サカイリです。前回の記事にまとめて投稿しようと思ったら長すぎてできなかったw

というわけで続きです。



・「あの子の飴玉」/坂本鈴




女性ならば、共感できるポイントが多々あった作品だと思いました。なんというか、常日頃女として感じてる社会の矛盾とか、もやもやを、言葉にしてあらわしてくれた感じ。かゆいところに手が届くというか。直接心に触れられてるような、そんな素敵なセリフが非常に多かったです。






伝説のヤリマンを演じる実は処女の姉と、処女を演じる実はヤリマンの妹。

2ちゃんねるを思わせる掲示板のやりとりが、ネット上で炎上していく様を体感出来て非常に面白かったです。そして、私はどちらの姉妹の言い分にも共感できたと共に、フェミニズムってなんだろう?と考えさせられました。



女は男に消費されるものなのか?女が男を消費したっていいんじゃないの?とか。



「だってあたし、道行く人にも好かれたい」



このセリフがとても心に響きました。求められるのって気持ちいし、好かれるのも、認められるのも気持ちいい。



「好かれるのって怖いじゃん」



好かれるというのは興味をもたれること。執着されること。



相手が自分を、見ようとしてくること。



それって確かにこわいことだなと。ハッとさせられました。



好きにさせた側にも責任はありますしね。





ちなみに蛇足ですが、私は「ヤリマン」という言葉が好きですね。なんていうか、ヤリマンとサセコって言葉があると思うんですが、サセコは受け身で、誰とでも求められればやっちゃうイメージがあるのに対し、ヤリマンは、自ら選択してヤリにいっているところが、能動的に感じる。でも何故に男のヤリチンより、女のヤリマンの方が世間のイメージ悪いんでしょうかね。これはある意味女性蔑視ですよ(言い過ぎか汗)




例えば自分は散々外で遊んできてる旦那に限って、妻の浮気を絶対ゆるさないとか、



女の子は性欲ないと思ってる人とか、普通にいますもんね。



社会がそういう刷り込みをしてきたのか、まあそれはあるだろうなあ。




もちろん、アイドルとか、夢を売ってる人はそのイメージを守らなくてはならないというのがありますが、彼らも言うて、人間なわけで。

ファンが押し付ける理想っていうのはエゴでしかなくて、それは押し付けられてる方からしたら、窮屈で仕方ないんだなあと思います。でもやっぱり人ってどうしても、人になにがしかのレッテルを貼ってしまうんですよね。レッテルを貼られても、それに流されず、生きていくことの強さ。持ちたいものです。




「あたしはこのひとたちに、さわりたい」




このセリフ、心をわしづかまれました。アンチだからといって切り捨てず、1人1人とコミュニケーションをとろうとすること。これはなかなかできないことですが、それでも、話してみれば、聞いてみれば、分かることもあるかもしれない。



「違う」から、とか、「わからない」から、と閉ざしてしまうのではなく、すべての可能性に対して開いていく。



これは演劇人としても理想です。

むしろ、演劇を通して、わたしは人に触れていきたいなと。




先輩の作家さんの作品に対峙すると、自分の作家としての襟が正されます。



改めて、自分の作家としての態度の示し方が問われてくるなというか。



私ももっと書きたいものを突き詰めて産み出していこう!と鼓舞されました!



ありがとうございました!




ところで。お気づきの方もいるかと思いますが・・



あれ・・このお三方・・偶然にも、全員劇作家女子会さまのメンバー・・・(!)

狙ってないですよ、たまたま、スケジュールと合わせたら観に行けたのが女子会メンバーさんの作品だったということで・・・え、これって何かの縁でしょうか(思い込み)



劇作家女子会さまは今年の7月に公演をやるそうなので、そちらも今から楽しみにしております♪




長々と暑苦しい感想を失礼いたしましたっ




サカイリでした。


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