• 28 Jun
    • 玉城豊先生 ~ 集団伝承遊びと知的な発達 エッセイ(まとめリンク)~

      *今日は講習会お疲れさまでした! ・先生方が利用されたスライドなど、著作権等チェックして問題ないものは、土曜日(7月2日)までに掲載しますので、復習にご利用ください! ・何か不明な点がありましたら、glinearea727*gmail.com (*を@に変換して送信ください)にご連絡ください。(こちらからお送りするメールはパソコンメールになります。携帯からメール送信いただいた場合「パソコンメール受信」ができるように設定いただけないとお返事がエラーとなり届きませんのでお気をつけください!もしくは電話番号を記載いただければショートメールでお返事します。) ............................................................................................................................ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「ルールを変える」

      本園では、今年も昨年に引き続き、早い時期から年中さんが年長さんと一緒に「うずまき鬼」や「うどんつるつる」といった集団伝承遊びに入ってきている。特に「ケンパ」は、丸やかかし、双方から出会ってジャンケンするオリジナルも含めて、それまでは年長さんでも無理だと思って1月以降にしか私自身教えなかったものが、今ではもう年中遊んでいる。 それは、「ケンパ」にしても、私の教え方が違ってきたことが理由に挙げられると思う。私は今までは「ケンパ」をいわば伝承どおりに、石のある所は飛び越えなければならないものとして教えてきた。これが一マスを飛び越えるという至難の業を子どもたちに要求することとなった。が、数年前からは、とにかく線を踏まないということだけを唯一のルールにして、石のある所を踏む踏まないは、自分たちで一人ひとり、その時その時決めるようにしたのだ。そのように「ケンパ」1つとっても、私自身が、ルールに対して融通がきくようになったのだ。すると、子どもたちは自分の等身大の遊びができるようになったにすぎない。 そのことが分かって初めて、変えていいルールと変えてはいけないルールがあることが、スポーツにはない、伝承遊びの面白さだということに気づいた。いわば 十年経って初めて集団遊びの醍醐味が分かったと言える。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ

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    • 玉城先生伝承遊び 「繰り返し伝えてこそ」

      十二日付「外遊びが子どもの心身育てる」はその通りだと思う。しかし、今やどのように外で遊んでいいのかを知らないのが子どもの現状ではないだろうか。 砂遊びゃ泥遊びが心地よいものであることを子どもが学ばなければならなかったように、すべて良いものは、小さいころから学んでいかねばならないのが人間なのだ。 始めはおどおどと泥に触れて、大人の目を気にしていた子どもが、その心地よさに快哉を叫ぶようになるのにも、実は時聞がかかるのだ。 遊びの面白さも、何度も繰り返して訓練した結果、ようやく実感するものであって、始めから面白いものや始めから心地よいものなど何もないのだ。 人間というものは、はじめのうちは正しい反応をしないもので、喜ばしいものに対する喜びや好ましいものに対する愛、子どもや庭は楽しいといった感覚さえも、訓練の結果得られるものであって、幼児期は、そのような日常的習慣の微妙なバランスをこそ育てる時機と言える。 だからこそ、かつて遊びはガキ大将がいてゴマメがいて、世代から世代へと 遊び継がれたように、今は大人が教えなければならないのだ。 そうした意味で、私たちがかつて遊んだ集団伝承遊びも、幼稚園や保育園で繰り返し教え伝えてこそ、子どもの文化となることを覚えたい。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを   ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「地面に線を描く遊びを」

      本園では、今年も早い時期から四歳児が年長さんと緒に集団伝承遊びに入ってきている。特に「うどんつるつる」という集団伝承遊びは、私自身が三十年前に、尼崎出身の教諭によって教えられたもので、縦横三本の鬼の道にいる複数の鬼にタッチされないようにしながら、長四角の中を宝を目指して、二周するのだが、鬼に阻まれて身動きがとれなくなった時、相手を指名してジャンケンで勝つことによって、逃げることができるという遊びだ。勝ち負けにジャンケンという偶然性を加味することによって、より遊びらしくなっている。だから自然ジャンケンに強い子は、運動神経が苦手でも勝つことができるし、そその上、各コーナーにいる聞は、たっぷりと鬼をからかっててふざけていることもできる。鬼が目をそらした瞬間が勝負だ。 このように、鬼との掛け合いがゲlムの基本になっているため、スポーツのような耐久性や柔軟性もいらず、知らぬ聞に敏捷性が育っていくという、幼児にぴったりの遊びである。しかし、唯一の弱点は、地面に線を引いて囲いを作らねばならないという点である。現在、学校や公園を芝生化しようという流れが起こりつつあるが、集団伝承遊びのために、ぜひ地面を残しておいて頂きたいと願う ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「なが馬の思い出」

