「狂い咲きサンダーロード」「爆裂都市 Burst City」の石井聰亙監督が石井岳龍に名を改め、「五条霊戦記 GOJOE」以来およそ10年ぶりに手がけた長編監督作で、第52回岸田國士戯曲賞を受賞した前田司郎の同名戯曲を映画化。病院に併設された大学キャンパスを舞台に、いつもと変わらない日常を送っていた三角関係に悩む学生と喫茶店員、再会を果たした兄妹、アイドル大学生ら18人の登場人物が、ある女子大生が倒れたことをきっかけに次々と原因不明の“最期”に伝染していく様子を描く不条理劇。主演は「ヒミズ」でベネチア国際映画祭新人賞を受賞した染谷将太。

石井聰亙監督が石井岳龍監督の作品を見るのは初めて。タランティーノが好きな監督の約10年ぶりに長編新作ということで見に行った。かなり独特な映画だと思います。
日常的なシーンが多くあり、ささいな会話も多いのですが、突然非日常になっていく。謎は謎のままわからない。考えてみたら、むしろこの映画の方がリアル。普通の映画は謎の原因の追求を行なったり、主人公が難を逃れたり、ハッピーエンドで終わったり。
この映画の中ではほとんどの登場人物が不条理に死んでいく。なのに、あまり悲壮感もない。
死は突然やってくる。死にかたは選べない。死ぬ前の遺言の練習なんてシュールだなぁ。
3.11の震災の影響などを投影してみてしまうが、この脚本が書かれたのは震災前。もともとは演劇の脚本がもとになっているということで、会話ベースの映画ですが、新鮮な感覚でみることができた。

「ヒミズ」に続いて染谷くんを見ましたが、目ヂカラありますね。いい映画俳優に育って欲しい。

石井監督が神戸芸術工科大学の教授をやっている関係で、役者さんはその学生さんが出たり、ロケ地は神戸大学キャンパス他、神戸市内が多い等、神戸にゆかりのある作品でもあるようです。

日本の中心で世界を(食べ)歩く-いきているものはいないのか2
日本の中心で世界を(食べ)歩く-いきているものはいないのか1

AD
実在の犯罪一家をモデルに1人の少年の葛藤と成長を描いたクライムドラマ。オーストラリア、メルボルンに暮らす17歳の少年ジョシュアは、母の死により祖母ジャニーンの家に引き取られるが、その家に住む親族は強盗や麻薬売人などの犯罪者ばかり。真面目だったジョシュアも徐々に犯罪の世界へ引きずり込まれていく。一家を束ねる祖母ジャニーン役を演じたジャッキー・ウィーバーが、2010年・第83回アカデミー助演女優賞にノミネートされた。監督はナタリー・ポートマン製作・主演の「メタルヘッド」で脚本を手がけ、本作が初メガホンのデビッド・ミショッド。

「タランティーノ絶賛」の評を見て、見に行きました。淡々と話は進みますが、実在の話をモチーフにしているからなのか説得力あります。
冒頭ジョシュアの母が薬物中毒で死にますが、救急隊員と電話するときも来た時の対応もまた淡々としている。もともとすさんでいたのではないかと思わせ、これからのストーリーがまたハードなものになることを予想させる。

途中、ジョシュアが家族から裏切り者として、家族と警察との板挟みになるが、これも仕方がないこと。生き抜いていくためにどんな選択肢があろうというのか。

ラストは衝撃的です。
私はあのあとジョシュアがどうなっていくのか、結末が気になりました。

日本の中心で世界を(食べ)歩く-アニマル・キングダム
AD

ヤング・アダルト

37歳・バツイチ・自称作家だけど、実は売れないゴーストライターのメイビスの親友はお酒だけ。そんな飲んだくれライターのもとに、高校時代の元彼から「赤ちゃんが生まれた」とのメールが。「なんなのこれ!」とプチっときた彼女は、元彼を奪い返し、輝かしい高校時代を取り戻そうと故郷に帰るのです。

かつてはモテモテの女王様だったヒロインは、いまだその幻想を抱えており、アラフォーなのに心はティーンのまま。とはいえ、いまさら女王気分で振る舞っても当然浮きまくるわけですね。そんなヒロインの痛々しさが可笑しいやら悲しいやら……。


