こころのない人間と、心のない人形
いきなり戸が開け放たれ、罵声が浴びせられた。
「あなたは、こんな暗い時間に、私に外に出ろというわけ。それでも、男なの」
何のことかわからなかった。
「あんた、入れてきてよね。でないと、勉強できないから」
そこで、やっと意味が飲み込めた。
ファンヒーターに給油しろと言っているのだった。
時計を見ると、午前五時だった。
妻はまだ何か喚き続けていたが、何を言っているのかよく聞き取れなかった。
布団から這い出しても、罵りは続いていた。
玄関へ向かう途中に、ドアを一枚通る。
そのときだけ、妻の言っていることがはっきりと耳に入った。
大きな音を立てるな。娘が起きるだろう、と。
他者に何かをお願いする。
それがたとえ家族であっても、妻の物言いはそれではなかった。
間違っているとは思っても、妻に対して何か言う気にはなれなかった。
心のないものに、何を言っても無駄だからだ。
妻も、俺に心があるなどとは、考えていないだろう。
もしそう思うならば、ここまで言うこともないだろうと思う。
何でも黙って言うことを聞く奴隷。人形。
タンクに給油し、ファンヒーターを起動する。
妻は何も言わずテーブルに着き、口元を歪めている。
俺は妻に視線を向けることもなく、自室に入り布団に潜り込んだ。
足先が冷えて、微かに痛んだ。
妻の姿が脳裏に浮かび、憤怒が沸きあがってくる。
それを何とか外へ押しやった。
ひとつため息をつき、目を閉じた。
明けていても閉じていても、真っ暗だ。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。