あまりに久しぶりすぎて、もう呆れてしまいますが。まだ生きております。おまけにまだグラナダはアルバイシンに住んでいて、まだ博士論文を書いており(はかどってはいませんが)、そして今でも翻訳・通訳を生業としています。未だになんとか食べている、という程度ですが。そうですね、人生そう簡単に激変するものでもないみたいです。

なのでまたいきなり帰ってまいりました。少しずつ書けるときに書いていきます。

今年も夏は日本に出稼ぎに帰り、二週間ほど前に戻ってきました。東京を出て早くも六年目になりますが、今年ちょっと驚き感動もしてしまったのは、離れてこんなに時間が経つあの街でも、私の人間関係がまだしっかり生きていて、以前よりも深くなってもいるのだと感じたことです。以前の上司や昔からの友人、家族(新しい家族が増えたのです。姪ができました!!今8ヶ月、歯が生えてきたところです。赤ちゃんというのは毎日世界を発見しているんですよね。その新鮮さがちょっと羨ましい)や懐かしい人たちがいる東京は、私にとってとてもいとおしい場所です。そろそろ帰ってくれば、こちらで仕事をさがせばいいじゃないの、と彼らが心から言ってくれるのも本当に嬉しくて、今年の夏は本気で東京に戻ってこようか、と考えたりもしました。それでも飛行機にのって十数時間、ヨーロッパに降り立った瞬間に、ああ居るべきところに戻ってきた、という気がするのが自分でもよくわからないところです。なんだかこちらに着いた瞬間、空気の中に自分が溶けてしまうような気がするんですね、上手く言えませんが。マドリッドからグラナダまでの乗り継ぎ便が翌日だったので、真夜中に着いたマドリッドの空港でスーツケースを翌日までロッカーに預けるときに、係りのおじさんに東京から来たの、24時間ももう旅行していて死にそうなんだけど、とぐちると、じゃあ今夜はマドリッドのホテルでよくお休み、よく寝るんだよ、と言ってもらえて、それだけでとても嬉しいような。ああ帰ってきた、という気がします。

そんなわけでまたアルバイシンに帰ってきました。帰ってくれば相変わらず空は青く、家々の壁は白く、椰子の木の向こうには雪山が見えます。眼下に見渡せるカテドラルを中心としたグラナダの街並みは、相変わらず溜息がでるほどに美しいです。10月からはじまる今年度もいろいろあることでしょう。また1年くらいいきなり沈黙してしまうかもしれませんが、ぼつぼつといろいろ書いていければと思います。お気長に、お暇なときに、お付き合いくださいませ。

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丁寧な人

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ちょっと話が前後しますが、今日は広島に行く前に、一泊二日で訪ねてきた友人について、ちょっと。


彼女とはロンドンの高校で一緒でした。その後日本で大学進学、メディアに就職、ニューヨークに移住、そこでまたメディアの仕事・・・をしていたときに陶芸をはじめ、今は一転して日本の静かな静かな田舎で陶芸家として暮らしています。もう一人の仲良しと二人で彼女を訪ねたのですが、車の音もしない、林の向こうの隣の家も見えないような緑の中で料理をして、夕食を食べ、作品を見せてもらい、ずっと話をして過ごしました。庭の畑で彼女の作った野菜を採り、なんだか手の中であたたかいような彼女の陶器に触れて、もう庭の緑も見分けられなくなったような夜の中で、縁側に座って、何かの花の甘い香りの中で長いこと三人で話をしました。


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星野道夫の本で、「旅をする木」というエッセイがありますが、たしかその中に、「クジラが潮を吹く光景」について書かれた部分があったような気がします。著者は旅の間にそれを目にし、そして東京の生活に戻ってからもふと、毎日の生活の中で、「今この瞬間、遠く離れたあの海ではクジラが潮を吹いているかもしれない」と思うのです。私には、この友人の生活がそのクジラの潮のように思えました。東京やグラナダでめまぐるしくかわる友人たちや家族の生活、自分の生活、勉強に仕事、小さなようでいてうるさい雑事、また雑事・・・に追われる日々のなかで、これからもふと、「今この瞬間、彼女はあの静かな緑に囲まれて、何かを作っているんだろうか」と思う気がします。心がふと飛んでいくような場所と時間に住んでいるのです。



