CURRENT MOON

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GO Yamamoto : photographer


音楽と珈琲とダンスと葉巻と文具と革と散歩と自転車を好む東京在住のフォトグラファー、GOの超スロー更新の気ままなブログ。


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November 15, 2011

bough

テーマ:ブログ
$notes-butcher-1-a
大橋可也さんの舞台写真を撮るようになって

早いもので満8年

舞台関係では近年

ほぼ大橋作品のみに関わっていた僕に

夏に一つの出会いがあり

蜜月稀葵さんというベリーダンスのパフォーマーを撮影させて頂いたことは

先のブログにも書いた通り


それと時を前後して

ミュージシャンのSKANKさんや舩橋陽さんら

共通の友人がいたことから縁した

パフォーマー・坂田有妃子さんからお声掛け頂き

去る7月

女性3人による

Unicaというパフォーマーの作品 『Butcher』を撮影させて頂いた


メンバーは その坂田さんと

12月にpit 北/区域にてソロ公演も控えている宮保恵さん

そして渋さ知らズオーケストラでパフォーマーとして活躍しているミナミカエさん
$notes-butcher-1-b
7月に

そのUnicaの公演を撮影させて頂いた場所は

大橋さんを撮影する以前

コンタクト・インプロビゼーションで活躍している

勝部ちこさん主催の公演の撮影で

何度かお声掛け頂き

撮影で訪れたことがある

神楽坂のセッションハウスでだった
$notes-butcher-1-c
多分何度も書いている気がするのだけれど

僕は撮影で関わらせて頂く時

始めの頃に

決まって何度も稽古を拝見したり

関わる時間を多く持ちたいタイプなのだけれど

今回は

いや蜜月さんの時と同様に

今回も

本番の撮影まで

一度しか通しを観られずに撮影へと挑むこととなった


ふと思ったのだが

関係性の作り方や

要する時間が変化したのは

僕自身の変化

そのものなのかも知れないな


閑話休題


Unicaの作品

『 Butcher 』

音楽は山本宗一郎くんと岩原智さん

映像は名渡山彩子さんのイラストを仲本拡史くんが動画化

テキストは先日SWANNYの旗揚げ公演を大成功させた千木良悠子さん
$notes-butcher-1-d
評論家の宮田徹也さんが

音楽舞踊新聞の10月21日号に

僕の写真も併せて寄稿されているので

作品についての詳細は敢えて書かずにおくけれど



また脱線すると

同じ号に

やはり僕の写真と併せて大橋可也&ダンサーズの評論も掲載され

個人的には一粒で二度美味しい号だったりしたのだ



話は戻って

Unica の『 Butcher 』

上演時間20分程ながら

個人的には見応えのある

とても好きな作品


その時の公演が好評だったとのことで

7月から更に全体に磨きをかけ

あれから少し成長した ”三姉妹 ”として

今週再び神楽坂のセッションハウスにて

上演されることとなった


ちなみに来年1月には更にフルバージョンとして

同じく神楽坂のdie pratzeで上演が決まっている



今年は3・11以降

内面的にも外面的にも

様々な変化があり

タフでいなければ

いやタフなだけではなかなか厳しいこともあったりなかっり

そんな今日この頃だったりするのだけれど

なんだかんだで声を掛けて頂いて

こうして撮影出来るということは

一写真家として

本当に有難いことだと思い

またそういったことに

日々支えられている自分に

あらためて気付いた
$notes-butcher-1-e
僕の敬愛する兄弟子が生前

「 撮るしかないんだよ 写真家なんだから 」



一緒に飲むと必ず何度も何度も

初めて語るかのように僕にしつこく説いていた

その声と表情を思い出す



ただ単純に

シャッターを押せるということは有難いことなんだ



気持ち新たに

そして誓い新たに

また日々へ

光へ

いつもいつでも自分のファインダーを向けていきたい

そう思う


- - - - - - - - - - - - - - - -


2011年11月19日土曜日16時~/19時~

SESSION HOUSE主催 咲いた咲いたダンス花 Vol.14

Unica 『 Butcher 』

振付・出演:Unica ( 宮保恵 / ミナミカエ / 坂田有妃子
音楽:山本宗一郎・岩原智
映像:仲本拡史・名渡山彩子
テキスト:千木良悠子
写真:GO

※他出演:笠井晴子・白髭真二/Be Harmony/中村理/けむりとしずく

前売2,500円/当日2,800円

SESSION HOUSE http://session-house.net
July 14, 2011

crude

テーマ:ブログ
$notes-skank-plays-wish-you-were-here
大橋可也氏の舞台を撮りはじめた頃

その音楽を担当していたのがSKANKさん

舞台空間と

ダンサーと

対等なポジションで

出過ぎず

引き過ぎず

音を奏でていた姿に

ダンサーたちと同様に

僕はシャッターをきっていた


その頃

SKANKさんは

MEXIという4人編成のバンド活動をしていて

三軒茶屋のライブハウスでライブをしていた

僕の写真を気に入ってくれた彼は

リハーサルに誘ってくれ

当時僕が住んでいた部屋の近くのリハーサルスタジオへ

何の気なしにカメラを持って遊びに行った


後に手渡したそのプリントを見て

今度作る音源のジャケット写真をやって欲しいと頼まれた

思い返せば最初に全て好きなように手がけさせてもらった作品でもある


何度かライブへ遊びに出かけている時

MEXIがジョイントしたErehwonこと

石川雷太さんに出会った

狭いステージ上に並べられた鉄板の存在感と

MEXIの音の絡み合い

今でも時々思い出す


それから数年経った先日

石川雷太さんの「ノイズ・テロル・サブリミナル」と題された個展の会場で

大橋可也&ダンサーズ+Erehwonというかたちで

パフォーマンスイベントが開催された
$notes-KakuyaOhashiAndDancerswithErehwon-1
日本女子体育大学ダンス・プロデュース部主催公演に出演予定の女子大生ダンサーたちと

