たまにしか書かないけど日記。~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

クラシック音楽のコンサート鑑賞記です。関西が多いと思います。
また、好きな音楽や、日々の諸々などを、思いついたときだけ書きます。

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今回は演奏会の感想でなく、別の話題を。

老舗レーベルのドイツ・グラモフォンは、2018年に創立120周年を迎えるとのこと(ということは1898年創立ということになるが、その頃にはまだドイツ・グラモフォン社はなかったので、おそらく本家の英グラモフォンか、あるいは英グラモフォンのドイツ支社のどちらかの創立と思われる)。

それを記念して、2017年8月より現代最高のピアニストたちの録音を月ごとに発売予定とのこと。

 

詳細はこちら

 

8月にキーシン演奏のベートーヴェン「月光」「熱情」「告別」ソナタ

9月にツィメルマン演奏のシューベルトのピアノ・ソナタ第20、21番

10月にトリフォノフ演奏のショパンのピアノ協奏曲第1、2番

11月にチョ・ソンジン演奏のドビュッシーの「映像」「ベルガマスク組曲」

 

がリリース予定で、2018年1月以降も超一流ピアニストの最新録音が続々発売予定とのこと。

これは楽しみである。

特に、チョ・ソンジンのドビュッシーには大いに期待したい。

 

 


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大阪フィルハーモニー交響楽団

第509回定期演奏会 
 
【日時】

2017年6月23日(金) 開演 19:00 (開場 18:00)

 

【会場】

フェスティバルホール (大阪)

 

【演奏】
指揮:準・メルクル
ピアノ:ニコラ・アンゲリッシュ

管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団

(コンサートマスター:田野倉雅秋)

 

【プログラム】
ファリャ:バレエ組曲「恋は魔術師」〔1925年版〕
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 作品43
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」〔1947年版〕

 

※アンコール(ソリスト)

ショパン:マズルカ 第40番 ヘ短調 op.63-2

 

 

 

 

 

大フィルの定期演奏会を聴きに行った。

指揮は準メルクル、ピアノは二コラ・アンゲリッシュ、ともに実演を聴くのは初めて。

アンゲリッシュといえばこれまで、ラフマニノフの「音の絵」(Apple Music)、リストの「巡礼の年」(Apple Music)、ブラームスのピアノ協奏曲第1番(Apple Music)、第2番(CD)の録音で聴けるような、みずみずしい音色による端正なピアニズムが印象的だった。

今回もそれを期待して聴きに行ったのだったが、確かに往年の美点はそこかしこに感じられるものの、演奏様式はややクセのあるものに変わっており、またタッチにもときにムラが聴かれ、残念ながら期待通りとまでは行かなかった。

タッチは滑らかところはとても滑らかだったし、彼ならではのみずみずしい音色もところどころ聴かれた。

特に、有名な第18変奏では現在の彼のクセというか、濃い表情付けがよく合っていて、また彼の美音も健在で、大変美しかった。

また、最終変奏でも、跳躍の多いスタッカートの各音が美しく際立っていて、さすがだった。

ただ、全ての音が美しく磨かれていたかというと、そうではなく出てしまったような音もあり、ムラがあった。

また、特にアンコールで顕著に聴かれたように、あるメロディの同じフレーズ内で強弱の起伏が極端に大きく、またそれが綿密に考えられたというよりはやや気まぐれな印象で、以前の端正なイメージからは遠ざかってしまっていたのが、私には残念だった。

全体的に、演奏が「歳を取った」ような印象だった(ある意味では「円熟」や「音楽の深まり」ともいえるのかもしれないが)。

見た目も、以前のジャケット写真の印象と比べると、ずいぶん変わったように感じた(彼はアンスネスあたりと同年代のはずなのだが)。

まぁ、歳を取るのは全ての人にとって避けられないことであり、あれこれ言うのはもうやめておく。

 