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丹精した胡瓜と、右側はゴーヤ。綺麗な葉っぱですよね。いろいろな野菜のほかになんと!お味噌も手造りの美味しいのがごっそり、庭のポリバケツに蓄えられているのです(近所の農協の人たちと一緒につくるんですって)。


私たちは三人とも、非常に似た環境で育ってきました。だからこそ彼女の選び取ってきた道には圧倒されます。幼いころから空気のように周りから吸い取ってきた考え方、価値観や視点を一度根底から見直す、というのは孤独で強烈なプロセスに違いありませんが、彼女はそれを行い、自分が注意深く選り抜いた要素で今の自分の生活を作り上げてきたように思えるからです。しんとした美しい自然の中で、「二日くらい誰とも会わないこともあるよ」とさらりと言えるのは、そうやって自分の中に確かなものを積み重ねてきたからなのだと思います。


日々をざらざらと過ごしていくのではなくて、丁寧に生きている、というのはこういうことなのかな、と思いました。雑音の少ない環境で、自然の音と色との中で、自分の外と中とにじっと目を向けながら生きていく。一番大切なことは、その中に既にあるような気がします。


それでも雑事に追われている私ですが。クジラは今も潮を吹いているかもしれませんし、彼女は今も木々が影絵のような夜の中で、何かをじっと想っているのかもしれません。ふと心が楽になるような時間と場所に暮らしている、私の友人のことを少し書きました。


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皆様、またあきれるほどお久しぶりです。昨日ようやく仕事が一段落しました。

いろいろ書きたいことがあるのですが、少しずつ記事にしていきたいなと思います。


まだ日本で出稼ぎ中ですが、昨日まで2週間ほど私としては初めての分野での仕事をしてまいりました。なんとスポーツ、それもバスケット。学校にいた頃からスポーツ全般が苦手で、かつスポーツ観戦にもまったく興味のないワタクシとしては、うーん新境地、という感じでいろいろ学ぶところも多かった・・・フリーランスの通訳・翻訳はやめられない、と思うのはこの一点につきます。いつまでたっても慣れるということがなく、新たな分野を覗くことが許される。浅い知識ばっかり増やしてどうなる、と思わないでもないですが、あきっぽい人にはぴったりの職業ではないでしょうか。


さて、今日本で世界バスケット選手権大会が行われているのをご存知でしょうか?あまりにもメディア露出が少ないので、私も仕事じゃなかったら絶対知らなかったと思うのですが、行われているのです。現在は埼玉アリーナで決勝ラウンドですが、先週まで全国4箇所でグループラウンドが行われていました。札幌、仙台、浜松と広島で、私はもう一人の通訳さんと一緒に日本チームのいる広島で通訳の仕事をしてまいりました。


仕事内容としては、日本の運営本部と国際バスケットボール連盟(FIBA、という組織があるんですねー。FIFAみたいなのが。全然知りませんでしたが)の人間との間の通訳業務で、大会の日々の運営業務を覗くことができました。選手たちがうろうろしていたり(雲つくような大男ばっかり)、試合をちょっと見たり、というのも面白かったけれど、私としてはスポーツ産業をはじめて目の当たりにした、という印象が一番興味ぶかく、また強烈でした。


当たり前ですが、スポンサーがいてはじめて成り立つ業界なんですよね。試合最中に数秒ずつスポンサーの名前を流す回転看板、選手のユニフォームのロゴ、試合後の記者会見で選手のバックに写るロゴ、選手が試合に持ち込めるタオルやドリンクボトル、コートに貼られたロゴ。スポーツ選手は動く広告塔であり、許されたロゴ以外のものは一切使っても身につけてもいけないわけですが、そうすると「試合を観ている」と思っている観客が実際に「見ている」のは一体なんなんだろう、と考えされられました。スポンサーとしては、試合や選手に注意をひきつけられている観客が実際に「見ている」ものが自社のロゴであることが望ましいわけで、できる限り彼らの記憶にそれを刷り込もうとして大金を払っているんですよね。なんというか、「お膳立てして見せている側」と「見ている側」の見る対象の微妙なズレ、のようなものを感じてちょっと怖くなりました。それもヘンですが。