      保育の場は、現在テレビやゲ-ムなどの映像メディアの影響を唯一ある程度遮断できる場といえる。そしてこのような場だからこそ「生身の身体経験としての遊び」が必要だ。 鬼ごっこの面白さも、要は鬼に捕まえられたり、触られたりすることにある。これなしで、ずっと逃げ続けていたりしたら、白けてつまらないものになってしまう。 私たちの思い出の中で一番面白かったのが、二組に分かれて、負けたチlムがそれぞれ前の人の股の聞に頭を突っ込んで長い挑び箱状態になり、勝ったチームがその上に飛び乗って馬をつぶす「なが馬」だったのも、それが一番身体接触が多かったからにほかならない。そんな時、けんかや怪我もしたが、その痛みの経験は懐かしい思い出となっている。 現在は、危険だからという理由と、男女一緒にはできないという理由で、おそらくどこの学校もやっていない。本闘においても私はできるだけかつての自分の小学生時代の集団伝承遊びを多少規模やサイズを小さくし、ルールをやりやすいように変更しつつやっているが、この「なが馬」だけはできないのが残念だ。この遊びが再び小学校ではやる時、子どもたちは、甘酸っぱい思い出と共に、生身の身体感覚を取り戻すことだろう。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性   地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「遊び込む時と場の必要性」

      幼児における「遊び」の重要性は、言うまでもない。幼児は遊びの中で、あらゆるものを学習していくからだ。幼児は、自分の興味と関心のあるものは、どんどん真似ようとし、コマ回しや綾取り、竹馬や折り紙といった伝承遊びが一定の人気を得ているのはそのせいである。身体を使つての試行錯誤が面白いのだ。 しかし、子どもの遊びが単なる一時的な慰みではなく、子どもたちの間の共通の文化になるためには、遊びが同世代にも流行し、異世代聞に伝承されねばならない。そしてそのためには、遊ぶ楽しさが共有され、それが繰り返し体験されねばならない。遊びの文化が子どもを育てるからだ。 その意味で特に、外遊びの「ひまわり」や「Sケン」「うどんつるつる」といった線で囲う集団伝承遊びが、子どもの共通の文化となるためには、単に教えられたルールが分かるという以上の、勝ったり負けたりの面白さが分かるよう、何度も遊び込み、遊ぶを続ける時と場がどうしても必要である。特に昔の集団伝承遊びは、保育者が意図的に幼児施設内においてそのような時と場を創り出さなければ、遊びの共有はできず、幼児たちにとって遊びは一時の慰めにしかならない。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び   なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「遊び・遊び・遊び」

      今、園長は「うどんつるつる」や「ケンパ」「うずまき鬼」「くっとり」といった集団 伝承遊びをする活発な子どもたちにいわば独占されてしまい、おとなしい子どもたちは、中々一緒に遊ぶことができないが、それでも、一区切りついた時や、お片付けの時間(これは反則なのだが)に、ちょっと来ては、「園長先生バックブリーカー(これは子どもを逆さに抱いて肩に乗せるもの) して!」とか、「ぐるぐる回しして!」とか、「ジャンプして!」「いっしょにおどって!」とか言ってくれる。 あるいは年少組の男の子や年長組の女の子なら、後ろからわざと蹴ったり、どついたり、あかんべえをしたり、スベシウム光線で襲つできたりして追いかけてくれるように誘う。 そして怪獣になったり怒ったふりをして追いかけると、キヤアキヤア言って逃げる。 私は、この追いかけっこに、遊びの原点があるような気がする。子どもは怒られてでも自分を見てほしいのだ。だから少しの関わりだけでも満足するのだ。悪童と言われる子どものいたずらも、自分を見てほしい、自分に注目してほしいという願いが隠れているのかもしれない。無視されるくらいなら、怒られてでもかまってほしいのだ。 今必要なのは、そんなかまってほしい子どもへの理解と大人の側の遊び心ではないだろうか。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方   遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「うどんつるつるのあそび方」

