前の記事の続きです。


溝端淳平主演 『君が踊る夏』 を見て③



我々は自宅で介護を

していた頃は祖父の

「着替え、トイレ、食事」

この3つでほとんどの

時間を費やしてました。



何も知らない素人集団が

こういうことをやろうとすると

とても時間がかかります。



家族である故にいろいろな

感情が入って、余計時間が

かかるのもあるのでしょう。



ところが、


プロに頼むとあっという間に

終わるではありませんか。



あのまま、我々が家族だけで

自宅で頑張っていたら、大変

なことになっていたでしょう。


さて、


病院に入ると、祖父自身も

また家族も余裕ができます。


時間と心の余裕ができた分

祖父は「これがしたい。」と

言うようになり、また家族も

「これをさせてあげたい。」

という思うようになります。



ところが、残念ながら

叶えてあげられない

ことばかりなのです。

祖父が頻りに言ってたのは

 「家に帰りたい。」

 「酒が飲みたい。」

の2つでした。


祖父の気持ちはわかるが

叶えてあげられないので、

聞く度に心が痛みました。



病院の方々も忙しい中で

季節の行事など催し物を

開催したりと、楽しい時間

を作って下さりました。


でも、


やはりここは病院なので

他の重病の患者さんもいて

そう沢山の事はできません。


もちろん病院の方にそこまで

お願いすることはできないので、

我々が病院に何度も通って

いろいろと祖父の好きなこと、

できそうなことを試しました。



それでも、


同じことばかり言ってました。


「あそこの器(本当は花瓶)

 にお酒が入ってないか

 確認してきてくれないか?」


「そこを出て左に火鉢があって

 熱燗がそろそろできるはず

 だからとってきてくれないか。」



病院に入院中にお酒なんて

飲めるはずないじゃないか。


皆がそう思って、一生懸命

お酒のことを忘れさせるよう

な努力をしていたのです。



しかし、後から思うと、


お酒を飲みたいと思った

その真意は何だったのか?

そう考えるべきでした。


もしかしたら、お酒を飲む

時に、人と一緒に楽しむ

あの雰囲気が欲しかった

のかもしれません。


祖父は、現役時代、常に

部下に囲まれて楽しくお酒

を飲んでた人だったので。


お酒そのものを飲ませられ

なくても、何か代わりのこと

はできたのかもしれない。



しかし、そう思った時はもう

手遅れになっていました。


とうとうとろみをつけても液体

を飲めなくなってしまいました。




なんで、あの時、「ダメだ」

と決めつけてしまったのか。


なんで「何かできるかも」と

いう発想ができなかったのか。



今でも悔しい気持ちです。




祖父の時に、こんな後悔が

あったので、母の最後には

お酒を楽しんで欲しいという

想いが強くなってたのです。



これは私の自己満足ですが、

結果的にはよかったです。



母の最後は、祖父の時ほど

「悔いが残る」ということは

少なかったように思います。



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