もう一つ怖かったのは、スポーツとナショナリズム(とお金)の関係。これはサッカーなどのほうが全然すごいとは思うのですが。まったく個人的な好みだとは重々承知していますが、私はワールドカップやオリンピックが基本的にとても苦手です。ひねくれてる、と言われても仕方がないかもしれませんが、スポーツで誰かが秀でた成績を残したりして(まあ金メダルをとったとして)、その選手とただ国籍が同じ、というだけの大勢の全く無関係な人間があたかも自分の成し遂げた業績のようにそれを得意に思う、というのがどうしても納得がいかない。また「国籍」という多数の人間が共有するアイデンティティにスポーツを結びつけ、それを刺激することで大金を絞り出す、というのもなんとなく怖いし、なにより観客の群集心理が恐ろしいのです。というと大体誰もがヘンな顔をするのですが(ちなみに私の連れはサッカーファンでワールドカップの年はうきうきしているので、いつも言い合いになりますが)。


今回は日本戦を目にする機会があって、それはとても面白かったのですが、やはり怖いなと感じました。満場の観客が応援スティックをもって、チアリーダーの号令に合わせて日本チームを応援して、相手チームがミスをすると大喜びする。スティックが白くて目だって、アリーナの上のほうまでその色で埋まり、同じタイミングで同じ掛け声をかけながらそれを同じ動きで振っている人たちがこんなにいる。なんとなくローマの円形劇場を埋め尽くして(形もにているし)、囚人同士の殺し合いの観戦に熱狂していた人たちもこんな感じだったんだろうなあ、と思ってしまいました。まあ殺し合いとバスケットボールでは大分趣が違いますが、要は一人二人で観ていたら同じものでもここまで熱狂しないだろう、ということです。


などとらちもない感想を書き連ねてしまいましたが、仕事そのものは本当に面白かったです。


さすがに選手の写真を撮るわけにもいかなかったので、兵どもの夢のあとなど。選手だけではなく、このコートにロゴをはったり、点をすばやく電光表示板に送ったり、回転看板をつくったりそれを操作したり、選手のベンチにカバーをかけたり、もうそれは様々な人たちがここにかかわっているんだなあ、と今ならこの写真を見て思ったりします。


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日本に戻ってきて嬉しいのは日本語がたくさん読めることです。でも今年帰ってきたときはちょっとへたっていたので、つるつると読める軽いエッセイや漫画ばかり読んでいました。最近になってようやく、いままで読んだことのない本も読んでみようか、という気になってきて、今度は極端に一度に10冊も文庫本を買ってきたりしています。


でもこの本は買ったのではなく、友人が貸してくれたものです。昨日は昔からの友人の家に遊びに行って、そこでインドカレーやサラダをつくり、持ち込んだワインで酒盛りをやっていたのですが、酔っ払っていろいろしゃべっていたなかで、日本の犯罪についての話がでました。今騒がれている事件のこともありますが、ここ10数年、子供が親を殺したり親が子供を殺したり、または全然関係のない小さな子供を殺してしまう犯罪が多く、この現象はたとえばスペインに多い、嫉妬が原因で女性を殺してしまうといった一見「単純」な(殺される側にとっては単純だろうと複雑だろうと最悪にきまっていますが)殺人事件とは種類が異なるような気がします。動機が理解できない。犯人の、想像力の恐ろしいほどの欠如も理解できない。いったいなんなんだ、というような話をしていたら「それで思い出した」と彼女が出してきた本がこれなのです。


佐藤愛子の作品はこれまで「娘と私」シリーズのエッセイしか読んだことがありませんでしたが、なんという強烈かつまっすぐなキャラクターの人だろう、という印象はありました。それとは別に、遠藤周作や北杜夫のエッセイで彼女について書かれているものも多く、なんとなく「ああ、あの面白い人か」という印象があったのですが、この本には度肝を抜かれました、はっきり言って。