      兵庫県尼崎の集団伝承遊びに「うどんつるつる」というのがある。出身教諭に教えられ、いろんな幼稚園で遊び始めて二十八年になる。私自身はひまわりなどのぶつかり合う遊びで育ったので、始めは鬼にタッチされるのをよけるだけのしまらない遊びだなあ、まあ、強めにタッチされて痛かったり、中々鬼から外に変われなかったり、という意味で、耐性を育てるのにちょうどいい遊びだくらいに思っていた。 しかし、そのうち、何度も遊び込むうちに、うまく鬼からよけたり、鬼も瞬発力を生かして、タッチしたり、水がかわいて見えなくなった線をまるで見えているように走ったり、と身体感覚を鋭くし、知的な育ちを育んでいる遊びであることが分かった。 それどころか、始めに仲間と一緒に「うどん」と入らなければアウトになり、鬼も仲間が安全であることを確認して「つるつる」と言わなければ、陣地にいなければアウトになるというツールがあって、結構互いに仲間を思いやり、心を一つにするという協調性が必要とされることもわかってきた。 園児たちは、うっかりアウトになるのを防ぐために、手をつないで一緒に入るという工夫をし始めた。鬼もすぐには「つるつる」と言わないように、仲間が鬼の陣地に入っているか確認してから言うようになった。心を通い合わせる遊びとして申し分ないと思う。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「集団伝承あそびの復活を」

      私たちの園では、棒一本、線一本で遊ぶことのできる集団伝承遊びを伝え遊んでいる。 この遊びは囲いで動きを限られ、ルールがあるため多少複雑で、もちろんどもの中から自然発生的に生まれるものではない。必ず教師がその場にいて、ルール違反がないかどうかの指導が必要だし、遊びの中においてさえ、教師はいわば正誤を判定する審判の立場にいなければならない時もある。それがどもの自由な遊びを提唱する現在の風潮と逆行するように思えるかもしれない。 しかし、絵本や昔話も、自然発生的に子どもから生まれるものではないが、豊富な過去の伝承や遺産を与えることによって、生きるモデルのための子どもの想像力や同一化能力を限りなく豊かにする。同じように、囲いで限られたルールのある遊びは、ただ単に遊んでいるだけで、子どもに見えない法のあることを教え、大人の気分やその時その時の力関係に影響されることなく、真理に従って自他を裁く問題解決の能力を、繰り返し遊び込むうちに無意識に教えるのだ。これが子どもの前頭葉を発達させる力となる。しかもごまめルールがあったり、その場その場でルールを変更したりする融通性も育つ。集団伝承遊びをぜひ共に遊ばせたい。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「人権問和教育にジャンケンを」

      最新の人権・同和保育の課題は、一つは発達を直線的に捉えない、幼児の発達はくねくね曲がったり後退することもあることを知る。それぞれの個的発達よりも仲間集団の中での関係発達という観点を重視するという。 もう一つは、幼い、大きい、噛む子といった身体的特徴や時的な攻撃性による周囲の「原きめつけ」が生まれるが、それを理由に関わりを避けることから偏見の固定化が生まれるので、「きめつけはおかしい」という認識を相互に育てる。しかし、「きめつけはおかしい」にとどまらず、「正義・公平・平等」の価値基準を子どもたちが獲得するように形成するにはどうしたらよいかを実践の中で考える、ということだそうだ。そして具体的にはジャンケンや順番というルールを育てることが公平を保つ行為だそうだ。 そういえば本園の集団伝承遊びで、特に保育者が見ていなかった時、子ども同士が、囲いの線から出た出ないや、服にタッチしたしないや、ルールを破った破らないでよくけんかになる。 そんな時も、「じゃあ、本当ジャンケンしようか」というと、素直に従って、勝てばセーフ、負ければアウトを受け入れる。 勝負運とか偶然の要素を取り入れることにより、どもの中に公平感が育つのだと思う。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「実際に見てもらうのが一番」

