コマスカ!

◇◇◇ オオサケーゼのフォト・考察ブログ ◇◇◇
イタリア・ミラノから北へ上ること小一時間、スイスとの国境の町、コモに引っ越してきました。「コマスカ」とは「コモの人」という意味です◇◇◇
◇◇◇「ただいまイタリアdeミラネーゼ」からタイトル変更しました◇◇◇


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先日、料理対決番組を見ていた。決勝戦だった。
テンパりすぎたか、対戦者が塩の入った容器を落としてしまった時だった。
3人居た審査員が一斉に

「Noooooo!! それはまずいよ!!!」と言った。

彼の近くに寄り、はげまし、そして落とした塩を一握り掴んで後ろ向きに塩を投げるように
(トレビの泉にコインを投げるのと同じ投げ方)指示していた。

イタリアでは 塩を落とす(こぼす)と縁起が悪い らしい。
そして、その行為にエンガチョン(縁ぎっちょ?「悪縁を断ち切ること」と言いたいけど言葉を知らない(涙 )
するために後ろ向きに投げればいいらしい。

余談だけどその甲斐あってか彼は優勝することが出来た。


その他にも 室内でカサを開くと縁起が悪い ともいう。
まだ3歳の従兄弟の子が新しいカサを私に見せたくて、持ってきて、何も考えずカサを開けた時、
そこに居た大人が一斉に注意していた。


結構多くの国で言うだろうけれど、黒猫が横切るのは縁起が悪い とここでも言う。



全部言ってる理由が分からない。 謂れの起源はなんだろう。



●塩を落とす(こぼす)と縁起が悪い(原文 )
以前は塩は友情のシンボルとして使われていたということから、
食事にゲストを招く時は、塩をテーブルの上に置いていた。
ある食卓で、招かれたゲストが誤って塩をこぼしてしまい、それを見たホストの主人は
ゲストを追い返してしまうほど激怒してしまったのだとか。
そこから、塩をこぼすと縁起が悪いと言われるようになった。

主人は友情の証を友人がひっくり返したことに深読みしてしまったとか?
それとも塩が勿体なかったから?


●室内でカサを開くと縁起が悪い原文
歴史的な意味がある理由で、
カサの骨組みは鉄で出来ていたり、骨組みが鋭いため狭い室内でカサを開くのは
他の人にあてて怪我をする恐れもあるため。カサを開くこと=縁起が悪いと定着した。


●黒猫が横切るのは縁起が悪い原文
古代、馬車を使っていた時代、まだ道にライトがなかったとき、
黒猫が道を横切ることで馬が怯えて事故が起こることが少なくなかった。
そして、この迷信になった。

でも確かにこれはウマにも人にも、そして黒猫にも危ない!


コマスカ!
僕もちょっと黒いよ。


***

まためずらしい迷信があったら続編書きます~。

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私はアモーレの実家近くにあるこの遺跡が好きで好きで好きで好きで、帰省する度に行きいくらい好き。
この近辺を訪れる人にはいつもお勧めするし、誰かと一緒にカラブリアに行くと必ず連れて行く。
この場所で結婚式の写真も撮ったし、私にとっては「好き」であり「思い出」の場所。

私にはそうでも、それを見て育った地ピーには自慢の遺跡ではあっても訪れることがあるわけでなく。
(私が通天閣に1度しか上ったことがないとか、大阪城も遠足でしか入ったことがないとか、と一緒とか?)

