趣向を変えて、ボクのレビューシリーズを不定期連載しようかな。
なんて思う。
実は、レビューを書くのは好きなんだ。
これは、2005年に書いた評論であります。
もうすでにそれから6年もたっているわけで。
なので、巻末には今のボクの読み直しの感想もつけたしてみました。
お楽しみいただけたら何よりです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アビエイター
(劇場映画)
年度: 2004年
国: アメリカ
公開日: 2005/3/26
本文アップ 2005年03月28日 03:41
黄金期のハリウッドで閃光のように生きた男、ハワード・ヒューズの半生を描くドラマ
他人の人生をのぞき見るって、本当に面白い。
映画って、そこがいいよなぁ、とこういう映画を見終えた後はつくづく思う。
数奇な運命、癖のある人格の人の人生を客観的に
見るのはまさにエンターテイメントだ。
タイトルの「AVIATOR」っていうのは「飛行家」を指している。
ドリーム立国のアメリカにおいて史上初めての「ビリオネラー」である伝説の大富豪・ハワード・ヒューズの若き時代を描いた作品であるのだが、その生き様のコンセプトとして「飛行すること」に情熱を注いだ人なのだということを実に単純にわかり安く伝えてくれている作品だともいえる。
一方本作は巨匠マーチン・スコセッシ監督と組んだレオナルド・ディカプリオの最新作でアカデミー賞5部門を受賞しながらも、またしてもレオくん最優秀主演賞を逃すという話題の作品。
どうせレオくんは大根だから演技そのものには期待しないという覚悟で行ったのだが、これがどうして、似合っていた。
ここで賞を逃したのは寂しかろうな、とちょっとレオくんかわいそうになった。
そもそもこの主人公の性格の根底にある「お子ちゃま」ぶりがレオくんの本質と合っていたというところではまり役であったと思われた。
その後、なんでアカデミー逃がしたんだろうな、と思いつつ考えた。
まず観賞している際にとても気になったのが、ハワード・ヒューズはとても気むずかしい人でエキセントリックな人であったというのはよく聞く話。しかし本作では彼自身から行う暴力描写が一切ないことだ。
頭に来て相手をぶんなぐる、食卓をひっくり返す、なんていうことはいかにもしそうなのだが、一切しない。
自己の中に激しい感情を押し込めているのである。
そういう人間としての表現をあえてディカプリオかスコセッシ監督はあえて選んだのである。
アメリカの近代史上著名なヒューズ氏を描く上での映画的解釈がここにあった。
だから、レオくんの演技はあくまでもスマートであったのだし、観賞後もさわやかな印象が残る。
一方、ヒューズ氏と実際に出会ったことのある面々からしてみれば、もっとドロドロとした人間の面を知っており、そこに違和感を感じたのかもしれない。
言うまでもなく役者とは、その役どころとなる人間をどう読み解き、その人になりきって演技するかというところの表現力、想像力を問われる存在である。さすがに伝説のヒューズ氏の複雑な重さを描ききったのか、というと、そこに物足りなさがあったのだろうな、と推測した。
かように、わずか3時間以内に人生を凝縮して閉じこめる難しさが生じるのはよくわかる。
どこを際だたせ、どこを切り捨てるか、だ。
こういう視点で人間模様や人物評価を読み解くのがまた面白い。
このように実在した、しかも相当な有名人で人気も高い人物を映画という虚構の中で表現していくことは、かなりチャレンジをしいられるもの。それが主役のハワード・ヒューズだけではなく、キャサリン・ヘプバーン、エウ゛ァ・ガードナーという豪華な女優を登場させつつ、その私生活に踏みいるのだから覚悟がいる。
印象的だったのは二人のケイト。
どちらの女優さんももともと好きな女優さんであったのだが、あのケイト・ブランシェットがじゃじゃ馬なキャサリン像を創ったのには新鮮で驚いた。それより個人的に驚いたのは濃厚なエウ゛ァを演じたのがクールな印象のケイト・ベッキンセールとだったこと。
ふ~む。やはり女性とはかくのごとく化けるものだなぁ、と妙に感心してしまいました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この後のレオくんであるが、「ブラッドダイヤモンド」や「インセプション」など、かなり骨太な役柄を演じている。
ボクは好きだな。こういう役柄を演じる彼が。
しかし、いずれも賞にノミネートされながらも、一度も大きな賞を取っていない。
もう、こうなったら意地だろうね。
俺は俺で、権威のある協会なんかから賞をもらわなくたって、骨太の男の役者をやっていくかんね。
ってな具合に、レオくんは思っているのではなかろうか。
と思う。
いやいや、世界の大スターに対して、レオくんなんて気安く声をかけてごめんなさい。
アジアの辺境で、あなたの活躍が好きですよ。
応援していますよ。
という、解釈をしていただければ。です。