      本園の集団伝承遊びはまだ二年の歴史しかないので、時々保護者から、からだがぶつかり合うような激しい遊びについて、けがをするからやめてほしい、というような要請を受けることがある。これは、年中さんや女の子をもつお母さん方に多い。確かによく転ぶし、はげしいのだと、突き飛ばされたりすることもあって、服がすぐに汚れたりする。 しかし、実際に見てもらって、子どもがこけても転んでも、何度も喜んで相手に立ち向どもがかわいそうという認識を新たにされるようだ。その時は確かに痛いから泣く。負けて悔しいから泣く。相手が違反していることを分かってもらえないで泣く。 泣くわけにはさまざまあって、その度に戦列を離れるのだが、しばらくすると泣き止んでまた遊びに入る。自分の方が正しいとけんかになったり、ものごとになるのはしょっちゅうだ。この集団伝承遊びはわざともめごとになるように作ってあると思えるほどだ。 そのことが分かって来ると、保護者の方々は、静かに見守るようになる。こうして子どもたちは生身の身体のお互いを知っていく。そしてこのことこそが、今バーチャル世界に生きているどもに何よりも大切だと思う ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「負けても立ち向かう勇気」

      現在、幼保小に共通の目標は、、「生きる力の基礎を培う子どもの育成~さまざまな経験や活動を通して、人との関わりを深める活動のあり方」ということである。 具体的には積極的なボランティアとの交流や、特に異年齢交流があげられる。そこには、自分の考えを相手に伝えるのが苦手な現代の子どもにどうしたら人との関わりを深めることができるか、といった視点の追求が見られる。 本園が小学生たちに土曜日保育参加を開放して「Sケン」などの集団伝承遊びを一緒に遊ぼうとするのも、同じ視点である。先日も小学四年生から一年生までのお兄さんやお姉さんたちと園でいつもやっている集団伝承遊びをした。そこには、高学年にも怖じ気づくことなく負けても負けても立ち向かい、また、小学一年生とは対等以上に遊んでいる園児たちの姿があった。初めて教えた時は、負けるのが嫌だといってすぐに泣いたりすねたりしていた子どもたち。 最初は相手に触れる仕さえおぼつかなかった子どもたちが、今は、転がされたり、押し出されたりされても、悔し涙一つ流すことなく、何度も立ち向かっている。この一年間触れ合い、ぶつかり合うことの積み重ねが知らず知らずこうした頼もしさをつけたのだ。遊び込むことの大切さを改めて教えられた ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「ゆったりと流れる時間を」

      子どもであることの幸いの一つは、時間に左右されないで、遊びにひたることができるということだ。しかし、そこに至るまでにはまず子どもは一つの遊びに習熟するためにも、子どもにとって始めから面白い遊びなど、どこにもないからだ。 子どもは遊ぶことを学ぶのだ。そして遊び込めば遊び込むほど、子どもは遊びに夢中になるので、どもにとって時間がゆったりと流れることは、かけがえのない体験である。 線を引いて囲いを作る集団伝承遊び、例えば「うどんつるつる」という遊びでは、中の鬼にタッチされないように鬼の道をいくつも越えて、宝を踏んでこなければならない。そこで、どう渡るか、どうやってタッチしてやろうか、という互いのかけひきとなる。にらみ合いが続き、二分も三分も時聞が過ぎることがよくある。 しかし、会話がふざけているような時でも、この時の子どもたちの心の中は、激しく動き回っていることが、相手の隙をじっと見ていることで分かる。対する一人はこの駆け引きややりとりを楽しんでいるのだ。これは、ゆったりとした時聞があって初めて、味わうことのできる遊びだと思う。ゆったりとした時間を大切にしたい。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ   負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「人生からのチャレンジとして」

      昔から「かわいい子には旅をさせろ」という言葉があるが、振り返ってみる時、私たちは子どもに対して生きる力を与えるように育ててきただろうか。いやな目や辛い目に会わさないことが親の愛情であるかのように、つい思い違いをしていないだろうか。しかし、それは子どもをひ弱な、わがままな子に育てるだけになっているのではないだろうか。 昔の集団伝承遊びで鬼ごっこが子どものしつけにおいて大切であったのは、一人ひとりが鬼の番になることによって、つらい寂しい思いを体験できたからではないだろうか。 このつらい寂しい思いをしたことが、相手への思いやりゃいたわりへと育っていったのだと思う。今、鬼にさせるのはかわいそうと、自分の子をつらい目に会わすまいとする時、私たちは子どもを自分勝手な、がまんのできない子に育てているのだ。本当に困った時に対応することができない子に育てているのだ。 嫌なことでもする、と言う経験をどもはもっと必要としている。つらさを知る時、がまんや助け合いの心が育つからだ。人の助けが必要だ、あるいは自分は人を助けることができるという経験を子どもは必要としている。その時、すべての困難な経験をも、人生からのチャレンジとして受け止める自立した子どもが生まれるのだと思う。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「やりとりを楽しむ」