アモーレをこの場所に連れ出すのには本当に苦労する。
が、今回は散歩することが出来た。やっぱり素晴らしい風景に感動。また戻りたい。

コマスカ! コマスカ!
整備はされているが見学は無料。
こんなに古くて立派な建物の歴史を肌で感じることが出来るが、
観光地ではないのでいつでも人が居ない。
つまり独り占めラブラブ スケールのデカイ贅沢ラブラブ

コマスカ!
1900年ほど前から町としての構想が練られた場所

コマスカ! コマスカ!
柵の中の町の遺跡。このオリーブの木はいつからここに?
1000年以上昔、この木に寄りかかって物思いにふけった人がいたかもしれないラブラブ

町の遺跡の横には街路樹としてザクロが大きい実を実らせていた。

この実、はるか昔の人も食べたかもラブラブ

コマスカ!
このあたりは夏、暑すぎて雑草は枯れる。
だから夏だとフラットに舗装された地面の様子がよく分かる。
でも夏は朝夕でないと暑すぎて歩けない。

冬の雑草で覆われている遺跡も、それはそれで悪くない。
緑がいっぱいで、まるで春のよう。


コマスカ!
劇場跡

コマスカ!
発掘中の別の劇場跡

コマスカ!
発掘中劇場を見下ろしたところ。オリーブ畑と地中海が目の前に広がる。
昔の人が劇中見た光景と大きく変わったのだろうか。

コマスカ!
私はこの光景が好き。この位置から地中海を見た昔の人、どれだけいるんだろう。

コマスカ!
今は丘をつなぐ橋が出来ています。昔の人が見たら喜ぶだろうか。


コマスカ!
遺跡の周りにもオリーブ畑。
草花が生い茂っていて、鳥も歌いながら遊んでいて

コマスカ!
ここはきっと昔は楽園だったんだ。
と、歴史ロマンにどっぷり浸かって、散歩を終えて帰宅した。

ここは長い間放って置かれた遺跡。
整備された今も、わざわざ遠くから観光に出かける場所ではないので、
ひっそりとしたまま、少しだけ息を吹き返した遺跡。
簡単に歴史のロマンへトリップできる、私の好きな場所。


ナウシカの居た遺跡(クリックでこの遺跡とナウシカの関連話へ)
 

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スケジュール帳にこだわりはなく毎年、百均のものを新調していた。

私はPCでのスケジュール管理派で、
以前はデスクワークの仕事だったこともあり、仕事の予定は全てPCで管理するほうが都合がよかった。
スケジュール帳にはプライベートな予定だけを書いていた。

よくスケジュール帳にメモを取る人が居るが、それはやらない。
私は書いたことに満足してしまって見直すことがない人種だから、メモを取ると逆に忘れてしまう。

あとスケジュール帳に日記をやる人も居るが、それもしない。
それをしたら1年経ってそのスケジュール帳を捨てる時にかなり勇気がいるから。
あの日記は、あの時書いたメモはもう必要ないのか?
次のスケジュール帳に書き写したほうがいいのではないか?
そう考え出すと捨てれないかもしれない。

過去のスケジュール帳を捨てない主義の人も居るが、
50年経てば50冊のスケジュール帳が、家族4人なら200冊のスケジュール帳がたまる!と
変に想像力を働かせてしまってそれも出来ない。
もし間違って1冊でも捨ててしまうと、

「あ~あの年の記憶が~」

と悲しくなるのも目に見えているし、性格上間違って捨ててしまう可能性大だし、やっぱり出来ない。



スケジュール帳を捨てないと言ったこだわり派の友人は、
それが自分の記憶、足跡だから大切なものになるからと言って、
手にしている手帳メーカーの気に入ってるシステムをいろいろ話してくれながら
書き込みを見せてくれた。


見開いたページには
彼女の文字で、彼女の言葉で、書き入れられた予定や一言メモの数々。


ここまで手帳と毎日向き合えば、私のスケジュール帳のような薄っぺらいものではなく
本当に「足跡」と呼べるものでもあり、「彼女の手帳」というオリジナルな作品にも思えた。

毎日何かを書き込んで、1年で1つの作品を作り上げる。と考えれば
スケジュール帳とは誰でもはじめられる敷居の低いアート。

そういう使い方もいいなと思った。


コマスカ!
今年からシールがついていた!


