紅白総括

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あけましておめでとうございます。
もう去年のお話ですが、紅白。
こっちウケはいいみたいだけど、Perfume とか聖子は正直眠かった。汗

現状、トリを務められるのは、石川さゆりさんしか居ないと思う。年末には天城を越えて、山を燃やしてもらわんとね。今回のもカッコ良かったなー。

美輪明宏さんも、ヨイトマケは凄かったけど… どうも、愛の賛歌は、越路吹雪さんバージョンのほうが、ある一定層にはスタンダードのようでもありますし。

マイク要らずのイディナたん。さすがの一言。ですが、ノーメイクで次回は魔女の役でもお願いします(笑)顔の割に優しい役が多いよねー。

あ、いわゆる男子枠ですか?覚えてるのは… うーん… 居ませんね… 

椎名林檎さんが相変わらず安っぽくてそれもなぁ。五輪とかに乗っかって金儲けか。元々あの人ってポリシーなさげだしな。ま、頑張ってね。応援はしないが。

そんなこんなの後は、指環物語、王の帰還でエオゥインたんがナズグルの首をぶった切り、I am NO MAN! と捨てゼリフを吐いて敵方ドンをブッ殺すシーンを観ながら年の始めを祝いました。

良い年になりそうです。

今年もよろしくお願いします。
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心に残るスピーチ

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帰省中のスーパーひたちの車内で、小さなiPhoneの画面でブログアップしております。

自分自身がこれほどの筆無精とは(汗)というか、それほどブログに綴りたいこともなかったというのが正直なところですが(笑)

さて。
その時々で心に残る本や、映画、絵画などがありますよね。ということで、今年、心に残ったスピーチを改めて振り返ってみたいと思います。そんなに長いリストにはならないと思いますので(笑)

まずは、ハリーポッターシリーズのハーマイオニー役が有名なエマ ワトソンさんの国連でのスピーチ。

Emma Watson at the HeForShe Campaign 2014 - Official UN Video


HeForShe というキャンペーンについて。社会的性差(ジェンダー)の問題点を極めて理知的にかつ情熱を持って語りかけています。


このワトソンさんのスピーチを聴いた時、すぐに連想したのが、イブ エンスラーさんの、次の TED でのスピーチです。

Eve Ensler: Embrace your inner girl


思えば、The Vagina Monologues (膣が語り出す)で度肝を抜いて以来、とにかく怒りを糧に突き進んできていた印象のあるエンスラーさん。アメリカ主導のただの男バッシング、いわゆる「man hater 男嫌いのフェミニスト」なんじゃないかという僕の予想は完全に外れました。

「girl cell」という考えをここで彼女は提示しています。ぜひ、観てください。

初めて、ワトソンさんやエンスラーさんのように女性側から、女とか男とかの垣根を越えた理想を話してくれたことで、大学の頃からの疑問が少しだけ解け始めてきた気がしています。

だから、これからは、男側から「女のくせに」って考えないようにする代わりに、「男だから、男のくせに」って女の人も思わないようにしないといけないんですよ? チン○だなんだで全人類を全てにおいて二分割するっていうことを、みんなでやめていかないと未来が開けていかないんですよ。
現代のジェンダー構造が続いているのは、女男限らず、人々の多くが無意識に内在して、次の世代につなげてしまっているからなんですから。

だからこそ、貴方が悪い、と批判するんじゃなくて、わたしが変わる、を実践していかないと、と改めて思い直した、そんな2つのスピーチでした。

トークの最後での朗読には、心が震えました。girl power の真髄を見た気がします。
"I looove being a girl. I'm an emotional creature."
ぜひ、聴いてみて下さい。


次は、好感度ナンバーワンな女優 サンドラ ブロックさんの、ニューオーリンズの高校での、卒業生へのスピーチ。

Sandra Bullock 's Unexpected Inspiring Speech To High School Graduates


高校を卒業して、新たな一歩を踏み出す彼ら彼女らに、ブロック節が炸裂します(笑)
人前では鼻をほじらないこと、と語り心をガッチリ掴んだ後の教訓といい、あんまりあれこれ心配しないこと、と優しく諭すところとか、上手い。
そして、スピーチ最後のメッセージには、思わず胸がいっぱいに…