メインプロは、ストラヴィンスキーのバレー音楽「ペトルーシュカ」。

私はこの曲が大好きであり、今回の演奏会を心待ちにしていたのだった。

実演で頻繁に聴けるわけではないこの曲、今回聴いてみて、やはり傑作であるとの思いを新たにした。

全音音階、教会旋法、複雑な変拍子、単純なメロディと前衛的な書法との奇妙な共存、複調(この曲の最大の特徴かもしれない)、各楽器の独立した奏法(まるで点描のような)といった、あらゆる種類の技法を用いて書かれており、曲の隅々まで強烈な色彩感と、ロマンティシズムを完全に排した「乾いた魅力」に溢れている。

このような音楽はそれまでに存在せず、次作の「春の祭典」と並んで、まさに20世紀の開始を高らかに告げる音楽と言っていいのではないだろうか。

ちょうど、「ペトルーシュカ」と同じ1911年に初演されたR.シュトラウスのオペラ「ばらの騎士」が、19世紀の最後の輝きとでも言いたいような音楽であるのと、好対照をなしていると思う。

前半のプログラムの「恋は魔術師」も「ペトルーシュカ」と同じくバレー音楽で、スペインの味わいの良く出た名曲とは思うのだが、こうして同じ演奏会で比べてしまうと、「ペトルーシュカ」のあまりの存在感、溢れるような色彩、強烈なパワー、エポックメイキングな魅力の前には、どうしても影が薄くなってしまう気がした(ファリャのファンの方々、ごめんなさい…)。

 

そんな「ペトルーシュカ」だが、録音ではなかなか満足できるものがない。

というのも、ブーレーズ/ニューヨーク・フィル1971年盤(Apple Music)があまりに名演すぎるのだ。

キレッキレというよりはやや落ち着いたテンポで終始続いていくのだが、無理しておどけるような箇所がなく大変自然で、かつ各楽器・各パートがあまりにきれいに分離・整理され、ヴィヴィッドに聴こえてくるのである。

特に、管楽器の活かし方の見事さが尋常でない。

第1場の手回しオルガンを模した部分の、明るく色彩的な明瞭さ。

また、第4場の熊と熊使いの踊りの後に出てくる、各管楽器が独立したパッセージを奏する部分の、まるで霧の中で光がゆらゆらと揺らめくかのような透明な美しさ。

絵の具を混ぜるのでなく、原色を細かく配置して明るい光の色彩を表現する―そんなイメージのある、(厚塗りのヴァーグナーとはまた違った)ストラヴィンスキー独特の書法を、完全に活かしきった演奏だと思う。

 

このような「超」のつく名盤に、今回の準メルクルの演奏が匹敵するものだったかと言われると、さすがにそこまでではなかったと言わざるを得ない。

特に、管楽器をもう少しクリアに活かしてくれたらなお良かった。

しかし、グロテスクさを強調しすぎないストレートな姿勢はブーレーズと共通しており、好ましく感じた。

また、躍動感という意味ではむしろブーレーズ盤以上だった(特に第4場の市場の祭りの場面はかなりのハイテンポだった)。

それに、何よりもこの曲を前プロでなくメインプロとして真剣に取り組んでくれたことに、大いに感謝したい。

そのためか、完成度はなかなか高かった。

以前聴いたこの曲の実演では前プロだったが、そのときはもっとぼてっとした、キレに欠ける演奏だった(そのときの記事はこちら)。

 

また、このような難しい曲(「春の祭典」よりも難しいのではないか、と聴いていて思うのだが、どうだろうか?)において、かなりのテンポにもかかわらず、完璧とは言わないまでも一定以上の水準の演奏を提供してくれた大フィルのメンバーにも、お礼を言いたい気分である。

特に、第4場冒頭の弦楽器は、上記ブーレーズ盤のニューヨーク・フィルの弦よりも美しいと感じた(実演と録音の差もあるかもしれないけれど)。

また、管楽器では特にトランペット(秋月孝之?)やクラリネット(ブルックス・トーン)がとりわけ安定し傑出していた。

ピアノの佐竹裕介も、控えめながら安定感のある演奏で、安心して聴くことができた(個人的な好みでは、ピアノにもう少し前面に出てほしかったが)。

 

さて、今年の秋にはサイモン・ラトル/ベルリン・フィルがこの曲を演奏する(前プロだけれど)。

ぜひ聴いてみたかったのだが、東京だし、またチケットは早々に完売とのことで、今回は諦めることにした。

いったいどのような演奏になるのだろうか。

 