私は今年もモレスキンのスケジュール帳。
モレスキン はイタリアの手帳会社。愛用者も多いブランドで、

「19世紀からのデザイン、伝説のノート、人生を書きこむ手帳」 などなど

はっきり言ってものすごくこだわった手帳ブランドだったりする。


こだわらない派の私がなぜ私がこのブランドにこだわっているのか。


それは、


イタリアではマンスリー表示(マス目)の手帳が壊滅的に手に入らない中、
このブランドだけはかろうじて手に入れることが出来るから。


という理由。


イタリアで売っている99.9999%の手帳はデイリー、もしくはウィークリー。
笑えるほどマンスリーがない。
私が手帳にこだわるたった一点、マンスリー表示。
百均ではあふれるほどあるのに、ところ変わればである。どこを探してもない。

たぶんマンスリーを作ってるメーカーも少ない、もしくはこの1社だけかもしれない。
モレスキンでさえ、ほとんどの本屋、文房具屋で取り扱いのあるブランドだけれど、
マンスリーを取り扱っている店舗は壊滅的。
結局、以前アモーレが見つけてくれたミラノの本屋さんで今年も買った。



そんな「選択の余地なし」という理由で、こだわらない派の私がこだわり派の手帳を今年も手にしている。



マンスリーの1日のマス目は小さい。
友人のように、イタリア人のようにもっと1日のマス目の大きいデイリーやウィークリーの手帳を手にして
1日をじっくり書き込めば、時間と自分にもっと向き合えば、何か新しい発見があるかもしれない。

と思いながら手にしたのはやっぱり今年もマンスリー(笑

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アモーレ実家の下にはおじいちゃんたちが住んでいる。
おばあちゃんはもともと身体が弱かったことに加えて高齢なこともあり、
庭に杖を突いて出るのが精一杯なので外出はしない。

訪ねてくる友人や家族と話すのが、我が敷地から出れない彼女にはうれしいことだと知っているから
私は帰省中、最低1日1回、20分ほど訪ねて顔を出すようにしている。


人間、歳をとると同じことばかり言うようになることへの自覚がある「高齢者」はどれだけ多いだろうか。


と、いう私もすでに「同じことを言う」ことが始まっていることは承知だが、
私とおばあちゃんが出会った頃の会話となんら変わりのない会話が今日もはじまったりする(笑
日本の人口とか、両親のこととか、日本側の祖父母の話とか、私が普段何を料理するかとか...etc...

もちろん会う時期によって、多少の話のアレンジはあるのだけれど、"決まった会話8割 + 旬の話題"
といった会話をしている。




今年の冬はかなり"旬の話題"の量が増え、内容にも変化があった。
アモーレの従兄弟、つまりおばあちゃんから見て同等の孫が夏に「できちゃった結婚」をしてから
   ※美男美女の従兄弟の結婚式の様子はこちら→


おばあちゃんにとっての興味が"ひ孫"になったようで、
今回は"なぜ子供をつくらない?"という話に話題という話題を引っ張られ、
「おばあちゃん孝行」のつもりで、おばあちゃんの家のドアをたたいていたけれど
日にちがたつにつれ正直「忍耐の時間」になってしまって、つらかったガーン


以下、おばあちゃんの言葉。
  ※偏見ちっくですが、高齢&テレビで必ずミサを見る宗教命の古い考え方だと思って聞き流してください。


「なぜ子供をつくらない?」
「結婚しても子供が居なければねー。。。」
「子供が居ないという人生を選択するのは悲しすぎる」
「考えてるけどまだ妊娠しないだけって?そんなこと言っていたら時はすぐに経ってしまう」
「願っていても子供は出来ないよ。私が死んでから子供が出来ても私は会えることが出来ないじゃない。」

などなど。

同じ内容が20分ぐるぐる周る、毎日周る。
いちを私たち本人もそれなりに気にしてるからね、正直まいりましたしょぼん


私1人でも、アモーレが帰省後も会話は同じだけれど、
アモーレが来てからは、私の中に「アモーレという盾」が出来た感じがあって、
アモーレがこの手の苦手な会話を受けてくれる。