この主人公メイビスをシャーリーズ・セロンが演ずるが興味があって見に行った。
たしかに滑稽なほど、いたいお姿を晒しております。男も女もアラフォーになると自分の歩んできた道は本当に正しかったのかと思うこともあるんでしょうね。そして、戻らないはずの昔を懐かしむ。
滑稽ですが、決して他人事でもないような、そんな映画でした。
最後のメイビスの態度がまた面白い。人間、繊細なだけだと生きていけない。反省もするけど、振り返ってはいけない。

ちなみにヤング・アダルトとはメイビスがゴーストライターをしている本のジャンル。日本でいうと女子高生あたりが夢中になってよむようなカテゴリでしょうか?もちろん、メイビスが大人になりきれていないというダブル・ミーニングもあるでしょうね。

日本の中心で世界を(食べ)歩く-ヤングアダルトポスター
日本の中心で世界を(食べ)歩く-ヤングアダルトシーン
AD
スティーグ・ラーソンの世界的ベストセラーを映画化したスウェーデン映画「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」(2009)を、「セブン」「ソーシャル・ネットワーク」のデビッド・フィンチャー監督がハリウッドリメイクしたミステリーサスペンス。経済誌「ミレニアム」の発行責任者で経済ジャーナリストのミカエルは、資産家のヘンリック・バンゲルから40年前に起こった少女ハリエットの失踪事件の真相追究を依頼される。ミカエルは、背中にドラゴンのタトゥをした天才ハッカーのリスベットとともに捜査を進めていくが、その中でバンゲル家に隠された闇に迫っていく。主演はダニエル・クレイグと「ソーシャル・ネットワーク」のルーニー・マーラ。

珍しく先にに原作を読んでから、映画鑑賞に臨んだ。原作は非常に面白く、デビッド・フィンチャーの映像も予告編を見る限りフィットするのではないかと期待した。
映像はそのとおりだと思う。配役も悪くないが、やはり映画の限られた時間では少し原作とは筋が変わる。原作を読まずに映画を見る人のことを考えたら、あんな感じになるかもなとは思う。
だって、原作読むときは常にそばにバンゲル家の家系図とスウェーデンの地図を持ちながら読んでけど、映画では、そのへんの説明はあまりない、もしくは必要ないように登場人物が少ない。でも頭の整理は難しいのではないでしょうか?
配役は話にはフィットしている。映像もスウェーデンの寒そうな風景がフィンチャーの映像とよくあっていると思う。
3部作すべての映画化の構想があるようなので、それらも期待。
そうそう、オープニングテーマはレッド・ツェッペリンの「Immgrant Song」をヤーヤーヤーズのカレンOとナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーによるカバー。かなりかっこいいです。
トレント・レズナーはサウンドトラックも担当しています。
前回のソーシャル・ネットワークでも担当していたからすっかりフィンチャー組?


日本の中心で世界を(食べ)歩く-ドラゴンタトゥーの女

J・エドガー

FBI(アメリカ連邦捜査局)の初代長官を務めたジョン・エドガー・フーバー(J・エドガー)の半生を、クリント・イーストウッド監督とレオナルド・ディカプリオの初タッグで描くドラマ。1924年、FBIの前身である捜査局BOIの長官に任命され、35年にFBIへと改名した後も、72年に他界するまで長官として在任したJ・エドガーは、カルビン・クーリッジからリチャード・ニクソンまで8人の大統領に仕え、FBIを犯罪撲滅のための巨大組織へと発展させていった。しかし、多くの功績を残した一方で、時に強引な手腕が物議をかもし、その私生活は謎に包まれていた……。脚本は「ミルク」でアカデミー賞を受賞したダスティン・ランス・ブラック。共演にナオミ・ワッツ、「ソーシャル・ネットワーク」のアーミー・ハマーら。

クリント・イーストウッドの映画は「グラン・トリノ」から公開されたら見るようにしている。「インヴィクタス」、「ヒア・アフター」等。そして、レオナルド・ディカプリオが出るとあれば、見てみたい。
しかし、残念ながらアカデミー賞ノミネートは逃した。
ディカプリオ、熱演だったと思うけどね。老け役までこなしたのに。
クリント・イーストウッドの映画はメッセージ性を感じます。
アメリカにとっての正義とは何か、現代にも通じるメッセージを映画を通して問うているように思います。

http://youtu.be/askoLBCpx7s

永遠の僕たち

交通事故によって両親を失い、臨死体験をした少年イーノック。高校を中退した後、ただぶらぶらと怠惰な日常を送っている彼の唯一の友人は、彼だけにしか見えない、死の世界から来た日本人特攻パイロットの青年ヒロシだけであった。喪服を着て見ず知らずの人の葬式に潜り込む趣味があるイーノックは、ある葬式でアナベルという少女に出会う。イーノックを「偽参列者」だと見抜いたアナベルは、その日以来彼に付きまとうようになる。

