15の夜

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尾崎豊が遺した歌がある。


盗んだバイクで走り出す

行く先も解らぬまま暗い夜の帳りの中へ

誰にも縛られたくないと

逃げ込んだこの夜に

自由になれた気がした15の夜


当然の如く世の中には『尾崎豊』が大量発生しました。

そして私は尾崎豊にバイクを盗まれた…。


人は困ったとき、親、兄弟、姉妹、友達、先輩、後輩、上司、部下、さらには知らない通行人にでさえも頼ります。それでも『どうしようもないとき』は『神様』に頼るのです。しかし、『神様』は『人』ではないので『信じる者』しか救いません。いや、嘘です。『信じる者』も救いません。
ハマっている人(信じる者)は不幸が訪れても『試練』や『オボシメシ』などという都合のいい言葉へ変換しては『幸せな不幸』を堪能しているので『放置プレイ』してあげて下さい。何を言うても無駄無駄無駄です。
ただ、一時でも『幸せな不幸』を堪能した人達は、結果的にポマードやウサンの香りが強烈に臭いオジサンに足元を掬われ大金を騙し取られたとしてもヤイヤイ言わないようにして下さい。それが『幸せな不幸』を堪能するための唯一のルールです。
恋愛に関しても同じです。

『信じる』という言葉をクチに出すことは罪なこと。

『信じる』という言葉をクチに出すこと自体が『信じない』ということであり、相手に対する脅迫であり、互いの関係において『罪』なことです。そしてそのチカラは『好きな人』を『嫌いな人』へと変換させることもあります。『信じる』や『信じない』は普段の行動で決定されるものなのです。

『信じて』には人情のカケラもない。

男女関係、特に恋人同士の環境で『信じて』を連発するようなヤカラは信じてはいけません。この種族は『信じて』と言いながら、オールナイトイベントやコンパ、はたまた街中アポなし立ち話(ナンパ)などで『ホリダシモノ』を見つけては『訳の分からないアクション』を起こします。その『訳の分からないアクション』が公になっても『信じて』と言います。異物を混入してもらった女子も、先っちょを舐めてもらった男子も、ハリウッドスター気取りで、その場その場に合わせた表情と声色を駆使して『信じて』と言います。そこにはヤクザよりも恐ろしく、ハートが砕け散るぐらいハードでアダルトなプレイ内容が潜んでいるのが現実です。

『若さ』は『神』を信じないが『人』を信じます。
『老い』は『人』を信じないが『神』を信じます。

人類は長い歴史の中で『神』を創造したばかりか、それを『万屋』にまで仕立て上げた。

神を信じる前に、人を信じる前に、自分自身のチカラを信じて下さい。



神様…盗まれたバイクを返して下さい。

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オレンヂの土手

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ノートの切端に幼さの残る文字で書かれたメモがまわってきた。

『神様が空にオレンヂジュースをこぼした時が合図だ!』

補習授業を脱け出した13歳の私は友達数人と弁当箱しか入っていないナップザックを上下左右に揺らしながら夕陽でオレンヂ色に染まる砂利の敷き積められた土手を走った。

『ロマンとは、広い世界の中で恋人とめぐり会うことだ。』と大昔の偉い人は言いました。

走り疲れた私達が息を切らせ足を止めた場所から竹藪が見えた。

夢を抱けなくなった人々の頭には『竹藪=大金』や『竹藪=死体』という図式しか存在しないのに対し、夢を抱く人々の頭には『竹藪=エロ本』という図式しか存在しない。

『ロマンとは、広い竹藪の中でエロ本とめぐり会うことだ。』と近所のエロイ人は言いました。

夕陽をバックに息を殺し、声をひそめたら姿勢を低くする。それが『探検』という名の『エロ本探し』のスターティングポーズだ。

私達は期待に胸と股間を膨らまし竹藪に侵入した。

竹藪をさまよう13歳の心と体は異性への興味に対する『どうしようもない青さ』と将来を左右させるキッカケとなる『高校受験』を抱え込むには小さすぎ、それをスポーツで発散させろという教師の言っていることが理解できなかった。

やっとの思いでめぐり会えたエロ本に歓喜の雄叫びをあげ、そしてその中に記された『息の臭い大人の嘘』に悩み、悶え、苦しみ、いつか解放されることを望む童貞1年生たちは『アダルト・カルチャー』の虜となり、優等生やPTAからは忌み嫌われる存在として扱われた。けれど『健全なる中学生』とはそんなものだと私は思う。

