ゴウヒデキのブログ

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さて、「何でも良いから、食にまつわる雑文を送って寄越せ」との依頼である。
(注;そんな依頼はないです)

日頃から「あれば食うなければ食わぬ」でやっているので、美食家ではない。

行き着けもない。旨いと評判の店にも食指が動かない。
サァ、コマッタ。
私は依頼の頭に書かれた「何でも良いから」にすがることにした。
私のような日頃気弱く生きて、大人しく過ごすあまり存在感の薄れてしまったような男が一食にありつくまでに、どんな苦難、そしてどんな心情が荒れ狂うのかを書こうと思う。
一種の冒険譚。
気弱者にとっては、金を払ってする食事も、かのロビンソン・クルーソー氏の一食に負けず劣らずの道のりなのである。

 

悪い予感はしていた。

午後1時を回ったとは言え、まだお昼時。

オフィス街のとんかつ屋は、ほぼ満席の賑わい。

ちょうど、グループ客が退店し、空いた席に新たなグループが着席するところで、ホール係の店員さんはそちらに気を取られていた。

こんな状況で私が気付かれる可能性は低い。

レジの前にボ〜ッと立っていると、店内で慌ただしく給仕する店員さんは目もくれず、厨房を見ても、先程帰ったグループの一員とでも思われているのか、私を気にとめる人はいやしない。

しばらくそうしていると、皿洗いの手を休めた店員さんがふと目を上げた際に私を認める。

そして「いらっしゃいませ。」と声を上げると、その声で振り向いたホールの店員さんが「お1人ですか?」と聞いてくる。

「1人です。」と答える私を店の奥に案内する店員さん。

間の悪いことに、店の突き当たりを左に折れたところにあるカウンター席へと通された。

見通しは悪い。

店員さんは「あちらのカウンター席へどうぞ。」と手の平で一つだけ空いた席を示した。

「あちらの」はマズい。

席まで連れて行ってもらい、「こちらの」ならば、案内した店員さんも自身が案内したことを覚えている。

が、「あちらの」では、案内したことも忘れてしまうかもしれない。

「あちらの」と指し示した店員さんは、おかわりのキャベツと味噌汁を求める集団客に呼ばれ、そちらの方に顔を向けた。

「…気を取られている。」

ますます、私を案内したことが記憶から抜け落ちる不安は募った。

 

しかし、私もそうしたことは心得ていて、指し示された椅子に鞄を置くと、ゆっくりと時間をかけて上着を脱ぎ始めた。

そう、「今来たばかりの客がここにいるよ。」ということを立ち姿で表すためである。

こうした時、すぐに座ってしまっては、先から席に着いている客に溶け込んでしまって、見つけてもらう確率は下がる。

店員さんに気付かれるまではモタモタと、病み上がりの老人のような緩慢さで立っているに限る。

すると、すぐに好機は訪れた。

私が座ろうとする席の右隣の男性が、おかわりのキャベツ欲しさに店員さんを呼びつけたのだ。

「キャベツ、おかわり。」

男性が言い終わるやいなや、私もその勢いに乗じて店員さんに声をかける。

「注文いいですか?」

注文を聞く耳になっている店員さんの耳になら、私の声も届く。

私が頼むメニューはすでに決まっている。

こうした事態を予期していた私は、あらかじめ注文するメニューを定めていたのだ。

 

席についてから、やおらメニューを選び始めると、いざ頼まんとする時に店員さんに声をかけ、気付いてもらわなければならない。

その願いも叶わず、私の口から出た声が客同士の会話と、とんかつを揚げる油の音にかき消されるであろうことは想像に難くない。

右隣の男性の、かき消されない声が引き寄せた幸運。

私はこの好機を逃さない。

「(メニューのひとつ)ぼたんをお願いします。」

「ぼたん一つですね。今、お茶お持ちします。」

完璧だ。私は困難を乗り越えた達成感にひたり、腰を下ろす。

 

