古代出雲国の中心地の「意宇(おう)」にある熊野大社です。

熊野大社は出雲国の一宮で本来は出雲大社よりも格式が上です。つまり出雲の国では最も権威のある神社が熊野大社です。

 

主祭神は

 

熊野大神櫛御気野命(クマヌ オオカミ クシミクヌ ミコト)

 

と言います。短くして「熊野大神」ともお呼びします。現在では素戔嗚命(スサノオ)と同一視されてお祀りしていますが、素戔嗚命は外から出雲に入って来た神であり、この「熊野大神櫛御気野命」は名前が示すように、本来はこの熊野の地にもともといらっしゃった「大神さま」です。

 

そしてこの熊野大社には「鑽火殿」という最も大切な場所があります。

 

出雲大社の宮司でもある出雲国造はこの熊野大社の鑽火殿にて国造襲名の儀式「火継式」を執り行います。これは出雲国造家の祖先神である天穂日命(アメノホヒ)がこの熊野大神から神聖な火を鑽(き)り起こす時に用いる「燧臼~ひきりうす」と「燧杵~ひきりぎね」を授かったことに由来します。

 

「燧臼~ひきりうす」と「燧杵~ひきりぎね」は、ようするにキリモミ式で火を起こすための神聖な道具です。

 

そしてこの「火継~ひつぎ」とはまさに「靈継~ひつぎ」であり、一身に神からの靈を受け継ぎます。

 

実は神は自分の外にいるのではなく、神は誰でも自分の内側にいます。そう「内在神」です。自分の中にいる神意識に目覚めること。ですから「自分自神」と呼んでもいいでしょう。

 

この熊野大社はまさに「自分自神」に目覚め、自分の中のカミの靈(ひ)に着火する場所だと言えます。

 

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 本殿

 

 

鑽火殿

 

 

 

熊野大社 Map https://goo.gl/maps/u5R3Qo4apf42

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神話には神様が出雲の国造りをされる話が出てきますが、出雲の国が完成したときに神様が喜びのあまり「お~う!!」と叫ばれたので、この地域を今でも「意宇(おう)」と言います。

まさに古代出雲の中心地です。

 

そしてこの意宇(おう)には「意宇六社」といって、6つの代表的な神社があります。

 

・熊野大社(出雲国 一宮社)

・六所神社(出雲国 総社)

・神魂神社

・真名井神社

・八重垣神社

・揖屋神社

 

私はよくこの「六社めぐり」をします。 今回はその中で「真名井神社」を紹介します。

出雲には「カンナビ」と呼ばれる神聖な山が四山ありますが、その一つである「神名樋野~茶臼山」の麓に真名井神社はあります。 その茶臼山の山中には神社の名前の由来となった「真名井の滝」があり、そしてその真名井の滝のさらに奥には「聖岩」と呼ばれる磐座(イワクラ)があります。

 

この真名井神社は主祭神として伊弉諾命(イザナギ)をお祀りします。これはお隣の神魂(カモス)神社が主祭神に伊弉冉命(イザナミ)をお祀りしており、真名井神社と神魂神社は古来より関係性が深いのだと思われます。

 

私はいつもこの神魂神社と真名井神社はいつも一対にしてお参りします。

「神魂・真名井 両詣り」です。

 
 
 

 

 

 
 
真名井神社・真名井の滝のあるカンナビ山の茶臼山
 
茶臼山(カンナビ)の山中にある真名井の滝
 
真名井の滝の奥にある磐座「聖岩」
 

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真名井神社 Map https://goo.gl/maps/6UYVUCpxRv92

 

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松江市の神魂神社に伺いました。 神魂と書いて「カモス」と読みます。

そう、カモス神社です。私はこのカモスという言葉の響きがとても好きです。

 

そして神魂神社の近くに奥宮があり、そこには「出雲大神」のイワクラ(磐座)があります。

 

神魂神社から歩いて行けるすぐ近くにありますが、この場所はほとんど知る人はなく、神魂神社にお参りに来ても、この磐座を訪ねる人はとても少ないです。

 

このイワクラはとても不思議な場所にあります。本当はもの凄く目立つ場所にあるのですが、でも気づかれない。 まさに隠された場所です。

 

出雲大神のイワクラがとても美しく光輝いています。そして私の意識はその光の中へと溶けてゆきます。

 

