ブラームスの夕べ | 脚本家/小説家・太田愛のブログ

長らく更新が滞ってしまい、すみません。

『さよならバードランド』と『ミス・グリーンの秘密』の放映後、

メッセージを下さった皆様、ありがとうございました。

また来年のオンエアの日程が分かりましたらアップします。

是非、御覧下さいませ。


脚本家・太田愛のブログ-冬空


いつのまにか街はクリスマスムード。一年の最後の慌しくも心楽しい月。

今年はスケジュールの都合で、蜷川幸雄さんの舞台と、秋には3年ぶりに来日したコンテンポラリーダンスのカンパニー・ローザスの舞台のチケットをフイにし、無念のきわみ……。でも、かろうじて駆けつけることができたコンサートもあった。


しばらく前の事になるけれど、サントリーホールにジョナサン・ノット指揮のバンベルク交響楽団を聴きに行った。演目はブラームスの悲劇的序曲、ヴァイオリン・コンチェルト、そして交響曲2番。2番は4番と並んでブラームスの中でも特に好きな曲で、夏にチケットを買った時からとても楽しみにしていた。

脚本家・太田愛のブログ-ノット


岡田暁生さんの名著『西洋音楽史』によると、ブラームスの生きた19世紀は、それまで王侯貴族のものだった音楽が市民化した時代だそうだ。産業化が進み、科学と実証主義の時代が到来し、社会が無味乾燥になっていく時代だったからこそ、音楽には、ロマンティックであることが求められた、という趣旨のことを岡田さんは書かれていたと思う。


当時は、一方に悲劇的なメロドラマを歌い上げるグランドオペラがあり、一方にブルジョワジーのサロンで名人芸を競うリストやショパンらの音楽があり、百花繚乱の華やかさだった。そんな中で、生真面目に、純粋な音楽を目指した音楽家の一人がブラームスで、ベートーヴェンが打ち立ててしまった「普遍的な名曲を作る」というテーマを真正面から抱え込み、悩みに悩み、なんと最初の交響曲を構想してから書き上げるまでに20年以上もかかっている。ブラームス、43歳。


交響曲第2番が発表されたのは、その1年後だ。20年間の鬱屈を経て、とても立派な第1番を書いた後、あふれ出るような曲想でブラームスが書き上げた第2番はほんとうに若々しく、美しい。


もちろん、この日のノット指揮バンベルク響の演奏も若々しく、美しかった。だが、彼らの演奏を聴いて強く感じたのは、何よりブラームスの音楽が新しく、大胆だということだった。ためらいがちなホルンに始まる第1楽章、ブラームスはホルン、低弦、木管と音色の異なる楽器をリレーするようにして旋律をつむぎ始める。この音色のリレーが、バンベルク響の各セクションの温かい音色で、しかも立体的に聴こえてくると、ああ、音楽は確かにベートーヴェンから遥かに遠い場所に来ているんだな、と思わずにはいられなかった。ブラームスは、時にバッハのような線と線の絡み合いを用いながら、それをオーケストラの複雑な音色のパレットの上で自在に彩ることで巨大なロマン派の音楽を構築している。


ジョナサン・ノット氏は、リゲティなどの現代音楽も得意とされている指揮者で、それだけに音楽の構造を明晰に聴かせてくれる。CDでも、マーラーの交響曲第5番や第9番など複雑きわまりない曲を、驚くほど見事にさばいている。しかも「怜悧に」ではなく、豊かに音楽を展開する指揮者だ。この夜のブラームスもそうだった。クリスティアン・テツラフをソリストに迎えたヴァイオリン・コンチェルトも、交響曲第2番も。生真面目で内向的なブラームスを、情熱的で感傷的なブラームスを、そして、実は自信にあふれたブラームスを心ゆくまで聴かせてくれた。