なんて思う。
実は、レビューを書くのは好きなんだ。
これは、2005年に書いた評論であります。
もうすでにそれから6年もたっているわけで。
なので、巻末には今のボクの読み直しの感想もつけたしてみました。
お楽しみいただけたら何よりです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アビエイター
(劇場映画)
年度: 2004年
国: アメリカ
公開日: 2005/3/26
本文アップ 2005年03月28日 03:41
黄金期のハリウッドで閃光のように生きた男、ハワード・ヒューズの半生を描くドラマ
他人の人生をのぞき見るって、本当に面白い。
映画って、そこがいいよなぁ、とこういう映画を見終えた後はつくづく思う。
数奇な運命、癖のある人格の人の人生を客観的に
見るのはまさにエンターテイメントだ。
タイトルの「AVIATOR」っていうのは「飛行家」を指している。
ドリーム立国のアメリカにおいて史上初めての「ビリオネラー」である伝説の大富豪・ハワード・ヒューズの若き時代を描いた作品であるのだが、その生き様のコンセプトとして「飛行すること」に情熱を注いだ人なのだということを実に単純にわかり安く伝えてくれている作品だともいえる。
一方本作は巨匠マーチン・スコセッシ監督と組んだレオナルド・ディカプリオの最新作でアカデミー賞5部門を受賞しながらも、またしてもレオくん最優秀主演賞を逃すという話題の作品。
どうせレオくんは大根だから演技そのものには期待しないという覚悟で行ったのだが、これがどうして、似合っていた。
ここで賞を逃したのは寂しかろうな、とちょっとレオくんかわいそうになった。
そもそもこの主人公の性格の根底にある「お子ちゃま」ぶりがレオくんの本質と合っていたというところではまり役であったと思われた。
その後、なんでアカデミー逃がしたんだろうな、と思いつつ考えた。
まず観賞している際にとても気になったのが、ハワード・ヒューズはとても気むずかしい人でエキセントリックな人であったというのはよく聞く話。しかし本作では彼自身から行う暴力描写が一切ないことだ。
頭に来て相手をぶんなぐる、食卓をひっくり返す、なんていうことはいかにもしそうなのだが、一切しない。
自己の中に激しい感情を押し込めているのである。
そういう人間としての表現をあえてディカプリオかスコセッシ監督はあえて選んだのである。
アメリカの近代史上著名なヒューズ氏を描く上での映画的解釈がここにあった。
だから、レオくんの演技はあくまでもスマートであったのだし、観賞後もさわやかな印象が残る。
一方、ヒューズ氏と実際に出会ったことのある面々からしてみれば、もっとドロドロとした人間の面を知っており、そこに違和感を感じたのかもしれない。
言うまでもなく役者とは、その役どころとなる人間をどう読み解き、その人になりきって演技するかというところの表現力、想像力を問われる存在である。さすがに伝説のヒューズ氏の複雑な重さを描ききったのか、というと、そこに物足りなさがあったのだろうな、と推測した。
かように、わずか3時間以内に人生を凝縮して閉じこめる難しさが生じるのはよくわかる。
どこを際だたせ、どこを切り捨てるか、だ。
こういう視点で人間模様や人物評価を読み解くのがまた面白い。
このように実在した、しかも相当な有名人で人気も高い人物を映画という虚構の中で表現していくことは、かなりチャレンジをしいられるもの。それが主役のハワード・ヒューズだけではなく、キャサリン・ヘプバーン、エウ゛ァ・ガードナーという豪華な女優を登場させつつ、その私生活に踏みいるのだから覚悟がいる。
印象的だったのは二人のケイト。
どちらの女優さんももともと好きな女優さんであったのだが、あのケイト・ブランシェットがじゃじゃ馬なキャサリン像を創ったのには新鮮で驚いた。それより個人的に驚いたのは濃厚なエウ゛ァを演じたのがクールな印象のケイト・ベッキンセールとだったこと。
ふ~む。やはり女性とはかくのごとく化けるものだなぁ、と妙に感心してしまいました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この後のレオくんであるが、「ブラッドダイヤモンド」や「インセプション」など、かなり骨太な役柄を演じている。
ボクは好きだな。こういう役柄を演じる彼が。
しかし、いずれも賞にノミネートされながらも、一度も大きな賞を取っていない。
もう、こうなったら意地だろうね。
俺は俺で、権威のある協会なんかから賞をもらわなくたって、骨太の男の役者をやっていくかんね。
ってな具合に、レオくんは思っているのではなかろうか。
と思う。
いやいや、世界の大スターに対して、レオくんなんて気安く声をかけてごめんなさい。
アジアの辺境で、あなたの活躍が好きですよ。
応援していますよ。
という、解釈をしていただければ。です。



