あの頃のすべてはドラゴンボールを探すかのような摩可不思議アドベンチャーな日々だった。

そんな懐かしい日々も冬の寒空の下では昨日のように思えません。

冬の呼吸のように外気に触れては白を彩るアダルト・カルチャーは真っ黒なスパンコールが散りばめられた腹の中でイラつくほど予想外な成長を遂げている。
『竹藪』から十数年、気が付けば今年で中学15年生。
どうやらまだ卒業できないようです。
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哀川翔

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世間では『お笑いブーム』という旋風が巻き起こり未来ある人材と未来なき人材を混同させてはメディアにいいように使われているのが目立ちます。
『継続は力なり』と大昔の偉人は言いました。
ブームというのは去るのが常です。
それを知りながら『ツブシ』のきかない仕事をしていると過去の栄光を持って大阪の海まで『大阪ベイブルース』をするハメになります。

当事者の方々、これ以上、大阪の海を悲しい色にしないで下さい。

この『お笑いブーム』の中、『漫才師』と『スポーツ選手』をトップクラスで両立させている人物がいます。
素晴らしいことです。

麒麟の田村選手です。

彼は昨年もサッカー日本代表として活躍し、今年は海外のクラブチームに…

あれ?

ちゃうやん…

大黒やんか!

なんや、ゴボウ君とちゃうんかぁ…

クリソツ♪

『日本のスッポンはスッポンポン』と哀川翔が言いました。

哀しい川を翔び越えることの出来る男になりたいな♪
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『予告編』

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その昔、恋人の蜜壺をいじりながら首筋に歯を立てて『どうしてほしい?』と聞いたことがある。
わたくし的には『い・れ・て…。』という返事を期待していたのですが、恋人は極めてストレートに言いました。

『舐めて。』

わたくしは自らが塗る『愛』という名の『バター』を舐める『犬』と化し、恋人の蜜壺を急速に風化させるが如く舐め続けた…。

そんなバター犬にも生活の中で築きあげた『意地』や『誇り』がある。しかし残念ながら『バター犬』としてのスイッチがひとたび入ってしまうと『女壺の潤い維持』を意識してしまうあまりに『意地』は『維持』となり、『誇り』は『もっこり』という滑稽な肉体変化によりその価値を下げ、簡単に『そのへん』に捨てることが出来てしまう。その捨てた『誇り』は『こと』が終えると簡単に拾えてしまうのも現実です。
『誇り』を捨てたり拾ったりする行為は、エキサイティング・セックスが終了した後に女子の下着を探すよりも簡単なのです。

近頃ではコンビニで『一流芸能人』の『意地』と『誇り』がセット販売されているので、18歳~23歳くらいで浅く日焼けした中学生が超有名ブランドのWP(ウエストポーチ)をトレンドしてはコンビニで購入した『一流芸能人』の『意地』と『誇り』を超有名ブランドのWPに潜ませては『ビューネ君』を必死のパッチしています。

話を戻します。

セックスが終わると冷たくなる人がいます。
よく耳にする話です。
この種類のバター犬は屋内で温々と育てられているので『牙』を持っていませんが、頭にカブトムシを飼っています。なのでカブトムシ以上の行動を求めても無駄無駄無駄です。
それに比べ、セックスが終わろうとも琴線に触れるが如くまでに愛を囁き、時には芸術性の欠片もない洒落で喜京屋のような笑顔を咲かせ、腕の感覚を失おうとも枕であり続ける何も言えないシャイな精神を持つバター犬には『鋭い牙』があります。


『牙』を持つバター犬は屋外で野良を経ている為に腹の中は真っ黒に染まっていてズル賢い。
その真っ黒な腹の中で黒く輝くスパンコールは『悪魔の涙』と言われ、『牙』を持つバター犬が男女関係により『崖っぷち』に立たされたときに披露する『哭き』の最終兵器なのです。一部のブリーダーは、この『哭き』に大層弱く、『次、浮気したら別れるから。』と言う言葉を何度も言うはめになり、過ちを繰り返すのです。

これから紹介するのは、『牙』を持つバター犬たちが『一死報いる』を覚悟で、月に吠えた物語です。

アナタは、見返りのない『バター(愛)』を舐め続けられますか?