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親だから、わかってあげたい。
親だから、わかってほしい。

親なのに、わかってあげられない。
親なのに、わかってくれない。

「親って、何だろう?」「子供って、何だろう?」


おはようございます。豊川真規子です。

娘が通う小学校には、働く親の子供を放課後預かってくれる放課後クラブのようなものがあります。娘はスタッフが怖く感じるようで、行き渋ります。(娘は強い口調や大きな声を怖がります)


今日も行きたくない様子。よくよく聞くと、クラブのシステムがよくわからず、先生も怖く感じるし、帰る時も困惑しているとのことでした。小学校に上がり、私も娘の学校での様子がよくわかっておらず、娘の話を聞いて「クラブの下校手順ってそうなってるんだ!」と初めて知りました。


対策として、娘が下校時困らないように「自分が何時に帰るのか忘れてたら、この紙を見るのよ」」と下校時間を書いた紙をポシェットに入れました。娘は安心した様子でクラブ行きを受け入れ、登校しました。


子供は、これからどんどん親の目の届かないところに行き、困ったり悲しんだりした時に、親がそばにいる事はどんどん少なくなるでしょう。

「どうして気づいてあげられなかったのか」「傷つく前に何とかしてあげればよかった」

そう思うことも出てくるでしょう。でも親も精一杯やっています。普通の順番であれば、親の方が先に逝く。私の方が先にいなくなるのです。

いつまでも親が子供を守れるわけじゃない。

とすると、まだ親がいる間に、たくさん経験して、たくさん失敗して、そこから子供自身が学び、頭や身体に染み込ませていくのがいいんじゃないか?と思いました。

私は、娘を泣かせないために頑張るんじゃなくて、娘が泣きたくなった時に、そばにいてあげられたらいいな、と思います(^-^)


私は生家では泣けなかった。親の前では泣きたくなかった。弱みを見せたくなかった幼少期・思春期でした。二十歳を超えて我慢が限界に達し、摂食障害や抑鬱で心も身体もボロボロになって「もう死のう」と思いました。

最後に何故か、実家に電話しました。様子がおかしいことに気づいた電話口の母が「とにかく新幹線に乗って、名古屋まで来なさい。お父さんとお母さん、名古屋にいるから」「何も考えずにとにかく新幹線に乗りなさい」と強く言いました。

その言葉に素直に従ったのが、私の初めての素直な「助けてほしい」という行動だったのだと、振り返って今思います。父と母、2人に挟まれて、ポツリポツリと、こうなってしまった経緯を話した、あの時の私は「小さな女の子」でした。

21才の時。随分と大きくなってから私は子供になりました(笑)

そんな経験もあってか、子供の時代にちゃんと子供でいられるような家庭がいいな、辛いときに素直に「辛い。助けて」と言える家庭がいいなと思いながら、今「親」をやっています。

でもね、本当はどんなんでもいいんだと思います。悲しい経験も嬉しい経験も全部ひっくるめて、「親と子」という関係性の中で「共に生きたね」という証だから。

そう思うと「今日も思いっきり自分を生きよう!」って思えます。喜びも悲しみも全部アリでね。こんな風に思えるようになったのは、やっぱり今は自分が親という立場で「親子」を体験できているから。

突発的な「出産してみたい!」という欲求で突き進んだ結果、親に至りましたが、この流れにもありがとう。「あー、子供なんて生まなきゃよかった」「私は家庭向きじゃないわ」と思うことも多々ありますが、まぁ、それもよし(笑)

今日は娘の家庭訪問。先生といろいろ話せるかしら。楽しみです(^-^)

キョウモヨキヒヲ。

息子作「みかん」

いつもありがとうございます◎
豊川真規子

自分を愛して自分を生きる
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