これは彼女が、実は、30年の長きにわたって「祟り」(というか心霊現象)に悩まされていた、という事実を記録したエッセイです。50歳くらいのときからだそうで、それまでそんな現象にまったく縁もなければ信じてもいなかったのに、北海道のある土地を買って別荘を建てたところ、次から次へと怪現象が起こるのです。彼女はこれをなんとか解決しようと体当たりでいろいろ試みるのですが、全然きかない。自然現象や命、死後の世界などに関する彼女の考えは、この苦しい体験を通じてだんだん変化していくことになります。


実際読んでいて、彼女ほど有名な作家がこんなことで本にするほどの大ウソをつく、というのはありえないのではないかとい思いました。何十年も「存在するはずのなかった」霊たちに苦しめられた経験や、霊媒師たちとのやりとりについて語った後、彼女は自然破壊やまったく緑のない住環境、モラルや心の教育の質低下など昨今の日本社会の抱える問題が、悪霊(これも「悪質なエネルギー」とでもいったほうがいいのかもしれませんが)に引き込まれやすい精神の空虚な子供や若者を生み出したのではないか、と考えるのです。例として神戸の酒鬼薔薇少年の事件、学級崩壊、母親による子殺しなどをあげています。ちょっと抜粋してみます。


  劣等感や屈折した優越感や世の中(親、学校)の矛盾や性衝動や自分でもわけのわからぬ不満など、それと苦しみ闘いつつ通過していくのが青春というものである。どの時代もそうして人は成長したのだ。自分の思い通りにならないことがあるからといって、今までは誰も人殺しなどしなかった。

  この国にはかつて存在していなかった少年たちが今、続々と現れている。「認められたいのに誰も評価してくれない」から人を殺す?だとしたらそういう少年たちの登場が何を語っているかということを私たちは考えなければならないと私は思う。分析して理窟をいっているうちに、この事態の重大さにおそれおののくという感情がきえていく。それが私は恐ろしい。

  日本人は恐れるべきことを恐れず、泣くべきを泣かず、怒るべきを怒らない人間になりつつある。理窟をいって勝手に納得する。心で動くのではなく観念に動かされる。人間はやさしくなければいけないから、やさしくしようと考える。だがそれはほんとうのやさしさではないやさしさだということに気が付かない。

  人も社会も無機質になり、無機質な子供を育てる。


うーん・・・それで無機質な子供には同じく無機質な存在である悪霊がとりつきやすくなる、ということなのですが、私は霊云々についてはまったく無知なので、それについてはわかりません。ただ、彼女の言っている「社会のゆがみが無機質で(理解不能な)人間を作り出している」、ということにはなんとなく賛成してしまうのです。日本で報道される殺人事件には、普通に聞いているだけでは理解不能なものが多すぎる気がします。それは犯人個人の問題だけ、というよりはこのシステムのゆがみを表しているような気がします。


それにしてもなんともすごい本だった・・・さすがに文章はテンポがいいので、このようなテーマでもかなりさっと読めてしまいます。信じる信じないはとにかくとして、「うーん」といろいろ考えさせられてしまう本であることは確かです。




ぼちぼちお仕事

今日もテレビ局の仕事でした。前回書いたときの仕事は「ホットドグ早食い世界選手権」に関する翻訳で(日本人が6年続けて1位なんですって)、うーん私にはどうも理解しかねる世界だったのですが(どう考えてもホットドッグがもったいない。だって12分間で50何個と食べちゃうんですよ。しかもそれが何人も集まって競争するんだし)、まあバラエティ系の軽い話でした。今回はうってかわってミサイル問題。決議案と議長声明に関する各国の国連大使のコメントや質疑応答の映像翻訳でした。うーん疲れた・・・でも緊迫感があり、非常に興味深い仕事でした。


ああいうのを見ていると、中国という国はやっぱりタダモノではないなあ、と思ってしまいます。英米のコメントもかなり強いトーンのものでしたが、決議案に反対している中国の大使が出てくると、記者からの質問が雨あられと浴びせられました。そしてかなり突っ込んだ質問に対しても、この大使は自己の立場をまったく崩さずに冷静に淡々と答えていくのです。


今回のことではいくつかの国からヒステリック、などと言われてしまっている日本ですが、なんというかああいう粘り強くかつ図太い外交ができるような国になってほしいなあ、訳しながらと思ってしまいました。私には外交も政治もわかりませんが、サッカーでは愛国心などカケラもわかない私でも(基本的にスポーツは全然ダメなのです)、こういう局面では日本にしっかり交渉して欲しい、と心から思います。


