深夜 台本を読み終えた時…何だかとても感情的になって…俺は暫くの間ソファーに座ったままそこから動く事が出来なかった…。
何よりも大切で愛おしい存在の雪花――…。
物語の前半は宗教の影響もあり…実の妹である彼女には告げる事の出来ない悲恋…。
それを乗り越えお互い秘めた恋心が結ばれる…情熱的で甘い幸せな夜――…。
――そして…その後…狂い始める2人の運命の絆―――…。
“愛している”だけではどうにも出来ない…
…いや……
“愛している”からこそ…物語の後半、セツの為にあえて“茨の道”を選んだカインの切ない気持ちに胸が締め付けられた――…。
そして…何だか急に最上さんの声が聞きたくなって…深夜なのにも関わらずに電話を掛けてしまった……。
…次に…君に会える日が待ち遠しくて堪らない――…。
幻想雪恋歌 4 ~TRAGIC LOVE~
当日の月曜の夜――…。
俺は予定通りに仕事を終え…テンさんに髪をカイン仕様に染めてもらった後、最上さんを車に乗せて自宅まで帰って来た。
「…あっ…ギター!!」
「うん。映画の役作りの為に…事務所の人に用意してもらったんだ」
キッチンに繋がるリビングで俺達を出迎えてくれたのは、カインをイメージした“黒のメタリックギター”と…その音を出す機材“アンプ”。
その横にはギターの音質をクリーンな音から歪(ひず)んだ音にまで色々と変換出来る“エフェクター”という機材も置いてある。
「…何だかまだ実感が湧かないんですけど…いよいよ本当に始まるんですね…!カインと雪花の映画撮影……。」
「……そうだね。」
「敦賀さんって…ギター弾けるんですか?」
「うん…。多少ならね――…。」
中学生の頃、自宅に居候していた父さんの友達のミュージシャンの事を俺は思い出した。一時期…暇な時はよく彼にギターを教わっていた。
当時の彼はまだ全然売れていなかったが、今ではアメリカで有名なミュージシャンになっている。
「だけど…これからしっかりと練習しないと…。ギタリストの役をするなら…弾いてる振りじゃなくて、本番中はちゃんと自分で生音を出したいし。」
「バンドシーンの演奏が決まるか、決まらないかで映画の完成度が全然変わって来るから…そこは絶対に拘りたい所だね。」
「………………………!」
「……さすが…敦賀さんですね!! ふふっ////」
君はそう言うと…尊敬の眼差しで俺の事を見ながら、少し頬を紅く染めて花が綻ぶような可愛い笑顔を見せてくれた。
同時に俺は自分の弛んだ口元をそっと手で覆う。
「………………………。」
…この娘は…本当に…どこまで無意識に俺を煽るんだろうか……?
その可愛い笑顔を…早く俺だけのモノにしたい――…。
俺は君に触れたい…抱き締めたい衝動に駆られたが、ぐっと拳を力強く握って耐えた。
「………………………。」
「最上さんも…本格的にバンドの音合わせが始まるまでは、歌の練習をここでするといいよ。」
「え…?でも…私…ご迷惑を…お掛けしませんか…?」
「どうして…? ここなら防音性高いから…大きな声を出しても問題ないよ。それに…ヴォーカルがいてくれた方が俺もやりやすいしね。」
「………でも…私…。」
俺が…君と一緒に練習したいんだよ――…。
「…逆に俺のギターの練習になると思って? その方がお互い効率もいいし…ね?よし決まり!」
「えっ…あのっ…」
「それじゃあゲストルームでセツの格好の準備しておいで。」
「え…あ…、はい」
笑顔で強引に約束を取り付けると、俺はテンさんから受け取っていた“雪花の衣装”が入った紙袋を君に渡し、その背中をそっと押してゲストルームへ行くように促した。
その後は社さんが空き時間の夕方に購入してくれた食材を冷蔵庫に入れ、カイン用の荷物を確認し…黒ずくめの衣装に着替えていった。
長い脚をテーブルに投げ出してソファーに座り、缶ビールを開け…グビグビと勢いよく喉を潤しながら雪花を待つ。
「………………………。」
何だか…ベッドシーンの話は…し損ねてしまったな……。
歩く純情さんの君の事だから…きっと色々と考え込んでると思うけど――…。
そう思いながら…缶ビールを乱雑にテーブルに置いた後、慣れた仕草で煙草に火を点けた。
銘柄は“Captain Black”(キャプテンブラック)。今回の映画の中でセツが気に入り、カインに吸わせている煙草だ。
「………………………!」
「……っ あまっ…! 何だ…?この煙草……。」
一口吸ってみて、その味に驚いた。フィルターにも甘い味は付いていて、きつい煙を吐き出せば優しく上品な甘い香りがリビングに広がっていく。
「……………………………。」
…これが…雪花お気に入りの“香り”か――…。
バニラのような…少しチョコレートのような…そんな系統の…甘い香りがする……。
いよいよ始まるな……。
カインと雪花で過ごす時間が――…。
甘い香りの煙をゆっくりと…深く吐き出した後、俺は静かに瞳を閉じた。
これから先は…俺にとっても“未知の世界”になる……。
焦がれて…求めてやまない…愛しいあの娘との映画共演――…。
撮影本番中に…あの“ダークムーンごっこ”の時のように
我を忘れて暴走してしまわないように…しっかりと気を付けないと――…!
