銀座スタイルのブログ

銀座スタイル|GINZA Style

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昨日発売の「サンデー毎日」に足袋とワラジについて、記事掲載頂きました。良かったらご覧くださいませ!31ページです。
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お久しぶりで御座います。

さて、いよいよ年に一度のメーンイベント!

第92回・銀座くらま会2016が、明日(2016.09.27)開催されます!

 

くらま会準会員の「からす組」も本業(家業)の合間に昼夜を問わずお稽古、自主練に励んでまいりました。

また今年は、からす組初の○○があります!!

 

ぜひ、皆さまお誘いあわせの上、新橋演舞場へお越しください。

 

▼詳しくは下記の私のブログをご覧ください。

 

▼昨年の模様(2015年)

 

銀座かなめ屋・三代目

 

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ちょっと投稿が空いてしまいました・・・
さて、いよいよ明日が本番、くらま会がやってきます汗

先週のお稽古風景。みんないつも以上に真剣です。

今回はいろいろと新たな取り組みをしていることもあり、苦労しながらも一同頑張っております。

お稽古のあとは、同じ釜の飯を食べ団結を深めております。

いい、笑顔ですね~

 

さて、明日は本番、今日は下ざらいですので精進してきます。
観覧をご希望の方は、出演者にお尋ねください。
多くの方のお越しをお待ちしております。ラブラブ

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靖山画廊さんで行われております展覧会、妖怪茶席に行って参りましたジャック

妖怪をテーマに作家さんたちから生み出された様々な茶道具を使ってのお点前は様式美と合わさり何とも言えぬ遊び心溢れる楽しいお茶席でございましたキャハハ


妖怪茶席のお茶菓子は萬年堂さんがこの日の為に誂えた楽しいお菓子


見た目も楽しませて頂きましたが、お味も流石、美味しかったですし、お薄も美味しくございましたきゃー
大変洒落た手みやげも頂き、靖山画廊のオーナー山田さんのセンスと遊び心溢れるおもてなし、目も心も楽しませて頂きました(^-^)



妖怪茶席の展覧会は29日(木)まで。
お茶席はチケットが必要で本日25日が最後となります。お茶席は人数に制限もあるようでございます。ご希望の方は靖山画廊さんにお問い合わせになってみて下さい(^-^)
靖山画廊
http://art-japan.jp/

Artisan salon de giso
庄司 博美

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早いもので、来週がくらま会本番となりました。

舞台の無事と成功を祈りに、先週、大阪四天王寺をお参りしました。

 

聖徳太子建立(およそ1400年前)の仏教寺院。

 

石鳥居の扁額には、

“釈迦如来 転法輪処 当極楽土 東門中心(釈迦如来が法を説く処であり、ここが西方極楽浄土の東門の中心)”とあり、

実に味わい深いです。

 

さて、今日『舞台』と聞くと、まず、劇場にある舞台を思い描きますが、

舞台の古い形は、

“清水の舞台から…”と広く云われていることからも分かるように、

神仏の前に設えた舞台が、第一義と言うべきでしょう。

 

娘道成寺の文句の中に、「そもそも舞の始まりは…」とありますが、そこでは、天岩戸の話しから始まります。

アメノウズメが、天岩戸の前で、伏せた槽(ウケ)を踏み鳴らし、裸踊りを披露した神話です。

つまり、日本において、舞台の上での“うた”や“まひ”は、神々へ向けて行われたのが始まりということに。

(古代より日本は、大陸との文化の往き来がありましたし、それだけでなく、さらに多方面から考えなければならないことですので、不勉強なわたくしでは、大変ザックリな内容になりますが、)

 

まず、“俳優”という言葉から考えます。

この漢字熟語を、やまとことばに直して考える必要がありそうです。

すると、“俳”も“優”も“わざをぎ”になります。

“わざ”は、神意の込められた所作。

“をぎ”は、をぐ(招く)ことを意味します。

つまり、何かを招くために特別な行為をするわけですが、では、一体何を招くのか。

“神降ろし”という言葉からも分かるように、

神仏や霊魂を舞台に招くわけです。

厳島神社や、住吉大社などの舞台が、境内(聖地)にあることからも、そのことが分かると思います。

 