今度はお茶が来ない。

5分経てど、8分経てど来ない。

遠くの騒がしい集団のもとへは、すでにお茶が運ばれている様子。

その集団は、私が奥の席に通されるときには見当たらなかった。

ということは、私のあとから入店したはずだ。

しかし、こうした理不尽に長い間待たされることは私にとってはどうということはない。

以前、ファーストフード店で、ハンバーガーを1時間待ったことのある私である。

お茶なぞ飲まずとも耐えられる。

喉は渇いていない。

私の左側の席に料理が運ばれて来た。

運んで来た店員さんが、私の卓上にお茶がないことに気付きやしないかと淡い期待を抱いたが、店員さんは去って行った。

私が卓上に両手をのせて本を読んでいたものだから、「その向こうにお茶があるのだろう。」と思われたかもしれない。

私は椅子に深く腰掛け、背筋を伸ばし、卓上がよく見えるように手をどけた。

 

席に座って10分が経った。

お茶が来た。

右隣の男性客が、みそ汁のおかわりを頼む声に近づいて来た店員さんが、気付いたのだ。

「あ、すみません。お茶すぐお持ちしますね。」

お茶を飲む。

旨い。

待った時間の分だろうか、濃さもちょうど良い。

ほんのり甘さもある。

どうやら私は、喉が渇いていたようだ。

 

懸命な読者諸氏なら、こうお考えかもしれない。

注文してすでに10分。

お茶のみならず、料理が運ばれて来ても良い頃なのでは?

 

ここで正直に話しておかなければなるまい。

私は、その日の占いのラッキーフードを食べることを自らに課している。

そんな行いは愚にもつかないと思う向きもあることも重々承知の上で、課している。

何故か?

そうでもしないと私は、毎日同じ物を食べてしまうからである。

それに、「今日のラッキーフードを食べることにする」という目標は存外に達成するのは難しい。

私はこれを、『エクストリームラッキーフード』と呼んでいる。

 

目標を掲げ、それを成し遂げるまでの道筋を仮定し、いざ達成。

というサイクルは脳科学的に良いとも言うし、体質的に合わない物以外はラッキーフードを食べるようにしている。

ラッキーという言葉に惑わされるならば、別にラッキーでなくても何でも良い。

毎日「これを食べなさい。果たして、君に食べられるかな?」というメールなりLINEなりを誰かが送ってくれれば、それを何としてでも食べてみせる。

だが、そんな奇特な人は未だ居ない。

 

余談だが、私は「蟹」「海老」「ウニ」「イクラ」が苦手で、食べると腹がシクシク痛む。

「メロン」「松茸」は腹は痛まないが、苦手である。

とかく贅沢や御馳走という食物が合わないのである。

「鰻」は食う。

そのため、たまに北海道に行くことがあっても、食に対しての喜びは少なく、松屋さんでカルビ焼肉定食をほおばったりしている。

旅先で入る全国チェーン店は、趣き深い。

 

話を元に戻すと、この日の「ラッキーフード」は「チーズロールかつ」であった。

店のメニューを見てみると、チーズの入ったとんかつはある。

しかし、それはランチメニューではなく、グランドメニューのセットの中にあるのみ。

 

ランチ時は、ランチメニューを頼んだほうが来るのは早い。

それが世の断りではあるとは知りながら、私はチーズかつの入ったセットを頼んだ。

これでは料理が来るのが遅くなるのも致し方ない。

 

さて、お茶の到来から、さらに待つこと、またまたちょうど10分。

私の昼食が運ばれて来た。

私は、ゆっくり食べた。

急いで食べると、食べた直後にすぐ眠くなる。

それを避けるために、時間をかけてチーズかつを味わい、ヒレカツを味わった。

漫画『食の軍師』にならい、ヒレカツには辛子とソースをかけてしばらく置いて、漬けにした。

キャベツをサクサク食らい、みそ汁のシジミを前歯ですくい取り、白米を口へ。

丁寧に味わいながら食べ終え、ナプキンで口元を拭って時計を見ると、食べ始めてからちょうど10分経っていた。

 

お茶が来るまで10分、料理が来るまで10分、食べ終わるまで10分。

私はきっかり10分刻みで昼食を食べ終えた。

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