今まで隠されていたものが光を放ちながら、どんどん出てきます

今日も世界は美しく、そしてとても豊かです。

 
 
 
 

 

 

 

 

 

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神魂神社 Map  https://goo.gl/maps/mwajhGmNZ6Q2

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出雲市斐川町荘原にある佐支多(さきた)神社です。

 

この神社も主祭神として

 

・建御名方命(タケミナカタ)

・八坂刀売神(ヤサカトメ)

 

の二柱の夫婦神をお祀りしています。 信濃の本宮「諏訪大社」に倣っているのが伺えます。

 

この神社はその名前からは諏訪のイメージが湧きませんが、それはこの神社が『出雲国風土記』記載の「佐支多社」であるとして、明治以降に神社の名前を風土記に習って「佐支多神社」にしたためです。

 

しかし実はこの神社は「諏訪」ととても関係の深い名前で呼ばれています。

 

この神社のある地区を「御射山~みさやま」と言い、地元の人はこの神社のことを「御射山さん」と呼んでいます。 何故この地を御射山と言うのかは文献にも記されておらず全くわかりませんが、信濃国諏訪の本宮の「御射山」の影響を受けていることは間違いないです。

 

神社境内の稲荷社は「御射山稲荷」と書かれていますし、神社のすぐ横にある地域の集会所は「御射山自治会館」の名前が付いています。

 

諏訪の御射山社では「御狩神事」が行われますが、この佐支多神社でもかつては「弓引き神事~流鏑馬(やぶさめ)」が行われていたと言います。 佐支多神社はまさに「出雲の御射山社」と言えます。

 

私はここから諏訪の御射山に意識を送ります。 出雲と諏訪・・・とても深い繋がりを感じます。

 
 
 
 
 
 
 

 

 
 

佐支多神社 Map  https://goo.gl/maps/DPXFZQ7E2fP2

 

 

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出雲市斐川町神庭にある「諏訪神社」を訪ねました。

神庭は「かんば」と読み、近くには大量の銅剣が発見された荒神谷遺跡があります。 「神の庭」というくらいですから古代においては出雲における特別な場所であったことは間違いありません。

 

神庭の諏訪神社は主祭神に

 

・建御名方命(タケミナカタ)

・八坂刀売神(ヤサカトメ)

 

の二柱の夫婦神をお祀りしており、信濃本宮の諏訪大社の祭神に倣っています。

 

タケミナカタは出雲国譲りの時に力比べに敗れ諏訪まで逃げ、出雲には帰らずに諏訪に留まることを約束しました。 ですから出雲が神在月の時にもタケミナカタは帰って来ません。

 

しかし後世において勧請されたとはいえ、出雲の地であまりにも堂々と祀られているタケミナカタには奇妙な感じを覚えます。 ましてやタケミナカタだけならまだしも、諏訪で射止めた妃神のヤサカトメまで出雲の中でペア主祭神として祀られているのは不思議な感じがします。 ヤサカトメは明らかに諏訪土着の姫神なのですから。 でも出雲の地に迎えられたヤサカトメはこの地をきっと気に入ってくださっていると思います。

 

神社の境内に夫婦榊があります。 案内板には「伊邪那岐命」と「伊邪那美命」を表していると書いてありますが、私にはこの夫婦榊が「建御名方命」と「八坂刀売神」を表しているようにも思えます。

 

諏訪の夫婦神様は出雲でも幸せエネルギー全開です。

 

 

 

 
 

 

 

 

神庭 諏訪神社 Map  https://goo.gl/maps/fpFUrevc7bM2

 

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出雲市斐川町学頭にある「諏訪神社」です。

私の自宅の近くには「高瀬城」という戦国時代の古城址がありますが、この学頭の諏訪神社もこの高瀬城の城主の米原(よねはら)氏によって勧請された「諏訪明神四社」の内の一つです。

 

米原氏はもともと近江源氏佐々木氏の支流ですが、近江国米原郷を領していたので「米原氏」と称するようになりました。 近江(滋賀県)の米原は「まいばら」と読みますが、出雲の米原氏は「よねはら」と読みます。

 

私が普段住んでいるこの地域は米原氏のお陰で近江と非常にゆかりが深いです。 そしてこの近江の米原氏が氏神としてお祀りしていたのが「諏訪明神」です。

 