でもいつもながらこの仕事、一つ一つが全然違う世界です。通訳でも翻訳でも、当事者ではないのに、その場で一番最初に(多分一番大量の)情報に触れることになるので、ほんの少しずつ実にいろいろな場面を見たり聞いたりすることになります。だから飽きないのですが。


うーん、なんだか少しカタイ話になってしまいましたね。ちょっと気分を変えるために、スペインにおいてきてしまった(というよりもともと隣人の猫なのですが)サバ猫の写真でも載せてみましょう。サバ猫、どうしてるかしら。まあ多分いつもどおり隣近所を徘徊して、窓から他人の家に入り込み、すっかりくつろいで食べ物をもらったり昼寝をしたりしているんでしょう。なかなかいい生活ですよね、猫って。ミサイルなんかどこ吹く風。


Sabaneko


なかなか美描でしょ?






電ノコ娘

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ここ数ヶ月で、何人か新しい友達ができました。新たに気があう人を見つけたときには、ああ世の中って広いなあ、まだまだこういう不思議な人たちがごっそりいるんだろうなあ、などと思ってしまいます。もっともっとそういう人たちを発掘したい、と妙な衝動にかられることもありますが、まあ友人などというのも出会うべくして出会うものなのでしょう。今日はちょっとそんな新しい友人の一人について。


四月のはじめに我が家の部屋がひとつ空いて、同居人募集の広告を貼り出したことがありました。これはそこらへんの電話ボックスなどに適当に貼るのですが、旧市街のアルバイシンで屋上つき、しかも格安の我が家は、地理的に不便、かつボロ家であっでも、ミーハーな外国人(私のことです)やあまり現実的でない大学生(同居人のアントニオ君のことです)のような「グラナダならアルバイシンに住まなきゃ!」という浅薄な人間が多いため、同居人を見つけるのは簡単なのです。


家を見に来たのは小柄で栗色の髪、笑うと目がなくなってしまう女の子で、何よりアントニオ君が「彼女にしよう!」と大乗り気だったため、我が家の新たな同居人となりました。めちゃくちゃにブロークンなスペイン語で、よく聞くとどうもイタリア語がまじっている。トスカーナの出身とのことでした。


ところがこの笑顔のイタリア人、シルヴィアがすごかった。引越しには山ほど荷物を持ってきたのですが、その荷物がどうも尋常じゃない。洋服、自転車くらいはまあ普通だとして、トンカチ、ノコギリなどの大工道具にネジや針金の入った道具箱、何かの車輪、ギター、描きかけの大きなキャンバス、何かの布、ドリル、レタスの水絞り器、にんにくなどをみじん切りにする両手で持つ大きな弓形のナイフ、そして作りかけの操り人形-「ジャックよ」。私荷物が多すぎるわね、と息を切らせて階段をのぼっていましたが、これは単に荷物が多いというのかねえ、とつい考えてしまいました。


学生ではなく、イタリアで二年間働いたあと、今年はサバティカルなのよ、と言っていました。だからやりたかったことをするの。グラナダのほうがトスカーナよりも何をするにもずっと安いし。イタリアにいる彼と、仕事を変えよう、ってきめたの。ある小さな島で漁師をやるの。もう船も買ったし、彼は今、船の操縦士(っていうんでしょうか)の資格をとる勉強をしている。ずっと船に乗り込んでいるから、私はその間ここで人形つくりを勉強する。将来は人形を使った子供の教育に携わりたい。


聞くだけで心奪われる計画だなあ、と思って、私の大好きな「メディテラノ(地中海、邦題はなんでしょうか)」というイタリア映画みたいね、と言ったのを覚えています。


でも時間がたつにつれ、彼女に本当にぴったりな映画はメディテラノよりも「バグダッド・カフェ」だなあ、と思うようになりました。ご覧になったことあるでしょうか。砂漠の中のさびれたホテルに、ある日ふらりと女性がやってきて、彼女の影響で周りのすべてが優しくかわっていく、という私の大好きな映画です。あの不思議なナイフをつかって本場のおいしいパスタをつくったり、紙やすりを買ってきてジャックの顔や足をこすったり、朝まで飲んだり笑ったりしゃべったり、ハナを思い切りかむほど泣いたりしながら、シルヴィアは我が家の空気を変えてしまったように思います。