故デニス・ホッパーの息子、ヘンリー・ホッパーと「アリス・イン・ワンダーランド」のミア・ワシコウスカが出ているということで見に行った。
死ということに対する向き合い方が描かれている。

それでも生きて残る方も意味を噛みしめ、生きていくしかない。大人になるということは辛いことも受け入れて、その意味を噛みしめることなのだろうか。

日本人俳優の加瀬亮も出演しています。


http://youtu.be/RcLPPfUzU1w

サラの鍵

夫と娘とパリで暮らすアメリカ人女性記者ジュリア(クリスティン・スコット・トーマス)は、45歳で待望の妊娠をはたす。が、報告した夫から返って来たのは、思いもよらぬ反対だった。そんな人生の岐路に立った彼女は、ある取材で衝撃的な事実に出会う。夫の祖父母から譲り受けて住んでいるアパートは、かつて1942年のパリのユダヤ人迫害事件でアウシュビッツに送られたユダヤ人家族が住んでいたというのだ。さらに、その一家の長女で10歳の少女サラ(メリュジーヌ・マヤンス)が収容所から逃亡したことを知る。一斉検挙の朝、サラは弟を納戸に隠して鍵をかけた。すぐに戻れると信じて……。果たして、サラは弟を助けることができたのか?2人は今も生きているのか?事件を紐解き、サラの足跡を辿る中、次々と明かされてゆく秘密。そこに隠された事実がジュリアを揺さぶり、人生さえも変えていく。すべてが明かされた時、サラの痛切な悲しみを全身で受け止めた彼女が見出した一筋の光とは……?

最近、見た映画が戦争絡みの映画が多いです。
でも、戦争というテーマを扱っていて同じだから飽きるというよりは、目が離せない、考えずにはいられない。この映画で出てくるヴェルディヴ事件はメラニー・ロラン主演の『黄色い星の子供たち』でも描かれていたので、そこは同じようなものだったが、それぞれの人生はそれぞれに違う。
戦争が人生に与える影響を感じるとともに、人の命は尊いものだと鑑賞して思う。

http://youtu.be/BChmn73HEv0

灼熱の魂

レバノン出身のカナダ人劇作家ワジディ・ムアワッドの戯曲を映画化し、第83回米アカデミー外国語映画賞にノミネートされたヒューマンミステリー。心を閉ざして生きてきた中東系カナダ人女性ナワルは、ある日、実の子で双子のジャンヌとシモンに謎めいた遺言と2通の手紙を残してこの世を去る。手紙はジャンヌとシモンが知らされていなかった兄と父に宛てたもので、まだ見ぬ家族を探すためナワルの母国を訪れたジャンヌとシモンは、母の痛切な過去と向き合うことになる。

かなり、衝撃的な映画でした。
政情不安の世界ではこのようなことが起こりうるのだろうと思いながら観賞。
謎めいた母の遺言をもとに双子がそれぞれ謎解きのため、母の祖国へ。
宗教による対立に翻弄された母の壮絶な生涯を知ることになる。
一口にテーマは言い難いが、宗教対立、戦争の悲惨さ、産む性としての女性の愛、家族とは何か?罪の許し、生命の尊さなどが感じるところである。

展開が衝撃的すぎてあっというまに話が進んでいきます。

http://youtu.be/ZeXCVQFJE3s

ヒミズ

ギャグ漫画「行け!稲中卓球部」で人気を博した古谷実が、ギャグを封印して若者の心の暗部を浮き彫りにしたコミック「ヒミズ」を、「冷たい熱帯魚」「恋の罪」の鬼才・園子温監督が実写映画化。ごく普通に生きることを願っていた祐一と、愛する人と守り守られ生きていくことを夢見る景子。ともに15歳の2人の日常が、ある事件をきっかけに絶望と狂気に満ちたものへと変わっていく様子を描く。主演は「パンドラの匣」の染谷将太と、「劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ」の二階堂ふみ。2011年・第64回ベネチア国際映画祭では、染谷と二階堂がそろってマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞した。

私自身は「稲中卓球部」はあまり読んだことはないのですが、園子温監督の作品をここ何作か見ているので、その筋で観賞。染谷くんの演技はいいですね。「誰もしらない」の柳楽くんを思い出します。
日本の映画で初めて東北大震災のシーンが入った映画では?もっとストレートに日本の現状をえぐる映画があってもよいと思うのですが、そんな映画は日本ではマーケットで受け入れられないのでしょうか?