現在の四天王寺の石舞台。

大阪材木商により組織された“舞臺講”により、文化五1808年再建。

舞台は最澄創建の六時礼讃堂の向かい、つまり本尊の薬師如来の御前にあります。

舞台の向こうには、御供所を挟んで、大陸系の楽舞を担当する左方の楽舎と、朝鮮半島系の楽舞を担当する右方の楽舎があります。

このような位置関係。

左方楽舎の平瓦には《》の字と、丸瓦には左方を意味する三巴が見えます。(右方は二巴。)

瓦を見ただけで、音楽が聞こえるような、そんな空間です。

(清水の舞台は千手観音菩薩の御前にあり、舞台脇には、やはり楽舎があります。)

 

この楽舎が、のちに我々が使う“楽屋”という言葉になりました。

今日、『楽屋』と言えば、休息所を指し示す場合が多いですが、

元々は奏楽所であり、大切な楽器を置いたところでした。

 

舞台の上に上がる人には、実に大切な役割があり、まさに“わざ”を身につけた人が上がるところ、ということになります。

 

(中でも古い厳島神社の平舞台は、安元二年(1176年)、千僧供養が行われた記録があります。僧侶による法要は舞台の上で行われました。比叡山(大原三千院)などは、今で云う、音楽大学のような一面もあったわけで、かつては大勢の僧侶が、修行の手段として、大変高度な音楽を習得していました。)

 

では、今の『舞台』という言葉の感覚は、いつ頃からか?

 

中世(伎楽や猿楽…等)を、バッサリ割愛しまして、いきなり近世まで下ります。

 

今からおよそ四百年前、出雲阿国が男装をして踊った話しは有名です。

しかし、彼女は、“わざをぎ”として、神仏の前で踊った訳ではありません。

むしろ、伝統を拒否し、当時のかぶき者を真似て踊るという、異風異相の新しい舞台を作ったわけです。

しかし、それだと諸事、不都合があるので、“勧進という方便”で、庶民の前で踊りました。

 

ここが、現在の日本の古典の舞台を考える際の、重要なポイントだと思っています。

舞台の上での歌舞音曲は、“方便なんだ”ということです。

ですから、元来の姿を忘れては、方便になりません。

 

例えば、『浄瑠璃節』も、薬師如来(薬師瑠璃光如来)の東方浄瑠璃浄土が、その名の由来。

元々は、薬師如来の霊験譚などを語り、仏の功徳を説いた芸能でありました。

法華経にも『若持法華経 其身甚清浄 如彼浄瑠璃 衆生皆憙見(法華経を大切にしたならば、その身は甚だ清浄、浄らかな瑠璃のようであり、命あるものすべてが見たいと憙(ねが)う)』とあります。

何故、浄瑠璃節を“語りもの”と云うのか、それを忘れてしまっては、“方便”であることも分からなくなってしまうというものです。

 

また、“稽古”という言葉からも分かるように、(“稽”は、考えに考えを重ね、いくつくところまで考えること)

古典の稽古は、まるでお寺の修行のようですが、師資相承(師匠から弟子へ伝わっていく)が原則。

 

たとえ舞台の上では“俗の世界”を演じても、

稽古の際は、必ず白い足袋を履くのは、

“舞台の上は方便だから”と説明すると、納得がいくように思います。

 

“わざをぎ”が活躍した神代の時代から数千年が経過し、

様々な舞踊、或いは、浄瑠璃節、長唄…、と、様々に枝分かれしましたが、

芸の血脈(けちみゃく)に属するものであれば、堂宇の落慶式などの際に、神仏の前で披露することが出来るのは、“方便”だからであって、元来の姿を忘れている訳ではない、ということではないでしょうか。

 

別の角度(お客様の視点)から考えますと、

その姿勢(哲学)は目に見えるものではありませんから、古典の舞台の味わいは、特別なのだと改めて思い…、

襟を正して帰宅しました。

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千疋屋さんのみつるさんにお召し頂きました。この浴衣はまさに、千疋屋さんのご来店をお待ちしてたかのよう!ご縁のある方の元に、お嫁入りできる幸せ着物です!
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