と思っていた。


アモーレは、やっぱりおばあちゃんのことを良く分かってるだけあって、
おばあちゃんがこういう話題に触れ出すと、

ムシしてテレビを見ていたり、
ボゥ!Bou(さあね)と一言で片付けてしまったり、
おじいちゃんにぜんぜん関係のない話を振ったり、
「もう、その話題は答えたでしょ」と不機嫌な声で答えてみたり、
指のささくれをいじりだしたり、

無関心オーラを全身に出したいろんなパターンの行動を持っていた。 ズルイ・°・(ノД`)・°・


アモーレがそういう態度をすると、おばあちゃんはちょっと悲しい顔で
必ず視線を合わせてくるので、結局、その会話をよけきれず拾っていた私。


一度アモーレがよけたその会話の後、こっちを見つめるおばあちゃんに

「今日こそ目をあわさないぞ!」

と頑張って2分くらい(ほんと長かった)、おばあちゃんの斜め後ろ、
冷蔵庫に目線を合わせていたのだけれど
敵もさるもの、たまに目を下に向けるがすぐにまた私の顔を見る視線が痛く、
結局根負けして目を合わせて、苦笑いを返すしかなかった。


アモーレ盾、意味なし。
期待した分だけ逆に腹がたったりなんかして(ノДT)


そんな訳で1日半時間の押忍!忍耐な時間を過ごさなくてはいけなかったが、
私にお洋服を買ってくれたり、お小遣いをくれたり、そんな気遣いはいつでもあるおばあちゃん。


だから、


「愛情から出ている本音」と思って、ゆるーく受け流していた。が、
さすがに毎日、日によっては2回同じ話が周るときはテンション下がってたことは内緒にしていた話。

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コマスカ!
畑には緑が生い茂っていてオレンジやマンダリンが鈴なりになり、
そしてその木々の間を鳥が歌いながら遊んでいて、春のようでした。


今年の年末年始はアモーレより早くアモーレ実家に帰省し、
クリスマスイブにアモーレが帰省、そのまま年始までの20日間弱、私は実家に居た。

マンマやパパは本当に大切にしてくれるので楽しくのんびりとヴァカンスを過ごせた。
と言いたいところだけれど。。。

特にマンマは朝早くから(早朝5時30起床えっ)夜遅くまで、
「主婦」としての職業を完璧にこなす人で、掃除も食事も雑用も全部やりこなす。
汚した食器の1つも洗わせてくれないので(私の台所だから私がやるわよん♪と言ってマンマがやってしまう)、


私は本当にただ、食いちらすだけ係・喋くるだけ係・寝たおすだけ係


で、何もしなさすぎることに疲れてしまって、確かに自分の家に居ても何もしていないけれど、
何もしていないなりに、やっぱり自分の家なんで好きな時間にネット見たり、掃除したり、料理したり、買出ししたり。。。それなりに1日が過ぎるのだけれど。


「全部やってもらいすぎて疲れる」


なんてトンチンカンなこと考えてるって見せたらダメだと思って「疲れていない気取り」をして
「のんびりヴァカンスを楽しんでます」風に笑顔で対応してたら、
数日後から、洗顔の際にほっぺが「スマイルキープ状態で硬直」していることを発見ビックリマーク
どうやら「気取り」すぎて顔が凝ってしまっていたらしい。
朝晩マッサージして「腹話術顔」のほっぺを揉み解ぐすはめに(笑



 「私は毎日でも(夫の)マンマに会えるけど、(夫の実家に)泊まるのだけはほんとムリ」

と言った友人の言葉は今更ながら正しいと思った。



あの言葉は「人間関係がうんぬん」というレベルではなく、
自分が一度実家を出る等などで独立してしまったら、少し距離を置いてマンマと付き合うほうがいい
という意味で今回私は理解した。

そういえば、先日、大阪の実家に帰った時も親とはいえ
浪費具合、お掃除具合には口を出さないということを頭の隅においていた。
だって今はおかんが「管理する」別の家庭だから。

アモーレの実家も、マンマが管理する別の家庭。
温かい家で、学ぶこともたくさんあるけれど、「別の家庭」にお邪魔する期間が長くなりすぎると
顔が凝るものなのだと学習した。


*****

コマスカ!
実家の近くの遺跡脇のオリーブ畑で、太陽を捕まえたので、皆様とキョウユウラブラブ

明けましておめでとうございます!
年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか?
今年もブログに遊びに来てくれる方みんなにいいことがたくさん降って沸いてきますように♪
今年もよろしくお願いします!


