり、76年周期で太陽系を周回している彗星であると結論づけた。
そして次に観測できるのは1758年である。という内容であったがハリー自身は1758年を待つことなく他界。
しかし、ハリーの予測したとおり1758年にハレー彗星は現れ、彼の研究は証明された。

このように、一流の学者としての地位も名誉も得ていたエドモンド・ハリーは自信の想像力と科学的な見識を基に
『地球空洞説』
を唱えた。
問題の論文はイギリスの学士院の会報『哲学紀要』に発表している。
===================================================
地球内部には厚さ800キロメートルの地殻があり、その地殻の内部は空洞になっている。
さらに、その内部には中身のつまった球体があり、その大きさはそれぞれ火星・金星・水星にひとしく、特殊な発光体により常に明る照らされていて、生物が住むことも出来る。
===================================================
としている。
ハリーはその他にも、オーロラは地球内部に存在する、発光性の磁気原子が地球の両端から漏れだした結果起こる現象だともしている。


ニュートンなど、歴史に名を残す大科学者等とも親交の深かったエドモンド・ハリーが発表した、これらの論文『地球空洞説』『オーロラの原理』等をあなたは一笑に付すことが出来ますか?
現代に生きる我々には、なんてバカな話なんだ。と思われるかもしれませんが、
これだけ雄大でファンタジーに溢れた想像力に、私は少し嫉妬します。

とんでもない論文

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。