ダンサーズの皆木正純氏、唐鎌将仁氏

そして大橋可也氏が出演

場所は浅草橋のパラボリカ・ビスという空間

想像以上に狭い会場

びっしりの観客が埋め

身動きが撮れない状況での撮影

特にランスルー的なものは見られず

ぶっつけ本番での撮影となった
$notes-KakuyaOhashiAndDancerswithErehwon-2
今回

人の身体を観ていて感じたのは

その質量というか密度というか

これは外見的なことではなく

経験値として積み重ねられたものの

重さとでも表現しようか

例えば女子大生といえば

普通に街中で見る分には

それなりに大人に見られるけれど

舞台上となると

動きや立ち姿の幼さのようなものがはっきりと見えてくるものだなと思った

ここで言っているのは

それが良し悪しということではない

一枚の写真になって

それらを並べた時に表出してくる

重さの違いというものが思いのほか顕著で

その捉え方が難しく

また興味深く感じられたのだ


先日のアップリンクでのイベントで

大橋さんが

踊る身体を観るということについて

話をしていた

僕は撮る人間だから

それは当たり前に意識していることなので

ある意味

面白く

また一般的に人は人の身体というものを

どうみて

どうとらえているのだろうと不思議に思った




前にも書いたことがあるかもしれないが

みる



みえている



全く違う

更に言えば

みえているけれど

気づいていない場合もある

みえていないようでいて

無意識に感知していることもある


必ずしも近寄ればいいかというと違うし

離れているからといって細部がみえないわけでもない


身体との向き合い方

捉え方

求め方

感覚の中を手探りで進むような作業


時には

重いも軽いもざっくりと

まとめて掴み捥ぎ取るように



答えは簡単には言うつもりはないし

もしかしたら答えなんて無いのかもしれない


いずれにしろ全てはこの眼で

その眼で

実際にみるところからはじまる

今までも

これからも
$notes-Kakuya-dancing

大橋可也&ダンサーズ 公式HP http://dancehardcore.com

※今後の公演情報、また過去作品の写真等掲載されています

※サイト内 ”picture ” クレジット表記が 『 GO 』 のものは撮影担当しています



July 12, 2011

Taqsim

テーマ:ブログ
$notes-MareaMizuki-20110705-1
舞台

とくにダンス ― 踊る身体

というものを撮るということを真剣に意識し始めたのが

2000年

舞踏家

故・大野一雄氏との出会い

御自宅のアトリエで撮影させて頂いたのがきっかけだった

以来

舞踏にはじまり

コンテンポラリーやコンタクトインプロビゼーションと

写真家として関わらせて頂いてきた

そして2004年から

大橋可也氏の作品に写真家として関わらせて頂いて

今年で8年目を数える


一昨年あたりから

大橋可也氏の作品以外にも

自分が関われる場はないかと

模索はしていたものの

なかなかチャンスとタイミングを掴みきれずにいたのだが

その大橋作品を撮影した写真を観て

声をかけて下さった方がいた
$notes-MareaMizuki-20110705-2
舞踊家

蜜月稀葵さん

稀葵さんは銀座に自身のアトリエを構え

ベリーダンスを軸として

多くのダンサーたちを指導しながら

御自身も

舞台上で

身体表現の活動をされている


最初にベリーダンスという言葉を聞いた時

先入観というか

いわゆる煌びやかで艶やかな衣装で

表現というより

ショーとして

派手に踊るという印象しかなく

それを撮るというお話を伺った時

そういったものを

自分は写真家として

どうとらえたらいいものか

正直考えてしまった

しかし

拝見した稀葵さんのダンスの映像から

僕の少ない知識にあったベリーダンスそのものとは違い

とても自由に身体というもの

肉体という塊と向き合い

それらを捉え

表現している人

そんな印象を持った
$notes-MareaMizuki-20110705-5
大抵初めて撮影する相手の場合

リハーサルだったり稽古場だったりにお邪魔して

撮影前にその動きを拝見し

時に対話をし

関係性を築いてから

本番撮影へと向かうのがいつもの僕のスタイル

しかし今回撮影するに当たり

稽古場へはお邪魔はしていたけれど

実はほとんど踊りとは関係の無いお喋りで盛り上がり

関係性は十分築けたものの

前日の簡単な音合わせ的セッションを10分程見ただけで

ベリーダンスの話どころか

踊りや世界観をしっかり拝見する機会はなかった


本番当日も特にゲネやフォトコールは無く

また会場となったレストランは超満員で

お客さんの視線と