夏の前には、屋上にある物置小屋を仕事部屋にして、スペインは安いわ!とばかりに毎週のようになんだかでっかい機械を買ってきては備え付けていました。電気ノコギリ、木を丸く削る機械、ドリルの先がヤスリになっているもの、刃物を研ぐ機械、などなど。そして2メートルもある材木を二本。そこで新しい人形のフレディを夏までに仕上げるのだ、とのことでした。


今はイタリアに帰っている彼女から、フレディが仕上がったよ、とメールがきたのが昨日(ブロークンのスペイン語は話せても書くのは難しいようで、英語でしたが)。9月にはまたグラナダの家に戻ってくることにきめたそうで、また屋上の電ノコやトンカチの音を聞きながら翻訳をする日々が続くんだな、とちょっと今嬉しいのです。


↓こちらは私の命名したカルロス氏。木ではなくて、スポンジ製です。タバコの吸いすぎで顔が灰色になってしまったんですって。

Carlos

初仕事

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母がちょっと病後なので、帰ってきてからはずっとおさんどんに精をだしています。すると自分がいかに要領が悪いかよくわかる・・・料理なんかは嫌いではないのですが(というより結構好きなのですが)、でも慣れない和食などつくって時間がかかったり、野菜の値段の高さに目を回したりしています。野菜の高い国、というのは許せん。いったい何を食べろというんでしょうか。そして高値の国産ニンニクのすぐ隣にその十分の一の価格で中国産のニンニクがごろごろとおいてあったりするのも不気味です。この価格差は怪しすぎる・・・とやっぱり手が出ない。そこをついた心理的作戦なんでしょうか。


でも料理はまあいいのですが、掃除買い物お洗濯・・・とやっていると、一つ一つはそれほど時間をとらなくても、なんだか細切れの時間割になってしまいます。これが要領が悪い、ということらしい。母はずっとこれをちゃっちゃかこなしながら、ばしばし外出もしていたんだよなーと今更のように感心したりします。私はどうも立派な主婦にはなれそうにないですね、やっぱり。グラナダの我が家で、同居人のアントニオ君やシルヴィアちゃんと、「食べたらすぐ皿を洗え!」とか言い合っているのがせいぜいのところのようです。


まあそんな中、一応出稼ぎに来ていることでもあるので、昨日ようやく重い腰を上げて初仕事に出かけてまいりました。ビデオ翻訳で、テレビ局の仕事です。


すわテポドンか、と思ったら、全然関係のない軽い話で、まあぼちぼち仕事を始めるにはよかったかな、という感じでした。普段グラナダで黙々と翻訳をしているときには、同じ空間で「働く人たち」を目にする機会がないので、日本でどこかの会社やテレビ局を訪ねて、そこで通訳なり翻訳なりをするときにはいつもわくわくします。毎日一緒に働いている人たちがいる組織の中で、その人たちの日常をほんの少し覗かせてもらえるのは、なんとなく嬉しい。ああ昔日本の会社で働いていたときは、こういう空気の中にいたんだな、とちょっと懐かしく思ったりもします。


テレビ局というのは特に、ラフな格好をした若い人たちがうろうろしていて活気がありますよね。なんだかフクザツそうな機械がごっちゃりあって、いろいろなブースで今ホットな様々な話題の映像が映し出されていて、それにテロップをつけたり、ナレーションを重ねたり、本当にたくさんの作業を重ねて(しかも時間と戦いながら)番組を作っていくんだなあ、と思うと見ているだけでもとても面白い。まあ観察なんかしている余裕があった、というのはそれほどきつきつの仕事ではなかった、ということなのですが。


そんなわけできのうは初仕事でした。ここ二年間というもの結構ぎちぎちやってきてちょっと一息いれたいので、今年の夏はあまり飛ばさず、ぼちぼちやっていこうかな、と思っています。




いきなりすっかり沈黙してしまってごめんなさい。言い訳はいろいろあるのですが、まあ言い訳しても仕方がありませんね。どうも追い詰められると「さあブログにこれを書くぞ!」という前向きなエネルギーが枯渇してしまうようなのです。情けない。でもまたいきなり復活いたしました。お久しぶりです、皆様。お元気ですか?