諏訪明神は出雲から諏訪の地に移った建御名方命(タケミナカタ)のことだと思われがちですが、これとは全く別の「蛇身になった近江国の甲賀三郎」の逸話もあり、一概に【諏訪明神 建御名方命】とは言えません。

 

むしろどちらかと言えば諏訪明神の因縁譚としては建御名方命の話よりも近江国の甲賀三郎の話の方が人気が高いように思われます。

 

近江から出雲にやって来た米原氏もこういったことから、出雲の自らの城の近くに「諏訪明神」をお祀りしたのではないかと思います。

 

この「学頭の諏訪明神」は最初は高瀬城山麓の中腹に祀られていたと言います。 高瀬城が毛利氏の攻めに会い、尼子氏・米原氏が落城した折に家臣によって今の学頭の地に遷されたのだと言います。

 

私はこの学頭の神社で「諏訪明神」に意識を向けます。

 

出雲・・・近江・・・諏訪

 

諏訪明神を通じて、これらの地に深い繋がりを感じます。

 
 
 

 

 

 

 

学頭 諏訪神社Map  https://goo.gl/maps/1cDedPLxk692

 

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先日、長野県の諏訪に住む友人が諏訪大社の御神木で作ったお札と、諏訪のお酒を送ってくれました。 今日はその諏訪のお札とお酒を携えて地元の「諏訪明神めぐり」をしました。

 

 

 「諏訪明神」と言えば出雲の国譲りの時に諏訪の地に追いやられたタケミナカタ神(建御名方命)のことです。

 

タケミナカタ神は諏訪の地に留まり、出雲に帰れないことになっていますが、実は出雲にはタケミナカタ神を主祭神とする神社がいくつかあります。そしてそのほとんどが名前を「諏訪神社」としています。

 

私の自宅の3キロメートル圏内に諏訪明神をお祀りする神社が四社あります。

 

私の自宅の近くには「高瀬城」という戦国時代の古城址がありますが、この四社はこの地域を治めていた高瀬城の城主の米原綱広によって同時期(1,53040年頃)に勧請されたものです。

 

米原氏は高瀬城の近辺の四か所の村にそれぞれ「諏訪明神」を勧請しました。 今から約300年前に編纂された出雲国の史誌である『雲陽誌』にはそれぞれの村の名前を取って

 

・武部村 諏訪明神・・・諏訪神社(波迦神社 合祀)

・学頭村 諏訪明神・・・諏訪神社

・神庭村 諏訪明神・・・諏訪神社

・庄原村 諏訪明神・・・佐支多神社

 

と記されています。

 

四社の諏訪明神・・・

 

これはやはり本家本元の諏訪大社の四社を意識していると思われます。ということは私が普段暮らしているこの場所は出雲の中で最も諏訪明神のエネルギーを感じる場所なのだと言えます。

 

先ずは斐川町武部の諏訪明神を訪ねました。 ここは以前は「諏訪神社」としてありましたが、明治期に今の波迦神社に合祀され、お祀りされています。

 

記録に依りますと永正年間(1,50421年)に最初にこの武部の地を治めていた建部氏の建部右京進が信濃諏訪から勧請したとあります。

 

つまりはこの建部右京進が勧請した諏訪明神を、その後にこの武部の地を治めた米原綱広がそのまま継承したものだと思われます。

 

建部氏も米原氏も出身は近江です。 出雲と近江と諏訪の繋がりを深く感じます。

 

境内には「諏訪神社合祀記念」と書かれた記念碑があります。 そして波迦神社の入り口にある灯篭には「諏訪大・・・」と彫られており、ここにかつての諏訪神社の痕跡が伺えます。 文字が欠けていて判読できませんが「諏訪大明神」と書かれているのだと思います。

 

また本殿の両脇に男女の神像が置いてあり、以前より気になっていますが、もしかするとタケミナカタ神と妃神のヤサカトメ神なのかもしれません。 今日はそんな気がしました。

 

 

 

 
 
 
 
 
 

波迦神社 Map https://goo.gl/maps/oSu1e8yf3oz

 

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雪が降る中、松江市の美保関にある美保神社の摂社である地主社にお参りしました。ここにはミホススミという聞き慣れない女神がひっそりとお祀りされています。私のとても大好きな場所です。