しかし、普通でいいと思っておきながら歯車が狂うというのは大人でも感じることだと思います。
ましてや、思春期ではちょっとしたことで崩壊していくこともありえることかと思います。

子供や若者は国の将来、国の希望だと思うのですが、すごくうがった見方をすると今の日本がその部分に注力していないというアンチテーゼのようにも感じる。

そして、人はなんらかの存在価値を誰かにかに認めてもらいたい。一方で罪の意識には通常の精神では耐えられない。映画を見ていて、ドストエフスキーの「罪と罰」を思い出す。

作中、とにかく「濡れる」「どろんこになる」というシーンがとても多い。これも何かの象徴?などと思いながら映画を鑑賞しました。

二階堂ふみは宮崎あおいに似ている。とても。
映画版は「希望」という部分に焦点をあてているように見えました。

気になって、原作「ヒミズ」を買って読みました。こちらは救いがないですね。原作と映画版は結構異なる部分もあります。

原作にはなかったヴィヨンの詩が意外にいいです。

http://youtu.be/1npnMM2-6p8
2週にわたって、映画を6本みたので、そのレビューを。
(本当は料理について公開するブログなのですが、最近映画の投稿ばかりですね。)

1928年、日本占領時代の朝鮮。全く境遇の異なる2人が、マラソンの良きライバルとして成長する。憲兵隊司令官の祖父を持ち、常に一番を目指す日本人の長谷川辰雄(オダギリジョー)。幼い頃から長谷川家の使用人として働きながら、マラソンにおいては辰雄のライバルとして共に育った朝鮮人のキム・ジュンシク(チャン・ドンゴン)。オリンピックの金メダルを夢見る2人だったが、いつしかその関係は国同士の戦いとなり、憎み合うようになる。やがて開催されたオリンピック選考会で事件が発生。ジュンシクは罰として日本軍に強制徴用されることになり、2人のオリンピックの夢は消えた。1939年、ノモンハンで2人は運命の再会を果たす。日本兵として戦うジュンシクのもとに現れた辰雄は、すっかり冷酷な軍人に変わっていた。戦場でも夢を捨てずに走り続けるジュンシクに激しい嫌悪を抱く辰雄は、ソ連への特攻隊にジュンシクを任命。辰雄は夢だけでなく、友情さえも捨て去ってしまう。死闘の末、敗北した日本兵はソ連軍の捕虜となるが、対ドイツの戦局が悪化し、決断を迫られる。“ソ連軍として戦うか、それとも死ぬか?”日本に自分のすべてを捧げてきた辰雄だったが、誇りを捨て、生きることを選ぶ。捕虜として経験する初めての戦場。そこで目にしたのは、特攻を強いるソ連将校の姿。その姿にかつての自分を重ね、生きる意味を考え始める。やがてドイツにも敗れ、辿り着いたのは故郷から遥か遠い大陸の果て。夢も友情も捨て、国と誇りを失くした辰雄。全てを失っても、それでも生きることを選んだのはなぜか?いかなる時も変わらないジュンシクに、生きる意味を気付かされる。もう一度、2人で故郷に帰ろうと決めたその時、非情にもノルマンディー上陸作戦の火蓋が切って落とされる。果たして、2人の運命は……?

まず、朝鮮が当時は日本領であったという事実、そしてそれに対する抵抗勢力もあったことを改めて感じます。そして、戦争の惨さについては圧倒的な戦闘シーンやシベリア抑留のシーンで現れています。
中盤までのオダギリ・ジョー扮する長谷川辰雄は非常に嫌なやつですね。
辰雄がソ連の軍服を着て臨んだ戦場で、戦争に巻き込まれた人の狂気を感じたのだと思う。
以前は「退却するな」と言っていた自分に重ね合わせるシーンがあります。

基本的には反戦映画だと思います。
戦争って本当に人の人生を左右するなと感じてしまいます。
思えば、遠くまで行ってしまうのですね。

http://youtu.be/xK5qwnVbWMA