料理を運ぶウェイターさんたちの間を縫って動き回りながら

今までと違う緊張感の中

初めて観るダンスの撮影へ挑んだ
$notes-MareaMizuki-20110705-4
小柄でとてもチャーミング

柔らかい口調が普段の印象の稀葵さん

しかし舞台上でのその存在は

スケール感の緩急があり

その小さい身体に秘められた想いが

舞台から会場へと溢れ出て

とても10分程の作品とは思えない見ごたえだった


身体の捉え方

肉体の在り方

写真家の僕は

それら立体的なものを

写真という平面で捕らえなければならない

どうやって世界観を捕らえるか

どうやってその周りにある空気を捕らえるか

肉体という引力を持った惑星を中心として

その周りに広がる宇宙をどう掴み取るか

それが写真家としての僕の仕事であり使命


惑星そのもののサイズは問題じゃない

光の強さも問題じゃない

その中心たるものの意識が

どこまで軸へ向いているか

どこまで外へ伸びでいるか

存在感の密度の濃さと薄さ

重さと軽さ

ダンスって面白い


ダンスという表現を見ていると

いかに自分が気づいていない可能性というものが

肉体に秘められているかということに

いつも気づかされ

また驚かされる


きっと僕は

身体の先にあるもの

たとえばその指先のずっと先へと伸びている感覚のようなもの

それを見つけたくて

踊る身体にカメラを向け続けているのかも知れない・・・
$notes-MareaMizuki-20110705-3

蜜月稀葵 公式HP http://www.camalehoju.jp/

蜜月稀葵 blog http://blog.livedoor.jp/jyako0305/
July 03, 2011

blue

テーマ:ブログ
$notes-pen-with-blue
鳥の声

ファンの音

飛行機のエンジン音

ヘリコプターのプロペラ

バイク

冷蔵庫のモーター

エアコン

子供達が走ってる

電車



ステレオから音楽

お湯が沸いて薬缶の蓋がカタカタ

犬の散歩

井戸端会議

木のスツールの軋み

ポスト・・・ちらしかな?

キーボートを打つ音

あ、サイレン

マウスのホイール



あなたのまわりに優しい音は溢れてますか?
July 02, 2011

move

テーマ:ブログ
$notes-cloud-sunset
何か新しいこと

それも自分にとって

とても大きなこと

大切になるであろうこと

そういったことをはじめる時

とても大きな勇気が必要

でも

時間が経って気づくことがある

いつか失ってしまうかも知れないという覚悟

はじめる時に

失う覚悟が必要か否か

勿論

今の僕程度の経験値では

何が正しいのか

断定することは出来ない


承知の通り

2011.3.11

震災があり

それから原発事故があり

多くの価値観が

変わり

揺らぎ

それらの安定は

未だわからないまま

時だけは

静かに流れ

今年も折り返し地点を通過した


ココ・シャネルが
 
「 次の瞬間、死ぬって思って暮らすべきなのよ 」

と言っていたらしい

生きていく上で

「 まず臨終のことを最初に学ぶべきだ 」

先師は言葉を残した

遣り残したことはないか

常に今

自分の心に素直に生きているか

世俗に揉まれ生きていると

色々なものが染み付いて

肝心なところが

心が

見え難くなる

見え難くさせている

後悔の無い生き方とは

一体どういう生き方か

誠実であれ

確かにそうだ

でも

そもそも誠実とは何か

人の不幸の上に自分の幸福は築けない

でも

誰一人として悲しませることなく生きているものがどれだけいるか

人は人の中でしか生きられないし

人は人の中でしか磨かれない

















一喜一憂することなく

何にもおかされずに生きることが賢いとは言うけれど

結局

悩んだり

笑ったり

泣いたり

ぶつかったり

そうしながらでしか

生という実感を持って生きることは出来ない




こうして生きていることは当たり前じゃない

明日

昇る朝日を見られる保証はどこにもない


例えば

僕が写すべきもの

残すべきもの

手に掴むべきもの

写真家としては勿論のこと

一個の人間としての在り方

今まで考えて無かったわけじゃない

ただ

今ほど揺さぶられている『 時間 』というものは

今までそう無かった気がする


正解も答えもないのかもしれない

あるとすれば

最期の瞬間に後悔しないということが

解なのかも知れないけれど

そもそも後悔しないなんてことが

どこまで可能なのかなんて

今はまだわからない


結局

自分の真に

必死になってしがみつきながら

進んでいくしかないんだ

明日も昇るであろう光を信じて・・・

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