対して、卒業スピーチとしては異色の、あまりアガらないタイプがこちら。

This Is Water - Full version-David Foster Wallace Commencement Speech

1990年代米文学最高の作家、と評されるらしいデビッド フォスター ウォレスさんの、とある大学での卒業スピーチ。
聴いてみて、正直で繊細な人だなぁ、と思うと同時に、こんなに繊細で大丈夫なんだろうか?と思ったら、2008年に自殺してお亡くなりなのだそうです… ウォレスさんの何をも知りませんが、この世は彼には矛盾しすぎた世界だったのかもしれません。

スピーチを要約すれば、あらゆるもの全てを、疑って考え直すことを怠らないことが、真の教育だと言っているんじゃないかと思うんだけど、少し難解。彼の知性にまだまだ追いついていないってことですね。


そして次は、そんな矛盾に折り合いをつけながら、ずっと教育者を続けているド迫力の先生からのメッセージ。

Rita Pierson: Every kid needs a champion

納得できなくても何もかもを受け入れて、それでも自分にできることをやる。現場を生きている強さ。まさに girl cell の体現者のお一人ですね。
人と人との繋がりがあるからこその教育。その通りです。


最後は、お馴染み(?)エリザベス ギルバートさんの短めスピーチ。

Elizabeth Gilbert:
Success, failure and the drive to keep creating


何があろうとも、し続けること。諦めないこと、諦めないことを続けること。
観てくださいね。


時は切れ間なく流れていくから、今年だとか来年だなんて無理矢理切らないで、今を大切に続けていこうと、思い直したのは大晦日だから?でしょうか(笑)そんな矛盾もまた、面白くないですか?

みなさま、よいお年をお迎えくださいますよう。


そして、これからもよろしくお願いします!
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ヨガじゃない

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ブログを書くことそのものは仕事ではないので、という言い訳を胸に抱いてずっとブログなんて放置していたら、もう10月。今年も残すところあと3ヶ月ですね。早い、というか速い。
紅白で綾瀬はるかさんと共に涙したのがもう1年近く前だとは。

気を抜くとゲリラ夏日が襲ってはくるものの、夏のキチガイじみた暑さはさすがになくなって、過ごしやすい季節ですよね。これでやっと頭と体が働きます。動けます。
ということでブログも書いてます。


ヨガ、ということを細々とでもお仕事にさせていただいてから、数えると5本の指では足りなくなるぐらいの年が経ってきたみたいです。思い起こせば、確かに、そう、それぐらい前にぐっだぐだの口調とフローと心づもりでヨガクラスなんてものを開催しようとして、いろいろとやっていたのを思い出します。

ぐっだぐだの口調が、ぐだ、ぐらいにはなったとは思います。アサナのフローも、クラスそのものの目的も、以前より明確に行えているとも思います。と同時に、そこから学ぶべき失敗も毎回あり。
大きなものからちいさなものまで。これは、どんなベテランの先生でもあることだと思います。生もの、というか生身の人を相手にした商売ですから、毎回同じじゃ居られないですもんね。


ヨガ講師養成コースが大手ヨガスタジオから何から、どこでも提供されていて、そこで学ぶ人もどんどん増えていって、下手をすると教える側よりもいろんなワークショップに毎週末出ているような、そんなセミプロな人たちも星の数ほどいる今の日本で、じゃあ、ヨガって何だろうなぁ?と思うわけです。

僕はどこかで、本家本元というか、郷に言っては郷に従えというか、そういう考えがあるので、
「ヨガ」はこうだ!と堂々と語っていいのは、ヨガの発祥地と言われる今のインドおよびその周辺の地域の文化圏で生まれ育った人だけなんじゃないかと感じています。

日本に数年住んで、あたかも日本を全部分かったように「日本文化」を上から目線で語るような、そんな外国人も残念ながら居ますけど。自分がそんな、~かぶれ、の外国人になりたくないという恥意識というか、それを僕は分別って言うんだと思うんですけど、そんな気持ちが強いわけですわ。

インドに何年住んでも、やっぱり、インドに生まれて、インド育ちの保護者や家族と暮らして、文化の中で培われる言葉にできない「何か」がそれぞれの国にあると思うから、自分には絶対に分からない、受け入れてもらえないという「劣等感」みたいなものは常にあります。

まぁだから、インドに行ってヨガを学ぼうとは未だに強くは思わないんですが。
インドでヨガを学ばないと本当にヨガを学んだことにはならないみたいな風潮もありますし、それも一理あるとは思うんですけどね。



それより、僕個人が今大事にしているのが、今まで自分が体験してきた全てです。
ヨガはそりゃあ素晴らしいかもしれないけれど、僕の今までの人生に於いて、もっと大事なことは他にありました。ヨガが全てじゃないというか、ぶっちゃけ、あまりヨガをしてても感動とかないんですよね。気づきだとか学びだとか言いますけど、今までの人生でそういうこと、もう経験してますから。