グラナダはもう夏全開・・・といっても、私は今の今は日本におります。例年の一時帰国で、先週帰ってまいりました。結構へろへろになって帰国したのですが、そろそろ今年も活動を開始しようかなーと浮上しはじめたところです。


黙り込んでいた間にもグラナダではいろいろあって、いまさらながら書きたいなあ、と思うことがたくさんあるので、少しずつ書いていきたいと思います。


でもまずは取り急ぎ復活のご挨拶まで。ただいま。



セマナ・サンタ 1

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セビリアのセマナ・サンタについては、ナサレノ の話を以前少しいたしましたが、いよいよ9日の日曜日から本番となっております。この記事を書いている今、スペイン時間で11日の朝2時半ですが、まだ外では行進の音楽が遠くに響いているという・・・このとてつもなく、なんとも常識では説明できないような大イベントをぜひご紹介したいのですが(私もあまり詳しくはないのですけれど)、どこから手をつけていいものやら。何度かにわけて、少しずつお話できればと思います。


昨日(というかもう一昨日ですね)の日曜日はDomingo de Ramos、直訳すれば(椰子の)枝の日曜日、なのですが、セビリアの聖週間、セマナ・サンタはこの日からはじまります。スペイン中が「一番すごい」と認めるセビリアのセマナ・サンタですが、何がそんなにすごいのかというと、プロセッションと呼ばれる行進の数がとにかく飛びぬけて多いのです。一週間でほぼ60、一日8つか9つの大掛かりな行進が、街中を練り歩きます。


このプロセッションや、ナサレノその他セマナ・サンタの主人公たちについては、またその全体をまとめてご紹介できればと思います。ちなみにこの日曜日はいいお天気だったため、La Borriquita, Jesus Despojado, La Paz, La Cena, La Hiniesta, San Roque, La Estrella, La Amargura, El Amorの9つのプロセッションがすべて行われました。高価な彫刻などを掲げて練り歩くため、少しでも雨模様になると全部中止になってしまい、一年間プロセッションの準備をしてきた地域の青年団長の男泣きがテレビに映し出されたりして、いやもう大変なことになるのです。


ずらずらと街中を練り歩くプロセッションと、セビリアおよび近辺の村中から詰め掛ける見物客のおかげで、この一週間、セビリアの交通は大混乱をきたします。かなり精密な時間割およびプロセッションの道筋を書いた地図が売り出され、これがないとどこにもいけません。結構アタマの痛くなることも多いのですが、それでもなんとなくこの熱気にはまってしまう、セマナ・サンタはいったいなんなのか。


日曜の晩、食事に出ようかと連れとふらふら歩いていたら、案の定プロセッションに出くわしてしまいました。否応なく、すべて通り過ぎるまで立ち往生、じっくり見物することになったので少しご紹介いたしましょう。これはLa Amarguraというプロセッションです。



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先頭は十字を掲げたナサレノです。このプロセッションのナサレノはすべて白衣に赤の紋章、蝋燭も白で統一されています。資料によればナサレノの数は合計800人、プロセッションがすべて通り過ぎるのに35分から45分かかります。どうりで最後は真っ暗になっていました。


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ナサレノのアップ。迫力ありますよね。私は結構好きなのですが、そういう問題でもないかも。


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薄暗くなってくると、蝋燭をともします。この蝋燭のたれてきている部分をモコといって、子供たちはこれを集めてボール型にしたりします。ナサレノは蝋燭のカスのほかに子供に飴をあげたりすることもあり、コワモテの割りには結構親切です。


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動いているところをとったため、ぶれていてごめんなさい。これが一つ目のパソ、御神輿ですね。キリストとローマ兵の彫像が見えます。彫刻は大体すべて木彫りですが、衣装や髪は「本物らしらを出すため」本物を使っていたりします。本物の髪ですよ!ちょっと怖い。でもこの彫刻は髪の毛は本物ではなかったと思います。このパソは、資料によれば(こんな資料が新聞に毎日ついてくるのです・・・)48人で担いでいるようです。ちなみにキリスト像は1698年の作とあります。古いですね。かなり新しい彫刻も多いのですが。