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$コマスカ!


「ナビアのブログは長い!」とアモーレに言われることがある。

別に普段からブログをチェックしてくれてるわけでもない。
同じPCや同じ媒体を使ってネットを見ているので私のブログのURLが「よく見るサイト」として
候補に挙がってくるから、たまたまクリックすることがあるのである。


それでも「え!今日の話アモーレ読んだの?」と聞くと


「見ただけ。写真も少ないし字も多いし読めない。」


とか言われて、そもそも読む気もない人から、
なんとなくブログを開けてしまったらポストが長かったと苦情されて、
「アモーレ、どないやねん」と心密かに思うわけだけれど、
確かに自分で長いのは気になっているで、0.00008%くらいは凹むかも。


だから今日は簡潔に書くけれど、


ただいまカラブリアに帰省中。
今週1週間、アモーレより一足早く彼の実家に帰省してる。

マンマから、もしよかったらアモーレ置いて先においでよ。
一緒に出かけたり、準備したり、話したりしようよー。と誘われたから
呼んでくれるのはほんとありがたいね。と帰ってきた。


「旦那の実家に先に1人で帰るなんて出来た嫁よ!」


なんてすでに友達に褒められたので、こうしてブログに書くことであと数人にはコメントで褒められえるかも。
というShitaGOKOROがないこともない。


1人で先に実家来てま~す。ラブラブ 再度アピール。



以上。


素敵な1日をお過ごしください。

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大前提として、
イタリア人は食に対して(も)保守的で、イタリア料理以外は基本色眼鏡で見る。
もちろんこれは人にも、住んでる地域によるところも大きいのだけれど、

基本、自分と同世代のイタリア人は、自分の親の世代と同じ食感覚だ
と思っていいだろう。

彼らの感覚は進歩はしている。

私がこちらに来た頃は
「日本は寿司とか生魚を食べるんでしょ。うぅぅっっ。。。私生魚ダメなの」

とか言ってた人が笑っちゃうくらいごろごろ居たが、
そう言ってたほぼ9割の人たちは今は寿司が大好きだし、日本が生魚以外に食べるものがあることを理解している。これはミラネーゼの話。

カラブリアの実家近くにいたってはいまだに日本食レストランがないので
(といってもミラノを含むそのほとんどが中国人経営)
まだ見たことのない産物に「すし?生魚?うぇ~~」という人も多い。


日本では結構年配の世代も、ピザやパスタが何であるかを知ってるし、仮に本格イタリア料理を食べたことはない人が居ても、ファミレスや宅配などで「美味しい」と思いえるイタリアンに出会ったことはあるはず。
日本人のイタリア料理への憧れも強い。(私の20年前のレシピしかり→クリックで別の話)
日本人は食に対しては寛大だ。


確かにイタリア料理は美味しいし、イタリア人の舌は確かだと思うがイタリア人の場合

イタリア料理 >>> 西洋料理 & アフリカ料理 > 中華料理 &その他の得たいの知れない料理

という構図が強すぎる。いかがなものかとも思うがイタリア人とはそういうものだ。


奥さん(日本人)が相手の家族
(イタリア人) に
和食を作ったのに誰も食べなかった。と言う話はありふれた話で、
こういう事実を知っておかないと不必要に自分が傷ついたりする。

これはわざわざ嫁姑問題をこじれさすほどの事件ではなく、イタリア人とはそんなもの。
「食べないなら後で私の食べれる分が増えたラッキー!」
とでも思って、パンとサラミを食卓に出せばいい。
食べたくないものを無理して食べて「美味しいです」という文化はここにはないのだから、
それでいいのだろう。