アヒムサーなんてサンスクリット語で語られなくても、僕は家族から、学校で、周囲の人たちに命の大事さを教えられてきていたと今はわかります。自分の命も、他人の命も、虫も草も石っころもみんな大事。
嘘ついちゃいけないなんて、幼稚園児に聞いたって分かってますからね。

だから、今まで学んできた先生方ごめんなさい。
ヨガで何か新たな事実を学んだとは思っていないんです。知ってましたから。
不勉強と言われればそれまで。


でも、じゃあなんでヨガなんて教えてるの?と言われれば、
それは、でも好きだから、としか言いようがないし、学んできた先生方の流儀が好きだから。
だからもう「ヨガ」じゃないのかも。体を動かして、アサナとも呼ばれる体位を取りつつ、体の意識も呼吸もその他有象無象のもひっくるめて行うそのことが好きなんだと思います。

精神面は、また別のアプローチから行くものアリじゃないでしょうか。
聞けば、教典を読み漁ったり奉仕をし続けることでサマディに到達しようとするヨガもあるというし、それがアリなら、例えばジェンダー社会学を徹底的に自分で体験して掘り下げたその先に、何かがあるというもの、アリではないかと。

人間に生まれた以上、知りたいという欲求は、パンドラの箱開けちゃったっていう神話でも証明済みの通り誰にでもあるわけです。それそのものが悪いか良いかではなくて、結局は使い方で毒にも薬にもなるっていうことなんだと思います。

ただ、知識そのものとして知るだけではなくて、知った後のその知識を血と肉で体験するには、時間がかかる。大学で学んだ知識なんて、20年近く経った今ようやく体験してますよ。遅過ぎ。

どうして人は生まれるんだろうなんて真面目に考えたこともあったけど、今、その質問を誰かに聞かれたら、アーどう答えるかなー?
その質問そのものが間違いだって切り捨てるかも。20年前の自分を否定するか。

と、悟った気になったところで、人生の先輩方から見れば目糞鼻糞でしょう。すみません生意気で。


でも。

例えば、阪神淡路大震災の被災者の人たちの気持ちが分かったように毎年ニュースを見ていた自分が以下に馬鹿だったか。経験をしないと分からないことが何と多いことか。

他人は他人と切り捨てることもできるんだろうけど、それ、そろそろ止めていくクセをつけないといけないと自分に言い聞かせている最中です。


極論を言えば、道で見かけたホームレスの人とお前は話ができんのか?って言われたら。
話す以前にまず相手にされない、今の自分じゃ。


ヨガって、いろんなもんをつなげるっていう先生多いじゃないですか?
だったら、誰とでもつながっていくように努力してみようかと。「ヨガ」だなんてつかないつながりも何もかも。

とか言って、混んでるんだからさっさと歩けという状況の駅のホームで、スマホいじりながらちんたら歩いてる小娘にイラっと来て、どついたろかと思うことばかりの日々。変えねばいけません。


今日明日、日本列島を台風が襲うそうです。
お互い、気をつけて過ごしましょうね。それでは。また。
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続く

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Facebook や twitter で書き込みをするため、なんですが、ブログの更新を2年近くサボっておりました。長過ぎ汗

あることがきっかけで、今日、録画してあった「あまちゃん総集編」をまた観ました。
というか、今、観ていますw

3年以上も前になってしまった、東日本大震災のこともそうですが、去年の今ごろ、あまちゃんをやっていたんだなぁ、と思うと、時間ってあっという間に過ぎてしまうもんなんだなぁ、とつくづく。

あまちゃんは、今思えば、奇跡に近いドラマだったと思います。
これから、あのドラマほど楽しみにできるドラマはないかもしれないけどそれでもいい、全然構わない。そこまで思わせてくれるドラマだったなぁ~とまたしみじみしとります。

でも、終わってしまった。

あのタイミングで、あのキャストで、あのストーリー。全てがピッタリと合った、そのことがあり得ないことだったんだから、と言い聞かせても、やっぱりあまロス状態に少々陥り気味に…

考えれば、みんな、終わる。

小学校や中学と進学してゆくけれど、それは終わりの積み重なりだった。あの頃は、むしろ次に来ることにむやみやたらに期待していて、終わることをじっくり振り返ったりはしなかったけどw 若いっていうのはエネルギーに溢れてることだから。

