2013年06月17日(月)

こころをばなににたとえん

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           こころをばなににたとえん

           こころはあじさゐの花

           ももいろに咲く日はあれど

           うすむらさきの思い出ばかりはせんなくて。


             (萩原朔太郎「こころ」より




先週、あじさい寺に行ってきました。


例年のようにできることなら

雨の日を狙って行きたかったのですが

今年はもう、その日に行かないと行けない気がして

時々薄日が射す曇り空の下、少しうれしい涼しさを御伴に出掛けました



あとで分かったことですが

次の日から「あじさい祭り」が始まるという日だったみたい

そういえばこの時、いつもなら拝観料を払う窓口が閉まっていて

料金を入れる木箱が置いてあるだけでした


見物に訪れる人たちもとても少なく、

平日だったこともあるのでしょうが、毎年駐車場に車をとめるのが一苦労なのに

ウソみたいに空いていて驚いたのでした


わ~い!ラッキー~~!!(古?)

と、勝手に喜んで園内に入ったのですが

え~~~っ?! 咲いている紫陽花の花はとても少なくて・・・



この時まではワケがわからず

もうてっきり、紫陽花の季節は終わっていて、

花は多くが枯れてしまっていたのだと思いました

私が思うに、どう考えてもそんな風情だったんです


「やっぱり遅かったんだ・・・(涙)」

でもそれでも、いろんな種類や色で咲いている花たち・・・



歩いていると或る場所で、昨年の思い出が蘇ってきました

もしかしたら記事を覚えていて下さる方がいらっしゃるでしょうか・・・


カメラを抱えたおじいさんが傍にいらっしゃって、

「蛙はおらんかなぁ・・・葉っぱの上に蛙が乗っとらんかなぁ・・・」

と、言ってらしたところなんです


葉っぱに乗るっていうくらいだから、小さな可愛いアマガエルの姿と、

そんな光景を探してそんなことを呟きながら歩いているおじいさんの姿と、

そしてこの方言の面白さ温かさが、また私の心をあたたかくしました


一期一会の出会い

そして景色・・・


途中から激しく降り出した雨の姿を、

初めてなんとか写真に収めることができて嬉しかったことも思い出しました(笑)



そうでした、ところで・・・

時期が過ぎて枯れてしまったと思い込んでいた紫陽花は

今は盛りに咲いているでしょうか


雨が降れば一層活き活きと

色鮮やかに溢れるように美しい姿が海のように広がっていくのだと思います

今日は梅雨に相応しくないような、爽やかに晴れた日でそれも嬉しくて素敵なのですが、

紫陽花や他の花、植物、そして人のためにも、雨が降り注いで欲しい地上です




少ない花たちでしたが

可愛らしく美しい光景はどんなところにも潜んでいますね

雨がなくても、光がなくても、

そして仲間が少なく寂しげでも、

それはそれで、凛として、佇んでいて、

静かなお寺の敷地内を、明るく仄かな灯りで照らしているようでもありました


綺麗だな・・・と思った世界を

切り取ってきましたので見てやってくださいね



 ~しなやかに生きる~-1

 ~しなやかに生きる~-2



冒頭の詩は、萩原朔太郎の「こころ」、

ジブリの映画「ゲド戦記」の挿入歌『テルーの唄』は

この詩にインスピレーションを受けて作詞されたということでも知られるようになりましたね


以前にも採り上げていますが

紫陽花の花を見ると詩の冒頭の言葉が頭に流れてくるように思い出されます

あじさいを詠んだ詩句の中でとても印象深く心に残っているひとつです



こころをばなににたとえん・・・

こころはあじさゐの花・・・



 ~しなやかに生きる~-3



ももいろに咲く日はあれど

うすむらさきの思い出ばかりはせんなくて・・・




最近、「言葉」というものを

これまでにも増してよく考えてみる時があります


ブログを始めて改めて知った日本語の美しさ・・・

良さ・・・折々にも書いてきましたが

古典にも改めて想いを馳せるに至りました

そこから垣間見れる歴史の中の人々の営み、

生きる、ということ・・・


花鳥風月に想いを寄せ、

文字や写生によって美しさや感動、感想を書き残していったいにしえの人たち・・・


こころをば・・・

たとえて上手く書き残してくれた書物たちが

後世に生きる人々のこころをどれだけ豊かにしてくれたことか・・・



 ~しなやかに生きる~-4

 ~しなやかに生きる~-5


「言葉」とは元々、人間が産み出したコミュニケーションの手段にすぎないのだとは思います

こころのすべてを伝えるには困難な時がありますよね

それでも人は、選んで繫げて、自分の想いをなるべく近いところまで伝えたいと願う・・・


 ~しなやかに生きる~-6





今日の写真はすべて、コンパクトデジカメで撮ってみました

まだ要領が掴めなくて、そして携帯の方がずっと撮り易いし、

写真自体も携帯のと殆ど変わらず、むしろヘンな気がしますが、

ひとつだけ良いことは背景がボケて写ってくれることが容易くなったことです


シーンのモードも幾つか付いているんですね

下は「魚眼レンズ」なるもので遊んでみました(笑)


 ~しなやかに生きる~-7



紫陽花、少ないでしょ?