さらに言うと、私は、ドビュッシーの「海」、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」、ストラヴィンスキーの「春の祭典」など、あらゆるブーレーズの名盤を超えるほどの演奏で驚かせてくれたヤニク・ネゼ=セガンこそ、いつか「ペトルーシュカ」の新たな決定的名盤を実現してくれるのではないか、とひそかに期待しているのだった。

 

 


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「F.シューベルト」
― シューベルト ピアノ作品全曲シリーズvol.9―

 

【日時】

2017年6月17日(土) 開演 20:00 (開場 19:30)

 

【会場】

カフェ・モンタージュ (京都)

 

【演奏】

ピアノ4手連弾:佐藤卓史 & 川島基

 

【プログラム】

F.シューベルト:
序曲 D668
序奏、創作主題による4つの変奏曲とフィナーレ D968A
アレグロとアンダンテ D968
アレグロ D947「人生の嵐」
ロンド D951

 

 

 

 

 

カフェ・モンタージュの「ウィーン音楽祭」。

今回は、生まれも育ちもウィーンの音楽家、シューベルトのピアノ連弾曲集。

シューベルトが若い頃から晩年にかけて書いた様々な連弾曲を、シューベルト国際ピアノコンクールの覇者2人が弾くという、贅沢なひとときである(第10回に川島基、第11回に佐藤卓史がそれぞれ優勝とのこと)。

 

川島基は、実演を聴くのは初めて。

聴いてみると、彼のシューベルトコンクール記念CDでも感じられたことだが(Apple Music)、タッチが強靭ではっきりしている。

シューベルトにしてはやや力強すぎるきらいがなくはないが、そうは言ってもさすがにうまいし、弱音では控えめながら味のある歌心も聴かれた。

 

佐藤卓史は、このカフェ・モンタージュで実演に何度も接しているが、いつも通りの力強さは感じたものの、今回川島基と比べるとややマイルドで、よりシューベルトのイメージに近い印象だった。

また、比較的直線的な演奏の川島基に対し、佐藤卓史は速いパッセージにおいてもそのまま普通に弾くのではなく、微妙なニュアンスをつけるなど工夫して弾いているということに気が付いた。

そのようなそこはかとないニュアンスは、彼のシューベルトコンクール記念CDからも聴くことができる(Apple Music)。

 

そのように、微妙に個性の異なるこの2人のピアニストが、パートを入れ替わりながら弾いているのを聴くと(高音部パートは、1・3曲目は川島基、2・4・5曲目は佐藤卓史)、特徴を比べるだけでも面白く、飽きなかった。

そんな中でも、強靭なタッチと安定したテクニックという点では共通しているこの2人、とりわけアレグロ「人生の嵐」の演奏が聴きごたえがあったように思う。

これほど激しくデモーニッシュで、かつシューベルト得意の美しい転調に溢れている曲だということに、改めて気が付くことができた。

 

この2人の連弾、できればシリーズを組んでこれからも継続してほしいものである。

 

 


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日本センチュリー交響楽団

第217回 定期演奏会

 

【日時】

2017年6月17日(土) 開演 14:00

 

【会場】

ザ・シンフォニーホール (大阪)

 

【演奏】

指揮・ヴァイオリン:ドミトリー・シトコヴェツキー
管弦楽:日本センチュリー交響楽団

(コンサートマスター:後藤龍伸)

 

【プログラム】
アダムス:管弦楽のためのフォックストロット「議長は踊る」

コリリアーノ:「レッド・バイオリン」組曲

シューマン:交響曲 第2番 ハ長調 作品61

 

※アンコール(ソリスト)

J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第3番 ハ長調 BWV1005 より 3. Largo

 

 

 

 

 

センチュリーの定期演奏会を聴きに行った。

最初のアダムズは、ミニマルのようでいて違う、独特な曲だった(ポスト・ミニマルというらしい)。

後半、ピアノの感じが何となくストラヴィンスキーの「3楽章の交響曲」の第1楽章に似ている気がした(違うかな?)。

 