四十路を目の前にして、終わり、ということのほうに目がいくようになったのも、歳をとったということなんでしょうか。

今、大人気らしい「アナと雪の女王」(コメディーとしていつにない傑作だったと思うw もちろん、感動も)も、観ている時にはとても楽しかったけれど、2時間ちょっとで終わってしまった。

何事も、始まりもあるし、終わりもある。

個人的な一大事で言えば、僕もいつか、終わる=死ぬ時が来る。いつかは分からないけど(そこがまたいいんだろうしw)

そんな時、こんな講演をTEDで観ました。

" Elizabeth Gilbert: Success, failure and the drive to keep creating "

成功も、失敗も、同じぐらい人生に(あまりよろしくない)影響を与える。
そして、その影響に左右されずに前へ進む方法として、ただひたすら、努力をし「続ける」ことの重要さを話しています。(と思うw)


今、この歳になって、やっと。
頭じゃなくて体で、続けることの大事さが分かりかけてきた気が。

でも、続けても、いつかは終わる。
だからこそ、できる時にできる限りの努力をしなきゃ、と今、切実に思っています。

それでも、どんなに心を込めても、終わった時には後悔は多少なりともすると思う。
ああしとけば良かったとか、あんなことしなきゃ良かったとか。
それを挽回できる次回がないことも多い。

後悔も、悲しさも、続けていればこそ。
どうしたって起こることなら、腹を括ってじっくり向き合うしかないわけで。
いや、辛いですけどね、それは。

そして、期待や喜びももちろん、続けていれば、またきっと。
そんな時にも、じっくりと噛み締めて味わいたいし。


疲れても、嫌でも、悲しくても、それなりにその中で続けることを続けること。
厳しいようだけど、人生ってそんなものなのかも。
どうでしょう、人生の先輩の方々?!w

生きるって、ホントいろいろありますよね。
おっきいことから些細なことまで。

でも。
続けたくても続けられなかった人が大勢居た、東日本大震災をどんな状況であれ生き残った訳だから、今までの人生で、もろもろのやり残した後悔を何か次に活かせることがあるとすれば…
その時々にできる限りのことを、精一杯してみる他ないですよね。

あまちゃんも、もっとしっかり味わって観ておけばよかった。
あの時、もっと青空を味わっておけばよかった。
あの夜、もっとじっくりひとときひとときを刻み込めばよかった。
あんなに、先に先にと急がなきゃよかった。
もっと、ありがとうって言っておけばよかった。


それでもどうしたって後悔するんだろうけどw

もし、次回の可能性を求めるためには続けるしかないのなら、痛みも抱えながら続けてやろうじゃないですか?!ね?!

月夜

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きれいなきれいなお月さまが夜空に浮かんでますね(*゚▽゚*)

あの、あり得ない暑さの夏からたった二ヶ月なのに、肌寒いまでに季節が変わるんですね。

私事でナンですが、僕はけっこー、気分が季節に左右されます。
歳とったんで若い頃ほどじゃあないですが、春夏秋冬、それぞれの季節で。

これからの季節は、やっぱり物悲しい雰囲気ですよね。寒いし、カラダもこわばりがちだし。

夏ほど、のびのびとできなくて、呼吸も浅くなりがちに。でもそんな時こそ、動く範囲で、できる範囲でやってみる。努力はします。

必ず訪れる春に向けて。

もし今年の冬に死んでしまったとしても、準備して春を楽しみに過ごせば、未練で化けて出ることも、少しは少なくなるかなーと(笑)

自然の動物や植物だって、冬は活動が鈍ったり、冬眠したり、枯れて死んでも、子孫を繋いだりするんですから。

どんなに科学が進んでも、人は何度も自然に立ち戻って、野生から学ぼうとするんです、きっと。

なんて言いながら僕は、いわゆるアウトドア系の活動が苦手です((>д<))
海も山も、なんとなく、敢えてそこでスポーツやアクティビティをしたいと思えないんですよね。

というか、海とか山とかに挟まれたところで育ったので、わざわざ… って感覚でしょうか?(笑)

だからと言って、トーキョー砂漠のど真ん中に住むのも(・Д・)ノキツいし…

鎌倉の町の、絶妙なバランス感覚が、多分僕のメンタル的なサポートになってるんだと思います。

夏の喧騒はどこへやら、これから鎌倉の海辺も静けさを増します。少し寂しいけれど、寒さもじっくり楽しみに。
できるか?!(=◇=;)できるのか?(笑)


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