      文科省が「心の教育」を掲げているが、幼児教育では全てが「心の教育」である。本園では棒で線を引いて囲いを作って遊ぶ「集団伝承遊び」が盛んであるが、それらも豊かな心の教育だなあ、と今さらながらに思う。 例えば、尼崎地域伝承のいう遊びでは、中の鬼にタッチされないようにすばやく鬼の道をいくつも越えて、宝を踏んで帰ってこなければならない。 そこで、複数の鬼にタッチされないで、どう渡るか、どうやってタッチしてやろうか、という互いの駆け引きとなる。にらみ合いが続き、二分も三分も時聞が過ぎることがよくある。 しかし、会話がふざけているような時でも、この時のどもたちの心の中は、激しく動き回っていることが、相手の隙をじっと見ていることで分かる。以前は、時間の関係上、遊びを早く進めたくて、よく「みんなが待ってるよ」とか言って、なるべく場面が硬直しないように、声をかけていたものだが、二人が決してよそ事を考えているのではないということに気づいて、今ではできるだけじっくりと、このやりとりを楽しんでいる。 これらの駆け引きややりとりは、ぶつかる力が勝負の「ひまわり(肉弾) 」なんかでも基本的に同じだ。そして、このゆったりと流れる豊かな時間こそスポーツでは味わうことのできない、集団伝承遊びの深さだと思う。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「遊び約束ごとの世界」

      五泉いずみ幼稚園では特にひかり組さんを中心に、「くっとり」「ケンパ」「ろくむし」「Sケン」「うどんつるつる」といった集団伝承遊びに力を入れていますが、なぜ集団伝承遊びが大切なのでしょうか。 それは、特に一本の棒で地面に線を描いて四角や円を作って遊ぶ遊びに言えることですが、たった一本の線に固まれた範囲で遊ぶために、線を踏んだり、越えたりしてはいけない、タッチされたら死ななければならない、等々という約束事をそれは真剣に守ります。 遊びがそもそも成り立っためには、子どもたちみんながその約束事を守らなければなりません。だれか一人がその約束事を軽視したら、途端に遊びは白けて、す。遊びをずっと面白くさせるかどうかは、ずるをする子がいるかいないか、で決まります。 この経験の繰り返しが、世界そのものが大きな約束事によって成り立っている、また、世界には、守らなければならない大きな約束事(戒め)があり、その約束事(戒め)が守られている聞は、私たちは楽しく幸せに暮らすことができるのだ、という直観を育てるのです。 「人を殺すな」「姦淫するな」「盗むな」「嘘をつくな」「むさぼるな」といった、理 由なしに守らなければならない神の戒めでさえも、約束事があることを当然とする遊びの中で育った子どもたちは、何の違和感もなく、素直に守ることができるようになるのです。 勿論、その時、宗教教育によって、絶対依存の感情と安らかな庇護感と、破った時の畏怖の感情が育っていれば、申し分のないことは言うまでもありません。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「耐性を育てる」

      保育の場は、現在テレビやゲームなどの映像メディアの影響を唯一ある程度遮断できる場といえます。そしてこのような場だからこそ、「生身の身体経験としての遊び」が必要です。鬼ごっこを始めとする集団伝承遊びの面白さも、要は鬼から逃げたり、捕まえられたり、触られたりすることにあります。これなしで、ずっと逃げ続けていたり、鬼の交代がなかったりしたら、白けてつまらないものになってしまいます。 私の少年時代の思い出の中で、一番面白かったのが「ひまわり(肉弾)」や「なが馬」だったのも、それが一番身体接触が激しかったからにほかなりません。そんな時、けんかや怪我もしましたが、その痛みの経験は、懐かしい思い出となっています。 園でも今、「うずまき鬼」や「ケンパジャンケン」「くっとり」や「うどんつるつる」 と、ひかり組さんだけではなく、ほし組さんも混じって遊んでいます。これらは始め少し難しかったり、負けてばかりで口惜しかったりの連続ですが、遊びになれるに従って、多少負けても、次には勝つことを覚えて、忍耐が身につきます。 また、六月からは「ひまわり」や「Sケン」を解禁にして、ひかり組さん達で遊ぼうと思っていますが、それら全ては、勝っても負けても面白いということが体験できるのです。 それに、相手がほし組さんだったり、ひつじ組さんだったりすると、「ごまめ」 のルールでハンディをつけてあげることができるのも、集団伝承遊びの特徴です。 それ以外にもさまざまなジャンケン遊びゃ、遠出をして歩くことや「いろはにこんぺいとう」などのように、押したり引いたりする遊びなど、全てを耐性を育てるという一点で考えようとしています。あるいは、作っても作っても何度も壊れたり、崩れたりするどろだんご作りなども意外に耐性を育ててくれているのかもしれません。これからの工夫は、自由参加の原則を尊重しながら、時には全員で参加させる機会をいつ持つかということです。 それというのも、今子どもはどこで忍耐することを学ぶのだろう、ということが、最大の疑問だからです。キレやすい子ども、わがままな子どもにならないためにはどう育てればいいのか。耐性を身につけるにはどうすればいいのか。結局、自分の中の魔物をコントロールできなければ、将来不幸となるのは子どもだからです。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「柔軟性と巧徴性と敏捷性を」