これから、なのですね

この時は、な~んでもっと早くこなかったんだろ・・・

ってトボトボ後悔しながら歩いていました・・・笑


株の状態で見る人が見たら簡単に分かるのでしょうにね

バカですいつも。 

でもこれからあとは行けそうにもないし

やっぱり行けてよかったけれど♪




下の白い紫陽花は、

少しですがちょうど光が射してきた時に出会いました


この紫陽花は

広い緑の葉っぱに、花びらの影が濃く映る光景が好きです


 ~しなやかに生きる~-8

 ~しなやかに生きる~-9



どれも、紫陽花らしくない写真でごめんなさい

これまで私は、こんな感じになってしまうことを携帯のせいにしていましたが、

コンデジで撮っても惹かれる視界は全く変わらないことに気づきました


きっと、小さくなって、探検してみたい世界なのです


 ~しなやかに生きる~-10




帰る前にお寺の出口近くに咲いていた花・・・

なんという名前なんでしょう・・・?


2,3年前にこの同じ場所で同じ花を撮ったと思います

昨年はちょうど咲いている時じゃなかったみたいで見ることはできなかったのに。

懐かしい気持ちで再会が嬉しくてパチリ!


 ~しなやかに生きる~-11

 ~しなやかに生きる~-12



急に雨が降ってくれないかな・・・


雨に濡れた姿を撮りたくて

最後までちょっと期待していましたが

曇り空は晴れも崩れもしませんでした



 ~しなやかに生きる~-13



名残惜しく、振り返りながらあじさい園をあとに・・・



お寺のひっそりした空気と

紫陽花の姿に心洗われた午後・・・ でした。




            

        こころはまた夕闇の園生のふきあげ
        音なき音のあゆむひびきに
        こころはひとつによりて悲しめども
        かなしめどもあるかひなしや
        ああこのこころをばなににたとへん。

        

        こころは二人の旅びと
        されど道づれのたえて物言ふことなければ
        わがこころはいつもかくさびしきなり。



               (「こころ」の続き)





 


           

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コメント

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1 ■無題

紫陽花好き★可愛くて可愛くて。

2 ■29Qちゃんへ

紫陽花、可愛いね!
どんな種類のもそれぞれに良さがあって♪

3 ■こんにちは

紫陽花、綺麗ですね!!僕は雨男なので
雨を浴びて美しく咲き誇る紫陽花、好きなんです^^

4 ■小林ケンさんへ

今度はケンちゃんって呼ぶ方が恥ずかしくなりました(笑)
紫陽花はいいですね!雨に濡れると更に趣き深く艶やかな姿になって。
「雨男」そうでしたね!雨男とか雨女とか・・・困るんでしょうけど
なんかカッコイイです。魔法使いみたいで。笑

5 ■紫陽花は

紫陽花は青から紫、桃色へと花の色が変わっていきますねえ。
正確には色が変わるのはがくのようですが、
こういう風に色が変化する花というのはありましたっけ。
紫陽花の色の変わる様は趣深いものですね。
紫陽花もたくさんの種類がありますが。
さすが携帯からコンパクトデジカメに変わって、
鬼に金棒という感じですばらしいですね。
ボケ味もなかなかのものだと思いますよ。
一眼レフならさらにというところでしょう。
私も負けずに記事入れてからと思っていたら、
遅くなりました(言い訳)。

紫陽花寺と呼ばれる寺は全国各地にあるようですが、
なんか禅寺が多いように思えるのは、たまたま限られた経験の偶然でしょうか。

6 ■>kimioさん

えっ? ひとつの花がそう変わってゆくのですか?
小さい頃はね、いえそう小さくもなかった(笑)かなり中年に近い若い頃までは(笑)
そう思っていたのですが、土壌の性質で色が決まると聞いたり
咲き始めから枯れるまで、花の成分の変化で若干変わっていくと知った時、
ああそうかでも、青からピンクに変わったりピンクが青に変わったり・・・
は無いんだなー、と思い込んでいたのに(笑)
でも紫陽花は「七変化」と言いますし、どこか釈然としなくて疑問でした~
やっぱり、結局、種類? なのかな? やっぱり真実だったんですね~♪

やっぱりkimioさんだ・・・携帯との違いを分かって下さるんですね
いつまで経っても上手くなることはできませんが、でもコンデジになったら
少しだけ画像に奥ゆきが感じられるようになったような、その点だけは嬉しい気がします
ボケ方が好きなように調整できたらもっと楽しい気がしますが
そこまでは無理なのでしょうね? もし何か方法があるようなら教えてくださいね?