次のコリリアーノは、「レッド・バイオリン」という映画の音楽からの組曲。

私はこの映画を観たことがないが、この組曲はリゲティ的な要素を感じさせる部分と、もっとメロディアスな部分とが混在していて、面白かった。

この曲には、ヴァイオリン・ソロの部分がけっこうある。

そこではシトコヴェツキーがソロを弾くのだが、かなりの存在感、艶が感じられ、さすがだった。

話は少し逸れるが、普段愛読させていただいているブロガーさんの記事で、別府アルゲリッチ音楽祭でのイヴリー・ギトリスのマスタークラスで、若い受講者がギトリスに「大きな音を出すにはどうしたらいいか」と聞くというシーンがあった。

そのときギトリスは「君の音は十分大きいよ、それに大きな音さえ出ればいいのかい?」と優しく励ました(あるいはたしなめた?)とのことだった。

それを読んだときは「天下のギトリスに、楽曲解釈とか豊富な音楽経験・知識とかではなくて、そういうことを聞くのね(^^;」とちょっと思ったのだった。

しかし、今回シトコヴェツキーの演奏を聴いて、その若い受講者が言っていた意味が少し分かったような気がした。

やっぱり、「音が大きい」のである。

そんなにがんばってもいないのに、余裕な様子で存在感のある音が出ていて、まさに「ソリスト」といった雰囲気だった。

音程は危ういときもあったし、アンコールのバッハでは音程はより確かだったが、かなり自由でラプソディックな解釈で、バッハの真面目な専門家が聴いたら怒りそうな演奏。

なのに、音の存在感だけで聴衆を魅了してしまうのである。

派手な音というわけではないのだが、ヴィブラートをしっかりかけて艶があって、本来もっと細身の音が好みである私でさえ、この音にはやられてしまった。

こういう、「音で聴衆を虜にする」というのは、ピアノでもありうるが、ヴァイオリンだとよりいっそうその傾向が強いような気がする(ピアノならば、音の魅了が多少乏しくても、滑らかな指回りやこだわりの解釈などでカバーできる部分が大きいように思うのは気のせい?)。

こういった「存在感のある大きな音」を出すにはいったいどうしたらいいのか、私もギトリスやシトコヴェツキーに聞いてみたくなってしまった。

 

それはそれとして、後半はシューマンの交響曲第2番。

シューマンの交響曲の中では、私はこの第2番が最も好きである。

さわやかな第1番から数年を経てより深みが増しており、過渡期的な欠点もないではないけれども(形式的にやや不格好で、完成度としては後年の第3番のほうが高いような気がする)、そこがまた愛すべき点であるように思う(完成されない憧れ、とでも言ったらいいか)。

そういった、ベートーヴェンやブラームスのような整然とした、どっしりした交響曲とはまた違った、シューベルトにも通ずるようなシューマン特有のファンタジーをよく伝える演奏として、私はアーノンクール/ヨーロッパ室内管盤(NMLApple Music)や、アバド/ベルリン・フィルによる演奏(デジタルコンサートホール)を好んで聴くことが多い。

しかし、以前はカラヤン/ベルリン・フィル盤(NMLApple Music)のような、より壮麗で力強いベートーヴェン風の演奏が大好きだったこともあったし、今でもこれはこれで好きである。

そして今回のシトコヴェツキーによる演奏は、カラヤン盤を思い出させてくれるような力強いものだった。

もちろん、カラヤン盤とは違う点もあるけれども(カラヤン盤よりは渋い感じの演奏)、アーノンクールやアバドのような優美で洗練された演奏というよりは、もっとしっかりとした分厚めの演奏であることは確かだった。

第1楽章の展開部での充実したクレッシェンド、第2楽章スケルツォでの軽快すぎないじっくりとした音の運び、第3楽章の重厚な情感、そして終楽章のまるで「運命」交響曲の終楽章のような迫力、いずれもベートーヴェンの延長線上としてのドイツの交響曲を感じさせてくれる演奏だった。