***


そんな、舌は肥えているが偏見が強く態度も肥えているイタリア人たちを
必ず喜ばせるおもてなし方法がある。
家に招待するとき、お呼ばれする時、



ワイン、グラッパ、食後のドルチェ等。相手の出身地の特産物を持っていく
(ホスト側なら用意する)
もしくは、自分の出産地のものでも◎

ということ。


簡単でイタリア人もほんとに使う技。
家に入り、手土産を見せると(ホスト側ならテーブルの上を見せると)
ホスト(ゲスト)は喜び


「グランデGrande!!!」※すごい!とか、えらい!とか、イェーイ!といった感じ


と必ず言ってくれるはず。


相手の(自分の)土地の特産品なら喜んで食べてくれます。
イタリア人は食に頭は硬いが情にも硬いしね。



以前シチリア出身の友人が来てくれる時、
カンノーロというシチリア特産のドルチェを用意したかったけれどその日は見つからず、
結局ワインだけをシチリア産でそろえたら。
友人の手土産は美味しそうなカンノーロだったり。

ある家にお呼ばれした時、その州のワインが見つからなかったので
カラブリア産のCIROというワインを持参したら、テーブルの上には同じワインが用意されていたり。

あるカラブリアの家にお邪魔したときは、自分の家の裏の山の、ワインのラベルもないような小さなワイナリーに空瓶を持って行って買いに行ってくれたり。

つい先日。ピエモンテ出身のカップルが来てくれた時。
彼らはアルコールをあまり飲まないので、ドルチェをケーキとピエモンテ産のVENCHI(ベンキと読むが日本ではベンチと読むらしい)のチョコレートにした。


都合により彼より先についた彼女が手土産にくれたのは、1口サイズのVENCHIチョコだった。(右手おくの箱)


彼がうちに到着した時に、開口一番言った彼女の言葉が

「ナビアがVENCHIのチョコを買ってたのよ~!」

だった。


このおもてなし方法がどれだけイタリア人に効くか納得いただけると思う(笑



結局「このワイン美味しそうだったから!」と興味だけでワインを購入できるのは
内輪か、もしくは日本人との集まりだけ。
日本人は色眼鏡なくワインを味わうから楽しいな。
あ、でも別の「値段が安すぎるとたいしたことない」という色眼鏡があるかな(笑

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コマスカ!
今年のイルミネーションも

コマスカ!
さほど違いはないけれど

コマスカ!

コマスカ!
重厚な美しい建物を引き立たせるくらいの光で建物が飾られ、
どこか静かな感じがして、それでいて威厳も少し感じるようなそんな空間に変わるこのイルミネーション。

コマスカ!
建物が光の引き算をしながらライトアップする。
だからツリーの光がいっそう輝いて見えるのだろう。

コマスカ!
光の中心にはミラノの紋章

コマスカ!
!!!!!
修復されている!!!!
ミラノに来た方なら知っていると思うが
ギャレリア中央にある床のモザイクのうちの1つ、
牛のモザイクの大切なところに片足のかかとを添えてくるくると3回転すると
幸せが訪れる もしくは ミラノに戻れるという名物のもので

コマスカ!
こんなかんじ。義妹のあみちゃんがモデル

こうやってみんながぐるぐる回るものっだから、大切なところはすりきってアナが開いていた。
確か、あなの写真もいつか撮ったはずだけど、、、出てきたらUPします。

それが、修復され、大切なところが復活!
雄牛にとっては今年はなんと素敵なクリスマスプレゼント!!馬

ちなみに、このぐるぐる。
1回だけ回る人も結構いたりする。
1回だけは意味がない。幸せを逃がしてしまうなんて説も。
必ず3回まわるように!!