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後ろ側。パソは彫刻だけでなく、パソそのもの(台座、というんでしょうか)も意匠を凝らしたものが多く、今でもこれを作っている工房があります。まあ需要があるんだから当たり前なんですかねえ。大体一つ目のパソ(キリスト像)は金色、二つ目のパソ(マリア像)は銀色のことが多いです。時々木製の渋いのも見かけます。



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こちらは帽子がたれていますね。ナサレノではなく、ペニテンテスといいます。十字架を背負っているのが見えるでしょうか。



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夕闇の中のプロセッション。蝋燭や蜀台の灯りが綺麗というか、怖いというか。なんとも中世じみていいます。実際に目の前で見ていても、これが現代のヨーロッパとはちょっと信じがたい。


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蝋燭とナサレノのアップ。かっこいいなあ・・・と私は思います。が、どうしても彼らの心境がわからん。


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コスタレロ。パソを担ぐ人たちです。プロセッションの間何度か交代して、何時間にもわたる行程を歩くのです。以前セビリア出身の知人に、あんな重そうなものを担いでもらうなんて教会もお金を出して人を雇うの、と聞いて笑われたことがあります。こちらからお金を出して担がせてもらうのだそうで・・・キリストやマリアを担げば、贖罪になる、ということなのでしょうか。


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二つ目のパソ。もうすっかり日が暮れてしまいました。二つ目のパソは通常マリア像です。蝋燭が何重にも立てられ、その向うに飾り立てられたマリアの像が置かれます。裳裾の長い衣装は本物の布にすばらしい刺繍を施したものです。木像に本物そっくりに彩色してありますが、木の部分は手と顔だけ、あとは衣装で見えないので中は骨組みだけです。資料によれば、このパソは36人のコスタレロで担いでいます。


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もの哀しい楽隊の音楽に合わせてマリアが通り過ぎてしまうと、プロセッションは終わりです。人でごったがえしていた道を、ようやく通ることができるようになります。


うーん、長々と書いてしまいましたがプロセッションのものすごさを少し感じていただけたでしょうか。これで40分間くらい足止めをくらうので、並じゃないです(通り抜けようとすると見ている人に怒られる)。それでもなんとなくはまってしまうのです。恐るべしセマナ・サンタ。

グラナダの春

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お久しぶりです。一昨日からセビリアに来ています。

今日9日から例のセマナサンタ(聖週間)がはじまり、セビリア中ごったがえしています。例のトンガリ帽子(人形じゃなくて、ホンモノ)が街中を物悲しい楽隊の音楽に合わせてぞろぞろ行進していて、各行進の時間割を持ち歩かないと通行止めをくらって家にも帰れない、という狂気の一週間です。いい写真がとれればぜひご紹介したいと思います。


でも今回は、ちょっとグラナダを出る前に撮ってきた写真をご紹介しましょう。グラナダは今春爛漫、散歩にぴったりの季節です。金曜日もそれで、用事を済ませがてらついぶらぶらと道草をしてしまいました。


まずはいつかちょっと書いた、パセオロストリステスの散歩道から。見上げるとすぐアルハンブラです。春は緑の色がやわらかですよね。


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私の家に行くにはここからずっと上り坂になります。アルバイシン地区は結構急勾配の坂が続いているのですが、気持ちのいい日にぼーっと歩くには最適の景色がたくさんある場所でもあります。


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家は全部白いので、花の色が映えますね。この家の近くにはこのほかにオレンジの木もあって、白い小さな花が咲いていました。オレンジの花はとても甘い香りがするので、近くを通るとすぐわかります。

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これはエニシダでしょうか。見事に明るい黄色の花が、楽しそうにゆらゆら揺れていました。


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ちょっと下がってきて、ここはテテリアのたくさんある道のすぐ近くです。夏でもないのに、もう入道雲がみえます。


雨ばかりぱらぱら降っていた季節が終わって、一気に気持ちのいい春になりました。本でも持ってぶらぶらするのにぴったりの気候です。