「実家はね、すぐそこなんです。行ってみませんか」

 師走の長崎は今日も雨だったが、タクシーの運転手さんは、ちょっと道草しませんかと誘った。あの福山雅治さんの実家である。

 「いや別に…」。いったんは断りかけて「本当にすぐですか」と気持ちが揺れた自分が情けない。橋を渡ると、なるほどすぐだった。「ここが親類のお宅でその裏が実家。ファンの間では“福山通り”って呼ばれてます」。隠れた名所になっているそうで、こりゃ迷惑だろうなと思いつつ表札を見る。確かに「Fukuyama」とあった。

 大河ドラマ「龍馬伝」で坂本龍馬を演じる福山さん。出身地の長崎で人気のすさまじさを改めて知った。有名な伝説がある。

 昨年8月に長崎市内で行われた凱旋ライブ「福山☆夏の大創業祭」。誘致のため集まった市民らの署名は6万3千人分にものぼったという。稲佐山のライブ会場では収まらず、近くの野球場にパブリックビューイングの別会場も設けた。観客は全国から、2日間で約8万人。

 「地元紙がライブの号外まで出しましてね。市内の宿泊施設だけではとても足りず、遠くまで何度も何度もお客さまを乗せました」

 夢の余韻のように語る。2日目は総選挙の投開票日だったが、ここ長崎だけは政権交代などどこ吹く風、福山ライブに沸いたようだ。

 さて、列島は龍馬ブームに沸いている。冴えない景気対策の何倍もの経済効果が期待できそうな勢いで、出版はもとより高知や京都などゆかりの地の観光客誘致もにぎやかだ。長崎も重要な舞台である。

 「龍馬 長崎で待つ」

 旅のパンフレットはどれも、この幕末ヒーローの顔写真が大きくレイアウトされていた。

 見どころも数多い。龍馬らが設立した日本初の商社「亀山社中」は建物が整備され、記念館として公開されているし、今月から新たにゆかりの品を展示する「長崎まちなか龍馬館」が期間限定でオープンした。

 「長崎は、わしの希望じゃ」

 司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」からとりわけ印象的なせりふは風頭公園の文学碑にも刻まれているが、龍馬のイメージにこの青春小説の影響は計り知れない。「龍馬伝」の脚本家、福田靖さんは龍馬がいま生きていたら「ベンチャービジネスの世界にいるのでは」と語っている。

 いずれにせよ、こうあってほしい男なのだ。今のブーム、過剰な期待にも見えるが「龍馬は、私らの希望じゃ」というところか。

 個人的には映画「竜馬暗殺」(黒木和雄監督)で原田芳雄さんが演じた、あの眼光鋭く汗くさそうな肉食系龍馬も嫌いではない。だが、福山龍馬はあくまでさわやかに。

 「ついでに福山さんの出身校めぐりはいかがですか。幼稚園から高校まで、ご案内しますよ」

 今度はしっかり、断った。

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