観光客が1週して去っていくのを見るたび、

「だめ!3回まわって」

とおせっかいを言ってくれるご年配もいる。
私は年配でもミラネーゼでもないけれど、見かけるとなぜか120%おせっかいする。

「だめ、3回まわって」と。

いつも雄牛の横には、数人の順番待ちをしているので、
だいたい1回言えば伝言ゲームのように順番待ちが途絶えるまで3回まわる観光客たち。
なんだか多くの人にプチいいことした気分になるので、
ギャレリアを通るたびにまた言ってしまう。

「だめ、3回まわって」と。(笑


コマスカ!
綺麗になったミラノ中央駅には

コマスカ!
以前は中央駅の外に出ていたクリスマスマーケットが。
クリスマスにちなんだものや、イタリア各地の物産展(サラミ、チーズ、特産品)等があって、
外国から国内からミラノに着いた玄関口の中央駅で
こういうのが見れるのはうれしいですね。


クリスマスイルミネーション @コモ はこんな感じです(クリックでジャンプ)

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今年は4連休の週末だった。
12月7日は サンタ・アンブロージョSant'Ambrogio ・ ミラノの聖人の日で祝日、
12月8日は イマコラータImmacolata
どちらも宗教的な意味での祝日になっている。
そしてその休みと週末をあわせて会社が閉まったり、有給をとったるする人が多く、
Xmas前の最後の休暇になる。


ここから本格的なXmasが始まる。

ちなみに、12月8日はイタリアの祝日だけれど、12月7日はミラノだけが祝日になる。
イタリアは各都市(町や村ごとにも)ごとに聖人の日があり、
祝日だったりお祭りがあったりする日はそれぞれ違う。

もうひとつちなみに、この時期に人も街もクリスマス準備を一気に仕上げるのが通常で、
ほとんどの家庭の場合、なぜかこのイマコラータ(12月8日)にツリーを作るし、
街のイルミネーションもこの日に仕上げるように作業している。

うちもツリーを作った。


シンプルだけど綺麗でしょ? 

ってうちのツリーじゃないけれど(笑
これはスイスのルガーノのツリーです


だいたいこの辺りでちょっと美味しいものを食べるのが私たちなりの贅沢で、
気になっていたレストランとか、国際見本市(クリックで過去記事)
で食べたいものを食べるとか。。。今年も出かけたけれど、
連休中の家ごはんのメニューのほうが実は豪華だったかもしれない。だって全部手作り。

と言っても私が作ったんじゃなくて、全部アモーレが作ったもの。
 ※1つ前のポストに「私、料理好き」とか言っておいてなんですが(笑


ベタなイタリア人プレートと言えばピザ。やっぱりピザはイタリアだわ。美味しい♪


これはピッツォッケリpizziocheriという北イタリアの郷土料理。
(ロンバルディーヤ州Lombardiaやトレンティーノ州Trentinoあたりの山料理)
そば粉を使っためずらしいパスタ。
(ピツォッケリについての過去記事はこちら)

バター、チーズ、じゃがいもをたっぷり使った
カロリーの高い1品になるけれど、これを食べると体はほかほか♪
(そして後には、ぷよぷよか(涙 )
と言うわけで危険な料理だけれど、食べてる間だけは幸せいっぱい。胸いっぱい。



かぼちゃのニョッキ。
「もしかしてアモーレ、連休中に作らないかな~」
とか薄い期待を抱いて、栗かぼちゃを見えるところに置いておいた、確信犯の私。
以心伝心だわ(笑




余ったかぼちゃで作ったかぼちゃのリゾット。
こちらも美味しゅうございました。


手前味噌だけど、アモーレはほんとお料理上手。お料理するとストレス解消になるらしいの、いい趣味だわ(笑 だから休日私が料理しないのは、アモーレのためってことかしら(笑


知り合った頃には少ないレパートリーだったけれど料理はできたアモーレ。
一緒に居るようになってから、テレビを見るたび、旅行に行くたび、

「あ~、こないだのあれがもう一度食べたい。作ってみない?
でも私が作るイタリアンよりイタリア人が作るイタリアンの方がきっと美味しいと思うの


と言ってるうちに、アモーレのレパートリー数は増えた。

働かない嫁というのは夫を育てるのね(笑
働かないバンザイ。すごいわ私

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決して繊細なお料理が出来るわけではないけれど、私は料理好き。

よく女子トークで「いつ頃から料理をしてた?」と話題になるけれど、
この話になる度に20代にはすでにお料理は好きだったしほんといつからだろう。と思いう多かった。

帰国中、懐かしい本を出してみた。
$コマスカ!