俺は自分自身にそう言い聞かせながらゆっくりと瞳を開き、カインの役に入った。
しかし…それから10分が経ち…20分を過ぎても“愛しの雪花”は一向に姿を現さない。
「………………………。遅い……。」
カインとしてリビングで雪花の事をまだか…まだか…と待っている間に、灰皿の中の煙草は満杯になり、床に缶ビールの空が三つほど転がっていった。
そして30分が経過し、ゲストルームに様子を見に行こうか…悩み始めた所で廊下の方からドアが開く音がした。
「………………………!」
ようやく準備が出来たようだ……。
雪花の足音が聞こえて来る――…。
彼女がリビングに入って来たら…それが演技スタートの合図――…!
* * *
「…………………遅いぞ…セツ…。」
“カイン”である俺は不貞腐れたように煙草の煙を吐き出しながら…顔は動かさずに目線のみをセツの方に向けた。
「…兄さんごめん。化粧直しに時間掛かっちゃった。」
「……………………もういい。来い――…。」
ソファーから立ち上がると、俺はセツである君を正面から強く…その存在を確かめるかのように抱き締めた。
美しい東京の夜景が一望出来るリビングの大窓に…まるで鏡のように映る二人の姿はカインと雪花。
久し振りに感じる君の柔らかい感触と 甘い香りに包まれて…俺は自分の身体の熱が上がっていくのを感じていた。
カインが雪花をしっかりと包み込むように抱き締めると…君もそれに応えるように俺の背中に腕を回してくれる。
一年前よりも遥かに君の存在は俺の中で大きくなり…
胸が苦しくなる程に…君への愛はどうしようもない程に育っていってる――…。
「…………兄さん…………。」
お互い抱き締め合った状態でセツが俺の瞳をじっと見つめながら、カインの機嫌を伺う。
君の瞳の中にカインである自分が映ったのが見えると…俺の心は何だか優越感で満たされた。
…今…君は“俺”だけを見てくれている…と…。
「…ごめんね兄さん、遅くなっちゃって。ふふふ…でも…見て?このパープルピンクのルージュ、新色なのよ…?」
そう言うと君は自分の唇に指を当てながら、自慢げに妖しく微笑んだ。
「……どう…似合うかしら…?」
俺はそれに応えるようにセツの頬に静かに右手を添えると、そっと優しく親指で彼女の唇をなぞっていった。
「………………………。あぁ…とても良く似合ってる――…。」
パープルピンクのルージュが良く映える…瑞々しい魅力的な唇。
この唇に…深く…甘いキスをしていって…肌を確かめ合うのかと思ったら…眩暈がしそうになり、俺は自分の瞳をぎゅっと硬く閉じた――…。
頭の中ではもう数え切れない程にそんな想像をして来たけれど…本人を目の前にすると全然感覚が違って来る。
…ねぇ…最上さん……。
君が“愛”を取り戻すまで…また“恋愛をしたい”と思える日が来るまで…俺は傍で君を待ち続けるつもりだけれど…
キスシーン、ベッドシーンは待ってはくれない――…。
君は…ラブシーンについては一体どう考えている……?
これは…練習無しで直ぐにOKシーンが撮れるとは思えない。
だけど演技稽古してあげたくても…それは俺の方が稽古だけで終われる自信が無い…。
そんなの割り切れるモノじゃないんだ……。
君にだけには…どうしても――…。
本当に心から愛おしくて…焦がれている特別な存在だから……。
もしそんな練習をしてしまったら…理性が決壊する――…!
…途中でやめる事なんて…出来ないと思う……。
とても複雑な想いだ――…。
それに…告白した時に“ずっと いつまでも待ち続ける”と君には言ったものの…
俺の本音としては…演技でラブシーンを演じるよりも先に…君自身と恋人関係になっていたい…という想いもある――…。
「………………? 兄さん…?」
切なく…色気混じりの表情で無言のままじっと自分を見つめ動かない俺にに対し、君も瞳を逸らせずにそのままカインである俺を見つめ続ける。
“狡い”とは思う…。カインという役を通して愛しい君に…今こうして触れている自分が――…。
だけど…今はまだ演技の中だけでもいいから
俺にたくさん甘えて…?
俺の温もりを感じ取って…?
抱き締め合う心地良さを覚えて――…?
恋人になれた際には
肌と肌で感じ合える愛情を
俺が君に教えてあげるから――…。
ラブシーンを撮る頃には…一体俺達はどうなっているのだろう…?
甘い“Captain Black”の香りと
抱き心地の良い君の柔らかい身体の感触に
何だか今夜は溺れていきそうな予感がする――…。
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