      幼児の運動能力で一番成長が著しいのは、三・四歳児が柔軟性、四・五歳児が敏捷性、五・六歳児が巧緻性(器用さ)と言えるでしょう。幼児は大きな神経から発達していき最後に細かい神経が発達します。しかし、一番大切なのは、最初の柔軟性と言えるでしょう。全てはこの上に発達するからです。 柔軟性を育てるのに一番いいのは、親子体操です。心地よい肌の触れ合いや、じゃれ合うことの楽しさから始まり、勝ち負けにこだわらない身体の動きの面白さやバランスの取り方を、親子体操はゆったりと無理なく身につけさせるからです。 それに対して敏捷性を育てるのには、長時間筋肉を使わなければいけないスポーツよりも、むしろ、集団伝承遊びの方がよりふさわしいと言えるでしょう。その中で最も良いのが「うどんつるつる」や「靴取り」のように、タッチされたら負けになる遊びです。なぜなら、相手の手の動きや目の動きに反応して自分の身体が動くように、遊びの中で自然に訓練されるからです。 そして、巧徴性を育てるのは、日本古来の伝承遊び「折り紙」「お手玉」「あやとり」「おはじき」のような親子でゆったりと、一対一で時間をかけて面白さが分かってくるような遊びです。そもそも遊びはそれが面白いものであれはあるほど、どれも始めは面倒で、一人でするには何度もあきらめたくなるほど、根気のいるものです。 覚えるまでが難しく、だからこそ、それを補うのは、親のゆったりとした愛情であり、あせらずあわてずあきらめず、の心をおしえる親の忍耐です。この時、親が一緒になって遊んでやると、がまんして何度も挑戦しようとする気持ちになります。 幼稚園での集団伝承遊びにすぐに入ることができ、また、集団伝承遊びが最も効果を及ぼすのは、勝ち負けに関係のないそのような親子遊びを積み重ねてきた幼児に対してです。なぜなら、そのような子どもは、新しいものに対する挑戦意欲に満ちており、何度失敗しても〈じけない抵抗力がすでにできているからです。そして何度失敗してもくじけない力こそ、幼児に必要な力なのです。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 弱さへの勇気を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「弱さへの勇気を」

      ある新聞に庄井良信氏は「弱さへのまなざし」の中で、「失敗を恐れる~間違う権利を奪われて」と書いておられる。失敗することを恐れる子どもの登場は、もう二十年も前から言われているが、今日ほどそのことを痛切に、感じる時代はないかもしれない。食べ物さえも初めてのものは食べようとはせず、初めての遊びは、入ろうともしない。 それは正解を求める親たちの子育てによって、プライドだけが強くなり、失敗を恐れ、「間違ったらどうしよう」といつも恐れているからだ。入園当初の幼児たちにも「間違ったらどうしよう」という恐れ、新しいことへの恐れが見受けられるのはかわいそうなくらいだ。 そんな園児たちも、年長の子が「うずまき鬼」でジャンケンで何度も負けて自分の陣地に帰ったり、「靴とり」「うどで自分から鬼になって、何度も平気で靴を取り合ったり、んつるつる」で鬼の側に何度もなったりしているのを見ていると、自分もしたくなってきて、恐る恐る入ってきて、やはりジャンケンで負けたり鬼になつってしまったら、抜けた」と辞めてしまったり、鬼になっても今度は交代できずに泣いていたりするが、三回目にもなると、少しずつ喜んで遊び始めるようになる。 それは、集団伝承遊びが四歳の幼児にもぴったりの遊びとなるよう、適宜工夫が可能だからであり、失敗しても面白いということを教えるからだ。例えば「靴とり」では、弱い子が鬼になってもタッチしやすいように円を小さくしてやると、鬼になりたがらなかった子も、あまり追いかけないでもタッチできるので、全員をタッチできたという満足感に浸れる。 円周を大きくするのは、大分なれてからで良い。 こうして、サイズの決まっているスポーツと違い、集団伝承遊びは、弱い子どもたちに応じた線の引き方ゃいわゆる「ごまめ」ルールなど、さまざまな臨機応変の対処をすることができる。 すると幼児も「間違ってもいいんだ。何度鬼になってもいいんだ」ということを肌で知り、自ら失敗を恐れない子どもにどんどん変わっていく。集団伝承遊びが、自分たちは弱いそのままでいいんだという勇気を幼児に与えてくれる。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 実感の訓練としての集団伝承遊び 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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    • 玉城先生伝承遊び 「実感の訓練としての集団伝承遊び」