 
 

美保神社は現在ではミホツヒメ(美保津姫命)とコトシロヌシ(事代主命)の二柱の神を主祭神としてお祀りしていますが、実はもともとはこの美保神社の主祭神は【ミホススミ(御穂須須美命)】という姫神でした。

 

出雲には「国引き神話」と言うのがあります。昔々、神話の時代に神様が出雲の国土を広げようとして、他所の国の余った土地を引っ張って来て出来たのが島根半島です。

 

そしてこの美保関は、『出雲国風土記』によれば「越(こし)の国の都都の三碕」から余った部分を引っ張って来たとあり、そしてこの引っ張って来た土地に「ミホススミ」という姫神を祀ったから「美保」と言うのだとあります。

 

この「越国の都都の三碕」とは現在の、石川県の能登半島の先端にある「珠洲(すず)市」あたりのことだそうです。現在でも石川県珠洲市に「三崎町」という地名があります。

 

「ミホススミ」という姫神の名前も「「珠洲(すず)」という地名と関係がありそうです。

 

この「ミホススミ」という姫神は出雲のオオクニヌシ(大国主命)と越の国のヌナカワヒメ(沼河比売命)との間に出来た娘神です。そして諏訪の地に退いたタケミナカタ(建御名方神)の妹神に当たります。

 

1,300年前の「風土記」の書かれた時代には、ミホススミは美保神社の主祭神として祀られていましたが、いつの頃にかミホススミの代わりに、名前の似ているミホツヒメ(美保津姫命)とすり替わりました。

 

神様界でもミホツヒメは超メジャーな存在で、それに引き換えミホススミはほとんど知名度がありませんので、知らないうちに「美保の姫」と言えば「ミホツヒメ」となったのだと思います。

 

ちなみにこの「美保津姫・・ミホツヒメ」の「ツ」は古語で「~の」の「の」という意味ですので、「ミホツヒメ」とはまさに「美保の姫」という意味になりますから、このような混同が生じたのも無理もないのかもしれません。

 

でもここにトリックがあります。 今、美保神社では主祭神を「美保津姫命」と表記していますが、実は『古事記』にはミホツヒメの名前は見られず、『日本書紀』には「三穂津姫命」と記しています。

 

ですから美保神社では本来「三穂津姫」と書かれていた名前を、神社の名前に合わせて「美保津姫」としているのです。

 

そしてさらにはコトシロヌシまでも、「出雲の国譲り」の時に美保関で釣りをしていたという『古事記』の話が有名なので祭神に加えられ、現在のような形になっています。

 

現在の美保神社の本殿を裏側から見ると二つの社が並んであり、いかにもミホツヒメとコトシロヌシが「夫婦神」のような形で祀られていますが、ミホツヒメとコトシロヌシは義理の母子という関係ですので、これは極めて不自然です。

 

美保神社の本来の祭神はミホススミのみです。

 

また美保神社の祭神がミホツヒメではなくミホススミである一つの証拠に、美保神社の二つに分かれている本殿の内部中央に「大后社」という末社があります。ようするに主祭神の母神をお祀りしています。

 

そしてそこにはカムヤタテヒメ(神屋楯比売命)とヌナカワヒメ(沼河比売命)の二柱が祀られています。

 

カムヤタテヒメ(神屋楯比売命)はコトシロヌシの母神であり、これは納得できますが、しかしもう一方のヌナカワヒメ(沼河比売命)はミホススミの母神です。

 

ミホツヒメはカミムスビ(神産巣日命)の娘で母神の名前はわかりませんが、母神がヌナカワヒメであるはずがありません。

 

ですから、この大后社のヌナカワヒメの存在は、主祭神をミホツヒメとしながらも、本当は「ミホススミ」であることを暗に語っています。

 

これこそが「隠された暗号」「秘密のコード」です。

 

現在、ミホススミは美保神社から出て、海岸沿いを約500メートル行ったところにある「地主社」にひっそりと祀られています。

 

実はこの美保関どころか出雲国内においては、この「ミホススミ」を祀っている神社はこの「地主社」だけです。

 

そして日本全国を見ましてもミホススミを祀っている神社は、この美保関の「地主社」の他には、全国に一ヶ所しかありません。

 

