引退レース

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全日本ライダー、亀谷長純

自分の信念を曲げずに、辛いときも諦めず、情熱を持って命を懸けて走り続け、現役生活を20年以上続けた男





そんな純ちゃんの、最後の勇姿を見届けようと鈴鹿サーキットでの引退レースに行ってきました。







...

サーキット秋ヶ瀬で初めて会ってから、もう24年。当時から仲良しの加藤大治郎、武田雄一に比べると地味な存在でした。当時から慕ってくれ仲良しでしたが、20歳くらいでメーカーのワークスライダーになって契約金をもらい、おごってくれたり、良い車に乗ってる純ちゃんを年下ながら、スゴいなと思っていました。

長い現役生活では、自分の怪我や大ちゃんの悲しい事故、色々な事を乗り切り、高校時代から交際した嫁さん、2人の子供を養い、続けてきた現役生活。




今でも、尊敬してます。


僕はレースを続けられませんでしたが、今、自分が携わっている世界で、純ちゃんのように一本木で極められるよう頑張っていこう刺激をもらいました。

長い現役生活、お疲れ様でした。無事に終わって良かったです。

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ソチオリンピック

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僕らを感動させてくれた、ソチオリンピックが幕を降ろしました

僕が一番楽しみにしていた、フィギュアスケートの浅田真央選手

前回のバンクーバーオリンピックではライバルに破れ、悔し涙の2位

それから、4年

この舞台の為に、努力しつづけた4年

大きな心の支えであった母の他界

ソチ入りした彼女の表情はプレッシャーのせいか、どこか虚ろで、不安な表情に見えました。
嫌な予感は的中し、身体が動かずショートプログラムでは、まさかの16位

このためだけに並々ならぬ努力をしてきた彼女にとって、ショートの結果は地獄につきおとされた気分

きっと、彼女は誰よりも悔しくて、眠れぬ長い夜を過ごし

翌日のフリープログラム

全てのジャンプを完璧にこなして、演技が終わった瞬間の涙が、彼女の苦しさを物語っていました。

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最高の演技をし、苦しさから解放された彼女は今までにない最高の笑顔を見せてくれました

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演技だけでなく、あれだけの笑顔で魅了してくれた彼女は、偉大なアスリートでありスターです

9年前、14歳で彗星のように現れた彼女

年齢というタイミングでその勢いでトリノオリンピックには参加できませんでした

もしかしたら、その勢いで金メダルがとれていたかもしれません

成長過程によって変化してくる体型の中で技術を進化させるのは大変だったと思います

メダルは手にできませんでしたが、勝負の神様は僕らが想像しなかった、素晴らしい筋書きを用意してくれていました

プロの世界では結果が全てですが、スポーツの世界での結果は時に数字だけでは表せないものだと感じました

きっと、真央ちゃんのソチでの涙はどん底から一夜にして立ち直った、嬉し涙だったと思います
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2014ー2024

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今日は自宅のマンションでトレーナーの体幹トレーニングを受け、コンディショニングし、実家で凄い久しぶりに母親のご飯を食べて、パワーをもらってきました。
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いよいよ、明日から2014年の診療がスタートします。

僕にとっては、1年のスタートと言うよりは、次の10年へのスタートという気持ちで迎える為、いつも以上に気が引き締まり、10年後への最初の1年という1歩であります。

今年は異国の地で粛々と新年を迎えました。昨年も月に1、2回程度の休みで、頑張ったので、年末年始、観光はそこそこに、身体を休める事と英気を養うようにしました。
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東京ではショートスリーパーですが、まるで魔法にでもかけられたように睡眠をたっぷり取れました。

お陰で、身心共にリフレッシュし帰国。

今年、40代を迎えるにあたり、清水剛の人生は1番の見所に入ります。

120分の映画でいうなら、60分から90分のクライマックスに向けて、1番の重要な時間です。
今まで培ってきたものを糧に、技術者として経営者として、結果を出し続け、目標や夢に近づいていく。

自分の目標や夢を突き抜け、想像しなかった人生を切り開く事ができるかもしれない、逆に挫折を味あうかもしれない。

何があっても、逃げないで前向きに頑張るしかない。

魔法はないのである。

当たり前の事を当たり前のようにやっていく事。

全ては自分次第である。

冒頭、母親の手料理を久しぶりに食べたと書きましたが、僕はここ数年、普通にやるような親孝行から目を背けてきました。色々とあっての事でしたが、これからの戦を迎えるにあたり、今がある事に感謝しなければいけない。その事に気づきました。
僕の母親は70近くになりますが、歳はとりましたが、まだまだ元気です。