      現在、テレビやテレビゲlムが子どもに及ぼすさまざまな悪影響について述べられていますが、その一つに、生身の身体での経験の乏しさが挙げられます。 「バーチャル体験」と言われる架空の体験や、テレビ番組のキャラクターへの興味が大きくなる一方で、現実の「痛み」を伴わない「虚構の世界」や「自己中心性」を助長するゲーム感覚だけが成長していきます。そしてそれで育った子どもたちが実際にヒーローごっこをしてみれば、手があたって痛かったり、手加減なしで戦うため、相手に怪我をさせようやく現実の自分たちが生身の身体であることに互いが気付くようになるのです。 ですから、いわば生身の経験の薄い今の子どもたちにとって、ヒーローごっこからけんかになったりすることは、必然でありかつ必要で、これをけんかは悪いこととして止めたり、けがを心配して仲裁に入ったりすることは、子どもがせっかくの生身の「痛み」を経験する貴重な機会を逃すだけとなるのです。 ですから、そこで起こる多少のケガや泣きじゃくりはそっとしておいた方がいいでしょう。というのは、これらの生身の身体感覚を取り戻すことこそが、今子どもの成長に最も必要不可欠なものだからです。なぜなら、「痛み」の経験のないまま成長して、現代の戦略兵器での戦争の残酷さをどれほどテレビで見ても、 それは何ら反戦の意識や感性に訴えるものとはならないからです。 その意味で、保育の場は、映像メディアの影響をある程度遮断する場と言えます。そしてこのような場だからこそ、「生身の身体経験としての遊び」こそが必要なのです。 ちょうど本園で行われている「うどんつるつる」や「くっとり」などは、鬼に感覚的な身体どころか、服や髪の毛といった身体的感覚の自覚のないものでさえ触られたら、負けという、最も生身の身体感覚をとぎすますのにふさわしい遊びです。また、お互い身体感覚が未熟だからこそ、線を越えた、超えない、服に触れた触れない、といって、必ず争いやけんかになる遊びです。 (これは「触ったという鬼の言い分の方が絶対」と決めることによってある程度解決します。それでも納得しない場合は「本当ジャンケン」をして勝った方が正しいとします。するとしぶしぶ従います。賭けや偶然の要素が遊びとして感じられるのでしょうか) これらは互いに実感に基づいた真理契機を主張させるという訓練となります。そしてこの実感の訓練は、子どもたちに最も健全な感性を育てるのです。 ーーー玉城豊先生著 「平安を伝える」~子育て講演エッセー集より~ 集団伝承遊びの知的発達 身体をぶつけあうような遊びを 制限の中での動き もっと集団伝承遊びを 順番で悪者になるには(2) 弱さへの勇気を 柔軟性と巧緻性と敏捷性を 耐性を育てる 遊び 約束ごとの世界 やりとりを楽しむ 人生からのチャレンジ ゆったりと流れる時間を 負けても立ち向かう勇気 実際に見てもらうのが一番 人権同和教育にジャンケンを 集団伝承遊びの復活を うどんつるつるの遊び方 遊び・遊び・遊び 遊びこむときと場の必要性 なが馬の思い出 地面に線を描く遊びを 繰り返し伝えてこそ ルールを変える

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