コマスカ!コマスカ!
料理研究家の小林カツ代さんの「じゃがいも」レシピががっつりついたこの雑誌。
「ジャガイモのコロッケ」レシピを立ち読みして買ったのだけれど、
彼女の紹介する「肉じゃが」や「豚じゃが」。すでに使っているレシピよりの簡単で
しかも美味しそうだったので、このレシピで何回も料理して文字通り、作り方を体に叩き込んだ。
もう、20弱前の話。


$コマスカ!
オシャレDNAが発達していている美食めぐり友人の1人、ぺこちゃんが薦めてくれた本。
「本格的なイタリア料理のレシピだから絶対気に入るはず!お勧め!」
と太鼓判を押され、買いに走った記憶がある。
この本の出版は約15年前、「イタめし」という言葉が出来てしばらく経った頃の本で、
月間雑誌のいち特集としての 「イタリア料理(レシピ)」 は珍しかった。

$コマスカ!
さすがに、初期のイタリアンレシピ。
生ハムには、「パルマ地方産のものが有名で、最近日本でも手に入るようになりました」とか
ズッキーニには、「一見きゅうりのようですが、かぼちゃの一種を早どりしたもの」などの
説明がきちんとついていて、今では、普通のスーパーでもあったりする食材が丁寧に紹介されている。
あの頃の「イタリアン」への敷居の高さが伺える。


それから、こんなのも見つけた。
コマスカ!コマスカ!
雑誌やスーパーにあるレシピを切り取ったオリジナルのレシピ集。
なんてマメ(だった(・∀・))な私。 これも、もう前十年前の話?!



そのレシピ集にまざって、手書きのケーキレシピが。
$コマスカ!

先のペコちゃんが書いてくれた。

あの頃ってまだ、パソコンが駆け出しで、コピー機も高かったの(これまた20年ほど前の話だから)。
だから、ペコちゃんがバイト先に持ってきてくれた手作りケーキが美味しかったからと
おねだりしたケーキレシピ。手書き。彼女丁寧な人だよねー、ほんと。

今は大阪から離れて暮らしている彼女に、この雑誌とケーキレシピの写真をメールで送ったら、
こんなメールがきた。

***
それにしても、懐かしいことをよく覚えているよね!!!
あの雑誌は上京する時に、お気に入りのレシピだけ切り抜いて、ファイルにして持ってきたよ♪
写真をみて、「わぁ!!!」と声をあげてしまうほど、懐かしくてときめいてしまったわ。
ケーキのレシピも大事に持っていてくれてありがとう~^^

~~~~

つくづく思うんだけど、ナビアはすごく人との思い出や思い出の品を大切にするよね。
ホント感心したし、私もみならわなきゃな~と思いました!
あのメンバーとの出会いは、今でも大切な宝物だよ☆

※ぺこちゃん、勝手にメール拝借ごめんな~でもOKしてくれるよなー、って言ったら脅迫になるか?(笑

***

ありがとー!私の方こそぺこちゃんしかり、
見習いたくなる、自慢したくなるような友達ばかりでラッキーだよ。
だから出会いも思い出も大切にしたくなるんだよー!!


料理も友人も思い出も。
「ローマは1日して成らず」 「柔の道は1日してならずじゃ」
ということかしら。


なぜか猪熊滋悟郎の名言を思い出したので、書いてみた。
あのおじいちゃんキャラが濃くてマンガっぽくて好きだったから(笑
でもなまじ嘘じゃないのよ、あの文句。良くぱくってるわ出来てるわ。→いちを柔道経験者。

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