それは何とミホススミの故郷ともいうべき越の国・・・

石川県は能登半島の珠洲(すず)市にある「須須神社」です。 

まさにここ一ヶ所だけです。

 

ミホススミの母神ヌナカワヒメは糸魚川の「翡翠の女神」です。出雲のオオクニヌシは越国まで妻問いに行きますが、ヌナカワヒメ自身が出雲にやって来たという話は神話には出てきません。

 

出雲国内でヌナカワヒメを祀っている神社は美保神社の「大后社」以外には全くありません。

 

しかし、神話の時代から出雲と越の関係は深く、盛んに交流があったのは間違いありませんので、『出雲国風土記』の伝承からすると、ヌナカワヒメは娘のミホススミを連れて出雲の美保関までやって来たのかもしれません。

 

そして母のヌナカワヒメは越に帰り、娘のミホススミはそのまま美保関に留まったのかもしれません。

 

美保関にある案内板を読みますと、ミホススミが祀られている「地主社」は、縄文時代からの祭祀の場で、環状列石(ストーンサークル)の上に立っていて、この美保関では一番古い社であり、地域の鎮守様であると書いてあります。

 

私は当初、ミホススミは美保神社の本殿から追い出され、神社の境内ではなく、神社から少し離れたこの場所に祀られたのかなと思っていましたが、どうやらそうではないのかもしれません。

 

この地主社は縄文時代から祭祀の場所。 そして社の下の土の中にはストーンサークル(環状列石)があります。

 

確かにこの場所はとても強い「原初のエネルギー」を感じます。恐らくはこの場所が美保神社の「元宮」ではないのかと私は考えています。

 

私はこの地主社の前に立ち、雪の中でミホススミのエネルギーを全身に受けます。

 

そして私はミホススミの魂を祝福し祝い挙げます。

 

父神オオクニヌシ 母神ヌナカワヒメ 

 

いやさか・イヤサカ・弥栄!!

 

忘れ去られた姫神ミホススミ・・・今、喜びに満ち溢れています。

 

 

 

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地主社 Map https://goo.gl/maps/vN8V834G3vN2

 

 

月6日。今日は今年初めての甲子(きのえね)の日です。

 

「干支~えと」は十干と十二支の組み合わせで成り立っていますが、十干の第一番目は甲(きのえ)で、十二支の第一番目は子(ね)です。その「甲~きのえ)と「子~ね」の組み合わせが60日に一度、巡って来ます。

 

甲と子は共に干支の第一番目にあることから「始まりのエネルギー」に満ち溢れています。今日は今年初めての甲子ですからそのエネルギーは強烈です。イメージすると具現化するのが早いです。

 

甲は「木」の運気をつかさどり、子は「水」の運気をつかさどりますから、この二つはとても相性が良いです。

 

また甲子の日は「大黒天」の縁日とされ、この日に大黒天を拝むとたくさんの福徳があると言います。

 

私は毎日、大黒天の密教修法を行っていますが、特に今日は子の刻に合わせ午前0時から修法をしました。新しい始まりのエネルギーがどんどん流れ入って来ます。 私は豊かさに満ち溢れ、とても美しく素晴らしい世界を創造します。

 

世界は豊かで美しい。

 

出雲市斐川町にある狼神社を訪ねました。 現在では狼神社と八幡宮とが合祀されており「八幡宮狼神社」と呼ばれています。

 
 

この神社のある場所は昔は「狼ヶ森」と呼ばれており、かつてはたくさんの狼が生息していたと言います。

 

狼は森に棲む神聖な生き物です。神社拝殿に掲げられている扁額には「大神神社」とあり、神格化された「狼~おおかみ」が「大神~おおかみ」として祀られています。

 
 

ただ神社として成り立たせるために、一応は主祭神に「山幸彦命~やまさちひこ」を当てていますが、実際にはまさに狼のスピリットを祀る神社です。

 

私は狼神社で狼の遠吠えをし、かつてこの地に生息していた狼のスピリットを呼び起こします。そして境内でその狼たちと共に踊ります。

 

Dances with Wolves  ダンス・ウィズ・ウルブズ

 

私の中で狼たちが目を覚まします。

 

 

 

 
 

 

 

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狼神社  Map  https://goo.gl/maps/CeuqZGZ1Pnp