以前の記事にも似たようなことを少し書いたが、初期ドイツ・ロマン派の代表的作曲家として「ポスト・ベートーヴェン」の重責を担っていたシューマンは、もしかしたら幻想性・ロマン性を重視した演奏よりも、むしろこういった演奏のほうを喜んだかもしれない―そんなことを考えながら今回の演奏を聴いたのだった。

 

 


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京都市立芸術大学音楽学部

第31回ピアノフェスティバル


【日時】
2017年6月16日(金) 開演 19:00 (開場 18:30)

 

【会場】
京都府立府民ホール・アルティ

 

【演奏】
京都市立芸術大学音楽学部 ピアノ専攻生

 

【プログラム】

1.高岸 杏奈(3回生)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第27番 ホ短調 作品90

 

2.鶴岡 空輝(2回生)

シューマン:アレグロ ロ短調 作品8

 

3.仲吉 愛里(2回生)

サン=サーンス/リスト:死の舞踏 S.555

 

4.片山 紗恵(3回生)

リスト:バラード 第2番 ロ短調 S.171

 

5.小澤 美玲(3回生)

オネゲル:トッカータと変奏曲

 

6.安藤 里紗(3回生)

ヒナステラ:アルゼンチン舞曲集

 1. 年老いた牛飼いの踊り

 2. 優雅な乙女の踊り

 3. ガウチョの踊り

 

7.芝野 速大(2回生)・南 杏佳(2回生)【連弾】

ローゼンプラット:2つのロシアの主題によるコンチェルティーノ

 

8.東辻 純(3回生)・林 海欧(3回生)【2台ピアノ】
ブラームス:交響曲 第2番 ニ長調 作品73 より 第3、4楽章

 

 

 

 

 

京都市立芸術大学音楽学部のピアノフェスティバルという催しがあり、聴きに行った。

2回生、3回生の皆さんがピアノを弾く、という会らしい。

 

天下の京芸だけあって、皆とてもうまい。

イマイチだなぁと思う人は一人もおらず、楽しませていただいた。

選曲もけっこうこだわりが感じられて、面白かった。

 

そんな中でも、ブラームスの交響曲第2番、これはやっぱり名曲だなぁと感じた。

プログラムノートによると、ブラームス自身による2台ピアノへの編曲であるらしい。

考えてみれば、私はこの交響曲をおそらく何百回と聴いているが(CDで)、ブラームス自身はせっかく苦労して書いたこの曲を、フルオーケストラの演奏で聴けた機会はおそらく数えるほどしかないのではないか。

ほとんどの場合は、こうした2台ピアノのバージョンなどで聴いたり弾いたりしていたのだろう。

そう思うと、録音というシロモノには色々と問題があり生演奏とは違うとはいえ、私たちはなんと幸福な時代に生まれたものだろう、と感慨深いものがある。

と同時に、このような2台ピアノの演奏を聴きながら、オーケストラで弾いたらどうなるのだろうと想像を膨らまし、いざ本当のオーケストラ演奏を聴く機会を持ったときのブラームスや当時の人々の感動たるや、今の私たちからは想像もつかないほど大きいものだったのだろうな―演奏を聴きながら、そんなことを考えた。

演奏は、林さんも音に力があって良かったが、特に東辻さんの滑らかかつパキッと引き締まった演奏がとても良かった(特に第3楽章のトリオ部分は、かなりのテンポなのに破綻がなく、キレがあった)。

 

その他では、ヒナステラのアルゼンチン舞曲集を弾いた安藤さんも良かった。

普段聴き慣れたアルゲリッチ盤の、南米の太陽のような明るく燦々としたパワーとはまた違った、クールな「乾いたノリ」みたいなものが感じられた。

技巧面も含め完成度が高かった。

小澤さんのオネゲルの「トッカータと変奏曲」もうまかったが、トッカータではやや重さもあり、同様の「乾いたノリ」みたいなものが感じられればなお良かったかもしれない。

とはいえ十分うまかったし、変奏曲のほうはしっとりして曲に合っていた気がする。

あと、片山さんのリストのバラード第2番も丁寧で良い演奏と思った。

 

このような楽しいピアノフェスティバルは大変ありがたい。

これからもたくさん開催してほしいものである。

 

 


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