記事、ゆっくり待ってますからね(笑)
ってあ~あ、聞き分けの良い子でいるのも辛いものです(笑)

そういえば此処、久留米市の「千光寺」も禅寺ですよ!
ホントだ・・・考えてみたら私がこれまで訪れたあじさい寺も
禅寺ばかりかも知れないです・・・う~ん、何か秘密がありそうですね
思想による趣向だけじゃなくって、何か歴史的な隠密的な(笑)

そして、紫陽花、は、kimioさんの故郷、長崎県の花でしたね!
私がブログに最初に書いた紫陽花の記事の時に教えて下さったの覚えていますよ!
それ以後、私の思考が紫陽花と雨を繫げる為、
紫陽花の花を見ると「長崎は今日も雨だった」が思い出されるようになり、
前川清の顔が浮んでくるようになりました・・・どうにかしてください(涙)

7 ■これもkimioさんへ

すみません、書き忘れました。

色が変化する花、他には知らないのですがそういえばひとつだけ・・・
「酔芙蓉」は、白からお酒に酔ったようにほんのり紅く染まり
段々濃くなっていくことから名前が付いたと聞きますよね。

ピンクの芙蓉や、酔芙蓉の白い花は見たことがあるのですが
紅く色づいたところは意識して見たことが一度もないです・・・
一日でそう移り変わるそうですが・・・そう思うととても切なく美しい花ですね。

8 ■御伽野ありすさんへ

酔芙蓉の花のこと、
知りませんでした~。
ありがとうございます。
あたかも
女性がお酒を召し上がるような風情ですかね~☆
紫陽花は、確かに長崎市の花で、
よく覚えていてくださいました。
色の変化は土壌の影響が強いのですか。
てっきりみんな青で、だんだん赤みを帯びて、
最後は茶色に朽ちるものと思ってました。
我が家の紫陽花もお向かいの家の紫陽花もそうでしたので…
してみると、
土壌、花の一生、品種
という3つの要素が組み合わされて色は決まるのでしょうかね。
途中で色が変わる品種とそうでないものがあるのかな。

レンズが織りなす光のボケも千変万化しますよ。
カメラの機能によりますが、
ボケは操作可能です。
要は絞りの開閉度合いで調整できますよ。
お持ちのカメラで、
絞り優先オートもしくはマニュアル露出が可能でしたら、
F値といいますが、
F2.8とか4とかいう数値の設定を変えればいいのです。
この値が小さいほどレンズが明るくなり、ボケます。逆に値が大きいほど、ボケが少なくなります。
絞りが操作可能が確認できれば、やってみてください。

9 ■kimioさんへ

こんばんは♪遅くなってしまってスミマセン!

そうですね、そんな感じ・・・そんな女性って可愛らしいですよね
まるで私のよう・・・ と言いたいところなのですが
ちなみに私は白いまま・・・急にある時点(限界点?)から青くなります・・・
ってウソです。・・・ってウソです(笑)でも若い時ね、今は違いますよ
紅くなることもなく青くなることもなく・・・経験が生きている(笑)

あ、「市」の花だったんですね!
kimioさんのお家もお向かいさんのお家もだとすると
土壌の変化が共通だからなのでしょうか
わたしの家のはね・・・これたぶん覚えていてはくださらないと思いますが(笑)
過去に写真入りで2回ほど載せていて、
今の家では咲き始めからピンクで枯れてからもそうなのです
だけど、越してくる前の家ではたしか青だったと思う、という記事を書きました
同じ株なのですよ、専門家に依頼して移していただいたのです
今の家の庭の土はアルカリ性らしいです
あ、また「藪蛇」でした? 笑

結局そうなのでしょうね、土壌、花の一生、品種・・・が絡まり合って。
日本古来の品種の系統を継ぐものに外来種が多く加わったりして
多様化していて一概にどうとは言えないのかもしれませんね

ありがとうございます。カメラ、機能を探してみました。
絞り優先オートは見つかりませんでしたが
「露出」というところがあって数字を変えられるようになっているようです
試してみますね。ありがとうございました!

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