久しぶりに実家でご飯を食べましたが、帰ってびっくりしたのが、リビングや部屋に、僕の写真やレースをやっていた頃のファンからもらった似顔絵やトロフィーがたくさん飾ってあった事。たまたま、近所の人に会った時も、息子といる事に、どこか誇らしげでした。

中村獅童さんの言葉を借りれば、10年後、僕も母親の最高傑作と思ってもらえるように頑張りたい。

2014年 清水剛は何事にも本気で取り組みます!
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2013年を振り返り

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28日に2013年の最後の診療と忘年会が終わり
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今は骨休めの為、タイに来ています。
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東京での生活はハードです。日本を離れると、自分を取り戻す、いい気分転換になります。
清水歯科にとって2013年はどういう1年だったか

年々スタッフも増え、お付き合いする業者も増えたため、管理部門を立ち上げ、組織力の強化に努めました。

管理部門を立ち上げた事によりそれまで手の回らなかった、スタッフの教育や院内の改革に着手しました。

しかし、それに馴染めず何人かのスタッフがクリニックを去りました。

クリニックにとっても、僕らにとっても人の出入りは体力を使います。

やり方が間違っているんじゃないかと思った事もありました。
診療最終日の前日にこんな事がありました。

7時半には終わっているクリニックの前を8時半に通ると、まだ電気がついていました。

電話で確認すると、次の日の大掃除の打ち合わせを助手の子達がやっていたのです。

その瞬間、やってきた事は間違ってなかったと確信しました。
クリニックの事を心から考えてくれるスタッフ達が残り、その下にやる気に満ちた、新しいスタッフが入ってきたのです。
今年は僕にとって、今までとは違う形でタフな1年であり、瞬間、思わず涙が出ました。

清水歯科は、僕を入れて3人のスタッフで始めて、ちょうど10年を迎えました

振り返り、自分なりに良く頑張ってきたと思っています。

いい勉強会があれば、国内外問わず積極的に参加し、良い治療をするのに必要だとわかれば、目先のお金にとらわれず、積極的に機材に投資してきました。
普及率がまだ3%と言われる、歯科用顕微鏡、マイクロスコープも4台所有しています。

その為、研修生にも高度なマイクロスコープでのトレーニングを日常からやらせてあげられています。

これは、僕の誇りです。

クリニックもスタッフも僕の誇りです。

この10年の生き様の証です。

まだまだ通過点。

これからも、色々な人間ドラマがあると思います。
来年も、医者としてクリニックとして成長していけるよう精進していきたいと思います。




40代に向けて

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勉強会で福岡に来てます。

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最近は勉強会への参加は、院内の強化に集中する為、控えていましたが、10月より、僕のメンター、師匠の土屋先生のアドバンスコースが開講された為、歯科医としての自分を見つめ直すため、世界のトップランカー、土屋先生の勉強会に10月より、月に2日程通っています。

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話は変わりますが、僕の30代もあと数ヶ月で幕を降ろします。
次の10年、歯科医として何を目指しどうあるべきか見直す時期がやってまいりました。

しかし、歯科医としてだけでなく、人としてどうあるべきかも見直す時期かもしれません。

最近、2年前に亡くなったおばあちゃんに会いたいなと思う事が良くあります。

僕の一番理解者であったおばあちゃん。

今の僕を見て誉めてくれるのか、そうではないのか。

もっと、おばあちゃん孝行できたら良かったなと。

30代、最後の数ヶ月を迎えるにあたり、自分の足下を見れば、やり甲斐のある仕事につき、夢と希望をもち、不自由なく生活ができています。

もっと、周囲に感謝しなければいけない。

僕の父親は歯科医ですが家庭の事情により、頻繁に会う事はありません。若いうちは、父親に反発した事もありました。

開業して10年になりますが、その反発心が同じ歯科医としての自分の存在感を示そうと、奮起させ、自分を押し上げて来ました。

ある時から父親に、歯科医として同じ土俵で比べられたくないと生意気な事を言ったりもしました。

親も人間であり完璧ではありません。

若い頃は、あたかも全てをわかったように振る舞ってきました。

最近、気付いた事があります。
人は生きていく中で、細かい事や過去に固執し過ぎると、本当に大切な大局的な事や未来にやるべき事が見えなくなってしまう。

色々な意味で、今の僕があるのは両親のお陰であり感謝をしなくてはいけない。

歯科医として一流になりたいなら、人としても尊敬される生き方をしなければいけない。

親孝行できる時間はそんなに長く残されているわけではありません。

周囲に感謝する気持ちを忘れずに、40代に向かって行きたいと思います。